能力の代償2
『君は選ばれたんだぁ』
紅い瞳が
『俺たちの王のためにその身を捧げることができるんだよぉ』
鋭い牙が
『すっごくありがたいことだと思わない?』
気持ちの悪い笑みが
『ねぇ、君の血ちょうだい?』
“人”ではないことを物語っている。
そこにあるのは恐怖のみ。逃げなければ容易に捕まってしまう。
「はぁ、はぁ・・・」
息が切れる。
逃げる必要なんてないと分かってはいたけれど、おそらく前野さんの気持ちがリンクしてしまったのだろう。自分の中に恐怖と焦りが混在してどうしようもなかった。
家に着いたときには疲れ果てて、玄関でそのまま崩れ落ちる。
あれは、何?
記憶越しに見えた人ではない何か。前野さんの前に現れ、襲ったと思えばそこからの記憶は見えなくなった。
この近くに何かがいる。危険で、恐ろしい何か。
頭の中はそのことでいっぱいで、だから気づかなかった。家にいる存在に。
「か・・・っ」
「・・・、」
「れいか・・・っ」
「・・・っ!」
捕まれた腕に咄嗟に反応する。
目の前のそれを見て、でも次の瞬間には安堵した。
「おと、うさん?」
「大丈夫か?どうした、顔が真っ青だぞ」
父の存在を確認すれば、周囲の景色も自然と入ってきて、徐々に現実を認識する。
目の前にいるのは父で、あの化け物じゃない。そう分かっているのに震えは未だに治らなかった。
「何があったんだ。あぁいやそれよりも病院か?」
心配そうに、でもどうしたらいいか分からないというふうに慌てる父。
「お父さん・・・」
「熱は?吐き気は?」
「そんなに聞かれたら疲れるよ」
「わ、悪い」
玄関で、それにまだ靴も脱いでいない。病人なら尚更横になれるように配慮してほしいけど、この人にそんな考えはないみたい。
ま、それがお父さんだし、しょうがない。
「大丈夫、ちょっと走って疲れただけだよ」
「本当か?いやでも顔色悪いし」
段々と意識もはっきりしてきて、間近で聞こえていた心音も落ち着いてきている。震えはまだ治まらないけど、ゆっくりすればこれも落ち着いてくるとおもう。
「心配しないで。ちょっと休めば大丈夫だから」
「・・・そうか」
納得、しているわけではなさそうだけど、なんとか理解してくれたらしい。寂しそうな表情が見え隠れしているけど、それもいつものことだ。
「何かあればすぐ言うんだぞ」
「なにそれ、大袈裟だよ」
「大袈裟なもんか。麗華に何かあれば心配で倒れるのは父さんかもしれないぞ」
「ほんと大袈裟。分かったよ、気をつける」
ならよし、という風に途端に笑顔になる父。
単純というかなんというか、ちょっと心配になるくらいだ。
「今日は何か注文でもしよう。とりあえず麗華は部屋で休んでなさい」
「大丈夫。ちょっと休んだらご飯作れるよ」
「言ったろ、今日は特別の日なんだって。夜は俺が準備するから無理しないで休んでなさい」
そういえば、今日は特別な日だからと朝から言っていた。ちょっと見当つかないけど、なんだろう。まぁ、たまにはいいか。
「じゃあお言葉に甘えて」
父の言う通り部屋で休む。
まだ少し残っている焦燥感を落ち着かせたいのもあった。
特別な日というのも気になるし、料理のできない父がどうやって準備するのかも心配だったけど、疲労感もあって私は気怠い体を起こして2階の自室へと向かった。