表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お茶を飲みながら  -季節の風にのって-  作者: 志戸呂 玲萌音
プロローグ ーles quatre saisons へようこそー
7/137

第7話  訪問者

訪問者が大切なメッセージを持ってきます。

 les quatre saisonsの主な客は、近くに住む主婦たちである。彼女たちは、家族が家にいる土曜日は来店しない。その代わりに勤め人たちがやってくるのだが、雨の日にはその数も少なくなる。今日は朝から雨が降っている。


 そんなわけで、その日の客は亘と久美子だけだった。

亘はテーブル席で静かに茶を飲み、久美子はカウンターでとりとめもない話をしている。今日のように暇なときは、由里や茉莉香が相手をすることは珍しくはない。今日の相手は茉莉香だった。


「ねぇ、吉岡さんて知ってる?」


「誰ですか?」


 茉莉香が恐る恐る聞き返す。


 誰もいないせいか、あるいはもともとそういうことを気にしない性格なのか、これからの話がいかに不穏なものかを予感させる物言いだったからだ。


「あのカウンセリングルームに三十年以上通っている人なの」


  亘は誰もいないかのごとく、平然と茶を飲んでいる。


「久美子さん。いくら誰もいないからって、そういう話はねぇ」

 

 由里の機嫌が悪い。茉莉香は、久美子の話を止めさせたかった。が、久美子はなかなかしつこい。


 茉莉香は以前、久美子が優秀な人材として目をかけられているという話を、客の誰かから聞いたことがあった。その彼女が、これほど聞きわけがないことが理解できない。 

 



 そのとき、一人の客が来店した。


 やっと話題が変えられる。茉莉香はほっとして客を迎えた。


「いらっしゃいませ! お好きなお席にお座りください。メニューをどうぞ」


「なにかおススメはありますか?」


 客は、自分がひどく歓迎を受けていることを感じているようだった。


「ウバティなどはミルクを入れると飲みやすいですし、白桃はストレートでさっぱり召し上がれます」


「じゃあ、ウバティお願いします」


 彼は、きょろきょろとあたりを見回したのち、標的を見つけたようだ。


「岸田さん。ご無沙汰しております」


「やあ、荒木君。ひさしぶり」


 荒木の表情は、久しぶりに会えた嬉しさに満ちている。


 だが、すぐに顔に緊張感が走る。


「岸田さんのお耳に入れたいことがあって来ました」

 

「大事な話みたいだね。続きは僕の部屋でしないか?」


 茉莉香は店を出る二人を見送った。








 荒木は亘の父親の会社の傘下にある、岸田ソリューションに勤務している。


「で、話って何だい?」


「実は、勤務先のことで……」


 躊躇ったのち、腹をくくったのか一気に話し出した。


「架空取引があるようなんです」


「?」


 話は続く。

 北星(ほくせい)銀行の発注したシステム開発を下条エンジニアリングが受注し、業務の一部を岸田ソリューションが請け負っていることになっている。だが実際には業務は執り行われていないということだった。


「なんでそれを君が気づいたんだい?」


「たまたま総務に保管されていた勤怠表を見たら、俺が北星銀行に出向していることになっていたんです。ほかに五人いました」


  それで経理に探りを入れてみたところ、下条と岸田の間で金銭の授受があることが判明した。現時点で、経理課と総務課の間では、エンジニア六人の出向の情報は共有されていないらしい。


「このままじゃ、俺が片棒(かつ)いだことになりませんか?」


「いや、それはさすがに大丈夫だろう」


 いくら何でも本人自ら出向をでっちあげるなんて考える者はいないだろう。

 そうは言っても、絶対とは言い切れない。荒木が上長に相談することを、躊躇(ためらった)のもわからないでもない。


「でも、なぜ僕にこの話を?」


「あ、あの他に相談できる人がいなくて」


 買いかぶられたものだ。亘には全く権限がない。すべては父を役員としてサポートする双子の弟の茂にゆだねられている。


「ひとまずは、よく話してくれたね。どうするか考えてみよう。下条エンジニアリングにも手引きした人間がいるはずだ。いや、おそらく下条が主犯だろう」


 下条エンジニアリングと岸田ソリューションでは、規模は下条の方が各段上だ。


「ありがとうございます。やっぱり岸田さんに相談して正解でした。岸田さんは俺の恩人です。研究会に紹介頂いたときは本当にうれしかったです」

 

 亘には誘った覚えがない。そういえば、父親の会社のイベントで会ったときに、社交辞令でなにか言ったかもしれないが、それすらも記憶にない。


 それにしても気になるのは、下条エンジニアリングのことだ。

 入居申込書に書かれた、茉莉香の父親の勤務先だ。


 亘は早急に連絡するから、それまで内密にするよう言い聞かせて帰らせた。

 



なにか問題が起こりそうです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 文がやわらかくて気持ちよく読めますね。 皆さん紅茶が好きなんでしょうけど、同じくらい店で過ごす時間も好きなんでしょうね。そんな風に思える優しい雰囲気が出ていると思います。物語を演出するのが…
2020/08/21 15:58 退会済み
管理
[良い点] 気になります、次も読みます
[良い点] こういう日常を舞台とした作品はあまり読まないので、斬新に感じました。日常だからできるテーマというのもあるんでしょうね。 [気になる点] 登場人物が最初からなかなか多いので、覚えにくいです。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ