第1話(花鳥風月!1の2)
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校舎の外からは生徒達の喧噪が聞こえてくる。既に放課後のため、主に運動部の活動による物だ。耳を澄ませば、吹奏楽部が奏でる音楽も聞こえてくる。
どっかん屋の宿敵、不破光宙はルームメイトの開平橋太郎右衛門を引き連れて、さっさと寮へ帰ってしまった。
毎度光宙のいたずらに悩まされる風鈴だが、この日の放課後は開放感からか幾分機嫌が良かった。
「さて、今日の議題は最近報告が相次いでいるコロボックリについてだけど」
一般教室よりはやや狭い生徒会室で、どっかん屋は定例会議を開いていた。
ホワイトボードの代わりに壁際に立てかけられているのはPCを内蔵した大型タッチパネルモニターで、専用のマーカーでホワイトボードと同様に使える最新型である。
その割に椅子はパイプ椅子だし机も会議用の安物だが、その上にはメンバーに一台ずつノートPCが貸し与えられている。
風鈴がモニターを操作すると、学園とその周辺の地図が映し出された。専用のマーカーで、いくつかバツ印をつけていく。
「連休中にも、これだけの目撃が報告されているわ。主に学園の周辺だけど、校庭での目撃も一件あって……ってそこ!」
風鈴は美優羽をどやしつけた。花丸・留美音・美優羽のノートPCにはモニターと同じ映像が表示されているはずだが、美優羽は何か別のことをしているなと判断したのだ。
鼻息荒くノートPCにかぶりついていれば、そういぶかるのも当然である。
「うわ、なによその写真!? あたしはスケスケ白スク水でM字開脚なんてした覚えはないわよ!? 削除よ削除!」
「いやーん、あたしの秘蔵風リン画像集があぁーっ!」
美優羽のノートPCをくまなくチェックして画像関係は残らず削除し、風鈴はモニター前へ戻った。美優羽が突っ伏して机を涙に濡らしているが、そもそも借り物のノートPCに卑猥な画像を保存する方がどうかしている。
風鈴は、我関せずとばかりに教室の隅で読書にふける顧問へ恨めしげに目をやった。
姉の篠原未来はどっかん屋の顧問で、趣味は読書。現在読んでいる本には「ダイスき。」とタイトルが書かれている。ライトなノリのギャンブルものとのこと。守備範囲の広い姉である。
「コロボックリとはどのようなものかね?」
花丸から質問が上がったので、風鈴は映像を切り替えた。
モニターに映し出されたのは、人型のぬいぐるみのようなシルエット。人間の半分ほどの背丈、頭でっかちでずんぐりした体型。ぱっと見には人間の子供のようにも見える。
「コロボックリという名前は、アイヌに伝わる妖精からつけられたものね」
もののけの存在が公に認められてからまだ年月があまりたっておらず分類学が追いつかないが、このような外見のもののけをコロボックリと呼んでいる。と説明が続く。
「こいつらいたずら好きみたいで、通りがかりの人が転ばされたり、落とし穴が掘られていたりで苦情が相次いでいるのよ。レベル40くらいの神通力を使うらしくて、本来人では対処もままならないの」
「それで我々どっかん屋に対処の依頼が来たということか」
「そういうこと。レベル40ならあたし達で十分対処できるし警察沙汰になるほど被害が出ているわけでもないしね」
とりあえずは、校内だけでなく学園周辺も巡回するという方針を立て、風鈴はさて、と表情を改めた。
「次は光宙対策よ! 早いとこあいつを反省室へぶち込まないと、被害が広がる一方なんだから!」
「とりあえず被害者の参考画像を提出しまーす」
ぽちっとな、とか言いながら美優羽がノートPCを操作すると、転送された画像がモニター側に表示された。
先日スカート消しされた風鈴のアップだ。パンツのラインまでくっきり鮮明に撮影されている。
「だああぁぁ!? さっき消したばかりなのにあんたはいつの間にどうやってそんな画像ばっかり集めてくるのよ!?」
「あたしの風リンへの愛は止めどもなくわき上がってくるから!」
「あんたのは欲情でしょうが!」
わいのわいのと騒ぎ出す風鈴と美優羽。まあまあとそれをいさめる花丸。それらを尻目に、留美音はじっと自分のノートPCを見つめている。
映し出されているのはコロボックリ。何かを考え込んでいる彼女に気づく者はいなかった。
*
第一高校は高台の上にある。それはすなわち学校の前には長い坂道があるわけであり、生徒たちは毎朝この坂を上ってこなければならない。
光宙は一度この坂道を下り坂へ変えたことがあるが、もちろん光学的なだけで体力的には意味がなく、その上どっかん屋にお仕置きされたのでそのいたずらは以来していない。
「くわおあぁーーーー……あふぁふぁふ」
盛大なあくびの最後に疲れたように息を吐き、光宙は眠気で膜の取れきれない瞼をこすった。
「眠そうだな、光宙?」
坂の下には畑が広がっていて、そろそろ田植えの時期である。道路だけはむやみに整備されているものの、幹線道路は一本向こうということもあって、この道路は自転車と歩行者がほとんどである。
道路の真ん中をのんきに歩く光宙へ、荘重な声がかかった。
目を向けた先にいるのは、小柄な女生徒。ウエーブのかかった柔らかそうな栗色の髪は、光の加減によってはピンク色にも見える。好奇心の強そうな瞳が印象的な愛らしい顔立ちだが、制服の着こなし方や口調から、良家の育ちであることがわかる。
綾瀬川花丸はどっかん屋のサブリーダーにして、光宙とは中学時代からの友人である。
「ああ、ゆうべはエモンと徹ゲーしてたんだ」
「僕は途中で寝たけどね」
あくびをかみ殺しながら答えると、中性的な少年の声が後に続いた。
学ランを着た男装女子にも見えかねないが、彼はれっきとした男子生徒である。
開平橋太郎右衛門も中学時代からの光宙の友人で、進学してからは寮のルームメイトでもある。
中学時代は、光宙・太郎右衛門・風鈴・花丸の四人で登下校をともにしたものだが、今朝は風鈴が学級委員の仕事のため先に行っている。
「まあ徹夜自体は構わぬが、授業中に居眠りしているような姿は見せる[#「見せる」に傍点]なよ? 風鈴はクラスが違うとはいえ、私がいるのだからな」
「ああわかってる。なるたけ真面目に授業を受けているように見せる[#「見せる」に傍点]よ」
たいがい私も甘いな、と花丸は内心苦笑する。光宙は寝ながらでも神通力を使えることを知っているからだ。
「それより、最近はコロボックリが悪さをしているそうだから気をつけろ?」
「コロボックリ?」
昨日の会議を思い出しながら、花丸は説明する。
「ああ。コロボックリというのはもののけの一種で、背丈は人の半分くらい、ずんぐりした体型で、服装はアイヌっぽく……」
「ああいうのか?」
「そうそう、ああいう……っておい!」
思わず乱暴な口調で、花丸は突っ込んだ。今まさに悪さの最中のコロボックリに出会ってしまったのだ。
「ふええ、返してくださいよう。それを持って行かれると、困りますー」
なんか鈍くさそうな女生徒に、三匹のコロボックリがまとわりついている。一匹が背中に張り付き、一匹がきゃっきゃとはやし立て、一匹が奪ったカバンを引っかき回している。
おとなしそうな女生徒を狙うあたり、カラスやニホンザルが弱そうな人間を狙うのと同じ理屈だろうか?
「私の目の前で悪行とは良い度胸だ、もののけめ」
神通力が、花丸をまとう。制服の両袖から植物の蔓が現れる。”蔓”は、花丸が最も得意とする神通力だ。
「まあ待て」
「にょお!?」
術を放とうとした花丸のスカートをつかみ、光宙が制止した。
わざわざ一度しゃがみ込んでスカートの裾をつかみ、そのまま立ち上がるものだから思いっきりスカートめくりの格好になってしまった。
ベージュ色でレースの花柄。さすが学園長の孫娘、育ちの良さがパンツからも伺える。
「なにをするか!」
瞬時に蔓で顔面を縛り上げられる光宙。
「息が出来ませんがな」
「バラの茎にしなかったのがせめてもの情けと知れ」
すぐにむしり取れるところから本気の攻撃ではないとわかるが、花丸はさすがに憤慨している様子だった。
こちら側の騒ぎに気づいたか、コロボックリが女生徒へのいたずらをやめてこちらを見ていた。
一匹は腹を抱えて笑い、一匹は指をさして笑い、一匹はおしりペンペンしている。
品行方正真面目一辺倒の光宙も、さすがに今のはイラッときた。
「何を言ってるのかよくわからないが、何を言ってるのかよくわかるヤツだな」
「みっくんの言ってる意味もよくわからないけどよくわかるね」
太郎右衛門の突っ込みはとりあえずスルー。
「ああいう手合いはやっつけるよりもびびらせた方が効果的だ」
言って光宙は、神通力を発動させる。
コロボックリと女生徒のいる空間が暗くなった。外側からは若干暗くなった程度にしか見えないが、内側からは夜のように暗いはずだ。
驚いてきょろきょろ見回すコロボックリ達。それをさらに囲うように、人影が現れた。
頭部はニンジン・ダイコン・キュウリ・ナスなど。身体は人型で、和服を着込んでいる。見るからにお化けといった風体が、ゆらゆらと身体を揺らしながらコロボックリに迫る。
「もったいねー」「もったいねー」「もったいねー」
それっぽい声色で、光宙がアフレコを入れる。信じ込んだのか、コロボックリ達は震え上がっている。
もののけ、コロボックリのいるこのご時世だ。お化けがいても不思議ではないが、
「しかしなぜもったいないお化け?」
ほうけて見守っていた花丸が、何となく質問をしてみる。光宙は鷹揚にうなずき、
「うむ、俺にもわからん」
「わからないんだ……」
疲労感を覚える花丸であった。
這々の体で逃げ出すコロボックリを見送り、光宙は腰を抜かした女生徒へ優しく手をさしのべた。
「無事だったかい? なあに、礼はデート一回で十分さ」
白い歯をきらりと光らせるあたり、実に神通力を無駄遣いしているといえよう。変に格好をつける光宙をジト目でにらむ。
花丸の視線に気づいたか、女生徒はおどおどと頭を下げた。
「ご、ごめんなさーい、野菜もちゃんと食べますからー」
「うむ、野菜も食べねば丈夫になれぬぞ」
「と野菜の精霊人が申しております」
「花の精霊人だ!」
花丸と光宙の漫才を困ったように見つめる女生徒。たぶん何も考えていないであろう、太郎右衛門はニコニコとことの成り行きを見守っている。
そんな場へ、別の女生徒の声がかかった。
「こら山吹、なにやってんのよ。急がないと遅刻するわよ?」
「あ、いけない。私、行きますね」
「姉御、おはようございます!」
山吹と呼ばれた女生徒は合流した二人と一緒に足早に坂を上っていった。
「知り合いか?」
姉御呼ばわりされて面食らっていた花丸に、光宙が聞いた。
特に隠すことでもないがなんとなく答えづらい物を感じながら、花丸は苦笑気味に言った。
「あいつらは環境委員だよ。通称、いきもの係だ」
*
朝から一悶着あったせいで、遅刻寸前だ。校門をくぐって花丸と一度分かれ、光宙は太郎右衛門とともに足早に男子ロッカーへ向かう。
靴を脱いで板敷きに乗り、光宙はちょうど目の前の高さにある自分の下駄箱を開けた。
便せんが入っていた。
光宙は下駄箱を閉めた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。幻覚が見えた気がしてな」
「光の精霊人なのに?」
光宙は呼吸を整える。無意識に自分の願望が神通力として発動してしまった可能性を考えたのだ。意識的に神通力を抑え、
「坊さんが屁をこいた!」再び下駄箱を開ける!
「みっくん、何を言ってるのかよくわからない上に何を言ってるのかよくわからないよ!?」
太郎右衛門の突っ込みは無視し、下駄箱の中をのぞき込む。
やっぱりある。
「ふむ」
なにやらイベントの予感がする光宙であった。




