7-14話 激闘のアンサンブル達
第七章:君に逢いたくて:
両手に掴んだゴウの二刀斧が、幻のように歪みながら交互に襲い掛かってくる。
「おらぁ!おらっ!どうした? へばってきたか!?」
その巨体に似合わない繊細な武技は、巨大な蝶のように淡く揺らいで、太刀筋を曖昧にブレさせる。それは精度の高い、高速での立合いを得意とする大翔にとって、相性は最悪だった。
そりゃいい加減バテるだろ… 少しは察してくれ…。
確かに受け流したと思えば、肘近くを浅く斬られ、両腕はすでに傷だらけで痛々しい。少年の想定よりも、遥かに幅の広い斬撃のため、より大きく避ける必要があり、無駄に体力を消耗してしまう。
「ウィラの剣技といい… あんたらの変則的なスキルは面倒すぎる!」
既に魔力と気力どちらも尽きる寸前で、数回もスキルを使えば完全に打ち止めだろう。魔力の低下は分割思考を衰えさせ、特に気力の消耗による攻撃速度の低下が、キツくなってきた。
入れ替わるように、ウィラのコンポスキル『稲妻斬り』が、蒼い軌道を複雑に斬り反して、腿を裂き、左の小指を切り飛ばしていった。
「痛っ…!」
すぐに後方からゴウが突進してくると、不確かに揺れる斬撃で少年を前後から挟撃しようとする。
たまらず真横に疾風の極意して距離を開ければ、今度は殺戮魔道士の火炎弾や、死霊使いである悪童の、機関銃弾のような骨の弾丸に晒されるのだ。
しかもウタノの魔法は効果範囲が広く、またハオガンの骨弾は、凄まじい速射力と偏差射撃の巧みさで直撃弾を叩き込んでくる。
《主様!帯剣状態では限界があります… どうぞこの身を御手に…》
命中弾は、夜闇の渦に阻まれて威力を減衰するが、確実にダメージの一部は貫通してくる。それを数十発も撃ち込まれれば、ジリジリと体力が削られていくのだ。
「駄目だよ…… 武器を抜いたら、それは只の戦争だからさ…」
《それでも… 主様が傷付くのを見たくはありませぬ!!》
伝ってくる妖聖剣の悲痛な思考に、優しげな苦笑を浮かべてしまう。
「お前は結構… 過保護だぞ…?」
直後に至近弾が破裂して、ついに彼の妖魔軽防具(改)が限界値を越えて機能を失った。大翔がジャケットタイプの防具を脱ぎ捨てる。露わになった上半身が冷気に晒され、ゆらりと熱気が立ち昇った。
肩で激しく息をする少年に、更に攻撃の手が増えていく。骨の弾丸に混じって、召喚された死霊数体が、風のように纏い付き、妖聖剣の夜闇を惑わして空き誘った。
《主様!!!》
ドンっ!!! 直撃弾が肩を貫通して、血肉を背後に吹き出した。一瞬疎かになる足捌きに、上空からの十字砲火が、大翔の背中にクリーンヒットする。
「っ………!!!」
小さな太陽のような火球が、背の皮膚を激しく焼くと、爆炎を破裂して少年を吹き飛ばしていた。この戦闘が始まって始めての、爆発系の直撃弾だ。
「やったっ!! 命中ざまぁ!! ハオガン、後で良い子してあげるっ」
孔雀羽を広げたウタノが、チャイナドレスの裾をちょいとめくって見せる。悪童がそれを見上げて「げっ」と、顔をしかめて見せた。
彼は黒煙を吹きながら10メートルも石畳を転がると、直後に受け身を取ってから立ち上がる。
「ゴホッ、ゴホ…… ゴホッ」
全身に擦り傷と出血が増え、焼け焦げた背には、大きな十字の裂傷が開いていた。今の状況でこの損傷は致命的だ。左肩が上がらなくなり、肺のダメージで息を吸い込む事がまだ出来ない…。
すぐにゴウが追撃して、揺れる両手斧がクロスに斬撃を振り切った。回避不能のその間合いに、迷わず左手を諦める。ザクリっと金属が肉を裂き、左の前腕が回転しながら飛んでいった。まだ痛みは感じられず、ただ鮮血がドクドクと雪面へと吹き出している。
「もらった!!!」
連続するゴウの剣技。上下水平に戦斧を伸ばして身を捻り、一転した遠心力を限界まで乗せると、首と腹を同時に捕りにいく。
しかし、一瞬だけ後ろに向いた視線が戻った瞬間、視界が赤く染まって目標を見失っていた。大翔が冷静な表情で、腕から吹き出す鮮血を、ゴウの顔面に振り撒いたのだ。
そこでようやくと、少年の呼吸が回復した。斜めに身を崩したスウィングの合間に、魔力腕が滑り込むと、上下に角度を付けて二段斬りを抉じ開ける。両腕を上下に弾かれた蛮族の喉元に、少年の棒術がカウンター気味に直撃した。
「ぐぇっ!!!!」
更に低姿勢からの跳ね上がるような回し蹴りが、男の顎をまともに捉えると、巨体は力無くもう一回転してから、惰性で数歩をよろけてしまう。
「うわっ! 今の動き超クール!!」
何が嬉しいのか悪童が声を上げると、最後に男は顔から雪溜まりに突っ込んで動かなくなった。
「ゴウの兄貴も返り討ちだー 攻撃特化の蛮族は、紙装甲で打たれ弱いなぁ」
「違うわ! あいつが怪物なのよ。呆けてないでハオガン援護を!!」
背に蝙蝠の翼を実体化すると、漆黒の泥沼から四本手の悪魔が召喚される。ウィラの悪魔使いの技能だった。
ウタノが効果範囲を最大にした氷雪嵐を、大翔の頭上から吹き下ろす。下降気流のようなそれを避ける余裕も無く、直撃した寒気が霜を吹き、彼の足元を凍らせた。
くそっ… もう状態異常解除する魔力も惜しい…。
再び死霊の群れが襲ってくると、夜闇と激しく攻防を繰り返し、そこに牛鬼の悪魔を従えた、音無しのウィラが低姿勢で潜伏した。
殺られる!!!
同時に危険探知が激しく警鐘を鳴らし始めた… その刹那、大翔が持つ探検家のジョブが、数手先の生存への可能性を囁いてきた。彼は咄嗟に最後の魔力を使って、分割思考で裏詠唱したままの『神々の慈悲と愛』を上書きする。
これが最後の身体強化だろうな…。
一気に跳ね上がったステータスを駆使して、脚の凍結を力ずくで引き剥がした。牛鬼の二本腕の挟み込みを、裏拳と開脚蹴りで相殺し、頭を狙う両腕の振り下ろしの追撃を、半歩身を戻しただけで避けてしまった。石畳をひび割れにした赤黒い両腕に、前転して加速した踵落としを打ち込むと、悪魔の手首二本分を粉砕した。
たまらずに絶叫を上げる牛鬼の股下を潜って、ウィラが潜伏からの奇襲を仕掛けてきた。致命傷特化の凄まじい居合い突きは、食らえば即死確定の暗殺剣だ。それを真正面から見定めると、彼女の手首を紙一重で平手打ちする。触れ合う程の近距離をすれ違う二人が、立ち位置を一瞬で入れ替えた。
「片腕でも避けるのね!!」
すぐに逆手の直刀が、三日月を描いて斬り上げてくるが、それを消えかけの魔力腕で、盾のように斜めに往なす。直後に半透明の大きな腕が、魔力を失って消失した。
:ヒロト シマナ:
体力 432/3012
魔力 4/4210 〔Warning〕
気力 10/2881 〔Warning〕
彼は直後に、足元の氷に向かって無駄に魔力弾を2発撃った。
「何処狙ってるのよ!?」
ウィラが幻蛍舞を、再び突きの型へと引き上げた。
「これで良いんだよ。悪いなウィラ… 裏技だ」
:ヒロト シマナ:
体力 432/3012
魔力 0/4210 〔Impossible〕
気力 10/2881 〔Warning〕
自分の魔力が枯渇したのを確認すると、『倉庫』の中からあの赤い『不明』な流体を、小さくバラして実体化していた。それは彼の周囲をサークル状に取り囲むと、突然と触手を伸ばしてウィラやウタノに飛び掛かっていた。
「きゃっ! な、何よこれー!!!!」
一抱えもある赤いゼリーが、細長い管状にその身を伸ばすと、ウタノの鳥羽ごと投網のように巻き付いていく。魔力の高いハオガンも複数のそれに絡み付かれて、彼の魔力を吸収した触手が、激しく発光を繰り返している。
流石にウィラだけは、素早いバックステップで距離を離すと、牛鬼の悪魔を盾にして逃れるのに成功していた。
「まさかこれって…!」
「あぁ、発光ペイント弾のお返しだ… 知ってるか? 純生の魔力伝導体は、魔力持ちを何処までも追いかけるんだぜ」
そう、探検家のジョブが囁いた策とは、自分の魔力を0にした上での、魔力伝導体の開放だ。あの地下通路で切り取った、大量の不明の一部を投げただけでこの有様だ。
まぁ… これで魔力はすっからかんだな……。
定期的にガブ飲みしていた魔力ポットも、まだ480秒ものディレイ時間が残っていて使用不可だ。
ハオガンは全身をゼリーに飲まれて脱力し、ウィラは飛び掛かってくる赤い触手を、忍者らしい素早い立ち回りで斬り捨ててはいるが、それにはまったく効果が無い。
と、そこで幻蛍舞に気力を満たせば、その一閃で直前のゼリーを蒸発させてみせた。
「ウタノ! 魔力伝導体は気功に弱いの! 貴女の降霊術師の気で……」
ゼリーに絡まれ低空で暴れていたウタノの足首を、最後の気力を消費して瞬間移動した彼の手が掴んでいる。
「きぃぃぃっ!!! きもいきもい! って、え……?」
突然と、物凄い加速で身を引き下ろされた殺戮魔道士が、チャイナ服を肌蹴ながら、二階屋を激しく爆砕して地上へと叩きつけられた。
路地の真ん中に転がるように着地した少年に、ウィラが翼を伸ばして急襲する。その加速からの一撃で、ついに彼の鉄棒は花開くように破裂していた。気を纏えなくなった避雷針などで、彼女の愛刀と打ち合える訳も無い。
「気功持ちは魔力伝導体の処理をして! そこの悪童を助けてやって!」
肩で息をする栗色ボブヘアーのウィラが、集まってきた援軍のハンター達に指示を飛ばした。
「なんだ…… よ、これ… 神殿通りが騒がしいと思ったら、何でレイド組が全滅してんだ…?」
遠巻きにするタウバァ在住のハンターの群れが、その惨状に驚愕していた。
「これは全て、そこの暗殺者、唯一人の仕業なの!!!」
ウィラは少年を真っ直ぐに指差して宣言をする。
「そんなに憎悪を煽らないでくれ… オレはもうボロボロだって…」
大翔は疲れ切った表情で、取り囲む数百ものハンター達を、面倒そうに見渡している。
「だったら剣を抜きなさい! それともまた、私を斬れないなんて腑抜けた事を?」
「まぁ… そうだな君は斬れない…… これって愛かな?」
「は、はぃ… ?」
ウィラは面食らったように瞬きしてから、薄らと頬を染めてしまう。やはりこういう所は初心らしい。
「最初から… 戦争するつもりもないって…」
彼は苦しそうに表情を歪ませる。背の裂傷と腕の切断面から、大量に出血して半身を赤黒く汚していた。ジリジリと体力が目減りして、もうすぐ200ポイントを切りそうだ。
「それに剣を抜いたら戦… だろ? これはただの路地裏の喧嘩だよ…」
「……やっぱりあんたって… 相当にバカだわ…」
ゆっくりと片膝を雪につける大翔… その白い氷の上を赤い出血が広がっていく。
「だってこの世界って最悪だろ…? 永遠に続く、殺し合うだけの修羅の国だぞ…」
「……… えっ?」
それを聞いて、一瞬だけウィラの表情が困惑した。楓に良く似た愛らしい垂れ目を、驚きで大きく見開いている。あの娘が最後に残した言葉は、何処かでウィラにも届いたようだ。
と… そこで大翔は、何かを感じて神殿方向を仰ぎ見た。ドームを持った石造りの神殿から、純白の翼を美しく羽ばたかせて、何かが空へと舞い上がる。
「……………」
彼はそれを確信して、神々しいその姿を凝視した。引き締まった四脚で宙を蹴り、その精悍な白馬は夜空を凛々しく駆け上がる…。
「ウィラ…… 君に貸しひとつあっただろ…? あと10秒このまま待ってくれないか…?」
少年から闘気が消えると、脱力して完全な無防備になった。戦時級結界がプリズムのように、輝く白馬を夜空に映す。
鬼神ヒロトと音無しのウィラは、対峙したまま互いに少し放心していた。
ああぁ……………。
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