第24話 決戦は職員室で
新学期を目前に、義孝が中年の男とles quatre saisonsにやってきた。
義孝の連れは彼の父親だった。
「なんか頼りなさそうな人ですね」
米三が亘に耳打ちをする。
亘はそれを、そっとたしなめた。
だが、初対面の人間を外見で判断してはいけないと思いながらも、米三の気持ちも理解できる。
義孝は懐いているようだが、彼の父親は、どこかつかみどころのない人間に見えた。
「義孝がいろいろとご迷惑をおかけいたしました」
言葉に力がない。
言葉だけではない。態度、所作、どれをとっても気力が感じられない。
「いえ。お役に立てませんで……」
いろいろと言いたいことはあるが、形どおりのあいさつにとどめた。
「これから、学校に行って、義孝が学校に戻れるようにお願いしに行きます」
義孝の両親は亘の奨めもあり、義孝が学校に戻れるように話し合いの場を求めていた。
それがようやく受け入れられ、面談の機会が与えられたと言う。
「それはよかったですね」
そう言いながらも、義孝の父親の頼りない様子に不安がよぎる。
「義孝君のお母さんは?」
「仕事が休めないもので」
男は何を考えているかわからない笑顔で言う。
悪い人間ではなさそうだが、どことなく生気が感じられなかった。
悪童とはいえ、利発な義孝の父親とは信じ難い。
確かに玲子が行けば、交渉がいっそう混迷することは予想に難くないだろう。
だが、この父親に任せてよいものか?
彼に学校と義孝の関係をとりなすことができるのだろうか?
もし、義孝がいつものように、人を不快にさせるような言葉を口にしたときに、父親は、それを諫めることができるのだろうか?
期待できそうにない。
義孝自身も、事の重大さを理解しているようには見えない。
教師たちが、様々な質問を彼に投げかけるだろう。
義孝は、自分を審議する大切な場に、一人の援護もなしに向かうのだ。
亘は意を決した。
「お父さん。ちょっと義孝君と二人で話したいのですが、いいでしょうか?」
「え? は、はい……」
気の抜けた返事に苛立つが、亘はその気持ちに蓋をする。
亘は義孝を連れて厨房へ入り、彼の肩を両手でつかんで言った。
「義孝君! 君はこれから大事な話し合いをしに行くんだよ! わかっているかい?」
「えっ?」
亘の真剣な表情に、義孝は、様子がいつもと違うことに気づいたようだ。
「学校に戻れるかどうかがかかっているんだ」
義孝の顔つきが変わる。状況が飲みこめたのだろうか?
「君の対応次第で、また復学が遅れる。そして、次の機会はいつになるかわからない」
義孝の表情に緊張が走る。
「君には、まだ学校が必要なんだ」
亘は義孝の目を正面から見ると、
「いいかい? 自分からは話をしてはいけない。相手の話をよく聞いて、聞かれたことに答えなさい。相手の気持ちを考えて。想像力をフルに働かせるんだ。腹が立っても、態度に表してはいけない。平身低頭。意味はわかるよね? 君は頭がいいんだ!」
義孝は、しばらく言葉が飲み込めないようだったが、やがて穏やかな表情が浮かんだ。
そして、
「はい。わかりました」
あどけない子どものように言った。
二人は厨房から出て、義孝は父親のもとに行った。
「それじゃあ……」
父親は、亘と米三に見送られながら、義孝を連れて店を出た。
「それじゃあ……って、もっとましな挨拶ができないんでしょうか?」
米三は父親の態度に憤慨して言う。
「まぁ、まぁ、米三さん」
亘は米三をなだめた。
亘は、義孝の穏やかな笑顔を思い浮かべた。
きっとうまくいく。
亘の心には、義孝が職員室での勝利を、すでに勝ち取ったかのような安堵感があった。