第25話 人魚姫のレモネード
夏の終わりの一日を描きます。
その朝、沙也加から電話があった。
「茉莉香ちゃん。家のプールに泳ぎにこない?」
沙也加の家には、広い庭とプールがある。毎年、夏になると茉莉香はそこへ遊びに行く。長さ二十五メートル幅十メートルのちょっとしたものだ。
「わぁ。ありがとう!」
早々と支度をし、沙也加の家に向かう。
プールに備え付けの更衣室で二人は着替えた。
茉莉香は、緑にピンクの花柄をあしらったワンピースの水着を着ている。沙也加は、胸と腰にフリルのついた、やはりワンピースだ。
「あれ? 茉莉香ちゃん。それ、上を脱ぐとビキニになるんじゃない?」
茉莉香の水着には、裾の広がった薄い上着がついている。
「うん。でも、恥ずかしいから。脱がない」
水に入り、二人は泳ぎ始めた。
「このプールはねぇ。私が子どもの頃、“太っていて恥ずかしいからプールに行けない!” って泣いたら、パパが作ってくれたの」
「沙也加ちゃんちって、すごいのね」
茉莉香はあらためて驚く。
確かに、沙也加は少しだけふっくらしているが、気にするほどではないと茉莉香は思う。それに、女性の自分でさえ、沙也加の胸元は魅力的に映る。男性なら、いっそう……と、思うが、口には出さない。
そんなことを言おうものならば、沙也加は二度と一緒にプールに入ってくれないだろう。
大きなプールで人目を気にすることなく、ゆうゆうと泳ぐことは気分がいい。
水に入り、浮き輪につかまってぷかぷかと浮かんだり、それぞれ泳いだりしながら過ごす。
「ねえ。日焼け止め塗りなおさない?」
「ええ!」
二人はプールサイドにあがり、デッキチェアにもたれかかる。
「気にしないでたっぷり塗ってもいいのよ。私たちだけだから。茉莉香ちゃんは色が白いから焼かない方がいいわよ」
「沙也加ちゃんだって……」
沙也加は白いマシュマロのようだが、決して口にすまいと茉莉香は思う。
手の届かないところは、互いに塗り合った。
「沙也加ちゃん。くすぐったい」
戯れて笑い転げる。
少し休んだ後、
「私、もう少し泳ぐわね」
茉莉香が水に入る。
長い手足で水をかきながら、ゆっくりと進む。潜ると外界の音は遮断され、自分ひとりの世界になる。水の心地良い冷たさが体を覆う。
泳ぎ疲れると、再びデッキチェアに横たわる。
「茉莉香ちゃんスタイルいのね。膝から下がすごく長いわ。腕も首も細くて素敵」
「そんな……痩せすぎだもの」
「ねぇ。私、茉莉香ちゃんのビキニ姿みたい」
「嫌よ! 恥ずかしいもの」
「いいじゃない。ここには、私たちしかいないんだもの」
茉莉香は迷ったが、確かに沙也加の言うとおりである。それに、ビキニと言っても、胸や腰にフリルがついていて、露出は少ないものだ。
「そうね。じゃあ、ちょっとだけ」
茉莉香は思い切って上着を脱いだ。
「気持ちいい!」
日差しが濡れた素肌に直接あたり、解放感が増すようだ。
沙也加が、クーラーボックスから水差しを取り出した。
「じゃーん。レモネードを用意したのよ」
「冷たい! それにすごく美味しい!」
レモネードの甘酸っぱさが、口いっぱいに広がる。
「でしょ。私が作ったのよ」
茉莉香はグラスをサイドテーブルに置くと、体を起こした。
濡れた髪を片側の肩に寄せると、毛先から雫が伝って落ちる。
「そうしていると人魚みたい。茉莉香ちゃん凄く綺麗……」
沙也加が自分をじっと見つめている。
「いやだわ。沙也加ちゃん」
いくら同性とは言え、見つめられるのには慣れていない。
「彼とも、こうやってプールへ?」
「ま、まさか! そんな!」
「だって、プールぐらい……よ?」
茉莉香の激しい否定に沙也加が驚く。
「でも……」
茉莉香が口ごもる。
「ふーーーーん」
沙也加が細い目を、いっそう細めて茉莉香を凝視している。
キラリと目が光るのは、好奇心のためだろうか。
「な、なに?」
茉莉香がどぎまぎしながら目を伏せる。
沙也加が何を想像しているかを考えるだけで、顔から火が出そうだ。
「ううん。きれいな茉莉香ちゃんを知っているのは、まだ、私だけなんだなぁって……」
「沙也加ちゃん!?」
茉莉香は、慌ててバスタオルを体に引き寄せた。
「なんか得しちゃった気分―!」
笑いながら沙也加が、プールに飛び込む。
「お願いやめて!」
プールサイドから、茉莉香が懇願した。
「♪ ♪ ♪ 〜」
水の中で、沙也加がはしゃいでいる。
もうすぐ夏が終わろうとしていた。
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