壁の向こうの世界
やった。遂に向こうの人とコンタクトが取れた。
心が浮ついているのは自覚している。危険もある。返事をくれた相手がどんな人間かもわからないのだ。
それでも。こんな国で大切なことを何も知らないまま一生を過ごすくらいなら、外の世界でこの身を散らした方がマシだ。
背負った袋には役に立ちそうなものを可能なだけ詰めて、僕は今日もまたあの場所に向かう。
11時の鐘が鳴ってからすぐに出発したから、約束の時間よりは多分少し早いだろう。
『ロープの端を何とかそちらに投げる。丈夫な木にでも結びつけてもらえないだろうか。』
…そう書いた紙を昨日と同じようにあちらに送る。
しばらく待つ必要があると思ったけど、すぐにまたあの鳥が飛んで来た。
恐る恐る伸ばした腕にそいつはとまり、嘴に咥えられた紙を受け取る。
『わかりました。投げなくていいから、その子に預けてみて下さい。』
僕がメッセージ通りにロープの端を差し出すと、その大きな鳥は鋭い爪でそれなりの重さがあるロープを力強く掴み、引っ張りながら壁の向こうに飛んで行った。
ロープが揺れる。誰かがあちらで動かしているのがわかる。
揺れが落ち着いた後僕が引っ張ると、ロープは確かな手応えとと共に強く張った。
一度大きく息を吸った僕は、覚悟を決めて壁を登り始める。今までずっと疎んで来たのが拍子抜けするほど、あっさりと登り切った。
水平線の向こうまで続いている壁と、東西両国の様子が一瞬見えたが楽しんでいる余裕は無い。
見つかったら全てが終わりなのだ。元いた方の木に括り付けたもう一本のロープに持ち替えて急いで地に降りる。
辺りを見渡す。誰の姿もない。
手紙の主はどこだ。もし敵だった場合、すぐに逃げ帰ることに失敗したら僕に命の保証はない。
慎重に歩きながら、辺りを探す。相手の目的がわからないのだ。僕の姿を確認したらいきなり襲いかかって来てもおかしくない。
「あの。」
草のかき分けられる音。僕は慌てて振り返る。
「こんにちは。メルの人。まずは君の話を聞かせて欲しいな。」
そこで微笑んでいたのは、僕が今まで見たことが無いほど美しい『人間』だった。