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第17話  青く輝く橋のたもとで

茉莉香と浩史が外出します。

 翌日学食で、茉莉香は沙也加に浩史に外出に誘われた話をした。


「ねー。どうしよう」


 茉莉香は沙也加に助言を求める。


「あらー。お出かけぐらいいいじゃない。茉莉香ちゃんも、いろいろな男の人と出会った方がいいわよ」


「そんな……」


 沙也加はおっとりとした顔に合わないことを言う。


「そうよぉ。それに“イマイズミ”の御曹司でしょ。紅茶王子よ! もしかしたら……」


「そんなことは!」

 

 茉莉香がムキになって否定をすると、


「冗談。冗談」


 沙也加が笑った。


「ただ、いろいろな男の人と会うのは悪くないと思うのよ。また違った目で夏樹さんを見られるかもしれないし」


「そうかしら?」


「うん!」


 そうなのだ。

 由里に頼まれて、親切で自分を連れ出そうとしてくれているだけなのだろう。


「そういうことならば、一度くらいならいいのかしら?」


「そうよ!」


 沙也加は笑顔でうなずいた。





 日曜日、茉莉香と浩史は駅で待ち合わせた。


 茉莉香は白いブラウスに、麻のカーディガン、水色のチェックのギャザースカートを身に着けている。

 メイド服以外で、浩史と会うのは初めてだ。


「こんにちは」


「こんにちは。今日はよろしく。お天気が良くてよかったね」


「は、はい!」


 緊張して返事をすると、浩史が朗らかに笑う。



 電車を乗り継いで二人がたどり着いたのは月島だった。


「茉莉香ちゃんは、佃って行ったことある?」


「いいえ」


「そう。面白いところだよ」


 (つくだ)は、月島駅より十分ほど歩いたところにある、隅田川河口の二つの中州、佃島と石川島から発展した街だ。下町風情溢れることで知られる。


「まずは、住吉神社にお参りしよう」


 佃川に架けられた朱塗りの橋を渡って住吉神社にたどり着く。


 茉莉香が拝殿の前で静かに手を合わせて頭を下げと、


「茉莉香ちゃん。何を熱心にお願いしているの?」


 浩史が横から覗いてくる。


「えっ……」


 慌てる茉莉香を、浩史が面白がった。


 佃掘りを歩くと、ベンチでのんびり過ごす人や、釣りを楽しむ大人や子どもたちがいる。小さな町を囲むように川が流れ、その向こうには高層ビルが立ち並ぶ。


「こんな風景は初めてです!」


「そうだね。茉莉香ちゃんの家からは、ちょっと距離があるからね」



 街を歩きながら二人は話を続けた。


「浩史さんはなぜ、les quatre saisonsで働くことになったんですか?」


「うーん。 一度は外で働きたくて……。それで、いろいろ調べてles quatre saisonsのことを知ったんだ。正解だったよ! 社長はいい人だし、奥さんも。カフェも、そこに来るお客さんも。……茉莉香ちゃんにも会えたし」

 

 浩史の言葉には屈託がない。


「僕もいつか、本当に紅茶が好きな人のためのブランドを立ち上げたいな。ねぇ、できると思う? 茉莉香ちゃん」


「はい! きっとできると思います!」

 

「はは。茉莉香ちゃんに言われると、なんでもできそうな気がするよ」


 浩史は嬉しそうに笑った。


 再び歩きだしてから、


「お腹空かない?」


「そういえば」


 時計はとうに一時を過ぎている。


「もんじゃ食べない?」


「まあ、食べてみたかったんです」


「ここ、美味しんだよ。でも、ちょっと並ぶかも」


 浩史が指さした店の前には、行列ができている。


「大丈夫です!」


 三十分ほどで二人は店内に案内された。


「ミックスもんじゃと餅明太」


 浩史が注文をする。


 店員が持ってきたもんじゃを、浩史が器用に焼き始める。

 

 まずは、器から具材だけを取り出し炒め始めた。

 具材は、キャベツのみじん切り、紅ショウガ、揚げ玉、切りイカ、桜エビ……

 メインの餅と明太子がトッピングされている。

 

「こうやって、しんなりするまで炒めたら、具材で土手を作って、少しずつ出汁を入れるんだ。明太子は出汁と一緒に入れる。少しずつだよ。それから待つんだ……」


 二人は、無言でもんじゃを見つめて、焼けるのを待つ。

 やがて、出汁にとろみがついてきた。


「こうやって、出汁がこぼれないように混ぜて……具を細かく切りながら、また混ぜるんだ。それから……ならして……」


 茉莉香がその手際よさに目を丸くする。


「浩史さん慣れているんですね」


「うん。はまっていた頃があってね」


 会話をしながらも手を休めない。 


 ジューっと鉄板の焼ける音がし、ソースの香りが漂う。

 もんじゃ全体に、とろみがついた時、


「完成だ! 青のりはかける?」


「あ、青のりは……」


 茉莉香がためらうと、


「大丈夫! 今日は気にしないで食べようよ!」


「はい!」

 

 熱々のもんじゃを落とさないように、ヘラですくって食べる。

 舌を火傷しないように気をつけなくてはならない。


 口に含むと、ソースの酸味とコク、キャベツの甘み、餅がねっとりとし、プチプチとするのは明太子だろうか? 食べたことのない味、食感だ。


 ……が……


「美味しい!」


 初めての味に感激の声をあげる。


「よかった。茉莉香ちゃんこういうの食べたことなさそうだから、ちょっと心配だったんだ」


「ううん。すごく美味しいです!」


 茉莉香の喜ぶ姿に浩史は嬉しそうだ。


「こうやってね。おこげを作りながら食べると、いっそう美味しいんだ」


 浩史はもんじゃの端の方を薄くして焼く。


「食べてみて」


 おこげは薄く、ぱりぱりとして香ばしい。“おせんべい”と呼ばれるものだと浩史に教えられる。


「これも美味しいです。浩史さん、もんじゃ焼くのが上手ですね。この辺のことも詳しいみたいだし……」


「うん。学生時代に来て、いっぺんで好きになったんだ。なんていうか、生活感があるし、人もいいよね」


「本当に」


 店を出たあと、商店街を歩く。


「もんじゃ屋さんがたくさんありますね」


「ここの名物だからね」


 そのあと、石川島資料館に入り、その後、コンビニでコーヒーを買って、佃公園で飲む。

 川風が心地よい。

 

 水辺の遊歩道を歩きながら、

 

「永代橋のライトアップを見ないかい? けっこう見ごたえあるよ」


「はい!」


 隅田川の向こうは築地だ。

 

 都道463号を通って川を渡ろうとするとき、


「あれ? この光景どこかで見たような……」


 水辺に建つ高層ビルが、佃からよりも見晴らしがよい。


「よく気づいたね。ニュース番組のオープニングに使われていたよ」

 

 夕闇が迫り、タワーマンションの明かりが灯りはじめる。

 

「この光景を見ると、ほっとするんだ。こう見えても、いろいろ大変なんだよ」


 何不自由なく見える浩史の苦労とは、どんなものだろうか?

 茉莉香には想像もつかない。


「でも君の恋人の話を聞くと、自分なんて甘いなぁって、思ってね」


 浩史は誰かから、夏樹の生い立ちの話を聞いているようだった。


「でも、そんなこと感じさせない人なんです。いつも前を向いて歩いているんです」


 茉莉香は、目を輝かせて夢を語る夏樹を思い浮かべる。

 未来を大きく思い描き、実現していく力強い瞳だ。


「彼は君にとって、必要な人なんだね。そして、彼にとっても君が必要なんだ。僕にはわかるよ」


 “必要な人”確かに夏樹のことは好きだ。一緒にいたい。だが、茉莉香はそんな風に考えたことはなかった。


「わけがわからないという顔をしているね。でも、いつか僕の言っている意味がわかるよ」


 浩史が茉莉香を温かい目で見つめる。


「もしかしたら……って、思ったけど、僕が入り込む隙はないみたいだね」


 浩史の言葉は冗談のようにも、本気のようにもとれる。

 茉莉香は浩史の心情を(おもんばか)ることをやめた。

 浩史の気持ちがどうであれ、自分の心は変わらないのだから……。


「私の心は……」


 すでに決まっているのだ。




「ほら、見えてきたよ」


 浩史が指さす方へ目をやると、青く光る半円上のものが小さく見えた。それは、歩みを進めるほど大きくなる。

 やがて二人は、青色の電飾に輝く永代橋にたどり着いた。


「きれい!」


 茉莉香がその美しさに息を呑む。

 

「僕、来年から社長と一緒に茶葉の買い付けに行くんだ」


 橋を見ながら浩史が話はじめる。


「まぁ。大変じゃありませんか?」


 紅茶の生産地は、主にインドや中国の山間部である。決して楽な旅程にはならない。


「うん。でもね、世界中の茶畑を周りたいんだ。その場に行って、見て、感じたい」


 茉莉香は、同じ言葉を誰かが言っていたような気がした。


「今、誰かのことを思い出した?」


「浩史さんは、大人だから私の気持ちなんて、お見通しなんですね」


「いやぁ。茉莉香ちゃんがわかりやす過ぎるんだよ」


 浩史がくすくすと笑う。


「父の後を継ぐことになったら、たぶん、そういうことはできなくなると思うんだ。だから、僕は、そのときできることをやりたいと思う」


 そして続けた。


「茉莉香ちゃんも、そうじゃない? フランス文学が好きで勉強しているんだよね? この先、どうであったとしても」


「はい!」


 茉莉香は元気よく返事をする。


「そろそろ帰ろう」


 二人は駅に向かって歩き出す。

 しばらく沈黙のまま歩いていたが、


 突然、


「君は自分が思っているよりも素晴らしい女性だよ。ただの可愛い女の子じゃないんだ。もっと自分に自信をもったほうがいい」


 浩史が穏やかに言った。



┏┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌┌

┏┌

┏┌  画像は、ライトアップされた永代橋です。

┏┌  隅田川では、他に駒形橋、厩橋などでも行われています。

┏┌  

    





    挿絵(By みてみん)


ここまで読んでいただきましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思っていた事をそのまま沙也加が代弁してくれました(*´ー`*) そして浩史の言葉、茉莉香の心は固まっていくのかな。 時間的にも空間的にも離れるって、相手の事をちゃんと考える事にも繋がります…
[良い点] 浩史さん良い人だった♪ みんな人脈に恵まれてるなぁ(o^^o) もんじゃ焼き美味しくて良かった サンドイッチは…残念だったね笑
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