1-6話 肉塊の怪物
第一章:異世界リスタエルス:
「いったいどうするつもりなの!?」
月歌が悲鳴にも近い声で叫んでいた。
左右から連続で襲って来る鉤爪の攻撃を、彼は神業のような体術で、間一髪で避け続けている。『短剣術』と『気功武術』の能力が、素晴らしい仕事をしているようだ。
横に掠めた一撃が大樹の幹に直撃して、盛大に木片を飛び散らせた。すでに大翔を中心にした大地には、幾本もの引き裂かれた後が刻まれていた。
「ツキカは背後の崖上から牽制を続けてくれ。魔力はまだ2/3は残っているよな?」
左上に引き出したパーティ ウィンドウには、二人のステータスが縦並びしているのだ。 体力 魔力 気力 がバー表示で色分けされていた。気力が無くなれば身体技能が使えなくなり、魔力は魔法の使用回数に直結する。当然体力ゲージが0になれば、それはすなわち死を意味した。このあたりの仕様はRPGゲームのお約束だろう。
「もう! まったく勝機が見えないんだけど!」
月歌は黒髪を浮かしながら、素早く三点ジャンプをして崖の上に飛び乗った。すぐに十発目を超える破魔矢と影針投擲の連射攻撃を詠唱する。
「あっ…!!」
少女が小さく言葉を漏らした。その連続する二つのスキルが、今までとは明らかに別物なのだ。赤かった破魔矢は黒い陰影へと変わり、一瞬の溜めの後、軌跡も残さず狼人間の右足に突き刺さる。
パン!と乾いた音が弾けて、剛毛で覆われた人狼の足首が、血飛沫を上げて破裂した。奴は驚いたように動きを止めると、始めてガクンと片膝をつく。
「今のは何だ!?」
その威力に驚いて少年が声を上げる。
ー 闇影破魔矢 ー
再び影色の矢が顕現して、狼人間のふくらはぎが吹っ飛んだ。今度こそ、その激痛から、グヴォヴォオオオオ!と悲鳴らしい咆哮を撒き散らす。
「コンポスキルが発現したみたい! 破魔矢と影針投擲がコンボになって闇影破魔矢の技術が追加されたの。威力x220%の増々攻撃よ!!」
テンション高めの月歌が、意気揚々と説明をした。
確かに:コンボスキル:って項目あったよな? そういうシステムですか…。
彼も魔力弾を連射して、破裂した脚の裂傷に嫌がらせのように撃ち込んでいく。そこに崖上から白い躯体が飛び降りると、それは靭やかに人狼の背に周り込み、傷脚へと喰らいついた。
「わんちゃん! そのまま後から攻撃ね、火炎は駄目よ! あれは空きが大きいわ」
それは最召喚されたビーストドックの挟撃だ。更に加勢が追加され、すっかりと大翔達の一方的なターンになっている。いや、攻撃が通っているのは少女のコンポだけなのだが…。
やっぱりオレが要らない子ですか…?
執拗に連射される闇影破魔矢が、逆脚の足指を肉片へと粉砕した。
そこまで来てもまだ、少年は回避と遠距離攻撃に集中していた。ゲーム的に言うならば、回避タンクといった立ち位置だ。近戦特化の狼人間に、迂闊に近づく悪手を、冷静な思考が否定していた。
グヴォグヴォグヴォォォォ!!!
動きを止められボッコにされた狼人間が、突然と狂ったように絶叫を上げ、腕を滅茶目茶に振り回す。断末魔にも見えた挙動は、再び彼らに衝撃と恐怖を与えていた。
身体の内から巨大化した筋肉が、表皮を破って膨れ上がり、体高が更に倍近くまで盛られていくのだ。突き出した口は四つに裂けると、それは首の付根までバリバリと割れてしまう。パツパツの肉塊に、細長く裂けた牙だらけの大口が乗っている、醜い化物へと変化していく…。
:鑑定:
『ネルガ ハインジット(ワーウルフ 身体強化型) LV11』
人間化LV2 豪腕LV5 身体強化LV5 切り裂きLV5 双拳破断LV4
グロ… この世界の魔物って凶悪すぎじゃね…?
「身体強化を使ったのか。実質レベルが11になったな… でもこれって殆ど自爆スキルじゃないのか? 身体破壊スキルにしか見えないんだけど…」
「キモいキモい!キモ過ぎるから! 気持ち悪いよー!」
月歌が、その狼人間、というか大口肉達磨と化した怪物を見て、女子高生のように悲鳴を上げている… ていうかリアル女子高生だった?
ギャギャグァ…
自分の強化に順応出来ないのか、肉達磨の腕がぎこちなく上下に振られている。それがまるで、手招きしているように見えてゾッとさせるのだ。
「どうしよう!? あと2発も撃ったら魔力切れかも… コンポスキルは消費が激しいわ」
今にも泣きそうな表情で、それでも唇を噛み、可憐に耐えるその姿は、とても凛々しくて格好良い。
この娘はオレよりよっぽど強いよ……。
「問題ない!! 奥の手使うからフォローを頼む!」
大翔はその勝機を見逃さず、一蹴りで少女の真横まで飛び上がり、次の跳躍で肉塊の直上へと身を投げた。
「ヒロト!!!」
黒髪を乱して少女が叫ぶ。
頭上へと飛び込んできた獲物を捉えようと、肉達磨がグっと身を沈み込ませた。そしてまさに、その強靭な筋力で飛び掛かろうとした瞬間、肉膝が砕けてズシンと体制が傾いた。月歌の見事な援護が、奴の気勢を殺いでいた。
「それじゃ沈もうか? 怪物くん!!」
逆足で踏みとどまり、もう一度獲物に喰い付こうとした肉塊は、突然現れた小山程もある岩石に硬直してしまった。
彼が『倉庫』から引っ張り出したのは、4、5階建ての建物程もある一枚岩だった。狼人間は突然頭上を覆い尽くした岩盤に、醜い大口を開けたまま、見上げる事しか出来なかった。
ズドォオオオオオオオオオン!!!!
地震のように大地が縦揺れし、森の上部から鳥たちが一斉に逃げ去っていく。グラグラと足元が波打つと、爆風のように土煙が吹き上がり、視界は乾いた土色に霞んでしまう。
大翔は、その岩上に平然と着地した。巨大な質量に胸から下を押し潰された敵を、高見から見下ろして満足気に呟くのだ。
「少し位置が悪かったな… 次回はもうちょい手前に落とすか」
まるでタコさんウインナーを連想させる、開き切った口の中に、とどめの魔力弾を、十数発も撃ち込んでやった。
と、意識に直接ポロン、ポロンとレベルアップする音が聞こえてくる。そうしてやっと、初見殺しの怪物を討伐した事を実感できた。
「レベルアップすると音が鳴るんだな…?」
「そ、そうね… わたしは最初の時に、すぐに分かったけど… 何なのこの状況は…?」
月歌も岩盤に飛び移ると、ふらっと彼の横で身を崩す。
「ツキカ…?」
少女の背を支えようとして、二人は一緒に崩れるように座り込んでしまった。
「悪い… 大丈夫か? 怪我はないよな?」
自分の肩に、身を預けるようにする少女が、小さく震えている事に気がついた。大翔は位置をずらして胸で受け止めると、戸惑うように彼女の黒髪に、ぽんぽん軽く手を触れる。そこでふっと意識に、本来の感情が戻ってくるのを感じていた…。
「怖かったぁ… もう駄目かと思ったのよ?」
月歌は未だに震える手の指を、彼の太腿にギュっと押し付ける。
「こんな大岩… よく『倉庫』に収納できたね…?」
触れている肩と、それに連なる柔らかい感触が、ドキリと大翔の腰を浮かせてしまう。間近に感じる甘い乙女の香りに、いたたまれなくて、視線を惑わした。
彼女いない歴イコール年齢のオレに、この状況はマズイでしょ…? ていうか、彼女は居なかったよな?
「小さな渓谷みたいになってた、岩山があったじゃないか? あそこで試しに収納してみたら、出来ちゃったんだよ。これひとつで3x3の9マスも埋まるけどな… 多分これって、序盤では俺らしか出来ないと思う?」
:鑑定:
『玄武岩 627t』
火成岩系の一枚岩 石積みの壁や床石の建材として使われる
「この岩、627トンもあるらしい… オレ達って家とか丸ごと収納できそうだな」
そうして、何だか自然に身を寄せて呆けていたが、ようやく月歌が身を起こすと、照れた様子で地面へと飛び降りる。
「わたしも収納してみて良い?」
そういって角の目立つ荒い岩盤に手を触れて、一瞬でそれを消滅させた。
「なるほどね… 確かに9マス使ってるね。これ奥の手として持っていて良いかしら?」
「ああ、それでいいよ。俺はもう一個大きいのを収納してあるから」
えっ、と驚いて振り向く少女。ふわりと浮いた軽やかな黒髪が、やけに艶やかに輝いて見えた。急に女子として意識をしたのか、少女の小さな仕草にも、一々反応してしまうのが情けない…。
「もう一個は4x3で12マス埋まってる…」
「なるほどねぇ… それで倉庫の食材を押し付けてきたんでしょ?」
「うっ! ばれたか…」
少年の返答に、コツンと彼の二の腕を、可愛い拳で突っついた。
「しかしこんな苦労したのに、これを倒しても素材のひとつも取れないのな… 肉も不味くて食えないってさ」
「こんな気持悪いの… たとえ食用でも絶対に無理だよ」
完全にプレスされ、ピンクと白色の脂肪色でぐちゃりと潰れた怪物を、拾った枯れ枝で突いてやる。すでにどこにも狼男だった面影は無い。するとその裂けた大口の横に、大きめの革袋が転がっている事に気がついた。
「何だこれ?」
硬い皮袋の紐を緩めると、中から多くの銀貨と、黒い鱗革の鞘に収まった一本の短剣が転がり出てきた。
「それってドロップアイテムってこと?」
少女と白狼も集まってくると、全員で革袋を囲んでいた。
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