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010.その眼は大樹の森を見る

 『マザー・ゴブリン討伐』

 目的地はここより十キロ北にあるエイベルク・エーテリウム廃鉱。

 王国第一軍との共同作戦である。王国軍及び冒険者軍団で包囲網を形成する。

 子鬼族の行動習性を考慮し、日が落ちてから各自担当区域へ移動を開始せよ。

 配置完了後、合図を待って討滅作戦開始。坑道へ突入する。各連絡はリンクドスネールで行う。



 日が大きく傾きかけた夕刻。正面城門前。

 五百名ほどの冒険者たちが集結していた。


 マーカスからミッションの内容の説明を受けたゼトラたちはそれぞれカタツムリの殻のような物を渡されていた。


「これは?」


 ゼトラが掌よりも小さなそれを何度もひっくり返しながら不思議そうに見る。


「そいつは最近になって開発されて急速に普及し始めた超便利アイテムだ。リンクドスネールっていう代物だな。ある程度離れていても会話ができる大規模通信装置ってとこだ」

「へぇ」


 小さく感嘆の声をあげるゼトラに説明を続ける。


「会話ができると言っても、大勢の人間が一斉におしゃべりしたら大変なことになるからな。お前たちのやつは機能制限付きの受信専用端末。送信機能付きのやつは俺のようなパーティリーダーと軍の部隊長クラスで百人くらいしか持たされていない。それでも作戦中は受信専用モードに切り替えて、余計な私語は慎むように厳命されてる。あくまでおしゃべりは作戦進行に支障をきたすトラブルが発生した時だけだ」

「なるほど」

「渦巻の中心にあるボタンを押してみな。それで起動できる」


 言われた通りにボタンを押すと、ボタンが赤く点灯した。


「ポケットにでも入れておきな。声が聞こえるように魔法で細工されてる」

「わかった」


 メルキュールとアイビスもリンクドスネールを起動させてポケットにしまったのを確認して、マーカスが頷く。


「俺達の突入場所は腕を買われて一番遠い所になった。移動距離は道なき森の中およそ十キロ。ハードな強行軍になるぜ。ついてこれるな?」

「だいじょうぶ!」「任せてよ!」「問題ない」

「いい返事だ」


 目を輝かせるパーティメンバーに満足気に頷くマーカスが頭を振る。


「俺達は先行して出立する。ここから街道を東に進んでから森に入るぞ」


 頷きあった一行は、足を早めて移動を開始するのだった。



 街道沿いには既に王国軍の兵士たちが展開を開始していた。

 およそ百メートルごとに兵士たちが地図を広げて打ち合わせをしている。その様子を横目で見ながら黙々と街道を歩く。

 そして五キロほど歩いた所で八名程の王国兵を引き連れた少しだけ装飾が豪華な部隊長と思しき兵が手を挙げる。


「やぁここらを担当する冒険者さんですね。お名前は?」

「マーカス・マンハイム。『明けの明星』だ」

「うん、確認しました。私はエイベルク王国第一軍十三部隊長、アンソニー・ノノルトと言います。今回はよろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」


 歳は三十台前半。全身王国軍の装備で身を固めているので取り立てて目立つ外見の特徴はないが、気さくな雰囲気で話しかけてきたアンソニー部隊長とマーカスが握手するを見て、ゼトラも頭を下げた。


「おっと、そちらはアリス様のご子息のゼトラさんですね。ご活躍、期待していますよ」

「母のこと、知ってるんですね」

「そりゃあもう、王国で知らない人なんていませんよ。私も大ファンでした。ゼトラさんのことは王国軍の間でも話題になってるんですよ」

「そ、そうなんだ」


 照れくさそうに笑うゼトラは、差し出された手を握り返す。


「では作戦の詳細をお伝えしますね。こちらで最も魔法の扱いに長けている方は?」

「はーい。私でーす」


 メルキュールが元気よく手を上げ、ニコリとアンソニーが微笑んで頷く。


「対象拠点の近くまで道案内(マーカー)を設置済みです。道なき険しい夜の森ですが、専用の探索魔法で反応を探りながら行けば、問題なくたどり着けるはずです。探索魔法の詠唱文をお渡ししますので、お手を少々拝借……」

「どーぞっ」


 メルキュールが手のひらを差し出し、アンソニーが手を重ねると、二人の手の間に魔法の輝きが発生した。


「受け取り確認、発動テスト」


 メルキュールの声と同時に、キン、と微かな魔法の発動を示す反応が周囲に広がる。


「発動テストオッケー。ここから北二十メートルに反応あり。合ってる?」

「問題ありません。ありがとうございます」

「それで?俺たちはマーカー頼みで北にまっすぐ進むだけでいいんだな?」

「ええ。マーカーはおよそ二十メートル毎に設置してあります。我々はみなさんの西、五十メートル付近を北に進みます。何かあればすぐに駆けつけますので遠慮なく呼んでください」

「手を煩わせるつもりはないさ」

「頼もしいですね」


 ニコリと微笑むアンソニーに、マーカスが不敵な笑みを返す。


「突入作戦開始時に拠点一帯を照らす照明魔法が発動しますので、坑道はすぐに分かると思います。ただ、突入する廃鉱には坑道が数え切れない程ありますので、はっきり言ってどの坑道が正解かは分かりません。そこから先は出たとこ勝負になります。我々はみなさんが突入した後に逃げ出す討伐対象がいないか確認した後に、別の坑道から突入します」

「オーケー。先陣は任せな」

「冒険者部隊は捨て駒なんて言わせないように、我々も奮闘しますよ」

「期待してるぜ」


 一礼したアンソニーが、日が落ちるまで少々時間ありますので少し休みましょう、と言って一時解散となった。

 銘々休む場所でも探そうか、とあたりを振り返ると、作戦の打ち合わせが終わるのを待っていたかのように、後方に控えていた配下の兵たちが続々とゼトラを囲んだ。


「ゼトラさん、私も挨拶させてください。アリス様のご子息にお会いできるなんて光栄です」

「私は幼き頃にアリス様に命を助けていただいて、それがきっかけで王国軍に入ったんです」

「ゼトラさんのことは聞き及んでいますよ。あの蒼雷の戦姫のご子息とは」


 まだ若い、二十台前半から後半の、ゼトラよりも一回り年上の兵たちが次々と手を差し出し、親しげに声をかけてくる。


「あ、はい。どうも……」


 壁のように立ちはだかり、囲んだ兵たちに圧倒されながら差し出された手を次々と握り返すゼトラを見て、呆れたアンソニーが割り込む。


「みなさん浮かれる気持ちはわかりますが、期待の新人冒険者を作戦前から疲れさせちゃだめですよ。ほどほどに」

「ハッ、申し訳ございません」


 兵たちが一礼してようやく解散となり、ゼトラも先に木陰でくつろいでいたマーカスたちの隣に座る。


「人気者ね」

「こういうのってこれからもあるのかな……」


 メルキュールがからかうように笑い、困惑しっぱなしのゼトラが、ふぅ、とため息をつく。


「エイベルクはアリス様の活動拠点だったからな。諦めろ」

「そっかぁ」


 無情なマーカスの言葉を聞いて、またも、はぁ、と軽いため息をつくゼトラだった。


「あ、そうだ。メルキュールさん」

「ん?」

「さっきの魔法の受け渡しみたいなのって詳しく知りたい」

「詠唱送記ね」

「そうそれ。あれってどういうことなの?」

「あれはね……」


 魔法体系は征魔大戦以後、魔法学として学者層を中心に整備され、それぞれレベルが設定されている。

 アロー系であれば入門クラスのマジックアローから始まり、レベルが上がるにつれてライトニングアロー、シャイニングアロー、ディメンションアローと命名されている。

 最上位は禁呪として扱われており、使用はもちろん、習得すら禁止されている。

 アロー系であればクライシスアローという名称で禁呪指定されている。


 禁呪魔法は使用することで広範囲に渡って壊滅的な被害をもたらす、あるいは使用者の魔力を根こそぎ奪い取って死に至るなど、扱いが極めて危険であるため禁呪指定となっている。


 ただ、魔法はメルキュールのような高位クラスの使い手になると、効果範囲や使用魔力、対象など、独自に詠唱文をカスタマイズできるため、容易にオリジナル魔法を生み出せた。

 そのため、体系化された魔法が全てではなく、使い手の数だけ魔法が存在すると言っていい。


 余談だが、頭で念じて内包する魔力を引き出せば魔法は発動できるのだが、わざわざ魔法名を呼称して使用する者も当然いる。というか圧倒的にそちらの方が多い。

 気分の問題。テンションが上がるから。かっこいいから。相手を脅かすため。無詠唱より魔法の切れ味が上がる気がするから、など理由は様々である。


 魔法は基本的に使用者が魔法書といった文献を読むか、師事する者に教わることで習得する。

 その習得方法は魔法学に於いては『精神魂(アストラルソウル)』と呼称される内なる魂に目を向けて、詠唱文を刻み込むことで習得する仕組みになっている。

 オリジナル魔法は詠唱文を解読してカスタマイズし、詠唱文を精神魂刻み込みし直すことで習得する。


 魔法の発動トリガーとなる詠唱文には魔法学に於いて『可読レベル』と称される詠唱の読みやすさが設定される。高難度の魔法ほど可読レベルが高くなり、魔力が低い、身体能力が低いといった低レベルの者がレベルに見合わない高レベルの魔法を習得したとしても、精神魂が詠唱文を正確に認識することが出来ず、不発となる。

 仮に発動しても暴発したり、万が一の最悪のケースでは魔力どころか生命力も、全て消費して死に至ることもあるため、魔法学に於いて身の丈に合わない魔法の習得は厳に慎むことが推奨されている。


 先程のやり取りについては、カスタマイズ化した探索魔法の受け渡しである。

 師事して習得する方法の一種で、影響力が低い、独占性や秘匿性が認められない低レベル魔法限定で詠唱文を魔力を通して受け渡しして習得する手段である。


 探索魔法も同じく使用用途や範囲が多岐に渡る。

 こちらに殺意を向けている者を察知する探索魔法、特定の魔獣のみを察知する魔法など、それこそ用途に応じて使い手がカスタマイズしたものが多く広まっている。


 今回、スムーズに拠点までたどり着けるよう王国軍の斥候部隊が予めマーカーと呼ばれる魔石を進行ルート上に設置してある。

 そのマーカーにだけ反応する探索魔法を王国の宮廷魔術師がカスタマイズ化し、各部隊長に配布。さらに部隊長から高位の魔法使いに詠唱コードを配布した、というのが先程のやり取りである。


「へぇ~~」


 感心するように何度も頷くゼトラに、メルキュールは楽しそうだ。


「詠唱文の受け渡しのことを、魔法学では詠唱送記って言うの」

「なるほど」

「さっきもらった魔法はカッパー級程度なら扱える可読レベルを抑えた詠唱文だからゼトラでも使えると思うわよ。ただカスタマイズは解読不可能レベルの編集ロックがかかってるから無理だけど。さっすが王家の宮廷魔術師ね~」

「そうなんだあ」

「って言っても、ゼトラもマジックアロー……らしき()()()()()()使()()()()()から分かってたんじゃないの?」

「あれはなんかいつの間にか使えるようになってたから、その魔法学みたいな学問体系的なことはわからないんだよね」

「なーにそれ?呆れた~!ハチャメチャねっ!」


 天を仰いでお手上げのポーズを取り、マーカスがククっと楽しげに笑う。

 アイビスは無関心といった表情で森の奥に消える街道をじっと見つめたままだ。

 ……ゼトラはメルキュールが仕掛けた誘導尋問には気づいていないようである。


「さて、間もなく日が暮れる。作戦開始の連絡があるはずだから、聞き逃すなよ」

「は~い」

「わかりました」

「了解」


 太陽は既に西の彼方、森の奥に隠れて見えていない。茜色に染まる空に深い闇が落ち始め、次第に空を覆い始める。虫の音が徐々に大きくなり、夜の訪れを告げようとしていた。


 精神を集中するように目を閉じるゼトラとマーカス。

 美しく装飾した爪の手入れをするように見やりながら鼻歌を唄うメルキュール。

 ぼーっと無表情のまま一点を見つめるアイビスが、その時を待つ。


 じきに、ザザッと魔法が発動するリンク音が聞こえた。


『こちら今回の作戦の指揮を取るエイベルク王国第一軍軍団長、ザイアス将軍である。作戦開始の時間となった。各自移動開始。持ち場につき次第連絡せよ。諸君の武運を祈る』


 手短な連絡だった。

 低い口調ながらはっきりと聞き取れる声が耳元で囁くように鳴り響き、皆がうなずき合う。

 マーカスが立ち上がり、西に五十メートルほど離れた街道で待機していたアンソニー部隊長に手をふると、それに応えるようにアンソニーも手を振り返し、サムズアップで互いの健闘を祈り合った。


 それを確認したかのように、一斉に真っ暗な闇に包まれた森を見据え、茂みをかき分けて入っていった。


 いよいよマザーゴブリン討滅作戦が始まろうとしていた。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年09月03日12時頃の予定です。

よろしくお願いいたします

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