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7-1話 出立の暮夜

第七章:君に逢いたくて:


 純白の無限空間から、強制転送されたらしい大翔(ヒロト)。気づけば城塞都市の黄泉返りの広場で、無事メンバーたちと合流していた。


 しかし全員が脱力した状態で、フォー()トBにたどり着くまで誰も話そうとしなかった。それぞれが何かに怯えるように、背を丸めて坂道をトボトボと下っていく。


 そうして砦の結界を解除(アンロック)する段になって、ようやくと放心状態から抜け出そうとしていた。


「な、なぁ… サクラは、あの白い空間を… 見たよな?」


 戸惑いながらも口にする幸太郎(コウタロウ)… 何故か彼女ときつく手を繋いでいる。


「……うん わたしねぇ、少しはっきりしたかも… 前の世界と日々の記憶…?」


 猫耳娘には珍しく、弱々しくてすがるような言い方をする。


「お… オレもだけど…… そのオレとサクラってさ… 一緒に…」


 そこで口籠ると、再び押し黙ってしまった。ただ、ふたりして哀しい表情で見つめ合い、眼だけで会話しているようだった。


 香音(カノン)が砦城の正面扉を解錠する。独特の茶葉と土苔の混じった匂いに、懐かしささえ感じてしまった。それは落ち着く、我家独特の香りだったから。


「なんだか、凄く久しぶりな気がするね… たった二日のはずなのに」


 ようやくと戻ってきたその現実感に、数ヶ月も家を空けていたような、そんな不思議な気分になった。


「ねぇ、カノン… ()の経験もそうだけど… 裏世界の話って誰かに報告すべきかな?」


 彩葉(イロハ)香音(カノン)の手を握ったまま、少しよろけて螺旋階段の手摺に身を預けてしまう。まだ足取りはどこか不安そうだった。


「今回の件を、誰かに話す気はないかな。噂にせよ誰かの謀略にせよ、結果的に知ってるいる人間は、意外と多いのかもしれないし…」


 耳を垂らした姉系美女が、コクコクと頷いてみせる。


「それに騒ぎ立てたって何も変わらない。ただ僕たちが、立場を悪くするだけだと思うよ」


「そ、そうだよな… 陣営戦争に直結するヤバイ話だからな。それにしても知識の深い、カノンが知らなかったとは…」


 幸太郎(コウタロウ)は、無理に自分を納得させようとするようだ。彼等が真実を触れ回っても、この巨大でシステム化された紛争を、解決するのは不可能だろう。大昔から大陸(アレス)全体に浸透する、複雑で根深い悪意… 駒でしか無い自分たちが、それに立ち向かえるとは、到底思えなかったから…。


「きっとね… 二次職の『学者』のせいだと思うんだ。僕はスキルによって、この世界の知識や常識を、誰よりも把握してるって過信してた… その中に紛れた嘘なんて、疑いもしなかったから…」


「なるほど、そう考えると怖くなるな… 普段の日常にも、色んな思惑や思考操作が潜んでそうだ」


「そうだね… さすがに今回はだいぶ(こた)えたよ…… 今日は静かに休もうよ」


 明らかに疲れの見えるエルフの少女は、彩葉(イロハ)と支え合いながら、鉄の階段を登っていく。そして何かを深く考えているのか、大翔(ヒロト)は少し遅れた場所で、ずっと無言のままでいた…。


 




 ◇






 その日は、昼過ぎに湯浴みをすると、早い時間から各自の部屋へと引き籠もった。






 湯に深くまで浸かった大翔(ヒロト)は、まだ言葉少なく、そんな少年にそっと香音(カノン)が手を伸ばす。自分の腕を静かに握る少女は、思い詰めた表情で、それは酷く頼りなくて切なくなる…。


 そうして無理に微笑んだ少女は、これが自分なりの精一杯の我儘(わがまま)だと知っていた。指の長い華奢な手は「行って欲しくない」と、必死に伝えようとして… 少女の胸には、数日前の桜咲(サクラ)の占いが蘇っていた。


「ねぇカノン、もしかしたらヒロトくんはねぇ… いつかクランを離れるのかも…… 少しは覚悟をしていてね」


 彼女には珍しく、未来を確定するような言い方をする。とたんに香音カノンはドキドキと動悸が苦しくなり、心は酷く掻き乱されてしまう。


 そんなのは嫌だよ…。


 視界は色を失って墨色に()せていくようで、それではっきりと自覚してしまうのだ。


 僕はヒロトと離れたくないんだ……。 


 男子としての意識など、もうずっと前から不確かで、おぼろげに消え掛かっていた。


 多分今夜… 彼は砦を出発するの。彼の大事な(ひと)を探すために…。


 互いに全裸で、こんな近くに寄り添っているのに、彼の心は遠くにあった。腕を握る手の力が、無意識にきゅと強くなる。今の少女には、それを引き止める覚悟も勇気も無かったから…。


 彼の胸元を濡らす汗の雫を見詰めたまま、伸ばした手をずっと離せないでいた…。






 深夜を過ぎた時刻だろうか? 大翔(ヒロト)は静かに自室のドアを開いて廊下に出た。手には半紙に書かれたメッセージが握られている。


 黙って出立することの謝罪と、次の広域戦闘期間(ウォーウィーク)までには帰還する予定である事… そして、不測の事態でクランを脱退した場合のために、これまでの感謝の気持ちが書かれてあった。


 敵の支配地域を突破して、その本拠地を目指す強行軍。さらには月歌(ツキカ)の所在を探索するために、前線都市タウバァの居住区まで、侵入しなくてはならないだろう。


 どうあっても… 上手くいくとは思えないな…。


 あまりの無謀さに思わず自分を笑ってしまった。それでも気持ちは月歌(ツキカ)を想って清々しいほど前向きだ。


 ずっと今日のために戦ってきた… 君を失ったあの日から… ずっと。


 静かに食堂の絨毯を踏み、カウンターの目立つ位置に半紙を置いて、自分のカップを重しにする。暗い室内を見渡せば、すでに馴染んだ落ち着いた装飾と調度品が、はやる心を落ち着かせてくれた。すっかりとこの砦が、自分の居場所なのだとあらためて思う。 


「もしかしたら、二度と戻れないのかも…?」


 そんな予感に感傷的にもなっていた。


「それでも… 戻ってきて欲しい」


 背後の開き戸の隙間に、背の低い人影がたたずんでいた。空色キャミソールの寝間着に、半透明に輝くような蜜色の髪が揺れている。


「カノン……?」


 少女はゆっくりと目前で立ち止まり、覚悟したように見上げてくる。


「北に出発するんだよね…? ちゃんと送り出したいから… 待ってたの」


 そう口にした彼女の言葉は、弱々しくて消え入りそうだ。


「ごめん… ごめんな、こんな状況なのに… 君を裏切るみたいで言い出せなかった…」


 罪悪感で思わず視線をそらせてしまう。


「本当だよ… ホントにひどい…」


 香音(カノン)は、小さく唇を尖らしてから、柔らかく笑ってみせる。

 

「ウソ… 分かってるよ。みんなも分かってるんだ… でも一言だけ伝えたくて…」


 少女は一歩を踏み出して、彼の胸にそっと抱きついた。


「どんな結果になっても良いの… ヒロトの思うままで良い… でもお願い… 帰ってきて。このまま居なくならないで」


 小さく震える華奢な肩は、酷く頼りなくて哀しくなる。それは香音(カノン)が口にした、初めての本心だったから… 自然に少女を柔らかく抱き返すと、彼女の震えが伝ってくる。


「本当にごめん… でもツキカの所在を確かめないと… 多分オレは、死んだあの日のあの場所で、ずっと立ち止まったままだから…」


 今でもこうして目を閉じれば、片手片足を失って血溜まりで眠る、蒼白の少女が胸に浮かぶ。


「うん… 分かってる…」


 必死に絞り出した少女の声は、どうしたって愛しくて… 切なくて側に居たくなる。


「それでも… 帰ってくるよ。約束したからな、いつかカノンを止めるってさ」


 自然とそんな言葉を口にしていた。このまま振り切ってしまえるほど、この面倒な関係は軽くはない。思い返せばずっと、互いを気づかってきたのだから…。


「うん… 嬉しい… いつか僕を斬ってね…」 


「その言い方… 人聞きが悪くね?」


 それでふたりは、くすっと笑う。胸の少女の艷やかな髪を、確かめるように幾度も撫ぜる。


「前から思ってたんだ… ヒロトに撫ぜてもらうと… 安心するの」


 少女は精一杯に背伸びをすると、彼の頬にキスをした…。


「待ってるからね… 行ってらしゃい」


 赤面した少女は、覚悟したように自ら離れると、健気にも愛らしく笑ってみせた。






 砦の正門を潜っていく少年を、香音(カノン)は小さく手を振って送り出す。横縞(よこしま)の美しい満月が光を降ろして、少女を儚げに照らし出している。


「引き止めなくて良かったの?」


 砦城の扉から彩葉(イロハ)が、そっと少女に寄り添った。気づけばメンバー全員が、寝間着姿で少年を見送っていた。


「誰にもヒロトを止められないよ…… イロハこそ、声を掛けても良かったのに」


 そっと互いの指を絡め合う。


「大丈夫、彼がわたしたちに、気づかないはずないもの… カノンの後じゃ今更だしね」


「地形や敵情を分かってるんかな? あんまりそういう話しはしなかったけどさ」


 幸太郎(コウタロウ)も心配そうに言って眼を細めた。少年が初めて門を叩いた、あの日を思い出していた…。


「ホント… 成長早すぎだろ…?」


 彼の兄貴属性が小さく愚痴る。


「確かに… そんな話しひとつもしてないわ。わたし途中まで護衛しようかしら?」


 彩葉(イロハ)の、焦りの混じるその表情は、かなりの本気度だ…。


「もう、それじゃ色々と台無しだよー」


 桜咲(サクラ)香音(カノン)の横に並ぶと、その細い腰に手を回す。


「ちゃーんと、我慢できてて偉かったよぉ」


 小柄な女子同士がぎゅっと抱きついた。


「うん…」


「大丈夫だよぉ。帰ってくるから……」


 少年の代わりに、その緩くウェーブのある髪を、優しく何度も手ぐしする。


「うんっ」


 彼等は月光に明るい深夜の広場で、ただ彼の旅路の無事を祈った。







 みんな… 見送りサンキュー……。


 背に感じる仲間の気配に、複雑な感情がこみ上げてくる。きっと無事に帰還をすれば、何事もなく受け入れてくれるのだろう。そう思えて胸が熱くなった…。


 少年は中央通りの坂上へと、装備を入れ替えながら登っていく。彼が持つ幾つものレアアイテムを身にまとい、石碑の広場に着く頃には、完全装備の戦闘モードに整っていた。


 背の妖聖剣(ネルフィヌ)苦悩(ドゥッカ)の短剣改を交互に握ると、その手を転移石(ポータルストーン)に触れて、装備登録を更新する。


「この先長くなりそうだ… 頼むよ妖聖剣(ネルフィヌ)


 まるで儀式のようなその行為に、一気に身が引き締まる。もう何ヶ月もこの日のために準備をしてきた。彼の巨大な『倉庫』は、あらゆるアイテムで一杯だ。


 彼は転移MAPをポップアップすると、土地勘の無い三番戦区レスラニィに向けて、長距離転移を選択する。


「行ってくるよ」


 満月の暮夜の公園から、少年の気配が消え去った…。






 第七章:君に逢いたくて:が始まりました。


 あの日、大翔が失った少女を探して、敵地である北方への旅ヘと出立します。しかしそれは、もう一つの大切な絆を、置き去りにするという選択でもありました…。


 物語は様々な人物の葛藤を抱えながら、大きな流れへと進み始めています。



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