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花鳥風月!どっかん屋  作者: 舞沢栄
勾玉祭祀!どっかん屋
172/172

第21話(勾玉祭祀!下巻 1の5・前編)

         5


「あたしは──あんたなんか怖くない! 怯えているのはあんたの方でしょうが!」


 ──あのとき、確かにここまで言葉が出かかっていた。


「──今度はあたしがあんたを助けるから──だから、いつまでも泣いてんじゃねえよ、バカヤロー!」


 ──そう、叫びたかった。だいらだぼっちへ。そして、弟へ。


 幼き頃の、海での出来事。あの時のトラウマは、もう二度とくじけないという決意によって乗り越えられるはずだった。

 それなのに。


 ──もう、諦めろ──


 誰かのささやき声が聞こえたような気がした。


 ──お前は所詮か弱き女。女が戦おうなどというのがそもそもの間違いなのだ。


 あるいは、自分の中の弱き心だったのかもしれない。


 ──心配はいらない。すぐ隣りにいる、あいつに任せればいい。お前なんかよりもずっと強い男だ。


 違う。光宙(みつひろ)はそんなに強くはない。だから、あたしが守ってやらないと。

弟妹を守るのが、年長者の努めだから!──


 ──だが、お前は弱い。弱きは強きに守られるのが条理。…もう…諦めろ…


 そして、風鈴は悪魔の囁き、弱き自分の心に屈し、膝を折った。


         *


「まぁーったくー。つきあわされるこっちの身にもなってほしいぜ」

 いきもの係の一員、都島(みやこじま)ひばちが、汗で濡れた真紅の髪を振って乾かしながら、そうぼやいた。

 開平橋上江(かいへいばしかみえ)都島(みやこじま)ひばち、小鹿山吹(こじかやまぶき)(ひびき)あすなろ。

 いきもの係はどっかん屋と同様、特高レベルの精霊人で構成される。

 普段は名前の通り校内の動植物の世話をしているが、有事となればどっかん屋の補助要員として活躍する。

「まあまあ。おかげであたしたちもレベルアップできてるんだし」

 玉の汗をかきながらも、上江はスポーツドリンクを片手に同僚をなだめている。

「汗はプールで流すと良いっすよー」

「あすなろの臨戦霊装(夏)はちょっとエッチだと思いますぅ」

「そんなことないっすよー」

 微妙に当事者ではないからか、いきもの係は気楽な様子ではあった。

「はいはい、プールは後でね。もうちょっと汗をかいてもらうよ」

 ぱんぱんと手をたたき、休憩終わりとうながす女性。

 古代ギリシャ風のゆったりとした白い衣装、仮面を被ってはいるがある程度以上の精霊人なら表情は読み取れる。やや軽い調子ながらもなかなかの美女だ。

 ロシア連邦と条約を結ぶ数の超高レベル精霊人、ユークリッドが特別コーチとして学校へ招かれていた。

「呼んでおいてなんだけど、よく日本に来れたわね」

 風鈴の姉、未来の同級生でもある彼女は普段は条約に従って、ロシアが実効支配し、日本は領有権を主張している北方領土の国後島に在住している。

 これがまた国際問題をややこしくしているのだが、それはさておき。

 本日このユークリッドが、どっかん屋の特別コーチとして特訓の指導にあたっていた。

「終戦の時期だからね」

 ユークリッドは肩をすくめ、集まってきた生徒たちに語り始めた。

「超高レベル精霊人も毎年最低一人は追悼式に参列しに来日しているのさ。条約的に全員は無理だけど、誰も参列しないとうるさい団体とかいるしね」

「なるほどー」

 生徒たちの方は棒返事だったが、ユークリッドはなんか思うところがあるのか、語りに熱がこもってきている。

「まったくあいつら、うるさくてかなわないよ。太平洋戦争ともののけ事変、神通力と核兵器を一緒くたにして、追悼式で土下座しろなんてのまでいるんだぜ? だいたい僕らより何世代も前の話をいつまで経ってもねちねちねちねち「あーはいはい愚痴はまた今度ね」

 生徒たちの方は、あーなんか超高レベルも大変そうだなー、強くなりすぎるのも考えものかなーといった反応。

 ひそひそと、未来は同僚へ耳打ちする。

(それより、頼むわよ?)

(ああ、君にしちゃイージーミスだったね 妹をへこませてしまったって?)

(ええ…、風鈴はY=X、光宙(みつひろ)くんはY=2Xだって…)

 苦笑するユークリッド。

(いくら頑張っても引き離されていく一方ってか 得手でない数学を例えにするからだよ)

(だからあなたを呼んだのよ)

(はいはい)

 汗で濡れて体操服が張り付いた風鈴のおっぱいをガン見しながらスポーツドリンクをガボガボ飲んでいる美優羽を、ユークリッドは名指しした。

「美優羽だったね、彼女の身体を好きにしていいよ」

「ちょ!?」

 風鈴の声が裏返る。

「ほーん、まに?」

 と、美優羽は孔雀のポーズ。

 孔雀のポーズ・改なら相手への魅了とステータスダウンだが、とりあえずポーズだけなので特に意味はない。

「ああ、遠慮なくゴー」

 身も蓋もなくけしかけるユークリッドには文句のひとつも言いたいところだが、美優羽が妄想モードに突入、いつ襲いかかってくるかわからないので文句は後回しにし。

「くっ、しょうがない、かかってきなさい!」

 腰を落として両腕を広げるさまは、弟弟子に稽古をつけようという関取のようでもある。

 みるみる美優羽のボルテージが上がっていく一方で、ユークリッドは風鈴へ以心伝心(テレパシー)を送っていた。

(思い出すんだ。悩みを全部、思いの丈を彼女へぶつるんだ)

 その以心伝心(テレパシー)には、どこで情報を得たのか、直近の嫌なことをリアルに再生してくれた。


 玉藻前が転校してきた日の帰り。

 彼女が安全なもののけかを見極めるために、どっかん屋はショッピングモールのフードコートで一緒に会食して話し合った。

(風の小娘よ。そちにとって家族とはなんじゃ? お(もー)は元来、天涯孤独の身じゃ。家族と信じていたものに裏切られる絶望、まことに考えたことはあるのかえ?)

 彼女もまた、光宙(みつひろ)へ強い思いを抱いていた。

(おもーにとっては、ともにおれなくなるほどのことだったのじゃ。おのれのしでかしたこと、胸に手を当ててよおく考えるのじゃな!)

 だから、何も言い返せなかった。


「フゥゥゥリンちゃあぁぁーん!」

 鳳凰の臨戦霊装をまとい、美優羽は空高く舞い上がる。

 そして何を思ったか、臨戦霊装を解き、下着姿へ。

 急降下しつつもその平泳ぎのような格好。

 ルパンダイブで美優羽は風鈴へ襲いかかった。

「わかってるわよそんなことはぁーー!!「のええぇぇーー!?」

 風の圧力波ウィンド・プレッシャーで迎え撃たれ、竜巻の中をぐるぐるきりもみ回転しながら、美優羽は空高く返り討ちにされた。

 ずしゃあっ、と顔面から地面へ叩きつけられる。

「わかってるわよ…そんなことは…! だから、あたしは…!」

 わなわなと荒い息で、風鈴は肩を震わせている。

 そして美優羽も悶絶にうめいていた。

「風リン、ひどい…。これなに? なんかのヤツアタリ?」

 はっと我に返る風鈴。

「ち、違うから。そもそも反撃しないとは言ってないわよ? さあどんどんかかってきなさい!」

 再び兄弟子のポーズで誘いをかける風鈴に、美優羽は直ちに復活。

「力ずくでヤッちゃっていいってことね、ならばお望み通り!」

 鷹のポーズ・改。

 相手への威嚇と自身のステータスアップ。

 格上の風鈴に威嚇は通じていないが、美優羽もさらに本気を出してきたようだ。

群鶏・八十一(ぐんけい・やそいち)!」

 美優羽の背後に大きく浮かび上がる、格子状の小屋。

 その中には鶏が所狭しと敷き詰められている。

 ミサイルランチャーに見立てているのか、なかなか豪快な神通力のようだ。

真空裂盤刃・九十九アトモス・エッジ・ナインティナイン

 風鈴も負けてはいない。

 得意の攻撃技を、これまでとは桁違いなほどに規模を拡大してきた。

「よいしょっとぉーー!」

「こしゃくなぁーーー!」


「すごい攻防だな、向こうは」

 あいつら本当に特高レベルか? と自分の特訓を忘れて、呆れた様子の花丸。

「性欲が絡むと、美優羽は強い」

 さもありなんと、留美音。

 遅れを取るわけには行かないと、二人は臨戦霊装をまとって向かい合う。

「それじゃあこちらは、光宙(みつひろ)を連れ戻したらどちらが先に声をかけるか賭けようか」

「告白権?」

「そうだ」

 激闘の二人に触発され、花丸と留美音も模擬戦を始めた。

「リスペクトを受けたぞ……地下茎・八十一(ちかけい・やそいち)!」

 かつてワルキューレがこの術を真似た時、彼女は100体以上になった。

 そこまでは及ばないにしても、花丸も着実にレベルアップをしているようだ。

「なら、私は……スペクトル「分身撃ちとかいうのは却下だぞ?「……七身乱舞・虹(しちしんらんぶ・にじ)と名付ける」

 術名を名乗る前に却下され、七色に分身した留美音は術名を改めた。


「…思いの丈をぶつけ(物理)になってるけど?」

 風鈴対美優羽、花丸対留美音の乱取りを、未来は呆れ半分で眺めている。

「数の精霊人ならではの、論理的に彼女の悩みを解決させてほしかったんだけど」

「まあ論破は得意だけどそれで納得させたって、本当の成長には結びつかないからね。決意と結論は、自ら導き出さなければならない」

 マスク越しにもわかる優しい目で、ユークリッドは微笑む。

「それに、あの子にはあの方が似合ってるんじゃないかな?」

 無我夢中の乱取りに、色々吹っ切れてきているようには見えた。

「…まあ、ね」

 特別コーチらしい含みを、ユークリッドは見せた。

「それと、私からも彼女に伝えておきたいことがあってね」

「ふうん?」


「オ前タチ、楽シソウナコトヲシテルジャナイカ」


 以心伝心(テレパシー)によるものか、突如の声が響き渡り、一同は手を止めて空を見上げた。

「ワタシモ混ゼテクレナイカ?」

 ワルキューレを先頭に、メアリー・タマモ・お雪を引き連れて。

 悪戯(トリック)班がどっかん屋の修行に乱入してきた。


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