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お茶を飲みながら  -季節の風にのって-  作者: 志戸呂 玲萌音
第一章 -リラの園の眠り姫ー
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第6話  妖精と宴

今日は、未希の劇団の公演があります。

夏樹の正体がいよいよ……。

 未希の所属する劇団の公演は、私電を乗り継いで三十分ほどの駅から、細い道を歩いて行ったところにあった。座席数は150? いや、そこまではいかないだろう。


 当日集まったのは亘と夏樹のほかに久美子と荒木だ。互いに再会を喜び合っている。 久美子は銀行員で、以前茉莉香と同じカウンセリングルームに通っていた。荒木は亘の父親の経営する会社のグループの企業に努めるエンジニアで、 副業で雑学の動画を制作してる。亘にとっては苦手な相手だが、荒木は亘を師のように慕っている。


 ストーリーはある青年が結婚詐欺を働こうとするが、失敗つづきというコメディで、それなりに楽しめる。話の内容そのものよりも、役者たちの魅力や奇抜な舞台装置や衣装が面白いと亘は思った。


 登場人物たちは古着屋で買ってきたのだろうか。少し前の世代の服を着ている。


 未希は背中に羽を付け、薄布を縫い合わせた空気を含み、風になびく妖精を思わせる衣装を着ている。主人公の周りを飛び回り、なにやら囁いて去っていくという役どころだ。舞台に現れる時間は短いが出番は多い。


「彼女目立ちますねぇ」


 久美子が言う。未希が登場すると女性の歓声があがる。涼やかな容姿だけではなく、彼女の周りだけ空気が輝いているようだった。


(確かに目立つが、何か違和感があるような……)


 亘は心から楽しめない理由を探しながら夏樹を見ると、彼もまた不機嫌な顔をしていた。



 終演後、出口に向かう狭い通路では、出演者たちが客を見送る。未希の周りには女性が集まって、写真撮影や握手をねだっていた。未希は、les() quatre(カトル) saisons(セゾン)の時と同様に、サービス精神旺盛にこたえている。


「お疲れさま。これから打ち上げ?」


 亘が尋ねる。


「いいえ。明日、もう一日あるので」


「じゃあ、これからみんなで食事に行かない?」


「わぁ! うれしい。着替えてきますから待っていてくださいね」



 五人はぶらぶらと歩きながら、駅の方へ歩いて行く。荒木、久美子、未希は意気投合し、楽しく会話をしながら歩いていたが、夏樹は機嫌が悪いようで、一言も話さない。レストランはどこも一杯だった。


「居酒屋だったら空いてるみたいだけど」


 ちらりと夏樹を見る。


「あ、俺、二十歳は過ぎてますよ」


「そう」


(大学二年生と聞いていたが、誕生日はもう迎えたかあるいは…… まるで興信所だな)


 なんとなく(やま)しい気持ちになる。



 チェーン店の居酒屋に入り、奥の個室に通された。


「ゴーヤチャンプル、羽根つき餃子、豚玉天……あと、つくねちゃんこ鍋!」


 久美子と未希が注文を手際よく決める。


「君、国立大なんだってね! 頭いいんだ!」


「どうも」


 酒を飲みながら荒木の語り掛けに無表情にこたえる。


「なんの勉強してるの?」


「……」


 荒木はこれ以上、会話を続けることが困難なことに気づいたようだが、それほど気にしていないように見える。


 今日の芝居のことで話が盛り上がった。


「衣装が面白かったなぁ。みんなキャラが立ってたよ」


「未希さんも目立ってたわよ。もう、ファンがいるなんてすごいわね」


 わいわいと盛り上がる横で、黙って飲み続ける夏樹に亘は話しかけた。


「二十歳って、北山君は春生まれなの?」


「いいえ。“夏樹”ですから」


 飲みながら言う。


 そこから、どう会話を続けようかと考えていたところ、


「鍋が食べ終わったから、雑炊にしましょう。ご飯注文しますね」


 久美子が店員を呼んだ。

 米の入ったお(ひつ)が運ばれ、スープに投入する。


「ここは私に任せてください!」


 未希が雑炊を作り始める。彼女が鍋をかき回すと、まるでフレンチレストランのウェイターが給仕をしているように見えた。


 久美子は荒木と話をはじめる。




「俺、高校行ってないんですよ」


 酒を飲み続けながら言う。


「高認をとったの?」


 茉莉香のようにいじめられて不登校になったのだろうか? いや、彼に関してそれだけはないはずだ。頭が混乱してきた。


 それにしても彼は飲み続けている。 

誘われたこと自体が不本意だったようだから、やけ酒だろうか? 心配になってきた。


「北山君。ずいぶん飲んでいるけど大丈夫?」


 亘の声は甲高い叫びにかき消された。


「ごめんなさーい! 雑炊が(のり)になっちゃった!」


 スープの中の米は、形を失い流動食のような状態になっていた。おそらくかき混ぜ過ぎたせいだろう。とてもじゃないが、食欲が湧く代物ではない。


「うぇー」

 

 荒木が大げさなアクションをし、亘がたしなめる。


「あらら……もったいない。せっかくの雑炊が。でも、いいわ、シメにお茶づけかお結びでも頼みましょうか……?」


 と、久美子が言いかけたときのことだった。


「だーかーらー!! そういうところだよ。いつも“ごめんなさーい”って」


 夏樹が突然声を荒げた。


「仮にも飲食店でバイトしてるくせに、食べ物をなんでもっと大事にあつかわないんだよ!」


 夏樹は明らかに飲み過ぎで、目がすわっていた。


「あんた、全部そうだよな! バイトの時も! 茉莉香ちゃんがせっかくマニュアル作ったのに、“ありがとー”って、どういう気持ちで言ったんだ?」


「まぁまぁ」


 荒木が止めようとするが、それを振り切って、


「“ありがとう”って何に対してだよ!」


「茉莉香ちゃんが苦労して作ってくれたから」


「そこじゃないだろ?」


「……」


 突然の叱責に未希は呆然としている。自分がなぜ雑炊のごときで、こんな目に合うか理解できずにいるのだろう。


「じゃあ、茉莉香ちゃんがどういうつもりで作ったと思う?」


「“紅茶に興味を持ってもらえれば……”って」


 と言いかけて、はっとした。


「仕事に興味がないって思われているってこと?」


 未希の声が震える。


 荒木も久美子も口をはさむことができない。もちろん亘も。


「芝居もそうだよ。あんたの役は何だった?」


「主人公の良心の声………」


 未希が力なく言った。


「主人公の気持ちに沿わなきゃいけないんだろ? 主人公の気持ち考えたことあるのか?」


「……」


 未希がうなだれる。


「良心って何か考えたことあのか?」


 たたみかけるように続ける。


 亘もそれは感じていたことだった。詐欺を働こうとする主人公のそばにいつの間にか寄り添う彼の“良心”。出番は少ないが重要な役どころだったはずだ。しかし、未希のそれは、華やかで目立ちはするが、奥深い陰影のようなものがない。いくらコメディでも演出家にとっては不本意だったのではないだろうか。亘は違和感の正体を知った。


 それにしても夏樹は言い過ぎる。亘は初めて夏樹を見たときの鋭い眼光を思い出した。


(やはり、彼は危険な人間だ)


 ここはなんとか止めなくてはならない。未希が傷つくだけではなく、他の客の迷惑でもある。


「だーかーらー!!」


 夏樹は突然立ち上がった。が、その途端、よろけてひっくり返りそうになった。荒木がそれを抱えた。夏樹はいびきをかいて寝ている。


「そんなこと言わなくたっていいじゃないー!!」


 未希がいきなり泣き出したが、突っ伏し、そのまま寝込んでしまった。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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