5-6話 クインテッドの空中機動
第五章:異世界のウォーゲーム:
地上から城塞の上階まで、一気に瞬間移動すると、潜伏を解きながら、腰抱きにした彩葉を開放した。瞬間移動のレベルも上がって、その移動距離も飛躍的に伸びている。
「あ、ありがとね… ヒロト」
さすがに身体に密着すれば、照れたように俯くのだが、それでもいつもの、気安い感じのやり取りだ。
「ここは目立つからな。出入りぐらいは送迎するよ」
「最上階に避難小屋を設置したのね。これは… 誰にも気づかれないわね」
「暇だったから、瓦礫を乗せてみた… 子供の積み木だなこれ」
「ふふっ、それにしては本格的だね。安心して眠れそう… それじゃ5時間経ったら起こしてくれる?」
彼女は欠伸を手で隠しながら、崩れた壁に偽装した避難小屋へと潜り込んでいった。
開戦一日目はいまだに静かで、ちょうど正午くらいだろうか? 高原の空は、爽やかに晴れ渡っている。この半日、全戦区のどこにも大きな動きは無く、最初の仮眠に彩葉が戻っているのだ。
この後は20時間ごとに、5時間睡眠のローテーションをしていく予定だった。
(しかし… 陣営戦争ってのは、こんなにも暇なのか?)
(確かに今期はスロースタートだな。まぁ待ちに一週間、戦闘がニ時間なんて事も割とあるけどな。そういう時の二時間は地獄だが…)
幸太郎も暇らしく、魔導通話でだらだらと話をしている。
(白の池の総力戦とか酷かったもんねー コウタロウの肉壁でも耐えられなくて、三時間でニ回死んだよぉ)
(コウタロウが死ぬとかあるんか? 殺しても死なない、不死身の悪魔騎士とかじゃ?)
(オレを何だと思ってるんだ? どんなに鍛えたって、数の力には敵わないって… まぁ、確かにあれは、異世界人生でワースト3に入る激戦だろうし… レスラニィ戦区の湖水エリアにある、大きな池に挟まれた平原でな、両軍合わせて3万4千が六日間の睨み合いの末に、真正面からぶつかったんだ)
(うんうん、本当に地獄だったよねぇ、作戦も何もない特攻とゾンビアタック… あれがトラウマで廃人になった子も多かったよ)
(それは怖いな…)
(戦闘終了のアナウンスの後には、正規兵の死体が累々と積み重なって… 片方の池が血で真っ赤になってたの… まさに殺戮と狂気の修羅場だったんだぁ)
(そんな地獄の戦場でさえ、サクラは一度も倒れなかったけどな…)
薄々は気づいているのだが、やはり桜咲最強説は本当らしい…。
(あの… あんまり脅さないでくれます…?)
(そう言うけど、ヒロトくんて実戦に強いっていうか… 性格変わるっていうかぁ?)
やはり、あの冷静な思考は、他人から見ても分かるのか…。
(必死こいて、顔がひきつってるだけだって)
そんな雑談をしながらも、大量にストックされているジャンクフードで昼食を取る。午後になっても探知領域を横切るのは、鳥の群れぐらいだった。
◇
その後も特に異変もなく、五時間ごとに幸太郎、桜咲、香音と睡眠を取り、二日目の早朝に大翔の順番が回ってくる。さすがに20時間を起きていたので、それなりに眠くはあった。眠気防止のカフェインとシダシの実を固めた、丸薬にもお世話になった。
「おはようヒロト… さすがに疲れたようだね」
香音が白金の神官ローブの上に、網目の迷彩服を重ね着しながら現れる。寝起きの少し乱れた髪を、困り顔でさらさらと手櫛する。
「開戦直後は、無駄に緊張してたからなぁ」
「あまり無理はしないで欲しいな。君は成長が早すぎて、心のほうが心配だよ…」
少女は無防備に近寄ると、瓦礫に腰掛けた少年の背に手を伸ばす。香音はこういう、何気ない触れ合いが好きらしく、ゆるくウェブのある蜜髪が、大翔の顔にふわりと触れた。
そうして近づけば、そのエルフは本当に可憐で儚げだ。ドキリと鼓動が強く打つ。
こういうので… 勘違いするんだよ…。
「あ… ちょっと待ってくれないか?」
突然と耳の魔導通話へと細指を当てて話を制する。左側のイヤリングという事は、戦区通信の方だろう。彼女の表情が引き締まると、綺麗な眉の合間に、僅かに影が浮くのが分かる。
(全員へ、一番、三番戦区で同時に、斥候同士の遭遇戦が起きたようだ。二番戦区も注意されたし、との報告が来たよ。みんなも注意を怠らないで欲しい)
((了解っ))
「ヒロトはとりあえず仮眠に入って大丈夫だよ。ただ、寝起きに事態が動くかもしれないかな?」
「そか、じゃ、今のうちに寝てくるよ。見張りよろしくな」
◇
「…… んっ…?」
展開したままの空間知覚の中に、何かの悪意が侵入して来る。浅い夢見から一気に意識が覚醒した。
(E5 旧市街地に侵入者あり!! 街道に沿って東の城壁方向に移動中。結構早いな)
大翔は咄嗟に魔導通話を飛ばすと、掛け具を跳ねて起き上がった。
(あと30分は、寝かせてあげたかったんだけどね)
香音の澄んだ声音が、脳内に返ってきた。そこで、ズズンっと城塞が振動する。避難小屋から飛び出した彼の頭上に、壁の破片が降ってきた。
「まぁ頃合い… という事かな?」
壁際の少女の隣に、片膝をついてしゃがみ込む。低い雨雲の霞の奥に、二つの翼らしい陰影が、見え隠れしていた。再び森で連続する爆発音が轟いた。
「実戦だよ、大丈夫かい? …ヒロト」
マリンブルーの美しい瞳が、心配そうに彼を見上げてくる。まるで母か、姉のような、柔らかい慈愛を感じてしまう。
「あのさ… オレはむしろ、君のほうが心配だよ… カノンこそ無茶をしないで… ちゃんと頼って欲しいんだ」
きょとんと驚いた様子の少女は、すぐにあの儚げな笑顔になった。気づけば指の先だけを、遠慮がちに絡めてくる。
「ふふっ… もう、とっくに頼っているから…」
気づいてないんだね… ヒロトが居てくれるから… 僕は…。
その戸惑うような、指先だけの触れ合いに、なんだか懐かしいと感じてしまった。彼女の小さな背に、黒髪の少女を重ねてしまう…。
駄目だ… 君は代わりなんかじゃない…。
「ヒロト、行けるかい?」
「あぁ、大丈夫だよ。行こうカノン」
そう言って突き出した拳に、香音の可愛い拳がコツンと当った。
MAPウィンドウでは、二つの赤い光点が、街道沿いを進んで来る。くねくねと機動を変える、翼竜のようなシルエットから、黒い砲弾がばらまかれて、爆炎と地響きを引き起こす。
(敵竜騎士ニ騎が城塞に接近中。これは威力偵察だね)
(E4 サクラの前にも飛行偵察がニ騎きたよー これはスルーするー… ぷっぷ)
桜咲が自分の駄洒落に自分でツボる…。
(みんな A.ドボルザークが、中央に居るのを悟らせないように。ただE5にはヒロトがいるから、潰せるならこっちのニ騎かな?)
「威力偵察って何だろ?」
とりあえず香音の手を取って、潜伏状態で気配を消した。
「敵の陣地や要所を攻撃して反撃を誘い、それで脅威の存在や規模を測る事かな。簡単に言うと、敵陣営は僕らの位置を探っているのさ。誰だって『イリィの災厄』の前は、通りたくないからね… それぐらいには有名なんだ」
「だから敵をスルーするのか… つかじゃ何でこっちは交戦可なんだ?」
「君が居るからだよ。初陣であるヒロトの能力を、まだ誰も知らないから。君の攻撃は『イリィの災厄』のものとは悟られない… あれを落とせるなら、好きに戦ってかまわないよ」
爆発音が、かなり近づいてきた… 敵は大量の爆弾を、躊躇なく投げ落とす大盤振る舞いだ。
「OK、じゃ… イロハと鍛えた空中戦ってやつを見てくれる?」
香音は覚悟したように、きゅっと表情を引き締める。
「援護は僕に任せて… 思いっきり行ってくると良い」
透過して見える少年の背を、香音がぽんと押し出した。その瞬間、彼の身体は、両手を広げて雨の空を飛んでいた。敵の機動を予測して、その上空に瞬間移動したのだ。すぐに神隠しで上書きすると、その存在は完全に消え去ってしまう。
浮いて見える雨粒は、外套の防水付与でするりと弾かれ、透明なシルエットに沿って流れていく。
20m程の距離を取った二騎の飛竜が、彼の直下を通り過ぎる。自由落下する大翔の身が、疾風の極意で一騎の背に飛び乗っていた。
:鑑定:
『イサム エジリ』 竜騎士 LV19
連突きLV6 投槍LV3 鉤縄拘束LV2 飛竜召喚LV5
やはり探知系スキルは持ってないんだな、つまり視覚が頼りという事か…。
青銀色の鎧姿の騎士は、突然と背に殺気を感じたが、振り向く間もなく斬り捨てられていた。視界は不自然に回転し、吹き出す血飛沫が、噴水のように弧を描く。
「悪いな…」
翼を切り飛ばされた従魔が、悲しそうに落ちていく主の半分を見詰めていた。
次の瞬間、抱えていた砲弾の箱が、炎を上げて誘爆する。爆炎の塊が何度も破裂しながら、雲の合間を突っ切って落ちていく。
夜闇を纏った妖聖剣の一閃が、先頭の竜騎士を、飛竜もろとも両断していた。彼は斬撃と同時に、もう一騎の飛竜の目前に、5x5の整列した金属キューブを設置していた。突然と相方が、空中分解して血肉をぶちまけた瞬間に、黒いキューブが散弾のように後続の騎士を襲っていた。
「ぐぼっ…!」
キューブは飛竜の翼の皮膜を破り、竜騎士を騎乗から叩き落とした。落下する彼の装甲には、複数の黒い金属が深くまで食い込んでいる。キューブは貫通こそ出来なかったが、その打撃力だけで、ほぼ戦闘能力を奪っていた。
落馬した主を背に戻そうと、健気に身を捻った飛竜が、半透明の何かに頭を潰されて鮮血を空に盛大に撒く。目視出来ない揺らぎが、夜闇を引きながら、落下するライダーに向かって疾風の極意をした。
「………えっ?」
彼は自分に何が起きたかも分からなかった。ただ両肩から腰までをクロスに斬り裂かれ、臓物を振りまきながら、ゴミくずのように錐揉みをしていった。数秒をずらして森の大樹が、連爆の衝撃で粉々に粉砕された。
こちらも、腰に抱えていた砲弾が、一斉に爆発したようだ。
大翔は状態異常耐性と攻撃速度上昇以外の、強化バファは使っていなかった。ただ瞬間移動と疾風の極意を繰り返しただけだ。
攻撃速度上昇によって、極端に待機時間が短縮された移動系スキルで、空中を点で結ぶように移動する。そしてそのたびに上書きされる潜伏によって、その姿を認識する事さえ難しいのだ。
少年は、もう一度上空へと高度を取ると、雨に煙ったパノラマを見渡してみる。遥か東の空、二匹の黒影が、複雑な機動で飛行するのが一瞬見えた。多分桜咲が探知した敵だろう。
(E5の偵察竜騎士を二騎排除した。視界が悪いが、上空からはE4の二騎だけしか確認できないな)
(わたしと空中戦できるぐらいだもの、やっぱりヒロトに、飛行スキルは必要ないわよ…)
彩葉が呆れ気味に呟いていた。
急に荒れ始めた天候で、まるでシャワーの中を飛んでいるようだ。敵の塔の上空で激しい雷光が横走する。
嵐は止めて欲しいな… 動的反応が多すぎて探知の精度が鈍ってる。
手脚を広げ、旋回しながら自由落下する彼は、自在に空を飛んでいるようにしか見えない。城の側面まで滑空すると、次の一瞬で拠点の壁裏へと瞬間移動で帰投した。妖聖剣の血糊を魔力腕で拭い落とすと、ふわりと蜜髪の少女が抱きついてくる。
「凄いね… 見事だった」
「意外と平気だったよ… カノン」
その細く柔らかい髪を、大事そうに何度か撫ぜる。手にはまだ、人を斬った感触が残り、身体が僅かに震えていた… 少女はそれを支えるように、回した細腕に力をこめる。
飛行スキルを持たない大翔が、1分以内の空中機動で、2つの討伐ポイントを稼いだのだ。その今期最初の戦闘は、仲間が呆れる程度には異常だった。高空を自在に移動するという、飛行スキルのアドバンテージでさえ、クインテットは簡単に覆すのだから…。
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