第21話(勾玉祭祀!下巻 1の4・後編)
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二人の思い出は、彼らを取り巻く悪戯班にも見えていた。
てゆうか映像が周囲に浮かび上がっている(神通力)。
二人は時折、本当の姉弟のような仲の良さを見せる。本来は天涯孤独の光宙だが、決して不幸な生い立ちではないことがわかる。風鈴がこれを見ていたら、嫉妬の地団駄を踏んでいることであろう。
そんな二人を眺め、右へ左へ首を傾げながら、タマモがうなる。
「なんじゃろう、この感じ…。嫉妬? なわけはないな。うーん…既視感? どこかで見たような、そうでもないような……」
一方、ワルキューレには見覚えでもあるのか、額を付け合う二人にニヤニヤしていた。
「わらわは思い出したのじゃ!」
タマモがポンと手を打ち、語りだした。
「先代どっかん屋の首領の屋敷へ忍び込んだときのことじゃ。あそこの書物にこんな場面が書かれてたのじゃ。そうあれは、こぴーろぼ「ソオイッ!「っとのじゃああぁぁ!?」
食べかけのポテチ(サワーオニオン味)を顔面に叩きつけられ、タマモはどんがらがっしゃんと部屋をもんどり打った。
そのタマモに、ワルキューレが立ちふさがる。
「フッ、無粋ナノジャろりメ、ミナマデ言ウナ」
玉藻前は大人の姿に切り替え、怒りの形相で掴みかかる。
「わらわに楯突くとは良い度胸じゃガキンチョめ!」
──1周めでもやってたな、あれ。
取っ組み合いを始める二人を横目でチラリ、光宙が苦笑い。
都姫は以心伝心に当てられ、少しばかりほうけていたようだ。
浄化の風のない中あまり強くやると洗脳になってしまうので、加減には気を使ったのだが。
はっと目を覚ましたように周囲を見回し、都姫はひとつうなずく。
「うん、事情は大体わかった この2周めでは少し早めにうちが覚醒したのも、1周めとの縁があるからやろな」
腰に手を当て苦笑い気味に、
「しっかし、篠原さんに活を入れるためだけにこんな大掛かりなことをやっとるはなあ」
光宙は思う。風鈴はこんな大掛かりなことをしなければならいほどに、そう簡単に心折れるような性格はしていなかったはずだ。
風鈴の心を折れさせる、なにか外圧が加わったのではなかろうかと。
「さて、ツキ姉に何をしてほしいかは伝わったと思うが」
「うん、あれやな」
鷹揚に、都姫はうなずく。
「みっくんのも見してくれるか?」
「ああ」
おおむね見せたいものは見せ終えたし、光宙は本来の姿へ戻っている。首に下げられていた勾玉の首飾りを、都姫に手渡す。
都姫は”よおく見る”で首飾りをしげしげと注意深く眺め、
「うん、やっぱりこれは八尺瓊勾玉に間違いあらへん」
と断言した。1周めの最後の時、言いかけていた言葉だ。
日本神話に伝わる三種の神器のひとつ、八尺瓊勾玉。
三種の神器のうち、八咫鏡と八尺瓊勾玉はアマテラスを岩戸から引きずり出すために、オモイカネの発案で作ったものとされている。
しかし、とツクヨミはもう一人の神へ視線を送る。
ここまで黙っていたオモイカネが、しずかに答えた。
「はい、八咫鏡は私の発案ですが、八尺瓊勾玉は父、タカミムスビの発案です」
「せや。八尺瓊勾玉は、タカミムスビの象徴とも言えるわけや」
身体に負荷がかからない程度にもう一度”よおく見る”で空へ透かすように眺めるも、
「今は抜け殻のようになっとるけど…」
少々違和感を覚えているようではあったが。
(ツクヨミでもやはり見きれないか)
「うん?」
「いや、どちらにしても、これが1周めに戻るために必要なキーアイテムなのは間違いない」
光宙は、宇美から渡されたこの首飾りをこう分析し、今も解析を続いけているのだ。
都姫は少々苦笑い。
「しっかし、まさかみっくんがタカミムスビの跡取りとはなあ」
「もともとその気はなかったんだが、必要に迫られてな」
「必要?」
ここまでの解析結果を都姫、いやツクヨミへは打ち明けることにした。
「スサノオとタカミムスビ、どちらの思惑かはわからないが、この2周目は作られた世界だ」
断言する光宙に、ツクヨミのみならず鉄面皮のオモイカネも息を呑んだ。
じゃらりと手にした首飾りを差し出す。
「1周めへ戻るためには、この八尺瓊勾玉に光を取り戻す必要がある。そのためにも、夜の食国の泉を借りたい」
「……なるほど、八尺瓊勾玉に光を取り戻すとなると、相当大掛かりなことになりそうやな」
「行くことはできないが、この亜界からなら夜の食国の様子を見ることはできる。オモイカネ」
「はい」
指示を受け、オモイカネは一同を「遠見の広場」へ案内する。
ここでは実界の他、他の亜界の様子も映し出せる。ちなみに録画機能もあるようです。
「あー、やっぱり荒廃しとるなあ……。うちんとこのは自慢の泉やさかい、大規模な術式にも耐えられると思うけど、まずは夜の食国のシステムを再起動しないとなあ」
難しい顔をして、ツクヨミはうなる。
「今すぐ戻れたとしても、整備に1ヶ月くらいかかるかなあ」
「ギリギリだな」
「ギリギリ?」
(…………)
ここまで、太郎右衛門は興味深そうに話を聞いていたが、ワルキューレは少しばかり退屈そうにしていた。
相変わらず、政治や世界、神話には興味がないようだ。
メアリーは、ワルキューレと太郎右衛門に耳打ちした。
「難しい話は二人に任せて、俺達はちょっと遊びに行かねえか?」
「オッ、ソウダナ」「のじゃ」
暇そうから一転子供の笑顔で、ワルキューレは同意した。
太郎右衛門は少々名残惜しそうだったが従い、メアリーたちはこっそり退出していった。
オモイカネを従えつつ、光宙と都姫の密談は続いている。
「夜の食国の再興はツキ姉に任せるが、もうひとつ。さっきも言ったことだが…」
「うん、気は引けるけど、うちも宇美が最近ちょっと様子がおかしいのは気になってん」
宇美は夏休みに入る直前の時、悪戯班と邂逅している。あのときすでに宇美はスサノオらしき片鱗を見せていた。
実の姉たる宇美がこれに気づかないはずはない。
「ウミ姉は、今が2周めだということを自覚しているのだろうか?」
「わからんけど…」
思い返し、はにかみながら都姫は語る。
「宇美なあ、とっても良い子やで。記憶障害気味のうちのサポートをよくこなしてくれてるし、うちの生徒会長として足らん部分もばっちり補ってくれとる。なんと、夕ご飯の支度まで手伝ってくれるんやで?」
そして先ほどとは対象的に、難しそうに首をひねる。
「けどなあ…なーんか昔とは違う、微妙なよそよそしさを感じるんや。せやからか、うちも神に関する核心部分には触れられへん……」
だんまりになってしまう都姫。
光宙はバシッと手を叩いてこの沈黙を破った。
にやりと悪役っぽい笑みを見せる。
「んじゃ、そろそろあいつを起こしに行くか。1周めではなかなか手強いヤツだったぜ?」
「え、誰?」
*
光宙と都姫が今後の計画を話し合っている一方、どっかん屋は夏休み返上で特訓に明け暮れていた。