1-5話 初めての赤色マーカー
第一章:異世界リスタエルス:
彼らは採取を繰り返しながら、沢沿いをゆっくりさかのぼっていた。すでにニ時間は移動しただろうか? 1mほどの川幅は、時には狭い岩場となり、また広く蛇行したりしながら、巨木の樹林を別けるように流れていた。
水辺はやはり獣たちの水場らしく、何度か新しい獲物にも遭遇し、それを無難に狩っていった。
『アレス アッシュ カウ LV4』
可食 革は裁縫によって防具や小物に、肉は美味で人気が高い食材
『電気石大蛇LV3』
可食 美しい紅色の革は、防具に装飾品にと珍重される 肉はあさっりしている
アレス アッシュ カウは、巨体で気弱なバッファーローちっくな牛だった。十数頭の群れを白狼に追い立てさせ、はぐれた個体を狩る方法で、ようやくと三頭だけ仕留める事が出来た。基本は逃げるだけなのだが、体力多めでなかなか倒れずに時間が掛かってしまったのだ。
それでも初日に、大量の牛肉ゲットは嬉しい誤算だな… やっぱり塩が欲しくなるな。
またその直後に、水辺のアシ原から電気石大蛇が鎌首を持ち上げると、少女は絶叫を上げて取り乱した。それは見事なバックステップで、大翔の後に身を隠し、彼の背を盾扱いにした…。
TV番組で見たようなアナコンダに、桃色の塗料で模様を描いたような美しい大蛇なのだが、よほど蛇が苦手なのか、結局は彼が一人で頭に連撃を叩き込んで討伐した。
まぁ普段ツンな態度の月歌が、涙目になるのギャップが可愛らしかったので良しとする。
空を覆う巨木の枝葉は、沢の周囲では薄くなって、差し込む光と水辺の潤いで多くの植物が自生していた。
:鑑定:
『メヒシバ』『ハマスゲ草』『ハマスゲ草』『黄葉大蒜』『メヒシバ』
「ツキカ、その足元に生えてるのニンニクぽいぞ?」
大翔はその場に座り込み、細く伸びた茎に手を触れて確認してみる。
:鑑定:
『黄葉大蒜』
可食 ネギ科 独特の香りのある調味料 疲労回復効果 各種料理に最適
間違いなくニンニクらしい。彼は掘り出す事もなく、そのまま直接に倉庫へと収納してしまった。土汚れもなく綺麗な状態で保管されるのが、本当に便利で高性能なのだ。
「こういうところはゲームだなぁ…」
「でもこれで、大蒜に生姜に、イワミツバやセージと野生の唐辛子まで、調味料だけでも沢山摘めたわ。少しはマトモな料理ができそうよ」
「他にも食用のネギもどきや、山芋に小松菜と、この二時間ぐらいで驚くほど収穫できたけどさ… これ簡単すぎるだろ? こんな狭い範囲に紅山芋、小松菜、レッドセージが固まって生えてるぞ? これじゃまるで寄せ植えだよな」
まるで公園の花壇のように、等間隔に並んだそれらを、順番に収納していく。確かに生えたというより、置いたといった表現が適当だ。
「確かに植生もめちゃくちゃだよね…? 『学者』の知識でも、地域の自生植物がリストになっているだけなのよ。でもまぁ、そこは考えても仕方ないじゃない? 手に入るだけ有り難いもの」
「美味しいものが食べれるなら不満は無いよ。というか、調理できるのツキカなんだから、食材は君が持ってたほうが良い?」
「そうね… じゃこっちに頂戴。そして美味しい料理にするには、やっぱり塩が足りないわ」
月歌に教えてもらったのだが、互いに手繋ぎした状態で『倉庫』を使えば、直接ウィンドウを介してアイテム交換が出来るのだ。
あ… この娘の手は、こんなに華奢で柔らかいんだな…。
気丈に振る舞ってはいるが、彼女も前世はただの女子高生なのだ。気づけば、少女も照れるように俯くと、ほんのりと頬を赤らめていた。
この年齢の少年少女は、無垢と自意識が同居して、見た目以上に面倒くさいものだ…。
:倉庫:
レッドセージx13
球根アサツキ x6
黄葉大蒜 x8
イワミツバ x9
細首生姜 x5
紅山芋 x18
小松菜x22
青唐辛子x7
花なり蕎麦 x17
精霊糖花x14
「結構、倉庫枠を圧迫するのね。一般的には倉庫の多用は出来ないのかも… 貴重品専用みたいに」
「そうだな、採取だけですぐに10マスとか埋まりそうだし、普通は背負い袋とか使うんだろ?」
「なるほど… それが普通なのよね。倉庫が便利すぎて感覚が麻痺してた。これってゲーム脳だね…… ねぇ? この精霊糖花って何の花?」
「ああ… 特殊な薬効があるらしくてさ、結構な貴重品種で街で高値で売れるかなって…? ほらいちおう金策ってやつ?」
たどたどしい彼の説明に、何か後ろめたいものを感じたのか『学者』スキルに照会してみた。
:検索:
『精霊糖花』
可食 滋養強壮、精力向上の効果あり 高レベル精力剤の原料
「ねぇヒロトくん… これって如何わしい薬じゃないかなぁ?」
その冷たい言い方に、あからさまに視線を逸らせて言い迷う。
「い、いや、別にそれで薬を作るとかじゃないからな! 本当に高額で売れるんだって! 『鑑定』さんが言うんだよ?」
「ふーん… まさか『薬剤師』とか『錬金術師』持ってないでしょうね?」
少女は少し乱れていた前髪を、指先で束ねて耳へと流した。その仕草が威圧的に感じるのは、きっと気のせいなのだろう…。
君は前髪パッツンなんだから、それって必要ないっすよね?
「誓って言います! もってません! オレは澄み渡る空の如くに潔癖ですっ! あっ…… ちょっと待った!」
開いたままになっていた、右上の縮小MAPに、赤い光点が現れていた。
「ツキカ… あそこに見える二股の樹の影に、赤マーカーの反応がある」
無意識に抜いた短剣の刀身が、西日を反してギラりと光った。すぐに白狼が月歌の傍らに陣取って、その大樹を凝視する。
ふらりと陽炎に紛れるように、人肌の揺らぎが身を乗り出した。ボサボサの茶髪は伸び放題で、広い肩幅に鍛えられた筋肉は、原人のように無骨に見える。ボロ切れのような腰布だけの姿で、まるで夢遊病者のように、ゆらゆらと此方に近づいて来る。
ウゥ! と白狼が小さく唸った。
:鑑定:
『ネルガ ハインジット LV5』
ーー ー ーーー ーー ー ーーーー
鑑定すれば、赤枠に名前とレベルだけが表示されていた。所有技術が伏せられているのは、人間だからだろうか?
いや… 月歌を鑑定しても、技術欄なんて開かないけどな……。
「オレ達森で迷ってるんですが… えっと言葉分かります?」
男は足元の根と岩を避けるためか、とても不安定な足取りだ。少年の呼びかけには、コクコクと頷いたようにも見える。
「もし、近くに集落とかあるなら、ちょっと道を聞きたいのですが? あと塩とか手に入るなら……」
大翔そこで言葉を止めた。影になっていた男の表情が、日差しを受けて顕になったのだ。怒りに満ちた吊り上がった眼には、精気の無い灰色の瞳がギョロギョロと動き回り、口角を上げ切った口元には鋭い牙が露出している。
「ツキカ! 後ろに!!」
素早く少女を背後に匿う。困惑する二人の目前で、原人は天に向かって、激しく咆哮を始めたのだ。
「グギギッ! ヴァォォォォォン!!!!」
男の体躯から湯気のように闘気が上がり、張り切った筋肉が膨張すると、メリメリと倍ほどに巨体化をしていった。湧き出すように剛毛が身体を覆うと、手脚の先には鉤爪が伸び、顎が前方に突き出すと、口は耳まで凶悪にも裂けていく…。
:鑑定:
『ネルガ ハインジット(ワーウルフ) LV8』
人間化LV2 豪腕LV5 身体強化LV5 切り裂きLV5 双拳破断LV4
やばいな… これはマジ怖い……。
あまりの能力差に、身体が竦みそうになった。しかし何故だか意識は冷めたままで、感情が消え乾いた思考だけが、意識を冷徹に支配していく。
「人型に擬態するみたいだな。こいつは狼人間っていう紛れもない魔物だよ。レベルは8で、近戦特化の殴り系のパワーファイターぽい。まずは眼を狙う、駄目なら脚を狙って動きを止めようか?」
「LV8なんて… これ初見殺しの罠じゃないの!? レベル差ありすぎよ!!」
「悪いなツキカ。『探検家』の職業が、逃げたら全滅するって警鐘を鳴らすんだ…」
すでに大翔は、腰だめに短剣を構えて、狼人間と対峙している。
「えー 『探検家』さんって、何時もはもっとアバウトじゃない!!」
「ツキカは後方から魔法で支援を! それと少しずつでいい、後ろの段差まで後退しよう… こっちにだって策はある」
その瞬間、風切り音がヒュンと響くと、少年がいた足元が爆発したように飛び散った。振り切った腕と、伸ばされた獣爪が、湿った地面を削ったのだ。泥を握った豪腕には、ぶっとい筋肉がミミズ張れのように浮き上がっている。
「わんこで牽制を! その守護獣だって十分に強い!!」
側転するように転がり避ければ、床体操の素早さで立ち上がっていた。すぐに対の腕が弧を描くと、横殴りの追撃が襲い掛かった。再び間一髪で、背後にバク転すると、空中でそれを避けてみせた。『短剣術』と『気功武術』の体術が、人間離れした機動力を大翔に与えている。
スピードだけなら俺でも躱せるか? 当たったら一撃で肉片だけどな。
それは一瞬のミスで即死するような、究極の緊張感だ。それでも大翔の意識は冷静で、そして少しだけ強者との死闘に心が沸いた。
ハハハ… 俺ってこんな戦闘狂だったけ?
そこにヴァゥッ! と白狼が駆け込むと、爪の殴りを華麗に避けて奴の背後へ滑り込んだ。その一瞬、狼人間の意識が背後に向くと、射程ギリギリで少年が素早く詠唱をした。
ー 混乱の香り ー
後ろに捻れていた人狼の首が、ガクンと意識を失ったように地を向いた。
「ツキカ!! 同時に!」
ー 魔力弾 ー
ー 破魔矢 ー
ー 影針投擲 ー
ほぼ同時に三種の遠距離魔法が、人狼の顔面に向け殺到する。
「うわ、マジかよ……」
混乱の香りによって混乱したはずの狼人間は、僅か1秒でそのデバフから立ち直ってしまう。そして殺気を感じたのか、図太い腕を顔まで振り上げて、魔法の斉射を受け止めてしまった。
6のレベル差は、状態異常の効果時間と成功率を激減させる。それでも大翔は、約2秒のディレイを挟んで、何度も牽制の魔力弾を撃ち込んでいる。その威力は針金のような体毛に阻まれて、突き立つ竹串ほどの威力しかない。
唯一のアドバンテージは、白狼と彼らで前後から挟撃出来ている事か? 何度目かの月歌の連射に、一瞬怯んだ背中に向かって、白狼の『炎の息』が火炎を吹いた。それは噴射時間の短い、火炎放射器のように人狼の背中を大きく炙る。
ドンっ! と奴が大地を揺らして、軸脚を一歩踏み込んだ。横に伸ばした丸太のような豪腕が、最大の旋回範囲で振り回され、吐き続ける炎でスキル硬直する白狼を、完璧に殴り倒した。
ギャン!! と悲鳴をあげたその頭部は、狼人間の爪に貫かれて、奴はそのまま強靭な握力で、白狼の頭を握り潰した。ビクビクと痙攣する四脚を、腕一杯まで引き上げると、全身の筋力を使って地面へと叩きつけた。再び大地がズドンっと揺れる。闘気が白煙となって豪腕から立ち上がり、召喚獣は大地にめり込み原型を留めていなかった。
「わんちゃん!」
月歌が叫び、同時に召喚が解除されると、白狼は七色の光に分解してから四散してしまった。
「なるほど… LV5のビーストドックが一撃かよ」
再び少女を背に守ると、Lv2の初陣のハンターは、ジリジリと背後に追いやられていった。
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