6-5話 境界を越える地下通路
第六章:歪みゆく世界:
香音の放った、高威力の氷の散弾を、触手の洪水は餌のように吸収してしまう。
「うーん… 足止めにもなってない?」
滑空状態で蜜色の髪をなびかせた少女が、困り顔で眉を寄せる。彼らの速度に追いつく勢いで、無数の赤い触覚が背後に迫っていた。
「ああもうっ!!! うっとおしい!」
彩葉が思考するのを放棄して、気を集約した気弾の面攻撃を、後方へと射撃した。彼女の得意な気功の密散弾だ。それを真正面に受けた触手の先端が、見事に潰れて派手に飛び散った。
「あら…?」
その思いもしなかった攻撃の効果に、全員が驚いて声を漏らす。彩葉は半信半疑のまま、再び気弾をばら撒くと、触手は壁にぶち当たったように、弾けて潰れ挽肉になっていた。まぁ、元から挽肉ぽいのだが…。
「それって… 気功が効くんじゃね?」
「「 あ、ああぁ… 」」
少年の問い掛けに、間抜けな返事が返ってくる…。
大翔は、一瞬だけ手繋ぎを離すと、新スキルの『双掌打』を超高速の動作で打ち出した。気力を消費する防御貫通効果の高い衝撃波が、トンネル一杯の赤い細群れを、鈍い破裂音と共に連爆させていく。
指向性の高い帯状の範囲攻撃に、暴走流体は細切れに破裂すると、そのまま失速して、ようやく距離が離れ始めた。
「ようするに… 気力ベースの攻撃は効くんだな…」
再び香音の手を取ると「ははっ」と間の抜けた笑いを浮かべた。いや、そこは普通に気付くべきなのだが…。
「盲点だったよ… イロハの無茶が役立ったな」
「無茶で結構! 結果が全てだわ。もっと褒め讃えても良いのよ?」
彼女も一瞬手を離して、気の散弾をスキルリピート付で連射する。1度のスキル発動で、2回分の効果を発現するユニークスキルが、二度のストッピングパワーを発揮して、ついに触手は息絶えるように停止した。
「ほーら、わたしが役にたったー!!」
そう言って勝ち誇ったように、その場でコークスクリューを演じて見せた。
「確かに夜妖精の力で斬れるんだから、気功の選択もあったよな?」
幸太郎が翼を緩めると、巡航速度を落としていく。魔力少なめな彼が、一番無理をしていたのだろう。
「でもさ、あれって再生するんだぞ? 何度も斬ってみたからな…」
「良いじゃない、足止め出来れば解決よ? ほら褒めて褒めてー」
仕方ないので飛行しながらも、香音ごと彩葉を引き寄せると、彼女の麻色の髪をさらっと撫ぜた。何故か小さなクラマスが、ぎゅっと彼に抱きついてくる。
「ふふっ、でも退路は塞がれたしどうするの?」
彩葉は満更でもない様子で、幸せそうに眼を細めている。
「僕は、行けるところまで行ってみたいかな…? この裏通路はとても興味深い… それに此処はもう大絶壁を越えてるよ?」
クラマスの提言にMAP窓を確認する。いつの間にかエイダル側から山脈を越えた、『都市国家リダス』の支配地域に近づいていた。つまり20km近くも逃走して、世界の境界線を越えてしまったのだ。
「今戻ってもヘイネスで狩りは出来そうもないし、確かに『リダスの囲郭都市』も見てみたいよな。まぁ、出口があればだが?」
幸太郎も乗り気らしい。彼の腕の中で「何か美味しいものあると良いねぇー」っと、猫耳娘が賛同する。
「俺のせいで狩りにもならなくて… ホントに悪いな…」
「僕は結構楽しいけど…? たまにはハプニングも必要だよ。狩りもルーティンワークが過ぎて飽きてるからね」
香音の言葉に、全員がうんうんと同意をする。
「それじゃ終点まで行ってみようよ。この電球の大元も気になるからね」
半ば抱っこ状態のままのクラマスが、謎の地下道の行く先を指差した。
「えっとコウちゃん… ぶつかるけどぉ?」
桜咲の気の抜けた警告で視線を戻した、悪魔騎士の目前に、格子状に仕切られた鉄扉が迫っていた。
「ちょ!」
彼の巨体が斜めに向くと、腕の少女を庇うため、肩からのショルダータックルで鉄壁に激突する。ドーンっと派手に激突音が反響すると、鉄格子の扉自体が、くに字に大きく折れ曲がった。
「イロハ!!」
「行くしかないわ!!!」
追飛行の三人も止まり切れず、真ん中の香音を後ろに引き下げると、左右からのドロップキックで突っ込んでいく… 二人による同時の蹴りで、幸太郎の形に歪んだ鉄扉が、今度こそ完全に根本から折れて吹っ飛んでいった。
重量級の鉄扉が二転三転と転げると、錆と粉塵を周囲に巻き上げる。
「君たち… 最近やり方が乱暴だよ…?」
激突の衝撃を、後方にアドバンスダッシュして回避をした香音が、風魔法を送って視界を回復させている
「悪い悪い… 丁度、闇間で見えずらかった」
全力で鉄扉に突っ込んでも、傷一つ無い壁役は流石だろうか。
「これ結構、頑丈に封鎖されていたんだねぇ。こんなに厚い金属の本体に、太っとい鉄格子の扉だよー それを蹴破るみんながこわいよぉ」
猫耳娘は、彼の抱っこから床に降りると、封鎖跡の先へと歩き出す。
「みてみてー ちょっとした地下街みたーい」
彼女につられるようにして続いた一同が、その光景を見て「うーん」と唸る。地下街というよりは、朽ちた廃墟とゴミ捨て場、といったほうが近そうだ。
左の壁面には幾つもの凹みが並び、奥に続く分岐の入り口が四角く闇を空けている。右側に並んでいた裸電球は、鉄扉から上部へと位置を変えて続いていた。
「これって、部屋や倉庫の跡みたいだな…? 見ろよこの区画はガラクタが凄いぞ」
幸太郎が、のしのしと暗がりの部屋に足を運ぶ。床を埋めている、机や木棚の名残らしい廃材や、底の抜けたドラム缶などを足で押しのけた。
「ちょっと… コウタロウ止めなさいよ… この部屋とか居そうじゃない…」
そう言ってセクシーなドレス姿の香音が、少年の背後に身を隠す。
居るって… そういう霊的な意味ですか…。
相変わらず、怖い系は苦手なようだ。
「なっ! ちょっとコウタロウそれ見せてくれ!!」
突然と大翔が声を上げて、壁に立て掛かった棒状のそれを手に取った。
「これって… 小銃だぞ…? ボルトアクションの単発式で、第二次世界大戦のころ使われていた三八式に良く似てる…」
彼の手にあるその廃品は、木製部分はひび割れて半分腐り、上部の銃身は真っ赤に赤茶けていて、どうみても稼働する代物ではない… だが、確かに旧日本軍が使っていたような、長くて重い小銃だった。
よく見ればそんな武器が、壁際に大量に積み上がっている。中には銃剣が付いたままの物もあった。
「どういう事だ? 何で銃が… 銃の残骸がこの世界にあるんだよ? この大陸は剣と魔法のファンタジー世界だぞ」
その一丁を手にした大男が、困惑してボルト部分を動かそうとするが、やはり錆びついて稼働はしなかった。
「コウタロウ、それ以上奥にいくな! そこらに転がっているのは… 多分、火砲の砲弾だぞ…」
角材や朽ちた木板の下に埋まるようにして、数個の椎の実型の鉄塊が転がっている。錆に覆われてはいるが、信管が生きていれば爆発の危険も十分にありそうだ。
「多分これって武器庫の成れの果て… なんだろうな…」
大翔は足元の廃材に埋もれた、南部式とよばれる、大型の自動拳銃を掘り出した。分厚い握りに細身の銃身が突き出した、日本製の軍用拳銃だ。
「何で? どうしてそんなモノが、地の底で朽ちているの…?」
彩葉が悲鳴のような声を上げる。そのミステリー的な現実に、怖い妄想が膨らんだのだろう。確かに状況的にも、廃墟の探索というのは肝試しの定番だ。地下通路、暗闇、廃墟に謎の倉庫… 確かにちょっとそれっぽい。
「そうだね… 僕も理解に苦しむよ… こうやって見ると、この場所は地下壕的な場所なんだろう。ヒロトはどう思う? かなり詳しそうだけど」
「悪いな、こういうのも多分ゲームからの知識ぽい… でも、これは旧日本軍の司令部、大本営のような大掛かりな施設に見えるよ。そうなると、白熱電球が並んでいても、不思議ではないわけか…」
「それが何で、ハイネスから続くトンネルにあるかだよね…? やっぱり合理的な考えは浮かばないよ…」
「ねぇヒロトくんはさ、この残骸から銃とかを作れたりはしないのかな?」
桜咲は座り込んで、幸太郎の持つ小銃をしげしげと眺めている。
「どうだろう… これだけ劣化が酷いと復元は難しそうだ。そもそも無煙火薬も存在しない… 俺らの世界にあるのは、前時代的な黒色火薬だからな。まぁ何かの参考にはなるか?」
そう言いつつも、何種かの銃や弾薬を『倉庫』に収納していった。
「それに… 銃なんていらないだろ? 君ら生身でも火器よりよっぽど危険物だぞ?」
「でもな… これ嫌な予感しかしないんだが…?」
幸太郎も何かを感じたのか、いつの間にか桜咲と手繋ぎをして、どちらかというと、彼女に引かれるようにして歩き出す。
トンネルには多くの部屋があり、食堂らしく長机が並んでいたり、天井の被覆コードが幾つも集まって、油臭い一角へと繋がっていたりした。その機械室らしい、朽ちたドラム缶や油に浸った工具が散乱する中で、数本の金属配管が天井を抜けて、地上へと通じているようだった。
裸電球の電源は、その先の何処から供給されているのだろう… 更には小さな区画に、鉄格子が並んだ部屋もあって、どうやら捕虜か罪人を捉えた監獄部屋らしかった。
「風が動いているね…」
香音が天井を見上げると、灯っている吊り電球が、僅かに風に揺れている。その十数メートル先には、彼らが突き破ったものと同じ、鉄板と格子で組まれた封鎖も見える。格子扉は開け放たれていて、今度は蹴破らなくても抜けられた。
「これ… この状態で錆びついているな…」
少年がそれに手を掛けると、ギイっと蝶番が鳴るだけだ。その扉を過ぎれば、ついに提灯電球が行き着いた先に、鋼鉄製の一枚壁が立ち塞がっていた。
「この壁すごい分厚いのね… この亀裂は何かに引き裂かれたんじゃない?」
塞がれてはあるのだが、何故かそのど真ん中を、大きな亀裂が横走りしているのだ。それは彼女の爪で裂いた傷に良く似ている。
「イロハ… 足元が砂に埋まってる…」
大翔が自分の背に張り付いている美少女に、下を見ろと促した。足元には細かな砂塵が積もっていて、自分たちの足跡が綺麗に名残を残していた。地上から風で運ばれたのだろうか?
「えっ? その中に入るの……?」
桜咲を先頭に、鋼鉄の裂け目に手を掛けて、乗り越えようとしているのだ。
「進めるんだから行くべきだよぉ? それに… 出口も有りそうだしねー」
意味ありげに少年へと目配せをしてみせる。どうやら彼女の探知スキルが何かを捉えているらしい。
嘘だろ… これって…… まさか?
こんな地の底からでも、大翔の空間知覚は、先の地形を読み取っていた… 走査したその構造体は、彼の想像を遥かに越えるものだった…。
亀裂の向こうは真っ暗で、ビルの通路のような狭さに感じる。香音が手の杖に魔力を流して、光源代わりに周囲を照らした。何かを思案しているのか、少女は黙ったまま慎重に周囲を見渡している。
酷い錆臭さで、実際にその通廊の四面全部が錆だらけなのだ。床には細かな赤砂が厚く積もっていて、細い金属パイプが数本壁を走っている。
「おいおいマジかよ… ヒロトこれって…」
その通路の行く先を、縦長のアーチ型の扉が仕切っていた。無骨なボルトで組み付けられているそれは、隔壁とその耐圧ドアにしか見えなかった…。
「ああ、だな…… 此処は艦船の内部だろ?」
「船ってこと? 何で地下に船があるのよ?」
背後の女豹は、もはや怯えた子猫のように、少年の腕に抱きついて離れない。
「しかも… こんな堅固な隔壁に、この厳ついハンドル付きの耐圧ドアだからな…」
ようやく幸太郎も、彼が『艦船』と言った意味を理解したようだ。
上部へと続く、急勾配の鉄製の階段が現れると、砂を蹴りながら慎重に昇っていく。同じ配置で、もう一層を折り返すと、頭上から明るい光が降り注いでいた。
「やったあ!! 光よ! 地上だわ!」
その強い日差しにハレーションを起こしながらも、彩葉が安堵の声を漏らしていた。やはり半端に開いて錆びついたドアをくぐると、赤茶けた世界が視界一杯に広がっていた。
「もう僕には、まったく理解できないなぁ…」
鎖の手摺りの向こうには、砂漠に近い赤い盆地が広がっている。背後を見上げれば、積層する鋼鉄の壁面が、高くまでそびえていた。
香音が、明らかに船の甲板らしい通路を、砂を蹴りながら歩いていく。腐食した壁面と変形した鉄柵の先に、二基の巨大な連装砲塔が前後に並んで鎮座していた。
「本当に船だったんだ… でもこれって…」
巨大な軍艦の武装を背景に、並んで立った彩葉と香音… その場にはまるで不似合いな、幻想世界的な装いが、何故だか美しく映えて見えた。
「これは… 二連装の20.3センチ砲かな? 旧日本海軍の重巡洋艦に似ているよ。この独特の二本の排気筒は… 青葉か妙高型?」
彼らは、乾いた荒れ地に放置されている、朽ちた軍艦の前甲板に立っていた…。
触手の洪水に追い回されて、行き着いた先には、彼らの世界観とは異なった遺物が眠っていました。
果たして、これらは何を意味するのか? この行く先で何を目撃するのか? 彼らは偶然にも、この世界の真実に近づいていました…。
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