1.元傭兵
傭兵さん視点。
毎日のらりくらりと過ごしていたら、成り行きで、冒険者ギルドS級ランクを取得して王城勤務になった。
「おい!傭兵!俺様の配下に入れ!使ってやる!」
「妹姫さんよぉ…アレ、いるか?いらねぇな?」
「いらなーい。おもんなーい。」
役職は未来の王配の側近。主な仕事は妹姫さんの遊び相手。
正に今、悲鳴を上げて逃げる王族を追い掛け、飛び蹴りし、永久コンボのツボ突き祭をしてる少女が相手だ。
◇◇◇
少し前の話をしよう。
当時冒険者ギルドAランカーの気ままな傭兵をしていた俺は、騎士団所属で未来の王配である友と食事をしていたら、我儘で略奪系らしい?第五王女に一撃喰らってお持ち帰りされた。
ちょっと待て、よくわからないと思うだろう?
大丈夫だ。俺もわからない。
ん?
この説明だと、第五王女が、友から、俺を奪う、ドロドロ三角?な愛憎劇の印象を持たれそうだ。
その場には友の妻である第一王女もいたし、持ち帰りをお願いしたのも彼女だ。
いやいや。
この説明だと、第一王女が、友から、俺を奪うべくお願いして、第五王女が実行したという、歪な四角関係?な誘拐事件の印象を持たれそうだ。
断じて違う。警邏隊を呼ぶんじゃない。
持ち帰られたけど奪われてない。俺の純情は無事である。
◇
次期女王である第一王女から直々に側近職の打診が来た時、本当なら『NO』と言いたかった。
言えなかったので『保留』と答えたら、余興で第五王女の下僕のひとり、BL護衛官と実力試験をすることになった。
ちょっと待て、やっぱりわからない。
勝利すれば断れるという言質を取り、一応の選択権は貰ったものの、実にくだらないゲームに本気で挑まないと危ない事態に陥る。
このBL護衛官、寝技に入ると逃げられないのだ。
立ち技を極まる前に外し、足元の不安定さを毒の沼地戦と想定して動けば、何とか相手を昏倒させ勝利を奪うことに成功。
下僕他、観戦していた外野は非常に盛り上がってた。
いやいや待て、やっぱりわからない。
だから、嵐の去った試合場で寝ながら、乱れた息を抑えつつ、言い出しっぺに聞いてみた。
「なぁ、妹姫さんは何でこんなゲームさせたんだ?」
「暇潰し。」
「は?」
目的を知りたく問えば、答えは単純に『暇潰し』
「暇は怖いぞ?暇とは停滞で、やがて退廃に繋がる。三流に成り下がる。」
「…つまり、妹姫さんの言う『暇潰し』とは、活力や刺激ってことか?」
「うむ。野心でも向上心でもエネルギーは魅力的だろう?お姉さまに相応しい。」
妹姫さんはスキル『鑑定眼』『カウンター』『魔改造』の保有者であり、同時にこれらを極めている。
12歳で常にスキル出力全開な上、更に『先制攻撃』や『〇〇のツボ★』な新しい技を開拓している。限界を決めていないだけで。
己に一流王族であり続けることを課し、周りにも一流下僕であることを求める。
一流下僕ってなんだと思うが、揃った奴等は一流の護衛官であり、補佐官であり、侍女であり、隠密である。従属契約をした下僕なだけで。
「私は天才ではない。単純にスキルを磨き、新しい可能性を求め、極めたにすぎぬただの努力家だ。
まぁ、私が優秀であることは確かだがな。うらやましかろう?」
「…そうだな。うらやましーわ。」
「貴殿はどうだ?現状に満足か?」
はい。ここで問題。
誰が、何が、『暇』であり『停滞』であり『三流に成り下がる』と言われたか。
それを刺激するために、あんなゲームを仕掛けられたか。
……俺か。
「不満だな。」
「精進せよ?」
自分よりも一回りも年下のニシシっとイタズラが成功した少女。
純粋にA級ランカーで胡坐を掻いていた己を恥じると同時に、生来のハングリー精神が着火した。
コイツ、鑑定眼で俺のこと完全に分析してやがる。
どうすれば、自分がやる気になるか。
権力や言葉で説得されても首を縦に振らないが、昨夜は一撃で沈められ、今日は冒険者としての力量を計られれば、確かにプライドが刺激された。
むくりと起き上がり、ボリボリと頭をかいて、ふぅーっと息をつく。
「やられっぱなしは性に合わねぇ。」
「うむ。」
「だから、今はまだこの仕事に就けない。」
「そうか。待ってやろう。一流王族は心が広いからな。」
意図を理解した王女は満足そうに笑うと、侍女を連れて部屋を出て行った。
無人になり静かになった部屋で、試合で乱れた身形を軽く整えると、昇格試験手続きをするため、冒険者ギルドに向かうべく歩み出す。
その後、速やかにS級ランクを取得し、王族側近職に就くことを決めた。
◇◇◇
側近と言っても護衛職で、騎士団できっちり鍛えてきた友に守りの仕事は殆どない。スキル『料理男子』を使って『旬の食材』という文官・武官を見つけ出し拵える友は、実に生き生きしている。
そのため、姉姫さん宛ての招かれざる客を、妹姫さんと一緒におもてなしするのが主だ。
命じた雇用主の第一王女は、今日ものほほんと執務室で微笑んでる。
「なぁ、姉姫さんはどうして妹姫さんを自由にさせてるんだ?」
「あらあら。だってあの子は自由の責任を持てますもの。私はあの子が望むままに動けるよう、場を整えるだけですわぁ~」
妹姫さんの行動理念は一貫している。姉のモノを奪っていき、飽きたら返す。
動機が『暇潰し』と『気に入らない』で、目的が『お姉さまに一番似合うモノ』を追求すること。
ただし、姉姫さんが関わらない範囲では、何もしない。する気もない。
「でも、自由って、何をしてもいい訳ではありませんのよ?
自由の権利を履行するには、必ず責任が存在し、それを負う義務があります。
あの子が国を汚すような悪いことをしたのなら、私は一緒に贖罪しますの。」
王という頂点に近ければ近い程、多くの理想を求められる。
容姿・能力・技術・言動・振る舞い…それこそ、呼吸の一つから瞬き一つまで。
成人してから嫁ぐまでは、『理想の王族』という道から外れぬよう管理される。
「私の我儘で、私ができなかった子供らしい自由を経験させたいのです。あの子が成人するまでは。」
「本当は物語にあるピクニックや冒険旅行にも連れて行ってあげたいんですけどねぇ~」と少し寂しそうに微笑む姉姫さん。
父である王は公平であらねばならない。
そのため、母である側室を幼くして亡くして以降、当時未成年であろうとも姉は妹の庇護者になり、彼女の子供時代はあまりにも早く終わりを告げた。
甘えることができなかった第一王女が、自分の憧憬を第五王女に託す。
なんて屈折した愛情だ。
「歪んでんな。」
「自覚はありましてよ~?でも、楽しそうに遊ぶ姿が可愛くてやめられませんわぁ~」
彼女が歩むのは冷たい茨に覆われた氷の道。
次代を担う周りからの重圧と一人で立たねばならぬ孤独の中で、「それちょうだい?」とおねだりし、「これあげるー」とハグしてくる8歳離れた小さい妹。そりゃ可愛いだろう。
いつか自分の元から巣立つまで、無邪気さや癒しを求めるのは決して悪ではない…が…
「うっわぁ…重い。重すぎる。アイツそんな覚悟で次期王配になったのか。」
「自覚はありましてよ~?でも、あの人はそれほど覚悟してないと思いますわぁ~」
さらりと軽い回答に肩すかしをくらう。
「…いいのか?そんなんで。」
「えぇ。そのくらいの軽さだから、あの人の隣で私はリラックスできるんですよ~」
「あー…そこが選んだポイント?」
「いいえ~?ただ一生懸命な人が大好きなだけですよ?
あの人も、あの子も、みんな、ね。」
あ。
話を聞いていた隠密部隊や執務室に控えている使用人の気配が揺れた。追い求めるレベルが更に高くなったのだろう。その渦に俺も巻き込まれてる。
「あなたはあの子の隣にいてくれるかしら?」
「…一流でいる限りは。」
「うふふ。あの子が迷子になったらよろしくね?」
「…善処します。」
姉姫さんが自分を繋げた紐は雲でできている。
知らぬ間にできていて、柔らかく、結び目もなく、ちぎれないが、確かにある。
全然つかめない。つかめそうもない。
◇
その友といえば、こっちは空気よりも軽いシーツ系男子である。
「その弓兵、なんで遊撃集団に入れちゃうの?
サンドイッチに梅干し入れるようなマネやめてよ~せめて種を取り除いてよ~」
「しかし、弓兵が必要ということなので…」
「彼は強弓が得意なベテラン梅干だよ?技術も長けてるから、今回の場合はシンプルに後衛に入れた方がいい。
遊撃に入れるならこっちの若い弓兵かな。体幹のブレが少ないし騎射もできるだろう。」
「は、はぁ…」
「おめーの説明は料理すぎる。」
「あ、おつかれー」
これである。
にっこーと笑う彼は相変わらずのふわっふわっぷりで、作戦を練っているのか料理の下拵えをしてるのかわからない。彼にとっては同じだろう。
「お前な、訓練メニューを調理法で書くなら、部下に説明してやれ。単語で迷走してるぞ。」
「えー。そこが側近の腕の見せどころじゃないか。」
「ほーぅ。…このレシピはまんま料理になるな。料理上手な部下が増えて、何かの拍子に姉姫さんの胃袋掴んでもいいならやるけどな。」
「すぐ対処します。協力してください。」
「おう。」
料理用語を言葉だけで説明しても上手くイメージできないため、城仕えの御嬢さん方に協力してもらって、実際に作りながら説明したところ、あちこちで共同作業によるいい雰囲気が。
そのうち、姉姫さんとの婚姻や懐妊にあやかって『恋レシピ』だの『種レシピ』だの呼ばれ、訓練説明会が『ご令嬢と騎士の料理婚活』と呼ばれ、軍部や令嬢の実家から『お見合いありがとう』と御礼を言われた。
実際の訓練時には黄色い声援を受け、勇姿を見せたいと意気込む騎士達…いや、モチベーションは上がってるが…
「訓練メニューなんだがな。」
「訓練メニューなんだけどね。」
コイツが絡むと軍務という重さも一気に超軽量化されるなと思いつつ、隣で「おっかしいなー」と頭を捻る友。
「あらあら。包丁と剣捌きが上手になりましたわねぇ~」
「旦那殿。令嬢達から次の説明会の問合せが来たぞ?」
「うーん、雨季が近いから泥試合…とろみのあるメニューかなぁ。」
「姫さん、シチューの練習させとけ。あと渇いたタオルと濡れタオルの用意も。」
「わかりましたわぁ~」
成程。
重すぎる道を歩む王女姉妹と上手く付き合っていけるこの飛ばされ加減は、もう絶妙な配合なのかもしれない。
そんな友が珍しく真剣に悩んでたので、何かトラブルかと問えば。
「妹君のコメがつらい…」
「何を言われたんだ?」
「…おじさんって…」
「…お前がおじさんもなら俺もおじさんか…」
一つの言葉で20代前半の男性二人を抉る妹姫さん。今日の追撃弾も絶好調。
ちなみにその前に「ん?にきb…ブッフォ!」と一撃があったそうだ。
俺、流れ弾じゃねーか。
◇◇◇
そんな重かったり軽かったりの側近職に就いて半年程。
「姉姫さま。」
「ブロさん。…急ぎの案件ね?何が起きたの?」
毎日の平穏に突然もたらされたのは、下僕から緊急の知らせ。
「魔道具にて、妹姫さまのスキルが封じられました。」
妹姫さんに珍事件が起きた。
騎士A「次の訓練は、おにぎりVSサンドイッチらしいです。」
騎士B「なるほどわからん。」
騎士C「側近殿に聞いてこよう。」
騎士D「…上司に謎を感じたら…(人材派遣宛くるっぽー)」
騎士他「待て!早まるな!」