第14話 おまわりさんごめんなさい。
茉莉香は仕事での外出先で、見慣れた奇妙なモノを見かけます。
夏樹は、パーカーのフードを目深にかぶり、マスクをして建物の陰に身を潜めていた。目的は順調に果たされつつある。あと一息というところだった。
だがその時、若い警官に呼び止められる。
「ねぇ、君。こんなところで何をしているの?」
夏樹は慌てふためいた。
「ちょっと話を聞いてもいいかな?」
職質と呼ばれるものだろう。
どう言い逃れをしようか、頭をフルに働かせていたが、さすがに警官が相手では下手なことはできない。ただ、立ち尽くすしかなかった。
「待ってください」
その時、若い女性が飛び出してきた。
(茉莉香ちゃん!)
突然現れた茉莉香に、警官はひどく驚いている。
もちろん夏樹も。
なにせ突然現れたのだから……。
「知り合いなんです。ちょっとふざけてゲームをしてたんです」
「ゲーム? こんなところで?」
警官は、胡散臭そうに見ている。
夏樹も、必死に茉莉香と話を合わせた。
茉莉香のとりなしにより、渋々、
「これからは、人通りのあるところでおかしな遊びをしないように!」
と言って去って行った。
うなだれた茉莉香の肩が小刻みに震えている。夏樹がのぞき込むと茉莉香は必死で笑いをこらえていた
が、すぐに声をたてて笑い出した。夏樹もつられて笑い出す。大通りに二人の笑い声が響いた。
道を行く人々が奇異なものを見るように通り過ぎてゆく。
二人が笑い疲れたころ、夏樹から口を切った。
「この前はごめん」
と言って頭を下げた。
「ううん。私こそ。事情も聞かないで怒ったりして」
二人はしばらく謝罪の言葉を繰り返していたが、やがてどちらからともなく、笑顔で見つめ合った。
茉莉香は、由里に頼まれ、銀行の支払いを済ませたばかりだという。支払いは、時間にゆとりのあるときに行われるため、少しの時間ならばと、ふたりは近くのカフェに入った。
「茉莉香ちゃんには、いつも変なところで助けられちゃうな」
「なにをしていたんですか? あんな格好で」
「ああ」
夏樹が、黙って茉莉香にスマホを見せる。ある若い男が複数の女性と一緒にいる写真だ。写真は何枚もある。
「誰ですか? この男の人」
「将太の母親の結婚相手」
「!」
茉莉香は一瞬で、すべてを悟ったようだった。
「やっぱり、事情があったんですね。亘さんにも言われたんです……」
「いや、それは……茉莉香ちゃんが気にするところじゃないよ」
落ち込む茉莉香を見て、夏樹が困ったように言う。
「でも、これでこの人が悪い人だってお母さんわかってくれますよね」
「そうなってくれればね……」
問題がそう簡単に解決するとは思えない。
「でも、将太さんのお母さんって、今までずっとひとりで生活できていたんですよね」
「ああ、あの人はバカとか無能とかじゃないんだよ。だからこそタチが悪い。なまじ器用だから、自分の欠点を自覚することができないんだ」
しばらく沈黙が続いたが、やがて茉莉香が思い出したように言った。
「あっそうだ。夏樹さん見てください」
茉莉香もスマホを取り出し、動画を再生した。
それは、あの火災後初のノートルダム大聖堂のミサを撮影したものだ。司祭たちはヘルメットをかぶっている。
「残念でしたね。壮麗な聖堂だったのに。火災で尖塔が焼け落ちたときはがっかりしてしまいました」
「俺もだよ。あそこにいると性にもなく敬虔な気持ちになれたよ」
「きれいでしたね。バラ窓」
「ああ」
「私、あの聖堂で友だちのお母さんの病気が良くなるように祈ったんです」
「回復しそうなの?」
「わかりません。友だちとはもう会えないので、せめてお祈りだけでもって……」
茉莉香の表情から、何か深い事情があることを夏樹は察した。
「学校ではそういうとき、どうしろって?」
「“神様におまかせしましょうって”って言われています」
「じゃあ、そうすれば? 茉莉香ちゃんは、自分の今、すべきことをすればいいんじゃない?」
茉莉香の目から涙がこぼれた。
「あれ? 俺、なにか言った?」
「ごめんなさい。ほっとして」
茉莉香は笑顔になった。
「私、今相談できる友だちが誰もいないんです。両親にも心配かけられないし、夏樹さんに聞いていただいて気が楽になりました」
夏樹は自分が茉莉香について、まだ何も知らないことを知った。
不登校だったと聞いてはいたが、高校時代からのいじめが大学に行ってまで続くものだろうか? 外部から進学してくる学生と仲良くするわけにはいかないのだろうか。
わからないことばかりだった。
そして、もっと知りたいと思う。
「やっぱり友だちっていいですね。これからもお友だちでいてくださいね」
茉莉香が夏樹を見つめて言った。
「そうだね。友だちでいよう。時々こうやって外出しようよ。それから変装の件は内緒にしてくれないかな?」
「夏樹さんたら」
茉莉香が何かを思い出したように笑っていた。
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