第8話(風雪月花!4の2・後編)
*
「だいたいここ、インターネットもコンビニもないじゃない。原始的な生活は嫌よ!」
「電脳通信網ですか。無線でならつながりますよ? 現代型多機能小売店はさすがにありませんが」
「マジかよすげえな現代文明。てゆうか電脳とか現代型とか無理やり日本語にすんなよカタカナ語絶対使わないウーマンかよ」
「風リンと3人でなら、まだ考えないでもなかったけど」
「マジかよ両手に花じゃん」
「両手に花というか、片手に花、もう片手にキノコ?」
「キノコ言うな下品な」
「神域の制約上は、正室と側室に分けていただければ一向に構いませんが」
「そこ本気にすんな」
なんか三者三様で言い合いになっているが、しびれを切らした美優羽がボケ合戦を断ち切った。
「とにかく! 助けてくれた不破には悪いけど、あたしは帰るわ。出口はどこ?」
「仕方ありません……」
ふと、あたりが眩しくなった。薄暗い木造の拝殿の中にいたはずが、オモイカネの手振りに合わせて消え去った。見渡すは、草木の生い茂る参道。前方に拝殿、後方に鳥居が見える。
外へ帰す気になったのかと思ったが、まったくの逆であった。
「お妃様、あなたを拘束させていただきます」
オモイカネの次の一振りで、数体のもののけが姿を表し、美優羽を取り囲んだからだ。
*
「雑魚ドモガ、イイ気ニナリヤガッテ!」
ワルキューレは腕を振り上げ、どっかん屋を指差す。その先にいるのは──フローラ。
その指先に光が灯る。美優羽を殺害したときと同じ術、荷電粒子弾だ。
この殺意を前に一番最後に[#「一番最後に」に傍点]反応したのは、
「おい!」「ばか!」
という、どっかん屋たちの怒声。
その前に、ジャッジメントの面が赤く光る、警告反応。
その前に、
「いかん!」
という、牛若丸の叫び。
いずれもが、人間が反応できるよりもずっと短い時間内の出来事であった。
そのどれよりも速く、
「あんたは……」
蔵馬が息を切らせて、ワルキューレの手首を掴んでいた。
「……!?」
ワルキューレ自身、対応できないほどの速さだった。ハンデのせいで少々感覚が鈍っていたことを差し引いても、信じがたい速さ。
「あんたは……!」
その握力に、ワルキューレの仮面の下の顔がゆがむ。人の領域を遥かに超えた、トン単位の握力に。
「あんたは、遊びたいの? 殺したいの? ……どっちよ!」
心の底に響く、蔵馬の激情。余波で、足元の地面にヒビが入る。
「ガアアッ!」
ワルキューレは強引に手を振りほどき、バックステップを踏んで距離を取った。
仮面越しでも、驚愕の感情を隠しきれない。
「殺したいというのなら……許さない!」
蔵馬は腰を落として右腕を後ろに、何かの攻撃態勢に入った。
手がジンジンする。振りほどかなければ、折れていたかもしれない。
防御力自体にハンデはかけていない。その超高レベルの腕を、たかが特高レベルが[#「たかが特高レベルが」に傍点]折ろうとしたのだ。
ワルキューレの奥底から、熱いものがこみ上げてくる。
「ガアアアアアァァァァァ!」
ワルキューレが、絶叫を上げる。
歓喜か、激怒か、狂乱か。
それとも、その全てか。
ワルキューレは腕を振るう。その斬撃は、自らの髪を切った。
彼女の髪は、肩にかかる程度にまで短くなった。
「ザ・ストラテジー!」
合計10機の機動戦闘車と攻撃ヘリが再度現れ、編隊を組み始める。先程までとは明らかに違うデザインで、禍々しさすらある。
「審判! 反則じゃないのか!?」
メンバーからの焦り混じりの文句にも、しかし牛若丸は首を振る。
「ジャッジメントが反応していない。ルール内上限いっぱいで、攻撃力へ全振りしているんだ」
十字架のように並んだ編成は、風鈴が来る前にどっかん屋を全滅させようとしたときのと同じ布陣だ。
絶叫を止め、ワルキューレは腕を振り上げたまま蔵馬を睨む。腕を振り下ろせば、いつでも攻撃に転じれる体勢だ。
「ワタシガ道ヲ間違エタ時、清夢ハ懸命ニ庇ッテクレタ」
迫力とは裏腹に、彼女は静かに語る。
「ワタシガ道ヲ間違エタ時、光宙ハ身ヲ粉ニシテ無カッタコトニシテクレタ」
蔵馬も腕を後ろに、いつでも攻撃に転じれる姿勢のまま、黙って聞いている。
「……オ前ハ、ドッチダァ!」
*
現れたもののけは、土蜘蛛・ケセランパサラン・鵺の三体。いずれも、特高レベルの怪物である。
そ こ を ど け !(4倍角)
その特高レベルを、美優羽の”鶴の一声”がひるませた。
鳥と風は、意外に近い属性である。風鈴の術の一部を、美優羽も使えた。
この術の難点は、自分にもかかるということである。だが美優羽はこれを逆に利用した。
「どけ」に反応して弾かれる方向を、鳥居へ向けたのだ。
術による衝撃を飛翔術に加算し、一気に外を目指すが、いきなり視界が白くなり、後ろへ弾かれた。
ケセランパサランが立ちふさがり、美優羽を押し戻したのだ。ひるませたのもほんの一瞬に過ぎなかった。
そこへさらに土蜘蛛の吐いた糸が、美優羽の手足を縛り付ける。
「女の子はもっと丁寧に扱うものよ! ぎゃふん!」
文句を言う暇もなく、鵺に乗っかられて押しつぶされる。
「外界では臨戦霊装とかいいましたっけ。あれもなしにこの子達に敵うはずはありません。さあお妃様、祝言の続きに参りましょう。主様がお待ちかねです」
「嫌よ」
踏みつけられて息も絶え絶え、それでも美優羽は拒む。
「あたしの人生の半分を捧げるのは、あいつじゃない。風リンだもの!」
オモイカネは、彼女から発せられる神通力に、異変を感じた。
風リンに会いたい。その思いが、美優羽に異変をもたらし始めていた。
その異様な気迫に、もののけたちが気圧されて距離が開く。
「そこをどいて。あたしは、風リンに会いに行くの」
「お妃様、あなたの居場所はここです」
激情が、神通力の流れを変える。
「そこを、どけえええぇぇぇ!」
神通力が渦を巻き、美優羽を取り巻く。まばゆい輝きを発し、白一色のシルエットになる。
翼を広げ、そのシルエットは美優羽の腕に止まる。火の粉のように、燐光が周囲に舞っている。
シルエットは鳥であった。純白に輝く、大きな鳥。
オモイカネが、驚きに目を見開いている。物静かな彼女にも、思いがけないでき事だった。
「純粋な霊子の塊……それをどうするおつもりですか?」
神通力の源である霊子。それは術者の思い次第で、攻撃にも防御にも転じる。あれを全て攻撃力に転化されたら、オモイカネといえどもさすがに無視できない。
「鳳凰、天翔ける!」
術名であろう、美優羽の合図に白い鳥──鳳凰が地面すれすれを舞う。
直線上にいた土蜘蛛・ケセランパサラン・鵺は、鳳凰の爪に切り裂かれ、霧散した。
鳳凰は空高く舞い、
「次は私ですか」
構えを取るオモイカネだが、鳳凰は彼女を攻撃しなかった。逆に、美優羽へ向かって降下する。
鳳凰を飲み込み、美優羽が変貌を遂げる。そして、
「!」
オモイカネに飛びかかるかと思いきや、その横をすり抜けて一目散に鳥居の外へ飛び去っていった。
あぜんとして、オモイカネは鳥居を見ている。
そこへクスクスと、光宙の意地の悪い笑い声が聞こえてきた。
「お前なんか眼中にないってよ」
「なんとも……あれを全部移動力に転化するとは……」
「出口にもロックを掛けてたんだろ? それを安々と突破しちまうとは、あいつの臨戦霊装も大したものだ」
しかし、と光宙は恨めしそうにオモイカネを睨めつけ、
「本当に結婚させられるかと、ヒヤヒヤしたぞ?」
「私はそれでも良かったのですが……まあ、一途な娘ですね」
「……ああ、風鈴以上の激情家だな」
鳥居を見つめ、光宙は感慨深げに頷いた。
*
「天狗の、羽団扇ぁぁ!」
敵機の羽音に負けぬ大きな声で、術名を叫ぶ。
蔵馬の後方に、巨大なヤツデの葉が出現した。
「なんだあれは?」
どっかん屋もいきもの係も、牛若丸も、驚愕に見上げた。
全長20メートルにも及ぶ、いびつな形の巨大な葉。術者から見れば、空の半分ほども覆われてしまうだろう。
絶叫とともに放ったワルキューレの敵機が、蔵馬へ向かって襲いかかる。
蔵馬もまた腕を振り、巨大な葉を打ち下ろす。
このとき蔵馬が発した言葉は、「どっかーん!」。だがこの叫びは誰にも、本人にすら届くことはなかった。
猛烈な振動と衝撃が、河川敷一帯の地面をめくり上がらせる。
「庇ってくれる人……無かったことにしてくれる人……どちらでもない」
牛若丸、いや清夢は彼女の問いに、独白していた。
「あいつが本当に必要としていたもの……それは、道を間違えた時、本気で怒り、ぶん殴ってでも止めてくれる……そういう人だ……」
衝撃波がワルキューレを飲み込み、地形を一変させていく。
「ソシテソレコソガ……旅ノ、道連レ……」
全身が引き裂かれるような衝撃の中、彼女は確かに笑っていた。




