第26話 クリスマスの思い出
少しリラックス。
子どもの頃の思い出話です。
夏樹のプレゼン審査が終わった翌日、茉莉香は帰国する。
茉莉香を送りがてら、二人は空港のカフェで時間を潰した。
「あ〜。あと一日いればクリスマスなのに……」
「しょうがないよ。育修社でお祝いをしてくれるんだろ?」
「ええ。版権がとれたお祝いと、私に対する激励会と、忘年会と、クリスマスパーティーかしら……?」
茉莉香が笑いながら言う。
「夏樹さんはクリスマスはどうするの?」
「あー。俺ねぇ。職場の建築士に誘われているんだけど、気乗りしないんだよ」
夏樹が困惑した表情を見せる。
「その人、いわゆるどんちゃん騒ぎが好きなんだ。俺も信心あるわけじゃないけど、あの人は、絶対にクリスマスの意味をはき違えているぜ」
「まぁ!」
茉莉香が声をたてて笑う。
「俺だってね。子どもの頃は、降誕劇をやったんだぜ」
夏樹はキリスト教系の養護施設の出身だ。
「まぁ! 何の役をやったの?」
「いろいろだな……」
夏樹の口が重くなる。
「何をやったの?」
茉莉香が再び尋ねた。
「そりゃ……羊飼いとか天使とか……」
渋々答える。
「女の先生たちが、妙に喜んで俺に衣装を着せるんだ。特に天使の時はね。気色悪いだろ?」
憤慨する夏樹を見て、茉莉香がクスクスと笑った。
夏樹は端正な顔立ちをしている。
子どもの頃は、さぞかし愛らしかっただろう。
職員たちの気持ちが十分すぎるほど理解できた。
「あら。私も見たかったわ。夏樹さんの天使。とってもかわいかったでしょうね」
「やめてくれよ!」
夏樹が懇願する。
「そういや、茉莉香ちゃんもやったんだろ? 降誕劇」
精涼女子学院はカトリック系の女子校である。
「えっ……」
今度は茉莉香が口ごもる。
「茉莉香ちゃんは何をやったの?」
夏樹が身を乗り出してきた。
「……マリア様」
赤くなった茉莉香が俯いて言う。
「へぇー。茉莉香ちゃんのマリア様は見てみたかったな」
いっそう身を乗り出すと、茉莉香がもじもじとした。
「そんな……大変だったのよ! 私、舞台の上で固まってしまって……」
それを聞いた夏樹が大爆笑をした。
「はは! なんかわかる! 茉莉香ちゃんならありそうだ!」
と、言って笑い続ける。
「そんなに笑わなくても……」
茉莉香はしばらく、うつむいてもじもじとしていたが、夏樹の方を向くと、
「よかった」
と言った。
「え?」
「ううん。夏樹さんにも楽しいクリスマスの思い出があったんだなって……」
夏樹が、一瞬沈黙した。
だが、
「よせよ! 俺の最大の汚点だよ! 今聞いたことは忘れてくれ!」
ひどく恥ずかしそうに言った。
「はい。はい」
茉莉香が笑顔で返事をする。
しばらく子ども時代の思い出話に花を咲かせていたが、
「夏樹さん。公募に採用されるといいわね」
茉莉香が言った。
「ああ。確信はないけど、手ごたえみたいのものは感じたよ」
「そう……よかった。もう、出発しなくちゃ」
茉莉香が席を立とうとしたとき、
「茉莉香ちゃん! 来年のクリスマスまでには! いや、もっと早く! 一緒に暮らそう!」
夏樹が、貯め込んだものを吐き出すように、一気に言った。
その勢いに茉莉香は驚いていたが、
「はい」
笑顔でうなずくと、ゲートへと向かった。
「俺の方だったな……」
茉莉香との関係に踏み込めなかったのは、自分の境遇と、茉莉香の危うさだと、夏樹は思っていた。
茉莉香を傷つけてしまうことを恐れていたのだ。
だが、今の茉莉香は女性らしい落ち着きと魅力に溢れている。
原因は自分の方にあるのだ。
公募に集中したい。
仕事の基盤を固めたい。
まだ自分に自信が持てずにいる。
「公募に受かれば……」
何かが変わるのだろうか?
早く年が明ければいい。
夏樹は一人家路についた。
ここまで読んでいただきましてありがとうございました。