5-4話 戦争前夜
第五章:異世界のウォーゲーム:
「……… ぁ…」
浅い眠りから眼を覚ますと、暗闇しか見えなかった… ただ背に熱を感じて、無意識に手を伸ばしてみる…。
「ツキカ……?」
触れた華奢な指先の温もり。その人肌に安心するように言葉が漏れる。互いの指が戸惑うように、そっと絡んだ…。
「ごめん僕だよ… ヒロト」
綺麗な高い声音が、申し訳無さそうに言葉を漏らす。寄り添っている細身が、僅かに背に押し付けられた。
「… そうか… そうだった… 悪いカノン」
そこでようやくと意識が戻ってくる。首を捻って振り向けば、緩くウェーブのある蜜色の髪がそこにある。
「大丈夫… 代わりぐらいにはなりたいんだ」
少女は一瞬、哀しそうに眼を伏せると、彼の背にぽんぽんと優しく触れた。
「悪い… 寝ぼけてた」
彼は二度目の謝罪を繰り返した。
仮眠の床から身を起こすと、周囲は暗い闇の中で、すぐに暗視をオンにする。避難小屋の狭い室内と、横並びした寝台から手を伸ばす、肌着姿のが香音が見えた。隠しスキルの暗視にもレベルがあるのか、意識すればオン、オフが出来るようになっていた。
「そろそろ時間よ、二人とも起きてね」
覗き窓のある壁際から、彩葉が困り顔で微笑んでいる。
「ああ… 変な時間に仮眠したから、時間の感覚が無いわ…」
少年は床に立ち上がり、繋いだままの手を引いて、香音の身も起こさせた。彼女は軽く伸びをすると、淀みなく装備の確認を初めている。
「カノンの香草茶よく眠れるでしょ? 睡眠導入の薬効があるのよ。夕方に眠って、もうすぐ五つ鐘の時間かな?」
時間の経過を聞かされてやっと、自分のいる場所を自覚した。夕刻前に二番砦を出発して1時間と少し、崩れた石壁が続く、朽ちた都市の遺跡群まで先行していた。開戦まで残り4時間あまりだが、斥候同士のポイント確保の争いは、すでに始まっているのだ。
敵側は引き気味なのか、いまだ大翔の索敵範囲に人の姿は現れていない。
「見張りお疲れさん。つかイロハは寝ないで良かったのか?」
「わたし出発直前まで寝てたでしょ? 最初の見張りをするつもりだったのよ、でも次はよろしくね」
彼女は細長い隙間から見える、外の様子を監視したままだ。
迷走気味だった彩葉も、戦場に出ればすぐ、本来の歴戦の勇士へと戻っていた。鍛えられた肢体で立つ姿は、美しく張り詰めて、少しだけ見惚れてしまった。
少年も素早く身支度を整えると、珈琲風味の苦味の強いグミを、口の中に放り込む。幸太郎が作ってくれる、現場での珈琲代わりだ。
(それでは戦争前夜の、偵察活動を開始しよう。サクラ、コウタロウの準備は良いかな?)
(もちろん何時でもGOだよ!!)
すぐに魔導通話が返ってくる。彼らは仮眠用に設置した、避難小屋から外に出ると、岩陰のそれを収納した。
月明かりはまだ低く、密集した大樹が夜影を濃くしている。そう、そこはもう最前線のど真ん中だった…。
◇
ーーーー 数時間前 ーーーー
「ほら、あの辺に点在してる、遺跡みたいなのが、旧市街区の廃墟だな」
砦城の投射台から、盆地を埋め尽くす大森林を見渡していた。完全装備の悪魔騎士が、開けた視界の中央にある、崩れた城壁や石柱の名残を指差していた。遺跡群のような石材の名残が、緩く正方形を形造って見えている。元はかなりの広さの城塞都市だったのだろう。
「なんだか懐かしいな… 凶獣の森にも小さな集落跡があって、そこにしばらく住んでたんだ」
森の香りを含んだ、冷たい空気感は、洞窟小屋を連想させた… 実際に高度や植生が近いのだろう。
「まじかよ、俺ら生まれて、すぐに殺られたからなぁ」
旧市街の中心には、高く突き出るように、木々に覆われた岩山があり、薄暗さでよく見えないが、塔のような出っ張りが何本か飛び出している。多分、旧市街の城跡らしい。
「ヒロト… 森と空の境界線に、小さな突起が見えるか? あれが敵の本丸だな」
「あの薄茶色の柱か?」
すでに北の地平線は、夕闇に暮れ始めていて、その暗い空の一部に爪楊枝のような、細長い構造体が見えていた。注視すればその周囲だけ、不自然に明るいようだ。
「敵の砦が見えるんか…」
「直線距離で100Kmも無いからな… あれはアルテミス銀翼同盟の、『防人の尖塔』という前線砦だ」
あの明かりは、その直下に数千の敵軍が集結している証なのだ。大翔は、奥底から湧き上がてくる、身震いというものを感じていた…。
彼はそれを誤魔化すように、ウィンドの地形図と見比べながら、目ぼしい要所を記憶していく。盆地の西部に見える五つの湖水、敵のエリアとの境界に点在する崩れた城壁跡と旧市街、そして東部には、大きな丘がボコボコと連なっていた。
「やはり遺跡群の城塞跡が一番の要所かな? あとは東の丘陵とかも重要になってきそう?」
大翔が意見を求めると、うんうんと幸太郎が頷いた。
「高台を抑えるのは地上戦の基本だからな。ああいう場所に攻城兵器を設置されると、主力の侵攻を抑えられちまう。森に隠れて見えづらいが、五湖の中央を抜けるルートと、丘陵に沿って迂回するルート、あとは真正面に旧市街地を抜ける主街道が、主な行軍ルートになってるな」
「僕らの任務は、旧市街とその両翼10Kmの偵察と確保になる。今回はヒロトの強力な索敵もあるから、サクラと分担すれば、複雑な市街地でも詳細に把握できそうだね」
香音の説明に、城壁跡の形状や、残留する建築物の配置なども記憶に叩き込んでいく。彼の高い知力なら、その程度の情報は、瞬時に記憶する事が可能だった。
「さてと… では僕らクラン A.ドボルザークは、E5エリア旧市街地へと、先行展開を開始しよう」
彼女は投射台から敵の砦を一瞥すると、メンバーを率いて屋上を後にした。
戦区司令部から降りていくと、内堀の際に結構な数のハンターの姿があって、彼らは項垂れて言葉もなく、まるで敗残兵のように沈んで見えた。
(小規模クランやソロの連中だな… 雰囲気悪いだろ?)
すかさず幸太郎が魔導通話を飛ばしてくる。確かにその表情は一様に暗く、座り込む者や、半泣き状態の女性までいる。
(随分と悲観的な様子だけど…)
100名近い人数が、堀と砦城の合間にバラバラに点在していて、近くの女子ハンター同士が肩を寄せ合って震えていた。
「もう… 痛いの嫌なのよっ…」
「だって今回も参加しなかったら、わたしもキコも貧民落ちだよ…? ね? 後ろから魔法攻撃してれば良いんだから…」
「それだって、結局は狙われて、何度も何度も死ぬじゃない!! もう嫌だよっ! あんな血と汚物の泥にまみれて… 痛くて… 苦しいのに… うぅ… もう生き返りたくなんてないのに!!」
声を荒げた嘆きの言葉に、周囲の者たちも萎縮して背を丸めてしまう。みんな顔が真っ青だった。
「あぁ…… ほんとうに、世界は地獄だよ……」
力なく座り込んだ大剣持ちが、女子たちに背を向けてそう漏らした。そこに居る全員が絶望的な表情で、開戦前からすでに憔悴している。どうみても士気は最低だろう。
(レベル15のスキル解放までは、戦場では良いカモなんだ。そこから這い上がる気概の無い奴は、どんどん落ちていくからな…)
その光景は少年にとって、かなりの衝撃だった。数千の正規兵が凛々しく隊列を作り、巨大な魔獣たちが出番を待つ、そんな勇ましい光景が、誇らしいとさえ思っていたからだ。
(オレって… 何も分かっていないんじゃ…?)
そこで始めて、気持ちが高揚しているのを自覚した。それは戦いの現実を知らない新兵が陥る、浮ついた感情なのだろう… 大翔の中で、何かが急速に冷めていく…。
ーー この世界が大嫌いです… 永遠に続く、殺し合うだけの修羅の国 ーー
楓は憎むようにそう言った…。
ーー 僕はもう、壊れかけなのだろう… いや、壊れてしまいたいのかも…? ーー
最凶と言われた少女でさえ、理不尽な理に追い込まれている。この大陸は、そういう悲惨な場所なのだ… 思わず香音に振り向くと、無理をするように微笑んでくれた。
(こいつらの気持ちも分かるけど、あんまり感化されるなよ? 萎縮せず、熱くもならずに、冷静にいくぞ)
幸太郎に肩を組まれて、内城壁を潜っていく。正規軍の集合する広場の反対側、高い塗り壁の櫓の前にも、かなりの数のハンター達が群れていた。
よく見れば、木台にはつまみや、酒類が大量に置かれてある。多くのハンターが顔を赤らめ、声を上げて笑い、乾杯と盃を掲げているのだ…。
(こっちは宴会か? なんてまた極端な…)
(だから感化されるなって言っただろ? 消沈するのも良くないが、馬鹿騒ぎする必要もない)
「今戦期もやったるぞ!!!!!!」
「「おぉおおおおおおおおお!!」」
中央で音頭を取るように、重装備の大盾持ちが、ジョッキのエールを一気飲みする。すでに祝杯のような大盛り上がりだ。だが、彼らの眼はどこか虚ろで、その派手に騒ぐ様子が、逆にわざとらしく感じてしまう。
(もうー 小心者は駄目だねぇ、この子達の半分は自暴自棄なのよ… お酒で恐怖を紛らわしてるの)
言葉とは裏腹に桜咲が、宴会の輪に手を降っている。
「サクラの姉さんたち! 斥候任務お疲れさまっす。いつも頼りにしてますぜ!」
「「おおっ!!!」」
「「お願いします!!!」」
「『イリィの災厄』万歳!!!」
(うちのクラン名ってさ、誰も覚えてなくないか?)
(悪いねヒロト、僕が悪目立ちしているからね…)
少女の声がしょげ気味だ… 味方の陣営内でさえ、彼女の二つ名が暴走している。
(あははっ、この子たちは『千の戦士』の新人だよー こんなんで情けないけど、人数多いし、まぁ本番になれば、それなりには頑張るから)
盃を掲げた集団が、ほぼ乾杯のノリで次々に声を掛けてくる。A.ドボルザークのメンバーは、それに答えるように、片手を上げて通り過ぎていった。まるで英雄扱いだ。
(馬鹿騒ぎも夕刻までだな。奴らも順次、砦を出て展開を始めるはずだ。開戦まであと7時間か…)
幸太郎を先頭に、青銅色の分厚い正門を潜ると、深い堀を渡す跳ね上げ式の鉄橋を越えていく。周囲2Km程の樹木は、広く伐採されていて視界が開けていた。潜んだ敵が近づくのを嫌っての事だろう。
街道にはすでに、重歩兵の隊列が森の中まで続いていた。少年たちは40騎程の軍馬の並びを、それ以上の早足で追い越していく。
(正規兵たちも、砦に立てこもるわけじゃないんだな?)
(そうだね五キロ先に、塹壕と木材で組んだ、簡易陣地と防衛戦が伸びているんだよ。前にも言ったけど、陣営戦争の攻城戦は、城壁と結界を破壊して、砦の管理コアを制圧するのが目的なんだ。つまり敵の大部隊と攻城兵器を射程まで近づけさせたらピンチだね)
(なるほど… 防衛戦での基本は分かったよ)
早足で進むメンバーは、その簡易陣地の土壁を軽々と飛び越えると、移動用の隊形に入れ替えた。幸太郎の後ろに香音が付き、彩葉と大翔が挟みこむ。最後尾は安定の桜咲だった。クラハンの移動で慣れた密集隊形だ。
(正規軍の大半は、二重の防御陣地の守備にあたるよ。その先12Km円の絶対防衛ラインに、主にハンター達が布陣する。僕ら斥候は、更にその先、40Km圏の偵察と遊撃が主任務だね。一時間半で予定エリアまで行き着くよ)
マラソン選手以上の速度だが、これでも周囲を警戒しながらの、かなり抑えた移動速度だ。探知スキルフル稼働の行軍だが、ヘイネス寺院の閉じていく通路戦に比べたら軽いものだろう。
(旧市街の城壁沿いに、西と東に分かれて布陣しよう。とりあえずは現地で仮眠を取るよ。広域戦闘期間は長丁場だからね)
砦を出た瞬間から、全ての会話は魔導通話だ。この薄暗い森の中は、紛れもなく戦地なのだ。
(特にヒロトは設置型のトラップに注意をね。サクラは敵召喚獣の眼に警戒を。発見した敵は即座に殲滅。大規模部隊なら偵察活動に変更する)
((了解っ))
見上げる天は針葉樹の枝葉に覆われ、傾いた日差しが斜めに光を差し込んでいる。影となる街道は、高原のように肌寒い。彼らは、敵味方が入り乱れるであろう大森林を、素早い速度で駆け抜けていった。
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