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お茶を飲みながら  -季節の風にのって-  作者: 志戸呂 玲萌音
第一章 -リラの園の眠り姫ー
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第22話  冬の情景 -5つのスケッチよりー

ある12月の初めの出来事です。

 les() quatre(カトル) saisons(セゾン)店内が、クリスマスの装飾で彩られた。


 茉莉香と沙也加が飾りつけたツリーに、テーブルごとの小さな置物、扉の内側にリースがつるされ、窓辺にはポインセチアが置かれている。


 アッサムミルクティーの注文が増えてきた。高温多湿のアッサム種のこの茶葉は、味が濃く深みがあるためミルクによく合う。


「これをいただくと、ケーキや焼き菓子がすすむのよねぇ」

 

 と、ある女性客が言っていた。


 実際ケーキの注文も増えるので、いつもよりも種類が一品増える。


 今日はパンプキンパイが人気のようだ。薄く焼かれたパイ生地にフォークを入れるとサクリと音がして、客たちの期待をそそる。口に入れるとカボチャの甘さがパイの食感と共に広がるのだ。


「冬の間だけチョコレートムースを作ろうかしら?」


 昨日由里がそう言っていた。寒い季節はコクのあるものが欲しくなるという。


 クリスマスの色彩は部屋の中の空気を温かくする効果があるのだろうか? 客たちは外の寒さを忘れ、静かな時を過ごすのだった。


 久しぶりに夏樹がやって来た。学校の勉強も、二つの語学の習得も目途(めど)がつき、再来週には日本を発つという。


「あっ! このリース、一見地味だけど、趣味がいいなぁ」


 “一見地味”は余計だと思いながら、亘が由里の手作りだと言うと、納得したようだった。


 亘が感心するのは、夏樹が粗雑なふるまいをしながらも美意識が高いことだ。

 もっとも、趣味が悪くては建築家としては不自由をするだろう。


 夏樹は、ミルクティーとたまごとハムのサンドイッチを注文する。

 未希と目が合うと、未希はそっぽを向いて厨房に入って行った。


 何かあったのだろうか? また、未希に“大根”などと言ったのだろうか?

 亘は心配になってきたが、未希もそれ以上態度を悪化させないようなので、大したことではないだろうと、そのままにしておいた。


「茉莉香ちゃんは?」


「今日は実家に帰っているんだ」


 先日の沙也加の言葉に触発されたようだ。


「そう」


 短期間とはいえ、日本を離れる前に何か話をしておきたいのだろうか。がっかりした様子の夏樹を見て、まだ、間はあるのだから、そのうち会えるだろうに……と亘は思う。

 

 それでも、亘に報告すべきことがあると考えているようだった。

 

「将太のお袋さんだけど、爺さんのところでおとなしくしてるらしいですよ」


「それはよかったじゃないか」


「いつまで続くんでしょうね」


 夏樹は不愛想に言う。


「あと、樋渡事務所でのバイトの件、話を付けてくれてありがとうございました」

 

「帰ってきたら頑張ってくれればいいよ」


「あ……はい」


 亘は夏樹に何か考えがあることを察したが、無責任なことだけはしないだろうと考えた。彼は根本的な部分で夏樹に信頼感を抱いている。


 言葉少なに必要なことだけを話すと、

 

「ごっそさんでした」


 と、席を立たった。




 店を出た夏樹を未希が追ってきた。


「夏樹君!」


 未希が呼び止めると、夏樹が振り返る。



 二人は立ったまま向き合った。

  

 しばらく沈黙があり、それを夏樹が破った。

 


「あの……俺さ、君に何か誤解をさせるようなこと言ったかな?」


 未希は黙っている。

 

 夏樹の言う通りなのだ。彼は未希に気を持たせるようなことなど、何も言ってはいなかった。


「あと、俺の断り方まずかった?」


 それも違っていた。告白を断るには、あまりにも順当なやり方だった。むしろ過ぎることが辛い。


 未希は沈黙しているが、質問に対して異議がない様子を見て、夏樹はひとまず安心したようだ。


「でもなぁ。あれだけガツンと言われて、傷ついたぜ。いくら俺だって心ってもんがあるんだ」


「ごめん」


「でも、自分がチキンだってよくわかったよ。将太もありがたい存在だってね」


 未希は黙っている。


「でも、俺、いろいろあって、まだ茉莉香ちゃんに言ってないことがたくさんあるんだ」


 そして続けた。


「茉莉香ちゃんの方でも言えないことがあるみたいだし」



「何もかもぶちまけてから……というつもりはないけれど、俺も怖いんだな。茉莉香ちゃんの気持ちを知ることが」


 それはね……。未希は思った。

 だが、言わない。

 そこまでお人よしにはなりたくなかった。

 

 そして、ようやく口を開いた。


「いいじゃない。そうやって少しずつ距離を縮めるのも」


 そして一言、


「あなた、借金もあるし」


「そうだね」


 夏樹が苦笑した。



 未希は、振り返りもせずに足早に去る夏樹を見送った。

 彼は、いつも前だけを見て歩いてきたのだろう。

 

 

 なぜ、こんなときだけ優しいのだろうか。

 

 いつも悪態ばかりついているのに、なぜこんな時だけ、大人の態度をとるのだろうかと。

 

 なぜ、あれだけ酷いことを言ったのに、そのことを責めないのだろうか。

 

 それでいて、自分の気を引くようなことは一切しない。はっきりと拒絶をしている。

 

「なんだー。いい男じゃない。私って見る目あるんだ」



 未希の目から涙がこぼれた。悲しみと共に、自分の選択が正しかったことに対する喜びの涙でもあった。














この時期の失恋はつらいですよね。


がんばれ未希!

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― 新着の感想 ―
[一言] あ……やっぱり夏樹好きだわ〜 こんな風にはっきりと言う方が振られた相手としては方がつく。でもそれだけに生きにくくもあるかもしれない。 もしかすると茉莉香ちゃんがそれをふんわりと包んでくれるの…
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