手紙
『僕は壁の東側の人間です。こちらの国にはもう飽き飽きしています。これを読んでくれた人がいたら是非、お返事を待っています。』
似たような文を何回書いただろうか。もうこのまま送ってしまおうという考えが一瞬頭をよぎったが、考え直す。
敵に見つかったら、もうそれで終わりかもしれないのだ。
文字をずらして、暗号化する。いわゆるシーザー暗号だ。
これだって意味があるかと言われたら正直わからない。結局メッセージを受け取ってくれた人が僕にとって味方であることを祈るしかないのだ。
向こうの人が僕達と同じ言語を使っているという保証は無い。もし違ったら、最初からこの行為に意味は無い。
これを誰かが拾ってくれて、その人がこの文の意味を汲み取れて、しかもその人が僕に協力的でなければならない。
我ながらとても部の悪い賭けだ。
それでも、僕はもうじっとしていることは出来なかった。
僕は森の奥にある巨大な壁の前に向かった。
手紙を袋に包み、手頃な大きさの石に紐で強く縛りつける。
助走をつけて、壁の上の空に目掛けて思い切り投げる。
石は無事壁を越え、遠くで微かに地面に落ちた音がする。
次に辺りを見渡す。特に変わったものは落ちていない。
僕の投げた石がようやく壁を越えられるようになってから何でも同じことをしたけれど、残念ながら未だに返事をもらえたことはなかった。
やり方を変えた方が良いのだろうか。
それとも…最初から無理なことなのか。
汚れた手を払い、家に帰ろうとしたその時。
何かが風を切る音がした。
鳥だ。白い翼と鋭い嘴。
近くまで飛んで来たそいつは思いの外大きくて、僕は慌てて逃げようとして後ろに転んだ。
その鳥は転んだ僕の胸の上に降り立った。
僕は手で顔を隠して悲鳴をあげそうになる。
僕の手に何か物が当たる。驚いて顔を起こすと、その大きな鳥と目が合った。
鋭い目で僕を一瞬見ると、そいつはまた壁の向こうへと飛び立っていった。
困惑したまま辺りをキョロキョロと見渡すと、細長く折られた後、紐で縛られた紙が落ちていた。
僕はそれを慌てて開く。滅茶苦茶な文字列が並んでいた。
僕ははやる気持ちを抑えながらそいつを頭の中で置き換える。
『お手紙ありがとう。そっちの国の話、是非教えて欲しいな。明日の正午に、またここに来ます』
僕はその紙を握りしめ、一度壁の上端を見つめた後、これ以上無いほど速く森を駆け抜けて帰った。