5-15話 ヒマワリ色の双子
第五章:異世界のウォーゲーム:
フル強化を受け、余剰魔力が復活した香音は、躊躇なく鳥籠にそれを注ぎ込む。芽吹き、急速に繁殖していく樹木が、欠落していた大穴を埋めていく。
「くすっ… ヒロトのおかげで、一転して絶好調になってしまったよ。それじゃ結界内を殲滅しよう」
少女の言葉に、防御特化していた三人が、一気に攻めに転じていた。退路を塞がれた100騎ほどの騎兵団が、戦況の逆転に動揺し混乱する。
青々と茂った鳥籠のあちこちから、赤と淡桃色の花が開花して、巨大な花輪のように咲き誇っていく。魔法防御の効果のある、守りの森の追加効果だった。
花々で覆われた鳥籠の中は、鮮やかな闘技場のようで、その中央からクランの五人全員が、横一列で騎兵団を狩り始めた。すぐに発現する挑発の叫びが、敵の意識を幸太郎集めると、馬脚の止まった騎兵達に向けて、中距離魔法が斉射された。
大翔が魔力弾と魔弾爆破を交互に連射し、桜咲も聖なる一撃の大槌と気功弾で、数騎の戦馬を同時に潰す。
攻撃速度上昇によって、全てのスキルの待機時間までが短縮され、それに並行操作が重なって、各自がありえない間隔で中距離魔法を乱射していた。
香音が数発の氷散弾を射撃すると、十数騎が纏めて扇形に撃ち倒された。彩葉が得意の気の散弾を放った直後に、狼脚多連突進で敵の中央へと斬り込んでいく。彼女が後方で暴れていた三匹の悪魔に合流すると、それをきっかけに全員が近接戦闘に移行する。
凶悪な性能の愛刀を手に、まさに草刈りのように横一線で、騎馬を斬り倒していくメンバーたち。
一瞬で隊の半数が倒されると、すでに指揮官の首も飛んで、軍としての秩序が崩壊してしまう。四方に勝手に逃げ惑う騎馬達が、互いに激突して落馬すると、すぐに高速の斬撃によって、無慈悲に斬り捨てられてしまう。
大翔と桜咲の強化によって、すでに彼らの攻撃速度は、一般兵が視認できる速さではない。技術も剣技も殆どいらず、ただ立ち並んだ馬と兵士の人形を、片っ端から斬り倒しているのに近いのだ。
「なんか凄いね……」
「ねぇ…」
双子の少女が、互いを背に守りながら固まってしまう。
「本当… この娘たちが、敵じゃなくて良かったわ……」
そのあまりの殲滅速度に、和稀たちは支援も忘れて傍観するしかなかった。彼らの無双が3分も続けば、鳥籠の内部に立っている敵は、ひとりとして居なくなった。
赤い花々が萌える籠を背に、地面を染める肉塊と亡骸と、流れた鮮血の赤一色の中で、五人の勝者が凛々しく立っていた。その死屍累々とした赤い地獄絵図は、惨劇を遥かに越えて、逆に絵画のように美しくさえあった…。
味方が全滅すると、籠の外から再び遠距離攻撃が降り始めた。弓矢や魔法に混じって、砲撃による榴弾までが落ちてくるが、大半は強化された鳥籠に阻まれて届いていない。
五人は和稀たちの側へ合流すると、再び防御スキルを周囲に張った。
「ふふっ… 夜も明けて、ちょうど良い頃合いかな?」
気づけば空はすっかりと明るくなり、旧市外の上空では朝焼けが綺麗に燃えている。香音が再び獣喰らいの杖に持ち替えていた。
彼女が復活した魔力を、広範囲に引き伸ばし浸透させていく。籠の結界が活発に動き出し、全方向に生き物のように侵食を開始した。無数の枝と幹が放射状に伸びていくと、周囲の森まで連鎖に巻き込んで、広大な範囲を支配下に収めてしまう。
大樹も低木も、下草さえ、全てが意思をもった海練りとなり、敵中央部を飲み込んでいく。腰から下を蔓や芝草に巻き付かれ、また巨大な幹が暴れるように伸し掛かると、包囲していた2000名の大半が、香音の能力に絡み取られてしまった。
殺傷能力の低い、ただ移動を邪魔するだけの超広範囲スキル。もちろん、こんな広大な植物操作が、長く続くはずもない… しかしその足止めは、この後2,3分だけでも持てば十分だった。
「ウワァアアアアアア!! ウアアアアアアアア!!」
街道の南側から、雄叫びと怒号と、大部隊が激突する地響きが轟いた。籠の隙間から遠くを見渡せば、分断された敵本隊の前部1500が、友軍の4500に押し潰されていくところだった。
「何とか、侵攻作戦まで堪えたね… 後は我らが正規軍に任せよう」
長槍装備の重歩兵が、V字隊列で挟み込むように、敵重歩兵を殺傷していく。その大規模戦闘と殺戮は、しごく淡々と実行されて、まるで並んだドミノが倒れていくように、敵兵が地に伏していく…。
(これが陣営戦争……)
大翔が魔導通話に漏らしてしまう。
真っ赤な血飛沫が、人波の間で幾度も飛び散り、濛々と立ち上がる土煙で視界が霞む。土色に煙る戦場を遠目にしても、その圧倒的な生の迫力に、身が縮こまるような殺気と恐怖を覚えた。
大規模な集団戦を仕切る、銅鑼の音が鳴り響き、晴れた空を無数の矢と魔法が覆いつくす。大地は統制の取れた踏み込みに地響きを揺らし、そこら中で起こる爆発と怒号と雄叫びと絶叫で、誰の声も聞き取れなくなった。
やがて味方の進撃が此方まで迫ってくると、香音は力尽きるように、植物操作を解除した。鳥籠以外の樹木やブッシュが、急激に勢いを失って元の姿に引いていく。
開放された2000の敵兵が、絶叫しながら友軍の密集隊形へと突撃していくが、それはもう指揮を失った雑兵の、場当たり的な特攻に過ぎなかった。二段に構えた長槍に、盾を構えて斬り掛かるも、その長さに攻撃はまるで届かずに、立ち止まった瞬間を、二段目の槍に突き倒される。
1000を超える圧倒的な遠距離攻撃が、乱れた敵の後衛を一方的に蹴散らすと、V字の陣形が効果的に、閉じたり開いたりを繰り返して、挟み込んだ敵を蹂躙していく。
約半数の重歩兵が、長槍の陣形に圧殺されると、いよいよ戦線は崩壊して、混乱した残党がバラバラに敗走を始めていた。
「ふぅ… 寿命が縮んだぜ…」
幸太郎のありがちな冗談に、全員が困り顔で苦笑する。戦線が一気に北上していくと、後には無残な人馬の骸が、ゴミの埋め立て地のように視界を埋め尽くしていた…。
「カノンは、友軍を待ってたんだねー」
桜咲が十字剣を背に戻すと、彼氏の腰をぽんぽんと叩く。お疲れという意味らしい。
「そうだね… 僕だって何の策もなく、1000単位の敵に囲まれたくはないから… ね」
そこまで言うと、ふらっと華奢な細身が力を失った。
「カノン!?」
大翔が一瞬で背に回ると、見えない速度で抱きとめる。少女は弱々しく振り向くと、瞳を細めて安心するように微笑んだ。その愛らしい表情は、数百の敵兵と渡り合うような、災厄と呼ばれる手練にはどうしても見えなかった…。
「ありがと… ヒロト」
彼女の杖が魔力を失うと、花々は茶色に萎れ、沈むように鳥籠が解けると、森本来の姿へと戻っていく。気づけば樹木の網目に遮られていた朝焼けが、眩しく周囲を照らしていた。
「僕… 結構がんばったから… 少し癒やしが欲しいかなぁ」
少女は安心したように脱力して、大翔の胸に全てを預けてしまう。少年は「無理しすぎだよ…」と耳元で囁くと、その蜂蜜色の柔らかな髪を、丁寧に手で梳いていく。
「遅れてゴメンね… こんなに消耗して!!」
彩葉が小走りに近寄って、後ろ抱きにされたの少女を、更に前からも抱きしめた。
「毎回こんな無茶をしているのか?」
少年の言葉には、少しだけ非難の意味が含まれている。それは暗に仲間に向けられたものだった。
こんな戦闘を繰り返していたら、この娘は壊れてしまうだろ…。
「悪いオレらが付いていたのに… 言い訳になるけど、此処まで追い込まれる事は稀だからな」
「平気だよヒロト… これはみんな僕の指示だから…」
少し苦しそうに顔をしかめた香音が、手の魔力ポーションをゆっくりと口にする。それでようやくと、今戦期最大の攻防戦が、終わったことを実感した。
「しかし… あんたらマジで可怪しいからね? その異常な戦闘力はなんなのさ…」
和稀が、少し拗ねるような言い方をする。彼女らも緊張から開放されたのか、ハグをして熱烈にキスを絡めると、互いの健闘を讃えあった。これはこれで、物語の終焉としてはありなのだろう。
そこで無言で見つめ合っていた双子の少女が、すっと表情を引き締めた。二人は何かを悟ったように、少し悲しげに瞳を潤ませている…。
「ふふふっ… そうか、わたしたちってやっぱり… ね?」
「うん、これってきっと自己愛の究極なのかも? ホントに歪んだ世界だね…」
双子の少女は覚悟したように頷くと、互いに手を握り合い、仲間達へと向き直る。いや深く考えれば、この大陸で双子とかはありえないのだが…。
「今日までホントに… 感謝してるの」
「カズキちゃんを… みんなを… 忘れたくない」
二人きりのカーテンコールのように、そのまま丁寧に腰を折る乙女たち。
「……… マミ? エミカ…?」
それを悟った和稀が、哀しそうに二人を呼ぶと、美人顔をくしゃりと崩した。
双子の二人は、繋いだ手の逆側から、ゆっくりと光に解けていた…。
(こ、これは…)
大翔の鼓動が激しく打った…。
(どういう事だろ… まったく同じ色の消失って……?)
香音の困惑が漏れてくる。実際に見た目は完全に同じ色なのだが…。
「一緒に居れて良かったね」
「うん、一緒で嬉しいね…」
鮮やかな向日葵色に輝きながら、二人は鏡に映った互いのように、同じ速度で混じり合い、ゆっくりと朝焼けに昇っていく。
「そっか、幸せそうな消失だな… マミ… エミカ… 良かったなぁ……」
和稀はポロポロと涙を零しながら、彼女らの光を追うようにして、数歩だけ足がもつれてしまう。そうして優しく両手を差し上げながら、慈しむように小さく手を振っていた。
それは大事な仲間との、多分、二度と会うことのない別れだから…。
大翔の胸も小さく痛む。楓を失ったあの時が蘇り、寂しいような、羨ましいような独特の感情に、心の奥が切なく軋むのだ。
香音も辛そうに俯くと、小さく震えて彩葉の胸に抱きついていた。
癒やしの効果を含んだ桜咲のハミングが、優しく戦場を渡っていく… 誰もが知っている、少し寂しげな古い外国の曲だった。それは別れを惜しむだけでなく、戦争で地に伏した全ての兵士たちへの、彼女なりの鎮魂歌のようだった。
血と死臭の漂う壮絶な戦場にあって、それでも彼女のメロディーは美しく、朝焼けの中で響いていく…。
「こんなんが毎月あるとか… 悪夢だろ…?」
未だ腕の中に居る、二人の少女の耳元で、大翔が小さく弱音を吐いた…。
この二子山における激戦を起点にして、全戦域でディメテル連合が戦線を押し上げていった。だが、どの部隊も敵の砦を射程に収める事は出来ず、結局は時間切れとなって、広域戦闘期間は終了をした。
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