4.隠密頭
みんな大好きブロさん視点。
王都を一望できる尖塔の上で寛いでいると、近くの窓がパカっと開き、見知った顔が声をかけてきた。
「ブロさん、見つけた。」
「側近殿。」
「鍛練に付き合ってほしい。頼めるか?」
「よかろう。」
「地下室か?」と聞けば「勘弁してくれ!」と嘆く。どうやら地下室の実力試験は悪夢の烙印を押されたようだ。
◇◇◇
山岳地帯の寂れた村を出てから裏の世界に生きてきた。
それなりに名を知られる程度には実力も経験も積んできたが、とある国の幼い王女は「おいでませー」と容易く自分を暴いた。
それこそ、出身から年齢から武器から黒歴史と性癖まで羅列されるという、無邪気と無垢による一連の暴露行動は、最早恐怖しかなかった。
己に自信があるからこその、得体のしれないモノへの畏怖である。
「ブロさん。勝負下着は止めないけど、他人様のは盗らないでね?」
「あらあら。サイズを計らずに着けてはだめよ?仕立てますからねぇ~」
「…承知した…」
「個人的には赤がオススメだけど、白もいいよね。」
「まぁまぁ。黒も外せないでしょう?うふふ」
「…黙秘する…」
これである。
どこの国にアラサーおっさん刺客へ下着をプレゼントする6歳の妹姫がいる?!
ここにいるし、当時14歳の姉姫まで「デザインはどれがいいかしらぁ~?」と言う始末である。
出逢ってから6年経つが、未だに「動きを阻害しないスポーティな素材のビキニ…」「形は三角かマイクロかしらぁ~?」と検討している。
やはり只者ではない。…と、思う。
◇
無邪気に人を暴く妹姫の行動は、全て「お姉さまの笑顔のため」に帰結する。
やり方は斜めに抉るし、スキルを改造するという離れ業に、常識が行方不明だが、己のスキルを磨き上げ、常に鍛練を怠らず、新たな可能性を模索する姿には感銘を受ける。
そんな妹姫だが、姉姫がもうすぐ臨月を迎える頃、痛恨のミスで『スキル封じ』のアミュレットを嵌められる珍事件が起きた。
「こんの、馬鹿娘が!」
「だってぇー!」
初めて妹姫にゲンコツをくらわす男が現れた。
半年ほど前に次期王配の側近に、実際は妹姫の遊び相手として配備されたこの男は、冒険者ギルドのS級ランクを取得したなかなか有望な傭兵である。
逆にS級を取得したからこそ、王族の姫にゲンコツをくらわせてもまかり通るとも言えるが。
件のアミュレットは古代呪文の施された魔道具であり、ここに来た経緯は国内で噂になっている『違法奴隷売買』に絡むものだろう。
懲りない王妃派の阿呆どもが足を突っ込んでいるが、腐っても王族故、背後を崩すにも鎬を削ることになる。
姉姫が立太子した際に厳しく牽制したが、権力を欲する性は変えられなかったようだ。ゾンビ並の生命力で逆に天晴れである。
そのエネルギーを国のために費やせばいいのに、人を使うことはしても育てることはせず、モノも浪費するだけであった。簡単に言えば、自己満足で実利がない。
王位とは冷たい孤独の椅子なのに、彼の者達には温かいリラクゼーションチェアに見えるらしい。
そこに座る権利ばかり主張して、義務と責任をちっとも理解していない。
ただ、噂のブツが妹姫に嵌ってる状況には、普段おおらかな姉姫も眉を顰めた。笑顔が曇った以上、他の者も動き出すだろう。
そっと姉姫に近づき、素材の所有を伝える。これがあれば採取の手間が省けるから、時間短縮になるだろう。
「姉姫様、素材となるワイバーンの鱗だが、上位素材のドラゴン種が某の伝手にある。」
「あら。種族指定も可能ですの?炎種があればいいのだけど…」
「ならば昔狩ったモノに一つ、王都冒険者ギルドマスターが所有しているモノに一つ。侍女殿を遣わせてよろしいか?」
「えぇ。お願いしますわ。『道路整備』も任せていいかしら?」
「畏まった。」
珍しく姉姫が『お願い』をしてきた。どうやらご立腹らしい。
貴重素材であるが、ピンク侍女ならギルマスも快く提供してくれるだろう。
既に奥方も娘もギルド女性スタッフも骨抜きにされ、中には『秘密の薔薇FC』メンバーもいる。試合の招待状でもチラつかせれば、喜んで素材を出してくれるはずだ。奥方が。
◇
早馬役も引き受け、先に自分の持つストックから素材を用意し、預けに行く。
「側近殿、こちらが素材だ。予備は侍女殿が今用意している。先に参る故、『真っ直ぐ王都侯爵邸』へ向かわれたし。」
「ブロさんが走るのか?ということは、やはり足止めの子飼いが動いてるのかぁ。
警護体制は友と護衛官と侍女が主軸?」
「不在中に崩れる程、軟弱に育てた覚えはない。妹姫様もスキルが使えない訳ではないから、これも訓練だ。」
「なるー。じゃぁ、安心して出られるわ。お、炎種のドラゴンの鱗か。すげーな!このサイズを取ってくるには準備と時間がかかりすぎるから助かるよ。」
「当初は中型ワイバーンの巣を狙ってたのか?」
「ん。先制攻撃でスキル出力が現状1割半。ワイバーンの鱗で6割、魔道具少年の技術で1割ちょい。最後はカウンターでイケるとみてる。
自分のミスでやったんだ。自力で突破させないと身にならねぇ。」
S級を取得するだけあって、培ってきた土台がしっかりしている。状況分析や予備知識も危機回避能力の行使にも余裕がある。
潰す算段をいくつか持っていて、その中から本人の力で破壊させるようだ。
「ちなみに魔道具のリミッターは外す。」
「正気か?真正面から喰らうぞ。」
「やるさ。素で姫さんのトップスピードを捌けなければ、側近職には不適だろ。」
「わかった。姉姫様のことはこちらに任せよ。」
常にスキル全開の妹姫のカウンタースピードは脅威である。一点突きの名人だ。…あぁ、だから出力制御も学ばせるつもりか。
あの妹大好きな姉姫が、妹姫が対等に遊べる相手として選んだだけはある。
そんな彼が真面目な顔で、まっすぐこちらを射抜いた。
「なぁ、ブロさん。
従属契約をしているから動いているのか?俺にはそうは見えねェんだけどな。」
従属契約…妹姫にカウンターで魔改造された後、下僕全員この契約を交わしている。例外はこの側近くらいだろう。
当時幼い妹姫を抱え、自身も少女であった姉姫が、念のためと行っていたものだが、実際に契約してから履行されたことがない。
いつも「うふふ。ブロさん、これできますの?」と聞いてくるか、「ブロさん、これやりたい。ついてきて?」と誘ってくる程度である。
しかも、どこで何してようが割と自由である。フリーランスでスーパーフレックスタイム制の裏の職場は初めてだ。
姫達の魔改造や掃除時間に呼ばれる者は、彼女たちが一流と認めた者。その分、認められなければ所属から外されるので、下僕に入った者は自ずと鍛えるようになった。
本人ができるのは当たり前、上に立つなら周りも育ててこそ一人前。選ばれる誇りは、良い酩酊感を漂わす。
「…姫様達は我々に『命令』することはない。」
「ん。そっか。あいつら楽しいもんな。」
「そうだな。」
本来厳しい環境を楽しいに変えられる少女たちは、自分のように裏に生きる人間には眩しすぎる。
幼い雛だった妹姫もあと4年もすれば成人。否が応でも政治の駒として翻弄される道だ。
それまでゲンコツをもらうような温かい経験があってもいいだろう。
◇
「姫様、戻りました。おや?宿題ですか?」
「ブロさん、おかえりー。売られた喧嘩の買い叩き方法を勉強してた。」
入れ替わるように某国から戻れば、妹姫は反省文という恨み辛み仕返し計画書や姉姫が抱える行政の改善提案書や意見書を捌いていた。
治水工事に街道整備に利権の調停…スキルの出力制限のため、提案内容のキレはイマイチだが、別紙にどこまでできて何ができないのかを、きちんとメモしている。回復後に修正するようだ。
違和感が酷いのだろう。少々歯を食いしばっている気配がある。
「姫様は弱音を吐きませんな。我儘を言ってもよいのですよ?」
「上が狼狽えれば下が乱れる。ハッタリでも余裕を見せることは必要だ。あと私が我儘を言っていいのはお姉さまだけなの~」
我々下僕達は従属契約をしている。それは一つの線引きかもしれない。
『お誘い』『お願い』はされても『命令』はされない。信用も信頼もされているが、依存されたままもない。
妹姫は我々を部下と認識し、己を率いる立場と認識し、委ねた案件の責任を持つ。そこに甘えはなく、少しだけ寂しさを感じることはある。
妹姫が外聞なく甘えられるのは、姉姫に「ちょうだい」と「いらない」するときだけ。
もうすぐ姉姫の御子が生まれれば、目では見えなくとも、立ち位置や関係性は確実に変わる。今のままでは近い将来、いつまでどこまで甘えていいか迷うようになり、やがて心が行き詰まるだろう。
姉姫はそれを心配している。
「あの者は姫様の下僕ではありませんぞ?」
「…知ってるぅ…」
「遊び相手ですからな。思う存分構ってもらえばいい。鍛えておきましょう。」
「…わかってるぅー…」
スキルが制限されているためか、多感期の淡い年頃のためか、妹姫が珍しくただの少女に見えた。
◇
S級ランカーの仕事は早かった。
『スキル活性(激)』の魔道具を引っ提げて帰り、早速妹姫の手に持たせて指導を始めた。
「ほれ。スキル出力を徐々に上げるぞ。先に『鑑定眼』だけ、あとから『カウンター』だ。」
「一気に出してはまずいのか?」
「こいつは(激)がついてるからな。いつも通りにやったら、威力がでかすぎて暴走すると思え。城どころか王都全体を鑑定したら、突発的に膨大な情報量が来て、脳がパンクするぞ。
普段はスイッチのオンオフのイメージだろ?水がちょろちょろと溜まるイメージでやってみろ。」
「ふむ。ちょろちょろか。」
どうやらあの妹姫でも苦手なことがあったらしい。
少しでも出力過多気味になれば、即『スキル活性(激)』アミュレットを取り上げ、片手でカウンターで出てしまった武器をいなしつつ、相手を抑え込む。
そのさじ加減というか、タイミングもスピードも使う力も、バランスのとり方が非常に上手い。
成程、これは冒険者S級ランカー傭兵でなければできない器用な芸当だ。
自分なら反射的に暗器が出てしまうし、次期王配なら貴族で騎士気質のため少女への力加減が難しい。
「一気に上げ過ぎだ。もう一度。」
「うー!」
普通ならスキルの暴走する気配に怯む。特に魔改造はいい方向に進むとは限らない。セットで鑑定眼も付いて魔の暴露大会も始まり、心身ともにボコボコにされる。
それでも正面からドンと構えて、じっくり付き合ってる胆力に敬服する。
「ほら。もう一度。」
「ふんぬー!」
「あらあら、うふふ。仲良しさんねぇ~」
「そうだねぇ…」
目の前で繰り広げられる一触即発な戦場を、仲良しという言葉でまとめる姉姫もすごい。
◇
あの魔道具少年が絡んだ以上、何か起こすだろうとは思っていたが、外部リークに加えて、側近殿は『ついで』で期待以上の戦利品を持って帰ってきた。
現場の音声と映像。記録媒体魔道具の作り手は名のある魔道具師で複製不可。勿論加工もできない。
今まで王族や親類身分を盾にのらりくらりと逃げていた者を一気に終局まで詰めた。
魔道具の悪用をし、法律で禁じられている薬物漬けと奴隷の密売をやっていた犯人一派…まぁ、王妃の実家だが…叩いて出た埃は空まで届きそうで、踏ん反り返っていた地位から転げ落ちる様は見事であった。下り坂ではなく、空から一直線に落下、陥没。
『料理男子』で『腐ってる。食べられない。』と出て、『鑑定眼』も『腐ってる。肥料にもならない。』と出たらしい。魔改造の余地もない。
「妹姫様のスキルで幸せになれなかった者は初めてですな。」
「うーん。私もまだまだだ。精進せねば。」
「元気がないですな。姉姫様が悲しまれたか?」
「彼らがしでかしたコトがコトだけに、仕方ないとはいえ国の信を揺るがす。民の混乱を気に病んだようだ。
何より、彼らの王族筋としての在り方に哀しみも怒りもある。憂いた笑顔はあまり好きではない。」
「大掃除の決断をされたのは姉姫様です。尊重しましょう。それが仕える者ができることです。」
「私も一流王族の務めを果たさねばな。お姉さまが背負うモノは大きい。私に手伝えるのはどこまでだろうか…」
裁定をきちんと見届ける少女は、女性への片鱗が見え隠れする。大きくなられたものだ。
この冷たい議場の雰囲気にも呑まれず凛と立つ姿は、姉姫同様、一流王族らしい風格がある。
「ひとりで立つ必要はありませんよ。姉姫様も妹姫様にも、我々がおります。」
「ふふ。私はしあわせ者だなぁ。」
「おや?まだまだですよ。愛の伝道師(原因)の訪問でバレましたからなぁ。」
「うぐ!」
「姉姫様も仰ってたでしょう?『がんばってね』と。」
「う~~~」
裏の世界で生きる者が、悩む少女の淡く優しい時間を愛でる。
まったく。なんて贅沢だ!
姫達と過ごす日々につまらない瞬間はない。
妹姫「ブロさーん、赤肉のメロン入りまーす!えい!」
ザシュシュシュシュ ←
ブロ「今日は鯨に仕上げてみました。」
姉姫「あらあら!美しいフルーツアートねぇ。凄いですわぁ~」
旦那「才能の無駄遣い!そして激しく嫉妬!」←スキルレベル上げ中
ブロ「旦那殿、精進されよ。」