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屋台のお面屋さん

屋台のお面屋さん ピンクのお面

作者: ウォーカー

 この話は、屋台のお面屋さんシリーズの6作目です。

本編の5作全てを読んだ後でこの話を読む、という想定になっています。


屋台のお面屋さんシリーズ

https://ncode.syosetu.com/s3447f/


 これは、神社のお祭にやってきた、ある男子中学生の話。


 その男子中学生は、クラスメイトの男女数人と、神社のお祭に来ていた。

クラスメイトたちは、お祭りの屋台を見て、楽しそうに話をしている。

「見て、あの屋台のたこ焼き、美味しそうよ。」

「どれどれ、俺も食べてみようかな。」

美味しそうな、たこ焼きの屋台を見かけて、

数人のクラスメイトたちが屋台に近寄っていく。

その男子中学生は、クラスメイトたちについていくでもなく、

少し離れたところから、それを眺めている。

クラスメイトたちは、時にはみんなで同じ屋台に行くこともあれば、

その男子中学生が今しているように、それぞれが別々に行動することもある。

クラスメイトの集団としているが、それぞれが自由に行動していた。


 その男子中学生が、たこ焼きの屋台に行くでもなく佇んでいると、

クラスメイトたちの先頭を歩いていたクラス委員長の女子が、

笑顔で近付いてきて声をかけた。

「あなたは、みんなと一緒に屋台に行かないの?」

クラス委員長の女子は、後ろに手を組んで、

下から顔を覗き込むように見上げてきた。

その男子中学生は、クラス委員長の女子と目が合って、

ちょっとどぎまぎしながら返事をする。

「う、うん。今はお腹は減ってないから。

 全員で同じところに行かなきゃいけない、ってわけじゃないし。」

その男子中学生の応えを聞いて、クラス委員長の女子は頷いた。

「そうね、好き好きでいいと思うわ。

 全員が無理に一緒にいなくてもいいのよ。」

クラス委員長の女子の言葉に、その男子中学生が少し驚いて聞き返す。

「クラス委員長、ずいぶん融通がきくようになったんだな。

 てっきり僕は、協調性がないって怒られるかと思ったのに。」

クラス委員長の女子は、苦笑いをして応える。

「以前のわたしだったら、そうしてたかもね。

 あなたこそ、人と合わせるために無理をしなくなったのね。」

「うん。

 協調性っていうものが、

 みんなと一緒にいるために無理をすることではない、

 ということが分かったから。」

「お互い、このお祭りで変わったのかもしれないわね。」

「うん。そうだね。」

その男子中学生とクラス委員長の女子は、顔を見合わせて頷き合った。

そのまま、ふたり並んでお祭りを歩く。

どちらも口を開くことはないが、気まずい感じはしない。

むしろ、気を使わなくていいことに、居心地の良さを感じていた。

すると、たこ焼きの屋台に向かったクラスメイトたち数人が、

きゃあきゃあと騒ぎながら戻ってくるのが見えた。

それを見ながら、

クラス委員長の女子が、その男子中学生の顔をまっすぐに見て言った。

「でも、気をつけて。

 油断しているときこそ、怪我をするものよ。

 事故というのは、帰り道によく起きるものだから。」

まるで予言のようなことを言われて、

その男子中学生は、気味が悪そうに、体をぶるっと震わせた。。


 その後も、

その男子中学生とクラスメイトたちは、お祭りを楽しんでいた。

しばらくクラスメイトたち一緒にお祭りをまわっていたが、

やがて、分かれ道に差し掛かった。

「おっ、あっちはくじ引きか。楽しそうだな。」

「いいわね!行ってみたいわ。」

「俺は、向こうの屋台を見てまわりたいな。」

「歩き疲れたから、少し休みたいわ。」

クラスメイトたちそれぞれで、やりたいことが違った。

それを聞いたクラス委員長の女子が、クラスメイトたちを見回して言った。

「みんなそれぞれで、やりたいことが違うみたいね。

 じゃあ、しばらく自由行動にしましょうか。

 学校の先生には、お祭りは集団行動でと言われているから、

 しばらくしたらまた合流しましょう。」

それを聞いて、クラスメイトたちはそれぞれ返事をした。

「わかったぜ。」

「はやく行きましょう!」

「あ、ああ。俺はトイレに行きたいから、ちょっと遅れていくよ。」

「じゃあわたしたちは、先に行ってるわね。」

クラスメイトたちは、それぞれ行きたい場所に向かって散っていく。

その男子中学生も、自分が行きたくなったほうへ歩き始めた。

すると、視界の端で、クラス委員長の女子のところに、

サッカー部のエースの男子が近付いていくのが見えた。

学校の人気者である、サッカー部のエースの男子が、

ひとりでクラス委員長の女子のところに行くのは珍しい。

その男子中学生は、それがなんとなく気になって、聞き耳を立てた。

ふたりの会話が聞こえてくる。

「クラス委員長、ちょっと話があるんだけど、向こうで話せないか?」

「話?ここじゃだめなの?」

「あ、ああ。人前では話しにくい内容なんだ。」

「仕方がないわね。少し後にしてもらってもいいかしら。

 委員会の子たちと、打ち合わせがあるの。」

「ああ、いいぜ。

 じゃあ後で、向こうの屋台の列が終わるところまで来てくれよ。」

「わかったわ。」

その男子中学生は、ふたりの会話が気になったが、

それ以上立ち聞きわけにもいかず、その場を離れた。


 その男子中学生は、クラスメイトたちと分かれて自由行動になって、

ひとりでお祭りの屋台を見てまわっていた。

しかし、頭の中では、さっきの出来事がずっと引っかかっていた。

その男子中学生は、独り言を言いながら考えた。

「あの人気者のサッカー部のエースが、

 クラス委員長とふたりっきりで話をするなんて、気になる。

 そんなことをするのは、今までに見たことがない。」

そうしてその男子中学生が考えている間に、時間だけがどんどんと過ぎていった。

その男子中学生は、何かに気がついて、頭をぶんぶんと左右に振って考え直す。

「いけないいけない。

 そんなことをずっと考えていたら、

 せっかくの自由行動なのに、全然集中出来なくなる。

 気持ちを入れ替えなきゃ。

 人のことは人のこと。自分のことに集中しよう。」

その男子中学生は、さっきのことはなるべく考えないようにして、

お祭りの屋台を見てまわるのに集中しようとした。

そうしているといつの間にか、

その男子中学生は、お祭りの端にたどり着いていた。

お祭りの屋台は、そこで途切れていたが、

そのお祭りの端から少し離れたところに、もう一軒だけ屋台があるのが見えた。

「あの屋台は何だろう。見に行ってみようかな。」

その男子中学生は、お祭りの端から少し外れた屋台の方に歩いていった。


 その男子中学生は、

お祭りの端から少し離れたところにある、その屋台に近付いていった。

屋台に近付くにつれて、様子がだんだんと見えてくる。

その屋台には、黒い壁が立てられていて、

そこに、狐や狸など、動物の顔のお面がたくさん飾られていた。

たくさんのお面を目の前にして、その男子中学生は声をあげた。

「お面がいっぱい飾られてる。

 この屋台はお面屋かな。

 すごいな。このお面、まるで本物の動物の顔みたいだ。」

黒い壁に飾られている動物の顔のお面は、どれも精巧に出来ていて、

まるで本物の動物の顔のようだった。

「本物そっくりの動物の顔のお面なんて、どうやって作ってるんだろう。」

その男子中学生が、その黒いお面屋のお面を見て感心していると、

黒い法被を着た男が姿を現して、声をかけてきた。

「・・お面に興味があるのかい?」

急に話しかけられて、その男子中学生は、ちょっと驚いて返事をした。

「う、うん。でも、動物の顔のお面はもう十分かな。

 人間の顔のお面でもあればよかったんだけど。」

その男子中学生は、驚いたことを隠したくて、ちょっと強がりを言った。

すると、黒い法被を着た男が、静かに頷いて応えた。

「・・あるよ。」

「えっ?」

「・・・あるよ。こっちに来てご覧。」

黒い法被を着た男が、お面屋の屋台の裏面から手招きをしている。

その男子中学生は、黒い法被の男に招かれるがまま、

黒いお面屋の屋台の裏面にまわった。


 「うわっ、何だこれ、本物じゃないよな。」

その男子中学生は、黒いお面屋の屋台の裏面を見て、驚きの声をあげた。

黒いお面屋の屋台の裏面には、表面と同じく黒い壁が立てられていて、

そこに、たくさんのお面が飾られていた。

しかし、そこに飾られていたのは、動物の顔のお面ではなかった。

そこに飾られていたのは、人の顔のお面だった。

黒いお面屋の屋台の裏面には、

本物そっくりに精巧に作られた、人の顔のお面がたくさん飾られていたのだった。

「すごい、まるで本物の人の顔が飾ってあるみたいだ。

 あっちのお面は、有名人の顔のお面だ。

 むこうのお面は、テレビで見たことがある顔だ。

 そして、あれは・・・なんだ?まさか・・・」

その男子中学生は、そこに飾られているお面の中に、

見知った人の顔のお面があるのに気が付いた。

それは、お祭りに一緒に来ている、クラスメイトたちの顔のお面だった。

その男子中学生は、クラスメイトたちの顔のお面を見つけて、驚いて言った。

「あれは、僕のクラスメイトたちの顔のお面じゃないか。

 有名人でもないのに、どうしてお面屋にお面があるんだろう。」

それを聞いて、黒い法被の男が応える。

「あれは、さっき出来たばかりのお面だよ・・。

 よかったら試着も出来るけど、やってみるかい・・?

 最後に返しに来てくれるなら、お面を被って他所に行ってももいいよ・・。」

「・・・人の顔のお面の試着?」

そう言われて、その男子中学生は、顎に手を当てて考えた。

そして、顔を上げて返事をした。

「人の顔のお面なんて面白そうだ。試着したい。」

そうして、その男子中学生は、人の顔のお面の試着をすることにした。


 その男子中学生は、黒いお面屋の屋台の裏面にある、

人の顔のお面の試着をすることにした。

「どうせ被るなら、クラスメイトたちの顔のお面を試着してみよう。」

そう言うと、その男子中学生は、黒い法被の男にお面をひとつ手渡してもらった。

その男子中学生が手渡されたお面は、

サッカー部のエースの男子の顔のお面だった。

「これは、サッカー部のエースのあいつの顔のお面だ。

 よし、試しに被ってみよう。」

その男子中学生は、手渡されたお面を顔に被せてみた。

お面は顔に吸い付くようにして、ぴったりとくっついた。

お面越しに向けられた鏡で顔を確認する。

お面を被った顔は、まるでその顔の持ち主本人になったように見えた。

どう見ても、人の顔のお面を被っているようには見えない。

「すごいな、まるでサッカー部のエースのあいつになったみたいだ。

 このお面を被っていれば、

 サッカー部のエースに、なりすますことが出来そうだ。」

その男子中学生は、黒い壁を見渡すと、

そこに飾られている他のお面も見てみた。

すると、黒い壁の中ほどに、クラス委員長の女子の顔のお面があるのを見つけた。

その男子中学生は、そのお面を指差しながら尋ねる。

「あの女子の顔のお面を被ってもいい?」

「ああ、構わないよ・・。」

黒い法被を着た男は、首を縦に振って返事をすると、

クラス委員長の女子の顔のお面を取って手渡してきた。

その男子中学生は、手渡されたお面を受け取った。

そして、今被っている、サッカー部のエースの男子の顔のお面を外すと、

クラス委員長の女子の顔のお面を被ってみた。

先ほどと同じ様に、お面越しに鏡で顔を確認する。

やはり、このお面も本物のように精巧で、

お面を被っているようには見えなかった。

「すごいな、クラス委員長の顔のお面も、まるで本物みたいだ。

 でも、さすがに、体格が違う女子になりすますのは無理だろうな。」

その男子中学生は、名残惜しそうに、お面を外そうとした。

すると、後ろから声が聞こえた。

「・・あるよ。」

声の主は、黒い法被の男だった。

黒い法被の男が、うつむき加減に、もう一度言う。

「・・あるよ。」

「あるって、何が?」

その男子中学生の疑問に、黒い法被の男がゆっくりと応える。

「女の子の顔のお面に、興味があるんだろう・・?

 ・・あるよ。

 こっちに来てご覧・・。」

黒い法被の男が、屋台の側面から手招きをしている。

「あるって、何がだろう。」

その男子中学生は、黒い法被の男に招かれるがまま、

今度は、黒いお面屋の屋台の側面を覗き込んだ。

「・・・なんだこれ。」

そこにあったのは、浴衣や化粧道具などだった。


 その男子中学生は再び、ひとりでお祭りを見てまわっていた。

しかし、その姿は、お祭りに来た当初とは全く違っていた。

その男子中学生は、クラス委員長の女子の顔のお面を被り、

そして・・・女物の浴衣に着替えていた。

お面の顔には、うっすらと化粧までしている。

さっき見た、黒いお面屋の側面には、

女装が出来るような道具や衣装が用意されていた。

その男子中学生は、それを使って、女子になりすましたのだった。

その男子中学生は今、

クラス委員長の女子のお面を被って、黒い浴衣を着ている。

その男子中学生は、

自分が今着ている黒い浴衣の裾をつまんで、くるくると回ってみた。

「浴衣なんてほとんど着たことがないけど、悪くないな。

 でも、女子の格好をしていると、なんだか変化気分になってくる。

 女装してるのが人にバレたら大変だし、

 バレないように上手く女子になりすまさないと。」

その男子中学生は、大股で歩きそうになるのを我慢して、

内股でちょこちょこと歩いた。

そうして、女子の振りをしてお祭りを歩いていると、

たこ焼きの屋台が視界に入ってきた。

たこ焼きの屋台から匂いが漂ってきて、お腹がぐぅ~っと鳴る。

「お腹が空いたし、たこ焼きでも食べようかな。」

その男子中学生は、女子の姿のままで、たこ焼きの屋台に近付いた。


 「おじさん!たこ焼きひとつ、くださいな。」

その男子中学生は、たこ焼きの屋台の男に、

なるべく女子っぽいかわいい声で話しかけた。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。たこ焼きひとつだね。」

たこ焼きの屋台の男は、そう返事をした。

どうやら、眼の前のその男子中学生が、

女子の振りをしているのには、気が付いていないようだ。

その男子中学生は、お面と女装の効果に満足すると、

首を傾げて、たこ焼きの屋台の男の顔を見上げて言った。

「・・・わ、わたし、お腹空いちゃったの。いっぱいサービスしてね?」

その男子中学生の甘えるような言葉に、

たこ焼きの屋台の男は、顔を赤らめながら応える。

「お、おうよ!たっぷりサービスしてやるぜ、お嬢ちゃん!」

たこ焼きの屋台の男は、すっかり相手が女子だと思っているようだった。

そうして、そのたこ焼きの屋台の男は、山盛りになったたこ焼きを渡してくれた。

「ありがとう、おじさん。」

その男子中学生は、とびっきりの笑顔を作って、山盛りのたこ焼きを受け取った。

そして、たこ焼きの屋台を離れて、しめしめと笑みを浮かべる。

「えへへ、男なんて簡単なものだな。

 ちょっと色目を使っただけで、こんなにサービスしてくれた。

 もしかして僕って、美人の素質があるんじゃないかな。」

お面の力である。

クラス委員長の女子は、ちゃんと着飾れば、男の目を惹くような容姿をしている。

その男子中学生の女装が上手くいったのは、

黒いお面屋のお面が、それを精巧に再現していたおかげだった。

すっかり調子に乗ったその男子中学生は、

行く先々の屋台で色目を使って、サービスたっぷりのお祭りを楽しんだ。


 そうして、その男子中学生がお祭りを満喫していると、

屋台の列の終わりが近付いてきた。

「屋台はここまでか。それじゃ、戻るとするかな。」

しかし、その男子中学生は、

その屋台の列の終わりの方に、よく知っている顔がいるのに気が付いた。

「おや、あれは・・・まずい!」

それは、今まさにその男子中学生が被っているお面の顔の持ち主である、

クラス委員長の女子だった。

その男子中学生は、クラス委員長の女子の姿を見つけて、

とっさに近くの屋台の影に隠れた。

「あぶないあぶない。

 いくら精巧なお面といっても、

 お面の顔の本人の前に出たら、不審に思われるだろう。」

その男子中学生は、屋台の影からクラス委員長の女子の方を覗いた。

クラス委員長の女子は、その男子中学生の存在には気が付いていないようで、

キョロキョロと辺りを見回している。

どうやら、誰かと待ち合わせをしているようだ。

「そういえばさっき、サッカー部のエースのあいつが、

 クラス委員長のことを呼び出してたんだっけ。

 お面屋でお面を見て、すっかり忘れてた。

 待ち合わせ場所って、この辺りだったんだ。」

その男子中学生は、

クラス委員長の女子の顔のお面を被って、女物の浴衣を着たまま、

屋台の影からしばらく、クラス委員長の女子の様子をうかがっていた。

そうこうしていると、そこに、サッカー部のエースの男子が現れた。


 サッカー部のエースの男子は、クラス委員長の女子の姿を見つけると、

片手を上げながら、小走りに近付いていった。

その男子中学生は、

クラス委員長の女子の顔のお面を被って、女物の浴衣を着たまま、

屋台の影からそれをこっそり見ている。

「あのふたり、何の話をするんだろう。」

その男子中学生は、隠れている屋台の影から、聞き耳を立てた。

サッカー部のエースの男子が、緊張した様子で話をはじめる。

「よ、よう。待ったか?」

なんだか、声が上ずっているように聞こえる。

それに対して、クラス委員長の女子は、落ち着いて受け答えをする。

「いえ、さっき来たところよ。それで、話って何?」

クラス委員長の女子に、話の先をうながされて、

サッカー部のエースの男子は、顔を赤くして咳払いをした。

そして勢いよく、クラス委員長の女子に言った。

「聞いてくれ。

 俺は、お前が好きだ!付き合ってくれ!」

「・・・!」

それを聞いて、その男子中学生は、思わず叫び声を上げそうになった。

叫び声を上げるのを我慢して、小声で独り言を言う。

「サッカー部のエースのあいつが、クラス委員長を好きだって?

 あいつ、女子にモテるから、取り巻きがいくらでもいるのに。

 本命は、クラス委員長だったのか。」

その男子中学生が、屋台の影から聞き耳を立てているのを知らず、

サッカー部のエースの男子は、クラス委員長の女子に、話を続ける。

「俺、お前のことがずっと好きだったんだ。

 だから、このお祭りで、ふたりっきりになれるのを待ってた。

 俺と付き合ってくれ。」

サッカー部のエースの男子は、勢いよくまくし立てた。

しかし、クラス委員長の女子は、うつむいたまま黙っている。

その男子中学生は、やきもきしながらそれを覗いていた。

その男子中学生の独り言が続く。

「クラス委員長の返事はどうなんだろう。

 サッカー部のエースあいつは、学校の人気者だし、

 その告白を断る女子なんて、いないと思うけど・・・。

 ここからじゃ、顔が見えないな。」

その男子中学生が隠れている屋台の影からは、

サッカー部のエースの男子の顔は見えているが、

クラス委員長の女子の顔は、背中を向いていて見えなかった。

背中側から見ると、クラス委員長の女子は、

うつむいたままで、何かを考えているようだった。

それを見ていると、その男子中学生の胸がチクッと痛む。

胸の痛みに、その男子中学生は言葉をこぼす。

「僕は・・・何をしてるんだろう。

 せっかくのお祭りの自由行動なのに、

 こうして隠れて盗み聞きをしてるだなんて。」

胸の痛みが、どんどん大きくなっていく。

そうこうしていると、クラス委員長の女子が、

顔を上げて、サッカー部のエースの男子の方を向いたのが見えた。

そして、クラス委員長の女子は、静かに話し始めた。

「ありがとう。

 サッカー部の君の気持ちは、とても嬉しいわ。

 でも、わたし・・・」

その男子中学生は、

話をそこまで聞いたところで、居ても立ってもいられなくなった。

そして、浴衣の裾がめくれるのもかまわず、その場から逃げるように走り出した。

そうしてその男子中学生が、その場から逃げるときに、

屋台にぶつかって大きな音を立ててしまった。

サッカー部のエースの男子と、クラス委員長の女子は、

大きな音がしたほうを見た。

その男子中学生は、そのまま後ろを振り返らず、一目散に逃げ出していく。

クラス委員長の女子は、走り去る後ろ姿を見て、驚いた表情をしていた。


 その男子中学生は、

サッカー部のエースの男子と、クラス委員長の女子のところから逃げ出した後、

お祭りの中をひとりでさまよっていた。

クラス委員長の女子の顔のお面を被り、女物の浴衣を着たままだった。

その男子中学生は、

ふたりの話を立ち聞きしてしまったことに、罪悪感を感じていた。

しかし、その男子中学生の胸がチクチクと痛むのは、罪悪感のせいではなかった。

「女子に人気がある、あのサッカー部のエースの告白を、

 断る女子なんていないだろうな。

 だからきっと、クラス委員長も断ったりはしないだろう。

 もしそうなったら、あのふたりは、どうなるんだろう。」

答えがわかりきっていることを、何度も自問自答する。

しかし、その答えを出すのが怖かった。

その男子中学生は、あてもなくお祭りを歩き回った。

そうしていると、いつの間にかお祭りを一周して、

話を立ち聞きした場所まで戻ってきてしまった。

その男子中学生は、しょんぼりとして辺りを見渡す。

「またここに戻ってきちゃったのか。

 さすがにもう、誰も居ないな。

 もう遅くなってきたし、今被っているお面や浴衣をお面屋に返して、

 そろそろクラスメイトたちのところに戻ろう・・・。」

そうしてその男子中学生が、黒いお面屋まで戻ろうとした時、

突然、後ろから腕を掴まれた。

その男子中学生が、驚いて後ろを振り返ると、

目の前に、サッカー部のエースの男子が立っていた。

その男子中学生は、驚いて口を開いた。

「ど、どうした・・・のよ。」

素の自分になって話しそうになったところを、

なんとか女子になりすまして応える。

それに対して、目の前のサッカー部のエースの男子も、焦った様子で話す。

「さ、さっきの話なんだけど。」

そう言われて、その男子中学生は、頭の中で考えた。

「まずいな、クラス委員長の女子本人だと思われてるみたいだ。

 なんとか話を合わせないと。」

その男子中学生は、

クラス委員長の女子になりすまして、受け答えをしようとする。

しかし、話の途中で逃げ出してしまったので、詳しい話がわからない。

そうして、その男子中学生が黙っていると、

目の前のサッカー部のエースの男子が、話を続ける。

「もう一度言うよ。・・・お前のことが好きなんだ!」

目の前のサッカー部のエースの男子は、そう言うと、

その男子中学生の腕を掴んで、ぐっと抱き寄せた。

思いも寄らない行動だったので、その男子中学生は抵抗することも出来ず、

目の前のサッカー部のエースの男子の、腕の中に収まる。

その男子中学生は、汗をかきながら言う。

「あの、これってどういう・・・?」

それに対して、目の前のサッカー部のエースの男子は、

顔を赤らめながら言う。

「さ、さっきは断られて何も出来なかったけど、今度は君を逃さない。

 わたしは、あなたが好き。

 今から、その証拠を見せてあげる・・・。」

目の前のサッカー部のエースの男子が、顔を赤くして早口で言った。

そして、そのまま目の前のサッカー部のエースの男子の顔が、

その男子中学生の顔に近付いていく。

何をしようとしているのか悟ったその男子中学生は、焦って説明しようとする。

「ま、待って、違うんだ、僕は・・・!」

その男子中学生は、必死に抵抗しようとした。

しかし、慣れない女物の浴衣姿なのもあって、うまく身動きが取れない。

そうこうしている内に、目の前のサッカー部のエースの男子の顔が、

その男子中学生の顔に覆いかぶさっていく。

お互いの息と息がかかるくらいまで、顔が近付く。

目の前のサッカー部のエースの男子は、

その男子中学生の顎に指を添えると、目をつぶって抱き寄せてくる。

「や、やめてくれー!」

その男子中学生の叫び声が、その口から出てくることはなかった。

その前に、口を塞がれてしまったから。

その男子中学生は、じたばたと暴れて、

目の前のサッカー部のエースの男子の腕の中から、逃げようとする。

しかし、ふたりの黒い浴衣の袖と袖が絡むばかりで、離れることができない。

そうしていると、

その男子中学生の口の中に、ぬめっとした感触のものが入ってきた。

「あ、あいつの唇、思ったより柔らかいな・・・。」

その男子中学生は、白目を剥いて痙攣しながら、そんなことを考えていた。


 「はい、みんな集まったわね。

 それでは、お祭りの最後を見届けてから、解散しましょうか。」

お祭りは終わりに近付いていて、今は、やぐらの周りで盆踊りが行われていた。

盆踊りの太鼓の音が、お祭り中に響き渡っている。

あの後、その男子中学生は、

やっとのことで、目の前のサッカー部のエースの男子の腕の中から逃げ出すと、

黒いお面屋にお面と浴衣を返して、クラスメイトたちと合流していた。

お面屋の黒い法被の男は、お面の化粧が崩れているのを見て、

何か言いたそうだったが、

その男子中学生は、詳しい説明をする気にもなれず、

逃げるようにその場を後にしていた。

今、その男子中学生は、クラスメイトたちと合流していたが、

下を向いてぐったりとしている。

サッカー部のエースの男子も近くにいるはずだが、怖くて顔が見られなかった。

その男子中学生は、震える指先で自分の唇を撫でて言う。

「誤解とはいえ、男同士で、あんなことをしてしまった・・・。

 僕、初めてだったのに・・・。

 でも、あいつの唇、やわらかくって、甘酸っぱいレモンみたいだったな・・・。

 ・・・いやいやいや!男同士だぞ。」

その男子中学生は、唇を撫でる指を離すと、頭を抱えた。

そんな様子を見て、クラス委員長の女子が、

その男子中学生のところに近寄ってきて、やさしく手を添えてきた。

「あなた、ずいぶん疲れているようだけれど、何かあったのかしら?」

クラス委員長の女子は、

何だかいたずらっぽい笑みを浮かべて、こちらを見ている。

「な、なんでもないよ。」

その男子中学生は、まさかクラス委員長の女子本人に、

クラス委員長の女子の顔のお面を被って女装をしていたとは言えず、

あいまいに誤魔化すことしか出来なかった

女装をしていた結果、その男子中学生の身に起こったことを考えると、

なおさら説明することはできなかった。

それを見て、クラス委員長の女子は笑って言う。

「何を落ち込んでいるのよ。せっかくのお祭りなのよ。楽しみましょう。

 ・・・きっと、忘れられない想い出になるわよ。」

「僕は忘れたいよ、こんな想い出。

 ・・・初めてだったんだぞ。それを男同士でだなんて。」

その男子中学生は、目に涙を浮かべて思わず口を滑らせた。

それを見て、クラス委員長の女子は、お腹を抱えて笑った。

笑うクラス委員長の女子を見て、その男子中学生は文句を言う。

「そんなに笑うことはないだろう。」

その男子中学生は、ムスッとして口を尖らせる。

クラス委員長の女子は、目に浮かべた涙を拭いなら言った。

「あははは。悪かったわよ。

 でも、お互いファーストキッスが、たこ焼きの味だったなんて、

 なかなかロマンチックじゃないの。」

「それのどこがロマンチックなんだよー。」

その男子中学生は、心底嫌そうな顔で応える。

それに対して、クラス委員長の女子は、腰に手を当てて言った。

「人の話を盗み聞きなんてしていたから、罰が当たったのよ。

 もう少しの間、そうして頭を抱えているといいわ。」

その言葉とは裏腹に、クラス委員長の女子の顔は笑っている。

しかし、その男子中学生は、まさに頭を抱えていやいやをしていて、

クラス委員長の女子の様子には、気が付いていないようだ。


太鼓の音が一層大きくなり、お祭りの空高く響き渡る。

その男子中学生とクラス委員長の女子、

ふたりのお祭りは、もう少しだけ続くのだった。



終わり。


 この話は、屋台のお面さんシリーズの6作目で、おまけの話です。


重い話だった本編とは違って、この6作目は、ひょうきんな話にしたつもりです。

2作目である、屋台のお面屋さん ふたつのお面、

この話で不遇だった人物に、

少しでもしあわせな想い出を作りたくて、この話を書きました。

これで、屋台のお面屋さんシリーズで予定していた分は終わりです。


お読み頂きありがとうございました。


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