表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/192

6-2話 想起の道行き

第六章:歪みゆく世界:


 長距離転移から復帰すると、視界は苔生(こけむ)して半壊する、見慣れた砦の広場だった。大翔(ヒロト)は、隣にテレポートアウトした香音(カノン)に、優しく手を差し伸べる。


「ありがとう。そういえば、転移酔いしなくなったね?」


 素直に彼の手を取ると、少しだけ頬を染めて立ち上がる。


「そのネタはもういいだろ? ちょっとした黒歴史だからそれ」


「そうかな? 結構可愛いかったのに…」


 いや、可愛いのはあんたの方だから……。


 上目遣いで見上げてくる少女に、赤面して視線をそらした。


「僕は四番戦区は二ヶ月ぶりだよ」


 戦争終了後の四日目という、中途半端な時期だけに、人の姿も(まば)らだった。晴天の南国らしい強い日差しが、城壁際に影を濃く落とす。


(エイダルに到着。とりあえず悪意のある視線や、隠れている見張りは居なさそうだな)


(こっちが通過したときも、特に問題なかったよぉ。それじゃ何時もの集合地点でよろー)


 先行する桜咲(サクラ)魔導通話(インカム)を返してくる。最近は此方(こちら)を監視するような、内部勢力の気配が多い… というか間違いなく クライ レブナント の仕業なのだが。


 A.ドボルザーク がたった5人で、陣営最大勢力の Sleeping (眠れる刀)Saber を抜いて、トップランカーを独走しているのと対極に、クライ レブナント一派は、私物化している三番砦レスラニィを、敵に脅かされる程に気が緩んでいるらしい。そしてその頃から、無駄に大翔(ヒロト)たちに、チョッカイを出し始めていた。


 嫌がらせだか何だか知らんけど、奴らにそんな余裕はないだろ?


 ふたりは手を軽く繋いだまま、エイダルの正門へと進んでいく。その姿だけを見れば、仲の良い恋人同士に見えなくもない。


「ふたりで歩くの、しばらくぶりだな…?」


「うん… それって、ヒロトがレベル上げに夢中だからだよ?」


 少しだけ()ねた言い方をしてから、半歩並びを近づける少女。


 この理想的に見えるペアの二人が、一度の同衾(どうきん)も無く、ましてや可憐な外見とは裏腹に、心は生前の男子学生のものだとは、誰も信じないだろう。


 というか朝練の後には、毎日のようにメンバー同士で混浴しているのだが、その事と、同じ寝台で添い寝するのは、まったく別の事なのだ。密室にふたりきりともなれば、性に緩いこの世界では、一夜の情事に直結するとも限らない…。


 なにより時間と共に焦りとなっていく、哀愁のような月歌(ツキカ)へ想いが、呪縛のように彼に取り憑いて離れないのだ…。


 君に逢いたいよ……。


 ふとした就寝前の廊下や屋上で、大翔(ヒロト)が寂しげに想いにふけるのを、メンバーは何度も目撃していた。それもあってか彩葉(イロハ)でさえ、一線を越えないように振る舞っていたようだ。ましてや中身が半分、男の子の香音(カノン)にとって、()()()状況は悪夢なはずだ…?


 少女は上目遣いでニコリと笑むと、悪戯するように指を絡めて、恋びと繋ぎに握り直す。


 ん? 悪夢じゃないの…?


 最近の香音(カノン)は乙女の仕草も多くなり、言葉使いも柔らかくなって、愛らしさも増していた。不安定な陰が薄くなり、代わりに大翔(ヒロト)彩葉(イロハ)に素直に甘えてくる。


 良い傾向だと思いたいな。

 

 出会ったころの、(はかな)くも張り詰めて、少し無感情になっていた香音(カノン)を思い出す。


「ちょとだけ、このまま歩こうか…? 散歩ってやつ?」


「でも、ヒロトは急ぎたいんじゃないの?」


 今までのレベル上げへの執着を考えて聞き返した。


「えっと… なんていうか… 目標をクリアーしてさ? 今朝レベル25になって、新スキルが開放されたんだ。半年も掛かったけどな」


「それは凄いよ! 半年でレベル25とか!! でもみんなはへそ曲げそうかな?」


 少女が興奮して、ぴょんぴょんと小さく跳ねる。実際に現在の陣営内で、レベル25を越えているのは、この二人きりだけだろう。


「こら、落ち着けって。でも… あれだ、カノンにも沢山付き合わせたし、本当に感謝してるから… まぁそんな感じで、ちょっとゆっくり行こうかなと」


「うんうん、それは良いね、そうしよう!」


 彼の提案に、ご機嫌になった少女は、握っている引き締まった指を、無意識にキュキュと遊ばせる。


 でも… そうなれば、ヒロトは敵地()を目指すんだね……。


 陽に輝く細髪を片手で(まと)めると、一瞬だけ視線を迷わせていた…。





 ふたりは濃い夏空の下、大絶壁(グランド クリフ)と大湿原の合間を、お気軽に歩いていく。通い詰めて気づいたのだが、エイダルは湿地帯なのに、何故か晴天の日が多かった。というか、むしろ雨に降られた記憶が無い?


「何だか、懐かしいな… 初の遠征の時もこの道を、手を繋いで走ったね?」


「だなぁ、あのときは逃走モードだったよな。半年… まだ5ヶ月なのか… 何だかもう何年も前の事のようだ…… ん?」


 唐突に彼は違和感を感じた… 何んだろう? 何かが引っ掛かる…。


「なんか凄い気になるんだけど… この辺、変わった事ないか?」


 不自然に落ち着きなく、周囲を見回す少年に、香音(カノン)は何故だか楽しそうだ。


「ふふふ、そんなに慌ててどうしたの…? 子供みたいになってるよ?」


「いや、つい三日前にも通ったんだけど、なんか凄い違和感が…」


「そういえば、なぜだかこの道歩きやすい… かな?」


「ああぁ、それだ!! めちゃすっきりしたよ…… じゃない! 絶対可怪(おか)しいだろこの街道? 三日前までは、荒れた砂利道だったぞ。何で綺麗に踏み硬められている? まるでローラーで圧したみたいに、延々に(なら)されてるんだけど?」


 見た目はそう変わらないが、歩行感がまったく違うのだ。それが違和感の正体だった。


「でも、かなり快適だよ? これなら馬車も揺れなさそう」


 少女は手繋ぎを引き上げて、その場で可愛くターンする。


「いやいや呑気か! つか、いったい誰が街道を整地とかするんだよ? 手間も時間も掛かるだろ… ましてや地形を(いじ)ったところで、例の七不思議で、どうせ元に復元されるんじゃ?」


 それに、これだけの作業を二日で収めるのは、魔法のある世界でも不可能だ。


「そういえば最近も、似たような事があった気がする……… そうだ! 街の家々の壁が、いつの間にか塗り替えられていた! 何であんな大事(おおごと)を、不思議に思わなかったんだ…?」


 いや、違う… 思い出した。あれはたった一晩での出来事だ。


 暖色系の鮮やかな色味に塗り替えられて、街全体が明るくなっていた。そしてそれは話題にされる事もなく、1ヶ月たった今でも平然と受け入れられている… いや、しかも… 廃墟の空き家や、崩れた壁の瓦礫の片面まで、当たり前のように色があった…。


 彼は軽い悪寒を覚えてしまう… どうして今ごろ気づいたのか……?


 むしろ以前の、土色一色の街並みのほうが、オレの記憶違いだったとか?


「うん、そういえば… 僕らの敷地に廃墟の聖堂があるだろ? あれ、何故だか新築のように改装されてて驚いたよ。誰かが住み着きそうだから、クランの資金で、買い上げようと思ってるけどね」


「ま、マジか…… なんだろ、そういうちょっと気になる、違和感や突然の変化? って割と良く起きてるんだよな。ゲームマスターが微調整してるみたいな?」


 何より意識しないと、気づかないのが気持ち悪い…。


 彼は居心地悪そうに、腰に装備する短剣の位置を引き上げる。


「まぁ… そういう不自然な違和感は、目覚めの森から、ちょくちょく感じてはいたんだよな… 実り続ける果実とか、有益な植物の寄植えとかも…」


「魔法がある世界だからね、歪んでいるのは確かだよ… ふふ、それよりヒロトは、妖聖剣(その娘)に懐かれているんだね」


 少女は、紫色の厳つい短剣の(さや)を、反対の手で優しく触れる。


 そういえば妖聖剣(ネルフィヌ)は、香音(カノン)の恋人? の愛刀だったか…。


「なぁこの剣って… その… 君の親友のだったろ? どんな人だったのかなって…… あ、ゴメンやっぱいいや」


「………… うん」


 何だか和やかな空気感に酔って、無遠慮に踏み込んでしまった。少女は少しの驚きと、困惑の表情をしてから、ぎゅっと手繋ぎに力をいれる。


「ホント悪い… スルーしてくれ」


 こんな爽やかな道行きで、聞くべき話ではなかったようだ…。


「…………」


 言い迷っているのか、結構な時間を、ただ手繋ぎしたまま歩いていくふたり。話を否定する気はないようで、彼は辛抱強く少女の言葉を待っていた。


「もう…… 二年も前の話しになるよ」 


 香音(カノン)は何かを覚悟するように、噛んだ唇からため息をはく。


「彼女の名前は 氷取沢(ひとりざわ) ユイ… 二職持ち(デュオ)で A.ドボルザークの二代目のクランマスターだよ」


「そうか… そのユイさんは、消失(ロスト)したって言ってたよな…?」


「彼女とは、初代のクラマスに一緒に拾ってもらったんだ。僕もまだレベル15ぐらいでね… ユイも同じぐらいだったなぁ。背も僕なんかよりもずっと高くて、凛々しい感じの女の子だったよ」


 緑と蒼色に(きらめ)めく水面(みなも)が、水平線のように弧を描いている。少女はそのさらに先、ずっと遠くを見ているようだ。


「彼女はね… 恋人になってくれたんだ。ほら僕は何処(どこ)と無く頼りないし、危ういんでしょ? そう言っていつも側に居てくれた… 僕は彼女に甘えてばかりいたよ…」


「そっか…」


「顕現化した夜妖精(ネルフィヌ)と一緒に、戦う姿はかっこ良くてね… 当時は最強のアタッカーって言われて… どことなく彩葉(イロハ)に似てるかな?」 


 ほんの少しだけ歩幅が小さくなる。気づけば少女の華奢な指が、彼の手の中で震えている。


「ユイはね… 彼女は……… 悲嘆(ひたん)消失(ロスト)だったんだ」


「え……?」


 悲嘆(ひたん)消失(ロスト)… それの意味を理解すると、少年は言葉に詰まってしまう。この世界では誰もが恐れる、最悪の終焉なのだから。


「最期の半年は、まるで廃人のように消沈して、表情も無くなって… 貧民落ち(ブラックスタンプ)してからは僕がずっと面倒をみていたよ。何がユイを(むしば)んでいたのか、どうして壊れてしまったのか… ずっと後悔してた。僕は彼女に、何も返せなかったから……」


 大翔(ヒロト)は、この愛らしいエルフに感じていた、危うさの一端を垣間見ていた。ずっと自分の中に押し込めたまま、ぐるぐると自分を責めていたのだろうか…。


「最期のユイは… 自室で暴れまわって、それこそ妖聖剣(それ)で壁でも屋根でも斬りまくったよ。そして初代のアジトを半壊させたところで、泥と炭が混濁したような、ドロドロの渦の中に自ら沈んでいったんだ… その光景がずっと頭から離れない… あんな優しい彼女が、なんで… どうして……」


 いえ… 分かってる… 彼女は優し過ぎたから……。


「僕は… ユイを愛してたのに……」


 少女はついには立ち止まり、嗚咽に肩を震わせてしまう。


「カノン…… 悪かった…」


 大翔(ヒロト)は優しく髪に触れてから、大事そうに彼女を抱き寄せる…。


 (なぐさ)める言葉など見つからない。ただ、その小さく華奢な身を、壊れないように、後悔に潰されないように、支えるしか出来なかった。同時に迂闊な自分に、激しい怒りを感じてしまう…。


「前にも… 僕は壊れかけだって、つい告白しちゃったけど、ずっとそれを恐れてるんだ… 今なら、ユイを(むしば)んだ()()が、僕にも少しは分かるから…」


 抱きしめた小さな肩と細い腰… 金色に輝く細髪が自分の頬に触れている。


 君はこんなにも華奢な姿で、トップクランを率いてきたんだな…。


 気づけば月の湖畔でしたように、緩くウェブのある蜜髪を、大事そうに撫ぜていた。


「なんだか… ヒロトとふたりきりになると、弱音ばっかり言ってるね」


「幾らでも言えばいい… 聞くぐらいしか出来ないけど。それにオレだって、君には随分と助けられたよ?」


 そう… この瞬間だって…。


「そうなの? それなら… 少しは救われるかな……?」


 そこで大翔(ヒロト)は納得してしまう… 自分はこの、少し面倒な少女を守りたいのだと… もし月歌(ツキカ)と出会っていなければ、もっとディープに入れ込んでいた気がした…。


「あぁ… みんな、そう想ってるよ… もう少し楽にいこうぜ!」


 その言葉に、安心したように頷くと、愛らしく笑顔を浮かべて見せる。


 ユイ…… 君が一番って、ずっと思っていたんだよ……。


 甘えるように、彼の襟元を握りしめた…。




 



 再びのヘイネス寺院… その道行きで二人になった大翔と香音は、散歩デートのように楽しげに話をします。この5ヶ月の間に、香音の心情の一部が変化して、表情や話し方が柔らかくなっていましたね。


 そして語られる、少女を蝕む過去の悲劇…  第六章は結構な波乱になりそうです。



 ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります(ぺこ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ