3.S級ランカー
引き続き、現側近で現S級ランカー視点。
早馬役が掃除してくれたようで、馬を替えつつ侯爵家に着くまでの『最短距離』に、余分な邪魔者は落ちてなかった。
途中、接触してきた魔道具少年の家の者達が「坊ちゃんが準備してますよ」と状況を教えてくれるとともに、「生ゴミの日に出しちゃいましたよ」や「リサイクルはできませんでしたよ」に、「早馬役の技が見たいので、今度遊びに行っていいですか?」なリクエストが多かった。
終わったら、姉姫さんに相談かなぁ…
◇◇◇
早馬で一報が届いてすぐ、少年は魔道具の解析と下準備に取り掛かり、俺が到着した瞬間、「素材と仕様書を出せ!」「よいではないかよいではないか!」と追い剥ぎのごとく身包み剥がしにかかってきた。
玄関から「あ~れ~」な悲鳴(笑)とともに少年の工房部屋へと連れ込まれる俺を見て、侯爵家当主も「先に伺ってます。挨拶は結構ですよ。」と苦笑。
相変わらず、魔道具が絡むと拗らせてるらしく、素材に目を輝かせていた。
「なぁ。結構難しいか?」
「素材と呪文の親和性はまぁまぁだね。ちょっと改良しとく。腕が鳴る。
どちらかというと扱いの方が難しいかな?頑張って~」
「やっさし~ぃ どうしたよ?普段は冷静なのに、珍しく血の気が余ってるな。」
「この魔道具の使い方が気に入らない。ウチの妹に同じ事されたら、嬲りに行く気しかしない。」
「ん。そっか。そうだよなァ…」
「そうだよ。」
コイツの妹はどちらかというと脆弱で貧弱で、本当に防御力が紙装備だ。隣に攻撃力の高い子守り犬がいるらしいけど。
だが、立場も状況も異なれど、自分の懐に入れてる子に悪さをしかけられたことは、やはり心中穏やかではない。
正義漢を気取るつもりはない。我欲だけが理由だ。
相手にも理由はあるだろう。言い分はあるだろう。聞いてやろうではないか。
お礼に行くのが、姉姫さんか友か下僕達かわからないが、機会があるのなら、わかりやすく意見を申し入れたい気分だ。
「ホラ、完成。こっちは予備。ついでに君へのプレゼント。」
「おー。ありがと。急で悪いな?助かったよ。」
手の平にはアミュレットが三つ。『スキル活性(激)』と予備と…?
「おい、これは…記録媒体?」
「結果を楽しみにしてるよ?」
にんまり笑った侯爵家の三男は援護もできる男だった。
◇
帰城して、軽く汚れを落としたものの、休まずにそのまま姉姫さんの執務室に向かう。
俺が持つ『スキル活性(激)』の魔道具を見た妹姫さんが、とたたーと近寄って触ろうとするので、ゲシっと頭を掴んで止める。
「放せ、側近殿!ちゃんと鑑定眼で『問題ナシ』を確認してから触ろうとしたぞ!」
「だから、警戒が足りねーんだよ。焦るな。 鑑定眼もカウンターもスキル出力は1割半だろ。落とし穴があると思わないのか?」
「…うぅぅ…そうだった…」
魔道具『スキル活性(激)』のアミュレットは、普通の活性ではなく、敢えてリミッターを外した特注品だ。この高位竜種素材の過激な魔道具なら呪いの『封じ』アミュレットはすぐに壊せるが、同時に活性化しすぎて暴走する。
だからこそ、扱いが難しく、使用には管理能力が必要であり、コントロール力を身に付けなければならない。
友とブロさんに合図を送り、姉姫さんの安全地帯を確保してもらい、じっくり腰を据えて教えるため、妹姫さんと向かい合って座る。
さて。ここからがS級ランカーの仕事だ。
「ほれ。スキル出力を徐々に上げるぞ。先に『鑑定眼』だけ、あとから『カウンター』だ。」
「一気に出してはまずいのか?」
「こいつは(激)がついてるからな。いつも通りにやったら、威力がでかすぎて暴走すると思え。城どころか王都全体を鑑定したら、突発的に膨大な情報量が来て、脳がパンクするぞ。
普段はスイッチのオンオフのイメージだろ?水がちょろちょろと溜まるイメージでやってみろ。」
「ふむ。ちょろちょろか。」
妹姫さんの掌に『スキル活性(激)』のアミュレットを載せて、スキルを発動させる。
やはり、いきなり過多気味になったので、アミュレットを取り上げ、カウンターが漏れて出た武器を斜め脇下へいなし、首の後ろを腕で抑えて物理的に相手を封じ込める。
「わわわ…びっくりした…」
「初めてなら失敗して当たり前だ。もう一度、最初から。」
「むぅ~難しいぞ。」
予想通り、妹姫さんは今まで最大限引き上げることばかりしてたので、こういった徐々にという細かい作業が苦手らしい。やったことなかったのだから当たり前だが。
「一気に上げ過ぎだ。もう一度。」
「うー!」
アミュレットを取り上げ、カウンターで飛び出した武器を叩き落とす。鑑定眼が暴走しそうなら、目を覆い、体の一部を軽く衝撃を入れて意識を逸らす。魔改造しそうなら、手が届く前に体全体を使って制する。
休憩を挟みつつ、何度も何度も繰り返し、少しずつ体に覚えさせる。
自分のミスは自分の力で乗り越えた方が、大きな実りになる。そのためには多少遠回りも必要だろう。もしかしたら、途中で新たな発見があるかもしれないし。
「ほら。もう一度。」
「ふんぬー!」
「あらあら、うふふ。仲良しさんねぇ~」
「そうだねぇ…」
マンツーマンで毎日毎日練習すること数日。
いよいよ一番テクが必要な時が来た。
タイミングを外さないよう、じっくり観察し、見極め、素早く動く。
妹姫さんがカウンターで呪いのアミュレットを破壊した瞬間、暴走直前に活性アミュレットを取り上げ、自動カウンターを全て流し、体全体を物理的に封じてから、故意に意識を落として眠らせる。
突然崩れ落ちた妹姫さんの様子に、姉姫さんがブリザードを振り撒きながら近づこうとするのを、友が片手で制止する。
抱き上げた妹姫さんのスキルが完全に沈静化したのを確認し、姉姫さんのところへ届けた。
「今のは?この子は大丈夫?」
「破壊時のショックで暴走する気配があったから眠ってもらった。俺の持ち技で、手加減してるから害はない。今は問題ないが、目が覚めたら一通り侍医の診察を受けさせてくれ。」
「医師に言伝はあるかしら?」
「起き抜けにスキル発動させようとしたら、バランスが取れなくて眩暈に襲われる。体が慣れるまで休ませた方がいい。大人しくするよう見張るくらいかな。」
「わかりましたわぁ~。」
念の為、ブロさんと友がチェックし、異常なしと判断すれば、絶対零度の氷がほわっと雪解けした。
いつもの微笑に戻った姉姫さん。ようやく胸を撫で下ろせたようだ。
「姫さん、これで完了だ。」
「うふふ。ありがとう。」
S級ランカーたる者、約束の納期はきちんと守る。
◇
「さて、大掃除しましょうね~」
数日後、姉君さんがにこにこと微笑みながら、パンパンと手を叩き『掃除宣言』を下すと、妹姫さんは自ら乗り込むことに決めたようだ。
俺が城を出て、戻ってきて、訓練して、外して、休ませた間、妹姫さんが割と静かだと思ったら、反省文というどうしてくれようかリストを書いてたらしい。それ反省文じゃない。
息巻いて出て行こうとするので、襟首を掴んで止める。
「放せ、側近殿!ちゃんとお姉さまから『ちょうだい』したぞ!手順は踏んだし宿題もやったし我慢もしてたぞ!」
「あのなー?俺は姉姫さん直轄下の護衛役に就いてんの。俺んとこの管轄なの。」
「だから?」
「俺の縄張りを荒らしたらどうなるか教えたいの。わかる?」
「…だから…?」
「一回くらいは役を譲れ。」
結局譲ってはくれなかったものの、いつも通り一緒に遊ぶことにした。
出かける前に姉姫さんから、「追い詰めていいけど、五体満足で」とお仕置き範囲を言い渡された。何かあるようだ。
相手は王妃腹の異母兄で、先の妹姫さんの粛清でも懲りなかったらしい。
「お母さまで一度目、お姉さまで二度目、三度目は無いと前回言いました。」
「貴様、あの姉…ゲハ(中略)
ヒィ…!!た、たのむ、たすけ…ヴぁェ(中略)
お、おい!そこの傭兵!見て…グォぁ(中略)」
「おう。呼んだか?」
「み、見てないで助けろ!王族に手をあげれば反逆罪だぞ!お前も家族も血祭りにしてやる!」
「わかった。手はあげねーわ。」
姉姫さんと妹姫さんの姿勢に比べて、なんと小物感溢れる台詞の連続か。
聞いててすぐに飽きて、妹姫さんのツボ突き祭りを眺めてたが、お呼びがかかったので手の代わりに足で蹴りあげた。
「グハッ…ゴッ、ゴホォ…」
「なぁ、お前さん、王族の端くれなら常識ってヤツも知ってるよな?」
「な、なん…?」
「冒険者ギルドS級ランカーは一国の王にでも物申していいってルールだよ。」
「うぁ…?」
胸元からチラっとS級のプラチナ証を見せれば、たかが傭兵と侮っていたのだろう。いきなり悲鳴と一緒に諂い始めた。振り幅が極端というか、権力に弱いというか。
別に物申していいだけであって、聞いてくれるかどうかは別なんだけどな。
でもフリーランスでどの国にでもネットワークのあるS級ランカーを無碍にする国はいない。
S級ランカーがそっぽ向いた国に、A級以下の冒険者が信用を置くかどうか。そういう問題だ。
このプラチナ証を持つことは、王族に少々無茶なことが通る等、大きな影響を与える以上、冒険者達の信頼を守る責務がある。
妹姫さん風の言葉で表すなら『一流冒険者』であり続けることだろう。
「仏の顔も三度までーー!!」
「なんまいだ~?」
天高く 轟く悲鳴と 冬将軍。 字余り。
季節外れのホラー劇さながらの精神的追い込み漁をしても、腐っても継承権のある王族が相手のため、せいぜい離宮に蟄居させるくらいかと踏んでた。
が。某国の魔道具少年が怪文書と証拠を我が国の陛下に送り付け、異母兄の王位継承権剥奪に王族除籍と王妃側一門の地位・領地没収まで持っていった。
少年から貰った記録媒体アミュレットは、犯行現場の映像や音声がばっちり入っており、裁定の場で提出すれば陛下は重く肯いた。
王家に連なる者が魔道具悪用で薬漬けな違法奴隷密売(大規模)はまずいだろ。
法的にも立場的にも魔道具少年の堪忍袋的にも。
ここに姉姫さんの「大掃除完了」宣言が成った。
◇◇◇
何のことはない。
「お姉さま、ちっちゃいです!かわいいです!」
「うふふ。あなたが生まれたころを思い出すわぁ~」
無事出産を終え、初めてのちびっこに乳母頼りになるかと思えば、王族なのにテキパキと育児に励む姉姫さん。
産後はきちんと休むよう、必要最低限以外は職務を取り上げ、周りに放り投げる俺と補佐官。
一方、おっかなびっくりしてる妹姫さんと友は、覚束無い手つきでだっこをし、泣かれてオロオロしている。
ひとまず泣き止ますために赤子を借り受け、軽く揺すれば、ふにゃふにゃと落ち着く。
「ソファに座って膝の上にクッションを置け。リラックスして寝かせればいい。」
「おお…泣き止んだ…!」
「S級ランカーは子守りもできるのか…!」
「平民は小さい頃に大抵近所のガキで仕込まれる。駆け出し冒険者の頃にもやった。クッションがあるだけサービスだぞ?」
「感服いたします…!」
「国民たちは偉大なり…!!」
出産祝いの言葉を述べに訪れる客を捌いてると、入り口からガヤガヤと騒ぎが。
『鑑定眼』と『料理男子』スキルを発動させてる妹姫さんと友の微妙な顔が気になったが、招かれざる客という訳ではなさそうだ。
現れたのは、『愛の伝道師(原因)』という教会からの遣い。
巷で名高い、老若男女パートナーがいる人から相手をナンパし、フリーや自分に好意を向けてる者はスルーするという、所謂好きな人を奪い隊で返り討ちされ隊の…
となると、一番のターゲットは姉姫さんか?
姉姫さんの周辺のガードを固めて警戒する。
が。
「おぉ!愛しの君よ!その鋼のような筋肉!精悍さの滲む顔!才に恵まれし芸術家もその逞しい美しさを、筆で描ききることはできないだろう。神話の…」
「筋肉美は彫刻家の真骨頂!! 生き恥悶絶ポイント☆」
「ゴッフォー!!」
どういう訳か俺に歌い踊りながら愛のアプローチをしてきた愛の伝道師(原因)に、妹姫さんのスキルが炸裂した。
そのまま、BL護衛官が引きずって行ったので、今夜の地下室はあはんうふんな光景になるだろう。
「…なんで俺だったんだろうな?」
「なんでだろうね?」
「おま…なんだぁ?そのにっこにこーな笑顔!キモイ!」
「あらあら、まぁまぁまぁ!」
すんごい嬉しそうな笑顔の友と、同じく嬉しそうなその妻。と…?
「おねーさま…それ…ちょぉだぃ…」
真っ赤になってぼそぼそ呟く妹君がいた。
間諜A「はぁぁ~~ん!ブロさん素敵!」
間諜B「シンプルで実用的なオリジナル道具!」
間諜C「しかも滑らかで無駄のない美しい動作!」
間諜D「私、爪技で缶詰開けてもらっちゃったぁ~」
間諜他「「「えええ~!ずっるーい!!」」」