6-2話 想起の道行き
第六章:歪みゆく世界:
長距離転移から復帰すると、視界は苔生して半壊する、見慣れた砦の広場だった。大翔は、隣にテレポートアウトした香音に、優しく手を差し伸べる。
「ありがとう。そういえば、転移酔いしなくなったね?」
素直に彼の手を取ると、少しだけ頬を染めて立ち上がる。
「そのネタはもういいだろ? ちょっとした黒歴史だからそれ」
「そうかな? 結構可愛いかったのに…」
いや、可愛いのはあんたの方だから……。
上目遣いで見上げてくる少女に、赤面して視線をそらした。
「僕は四番戦区は二ヶ月ぶりだよ」
戦争終了後の四日目という、中途半端な時期だけに、人の姿も疎らだった。晴天の南国らしい強い日差しが、城壁際に影を濃く落とす。
(エイダルに到着。とりあえず悪意のある視線や、隠れている見張りは居なさそうだな)
(こっちが通過したときも、特に問題なかったよぉ。それじゃ何時もの集合地点でよろー)
先行する桜咲が魔導通話を返してくる。最近は此方を監視するような、内部勢力の気配が多い… というか間違いなく クライ レブナント の仕業なのだが。
A.ドボルザーク がたった5人で、陣営最大勢力の Sleeping Saber を抜いて、トップランカーを独走しているのと対極に、クライ レブナント一派は、私物化している三番砦レスラニィを、敵に脅かされる程に気が緩んでいるらしい。そしてその頃から、無駄に大翔たちに、チョッカイを出し始めていた。
嫌がらせだか何だか知らんけど、奴らにそんな余裕はないだろ?
ふたりは手を軽く繋いだまま、エイダルの正門へと進んでいく。その姿だけを見れば、仲の良い恋人同士に見えなくもない。
「ふたりで歩くの、しばらくぶりだな…?」
「うん… それって、ヒロトがレベル上げに夢中だからだよ?」
少しだけ拗ねた言い方をしてから、半歩並びを近づける少女。
この理想的に見えるペアの二人が、一度の同衾も無く、ましてや可憐な外見とは裏腹に、心は生前の男子学生のものだとは、誰も信じないだろう。
というか朝練の後には、毎日のようにメンバー同士で混浴しているのだが、その事と、同じ寝台で添い寝するのは、まったく別の事なのだ。密室にふたりきりともなれば、性に緩いこの世界では、一夜の情事に直結するとも限らない…。
なにより時間と共に焦りとなっていく、哀愁のような月歌へ想いが、呪縛のように彼に取り憑いて離れないのだ…。
君に逢いたいよ……。
ふとした就寝前の廊下や屋上で、大翔が寂しげに想いにふけるのを、メンバーは何度も目撃していた。それもあってか彩葉でさえ、一線を越えないように振る舞っていたようだ。ましてや中身が半分、男の子の香音にとって、そんな状況は悪夢なはずだ…?
少女は上目遣いでニコリと笑むと、悪戯するように指を絡めて、恋びと繋ぎに握り直す。
ん? 悪夢じゃないの…?
最近の香音は乙女の仕草も多くなり、言葉使いも柔らかくなって、愛らしさも増していた。不安定な陰が薄くなり、代わりに大翔や彩葉に素直に甘えてくる。
良い傾向だと思いたいな。
出会ったころの、儚くも張り詰めて、少し無感情になっていた香音を思い出す。
「ちょとだけ、このまま歩こうか…? 散歩ってやつ?」
「でも、ヒロトは急ぎたいんじゃないの?」
今までのレベル上げへの執着を考えて聞き返した。
「えっと… なんていうか… 目標をクリアーしてさ? 今朝レベル25になって、新スキルが開放されたんだ。半年も掛かったけどな」
「それは凄いよ! 半年でレベル25とか!! でもみんなはへそ曲げそうかな?」
少女が興奮して、ぴょんぴょんと小さく跳ねる。実際に現在の陣営内で、レベル25を越えているのは、この二人きりだけだろう。
「こら、落ち着けって。でも… あれだ、カノンにも沢山付き合わせたし、本当に感謝してるから… まぁそんな感じで、ちょっとゆっくり行こうかなと」
「うんうん、それは良いね、そうしよう!」
彼の提案に、ご機嫌になった少女は、握っている引き締まった指を、無意識にキュキュと遊ばせる。
でも… そうなれば、ヒロトは敵地を目指すんだね……。
陽に輝く細髪を片手で纏めると、一瞬だけ視線を迷わせていた…。
ふたりは濃い夏空の下、大絶壁と大湿原の合間を、お気軽に歩いていく。通い詰めて気づいたのだが、エイダルは湿地帯なのに、何故か晴天の日が多かった。というか、むしろ雨に降られた記憶が無い?
「何だか、懐かしいな… 初の遠征の時もこの道を、手を繋いで走ったね?」
「だなぁ、あのときは逃走モードだったよな。半年… まだ5ヶ月なのか… 何だかもう何年も前の事のようだ…… ん?」
唐突に彼は違和感を感じた… 何んだろう? 何かが引っ掛かる…。
「なんか凄い気になるんだけど… この辺、変わった事ないか?」
不自然に落ち着きなく、周囲を見回す少年に、香音は何故だか楽しそうだ。
「ふふふ、そんなに慌ててどうしたの…? 子供みたいになってるよ?」
「いや、つい三日前にも通ったんだけど、なんか凄い違和感が…」
「そういえば、なぜだかこの道歩きやすい… かな?」
「ああぁ、それだ!! めちゃすっきりしたよ…… じゃない! 絶対可怪しいだろこの街道? 三日前までは、荒れた砂利道だったぞ。何で綺麗に踏み硬められている? まるでローラーで圧したみたいに、延々に均されてるんだけど?」
見た目はそう変わらないが、歩行感がまったく違うのだ。それが違和感の正体だった。
「でも、かなり快適だよ? これなら馬車も揺れなさそう」
少女は手繋ぎを引き上げて、その場で可愛くターンする。
「いやいや呑気か! つか、いったい誰が街道を整地とかするんだよ? 手間も時間も掛かるだろ… ましてや地形を弄ったところで、例の七不思議で、どうせ元に復元されるんじゃ?」
それに、これだけの作業を二日で収めるのは、魔法のある世界でも不可能だ。
「そういえば最近も、似たような事があった気がする……… そうだ! 街の家々の壁が、いつの間にか塗り替えられていた! 何であんな大事を、不思議に思わなかったんだ…?」
いや、違う… 思い出した。あれはたった一晩での出来事だ。
暖色系の鮮やかな色味に塗り替えられて、街全体が明るくなっていた。そしてそれは話題にされる事もなく、1ヶ月たった今でも平然と受け入れられている… いや、しかも… 廃墟の空き家や、崩れた壁の瓦礫の片面まで、当たり前のように色があった…。
彼は軽い悪寒を覚えてしまう… どうして今ごろ気づいたのか……?
むしろ以前の、土色一色の街並みのほうが、オレの記憶違いだったとか?
「うん、そういえば… 僕らの敷地に廃墟の聖堂があるだろ? あれ、何故だか新築のように改装されてて驚いたよ。誰かが住み着きそうだから、クランの資金で、買い上げようと思ってるけどね」
「ま、マジか…… なんだろ、そういうちょっと気になる、違和感や突然の変化? って割と良く起きてるんだよな。ゲームマスターが微調整してるみたいな?」
何より意識しないと、気づかないのが気持ち悪い…。
彼は居心地悪そうに、腰に装備する短剣の位置を引き上げる。
「まぁ… そういう不自然な違和感は、目覚めの森から、ちょくちょく感じてはいたんだよな… 実り続ける果実とか、有益な植物の寄植えとかも…」
「魔法がある世界だからね、歪んでいるのは確かだよ… ふふ、それよりヒロトは、妖聖剣に懐かれているんだね」
少女は、紫色の厳つい短剣の鞘を、反対の手で優しく触れる。
そういえば妖聖剣は、香音の恋人? の愛刀だったか…。
「なぁこの剣って… その… 君の親友のだったろ? どんな人だったのかなって…… あ、ゴメンやっぱいいや」
「………… うん」
何だか和やかな空気感に酔って、無遠慮に踏み込んでしまった。少女は少しの驚きと、困惑の表情をしてから、ぎゅっと手繋ぎに力をいれる。
「ホント悪い… スルーしてくれ」
こんな爽やかな道行きで、聞くべき話ではなかったようだ…。
「…………」
言い迷っているのか、結構な時間を、ただ手繋ぎしたまま歩いていくふたり。話を否定する気はないようで、彼は辛抱強く少女の言葉を待っていた。
「もう…… 二年も前の話しになるよ」
香音は何かを覚悟するように、噛んだ唇からため息をはく。
「彼女の名前は 氷取沢 ユイ… 二職持ちで A.ドボルザークの二代目のクランマスターだよ」
「そうか… そのユイさんは、消失したって言ってたよな…?」
「彼女とは、初代のクラマスに一緒に拾ってもらったんだ。僕もまだレベル15ぐらいでね… ユイも同じぐらいだったなぁ。背も僕なんかよりもずっと高くて、凛々しい感じの女の子だったよ」
緑と蒼色に煌めく水面が、水平線のように弧を描いている。少女はそのさらに先、ずっと遠くを見ているようだ。
「彼女はね… 恋人になってくれたんだ。ほら僕は何処と無く頼りないし、危ういんでしょ? そう言っていつも側に居てくれた… 僕は彼女に甘えてばかりいたよ…」
「そっか…」
「顕現化した夜妖精と一緒に、戦う姿はかっこ良くてね… 当時は最強のアタッカーって言われて… どことなく彩葉に似てるかな?」
ほんの少しだけ歩幅が小さくなる。気づけば少女の華奢な指が、彼の手の中で震えている。
「ユイはね… 彼女は……… 悲嘆の消失だったんだ」
「え……?」
悲嘆の消失… それの意味を理解すると、少年は言葉に詰まってしまう。この世界では誰もが恐れる、最悪の終焉なのだから。
「最期の半年は、まるで廃人のように消沈して、表情も無くなって… 貧民落ちしてからは僕がずっと面倒をみていたよ。何がユイを蝕んでいたのか、どうして壊れてしまったのか… ずっと後悔してた。僕は彼女に、何も返せなかったから……」
大翔は、この愛らしいエルフに感じていた、危うさの一端を垣間見ていた。ずっと自分の中に押し込めたまま、ぐるぐると自分を責めていたのだろうか…。
「最期のユイは… 自室で暴れまわって、それこそ妖聖剣で壁でも屋根でも斬りまくったよ。そして初代のアジトを半壊させたところで、泥と炭が混濁したような、ドロドロの渦の中に自ら沈んでいったんだ… その光景がずっと頭から離れない… あんな優しい彼女が、なんで… どうして……」
いえ… 分かってる… 彼女は優し過ぎたから……。
「僕は… ユイを愛してたのに……」
少女はついには立ち止まり、嗚咽に肩を震わせてしまう。
「カノン…… 悪かった…」
大翔は優しく髪に触れてから、大事そうに彼女を抱き寄せる…。
慰める言葉など見つからない。ただ、その小さく華奢な身を、壊れないように、後悔に潰されないように、支えるしか出来なかった。同時に迂闊な自分に、激しい怒りを感じてしまう…。
「前にも… 僕は壊れかけだって、つい告白しちゃったけど、ずっとそれを恐れてるんだ… 今なら、ユイを蝕んだそれが、僕にも少しは分かるから…」
抱きしめた小さな肩と細い腰… 金色に輝く細髪が自分の頬に触れている。
君はこんなにも華奢な姿で、トップクランを率いてきたんだな…。
気づけば月の湖畔でしたように、緩くウェブのある蜜髪を、大事そうに撫ぜていた。
「なんだか… ヒロトとふたりきりになると、弱音ばっかり言ってるね」
「幾らでも言えばいい… 聞くぐらいしか出来ないけど。それにオレだって、君には随分と助けられたよ?」
そう… この瞬間だって…。
「そうなの? それなら… 少しは救われるかな……?」
そこで大翔は納得してしまう… 自分はこの、少し面倒な少女を守りたいのだと… もし月歌と出会っていなければ、もっとディープに入れ込んでいた気がした…。
「あぁ… みんな、そう想ってるよ… もう少し楽にいこうぜ!」
その言葉に、安心したように頷くと、愛らしく笑顔を浮かべて見せる。
ユイ…… 君が一番って、ずっと思っていたんだよ……。
甘えるように、彼の襟元を握りしめた…。
再びのヘイネス寺院… その道行きで二人になった大翔と香音は、散歩デートのように楽しげに話をします。この5ヶ月の間に、香音の心情の一部が変化して、表情や話し方が柔らかくなっていましたね。
そして語られる、少女を蝕む過去の悲劇… 第六章は結構な波乱になりそうです。
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