5-1話 戦時会議
第五章:異世界のウォーゲーム:
新章が始まりました!!
太陽を背にする彼女は、天使のような美しい陰影で舞っていた。
「やぁあああああああっ!!」
鳥羽を広げた彩葉が、滞空状態からダイブすると、気功の同時攻撃を仕掛けてきた。振り下ろされる巨人族の腕とワーキャットの爪が、短剣術で構えた大翔を襲う。
次の瞬間、連続する打撃スキルは、迎え撃つ魔力腕によって、がっちりと受け止められていた。二週間前には、力ずくで粉砕されたそれらは、四本の腕がペアとなり、気の強打を両腕で支えて見せたのだ。それは習得した分割思考による、スキルの並行操作によるものだ。
さらに撃ち込まれる気の散弾。しかし、それさえも十数発の弾道の合間を、身を傾けて回避してしまう。まさに目前から射撃されたショットガンを、避けるに等しい神技だった。唯一躱し切れなかった気弾の一発は、魔赤金鉱製の刀身に軽く弾かれて音を立てる。
連続攻撃を防ぎ切った少年に、まるで再生するように、同じ散弾が降ってきた。『スキルリピート』一度のスキル発動で、二回分の効果を発現する彩葉の固有スキルだ。
「イロハ、それは悪手だぞ…?」
自分の放った散弾の直後を、彼女の開脚蹴りが追撃してくる。次の一瞬、四本の魔力腕は、重複する円盾へと变化して、一枚目が散弾を受け砕け散り、二枚目と三枚目が靭やかな蹴撃で粉砕されるも、最後の一枚が彼女を見事に停止させてしまう。
「うそ…」
透明の盾の真下から、一列に並んだ6個の黒キューブが、彼女に向かって撃ち上げられていた。オート射撃のようなその連射にさえ、瞬時に対応して身を捻る降霊術師の美少女。羽をいっぱいに広げ、天と地がいつものように空転する… が、僅かに姿勢の軸を乱されていた。
間髪入れずに、空中へと疾風の極意した大翔の剣撃と、上下逆さまのままに数打を打ち合った。掠めた剣筋がハーピーの鳥羽を、数枚空中に切り離していく…。
「そっちこそ、わたしと空中戦をやるの気な……?」
その一瞬の空きをついて、片脚を五本目の魔力腕に、がっちりと掴まれていた。自身の腕を含めて、7本の腕を自在に操る彼の近接戦闘が、ついに彩葉の速度を捕らえたのだ。
「きゃっ!!」
上方に大きく振り上げられ、勢いのままに投げつけられる、赤いドレス姿の肢体。地上との激突を覚悟した瞬間、ふっと身体が軽くなった。
「イロハ先生… 今回は俺の勝ちで良いだろ?」
気づけば、背を大翔に抱きしめられたまま、少し離れた砂地の上に着地していた。地に叩きつけられる直前で、後ろ抱きされ、そのまま瞬間移動で衝撃を吸収したらしい。
「え…… と、はい… ヒロト成長早すぎない?」
半ばお姫様抱っこされて、優しく覗き込まれている美女が、頬を染めて放心していた。
「ヒロトくん凄いねぇ! こんな短期間でイロハと対等になっちゃたー」
ご機嫌な様子で桜咲が、二人に歩み寄る。
「も、もう… だったらサクラも闘ってみなさいよ? クラハンの前とは、まるで別人なんだもの…」
頬を染めた美少女が、珍しくもじもじと頷いて零す。いつもの、からかう態度からは想像もできない初々しさだ。
「イロハって… 口の割にはスキンシップに弱くないか?」
「な… もう… ばか……」
そう言って、クルリと背を向けてしまう姉さん系ダークエルフ。そんな彼女を眺めて、にやにやする桜咲と大翔。
「そういえばカノンたちは、いつ頃戻ってくるんだっけ?」
少年が悪い笑顔のまま質問をする。
「ランチはみんなで『Noisy Labyrinth』に集合の予定よ。まぁ大規模な侵攻作戦でも無い限り、今回も小競り合いで終わりそうだもの」
彼らの可愛らしいクランマスターと、その護衛役の幸太郎は、朝から登城して広域戦闘期間に向けての、戦時会議に出席していた。
それは少年にとっての、初めての兵役が迫っている事を示している。
「それじゃ朝練はこれぐらいにして、街に出る準備しよー」
猫耳少女は機嫌よく言うと、何故だか背伸びをして、彩葉の麻色の髪をポンポンと撫ぜていた。
◇
入り口を潜ると、木陰になった店内は涼し気で、すぐに浮いていた汗が引いていく。店の奥から、色気のあるペルシャ猫のような女給が、小さく手を降ってくる。
「いらっしゃい、おひさしぶりね。上手くカノン達と合流できたのね」
「ああ、アイナが誘導してくれたおかげだよ… まぁ、だいぶ弄られてるけどな…」
この店に来るのも2週間ぶりだろうか? ふと楓が消失した席に目が行くと、寂しげに目尻を下げた…。
「貴方にピッタリなクランでしょ? 上手くやってるみたいで安心したわ」
彼女は背後の彩葉と桜咲に目配せをすると、ふふっと艶っぽく笑みを浮かべる。相変わらず制服が似合いすぎる、セクシーな腰回りのウェイトレス姿だった。
「アイナー おひさっ、とりあえずジョッキ3つお願いねー」
猫耳娘が尻尾を上げながら、女給と軽くハグをする。黒と白金色の猫人族の二人が、いちゃつく姿が微笑ましい。
「そっかそっかぁ、アイナの仕込みで、募集掲示板を見にいったのかー」
ステージ前の円席に腰掛けながら、彩葉が「ふーん」と口を尖らせる。
「ん? どうかしたのか?」
彼女の不満気な物言いに、戸惑いながらも席につく。
「今、アイナを見る目がやらしかったー」
女豹の不機嫌を代弁をするように、猫耳娘がからかい気味に言ってくる。
しかし此処、猫系の比率が高すぎないか…?
「ちょ… なんだよそれ? そんな眼…… してました?」
「ヒロト… 今の間は何かしら…?」
彼女は大翔から、微妙に身体をずらして視線を避ける。それを不思議そうに、身を乗り出して覗こうとすると、恥ずかしげに手で遮られてしまった。よく見れば、褐色の健康そうな頬が、薄らと色づいている…。
「どうしたイロハ? なんか今日は変じゃないか? 乙女の顔になってるぞ?」
「そ、そんなことないわ… もうっ」
何でわたし、こんなにヒロトを意識ちゃってる…?
どうやら本人にも、今の心情がわからないらしい。それは先程の後ろ抱っこによる、密着のせいだけではないようだ…。
そんな彼女を見て、桜咲は、にこにこと満足そうだ。
「おうっ! もう集まってるな」
そこに、黒の軍服姿で、白い大柄のクロークを羽織った幸太郎が、香音を守るように現れた。エルフ少女は、ミニスカ風のフリルスカートに、やはりお揃いの純白のクロークを合わせている。可愛らしさの中に品のある装いは、ディメテル連合軍の正装だ。背には赤い六花の紋章を背負っていた。
「「二人ともお疲れさまっ」」
全員が二人を労うと、桜咲はすぐに彼の腕にしがみつく。
「みんなもご苦労さま」
クロークと合わせた小さな帽子が、ちょこんと乗っているのが愛らしい。
「アイナ、先日は世話をかけたね。おかげでヒロトを仲間にすることが出来たよ」
「ふふふっ、それは良かったわ。あんまりイジめちゃ駄目よ?」
手にある金属の大ジョッキを三つ、テーブルに並べると、格好良くウィンクをする。そして最後にエールの付け合せらしい、マッシュポテトとディップソースを、重ねた小皿と一緒に置いていた。
エルフ少女はテーブルに軽く突っ伏して、指を二本可愛らしく突き出すと「ふあぁぁ…」と幸せが逃げそうな、大きなため息を漏らしてしまう。
「はーい、追加で生ジョッキふたつだね」
「毎度同じように愚痴るけどよ、バカどもとの会合は疲れるぜ…」
短い茶髪のサイドを、かっちりとワックスで撫で付けた幸太郎は、厳つい軍の士官のようだ。
「エイダルで揉めたことで、嫌がらせでもされたのか?」
「いやいや、流石にアホな『ドランクエッジ』共も、戦時会議で揉めるほど命知らずじゃないな。まぁ、愚痴や文句は聞こえてきたが…」
「それでー、何か大きな動きはあったのぉ?」
桜咲が自分のジョッキを、彼に手渡しながら聞いてくる。受け取ったエールを、幸太郎が豪快に流し込んだ。
「いつも通りかな…? 僕らの配置は前回と同じ、二番砦スーニカ戦区の警戒任務になる。正規軍は最前線の一番戦区に8000、そして二番、三番に均等割で約6000ずつ、後方とイリィの防衛に2000かな。まぁ潜伏による監視からは、敵に大きな動きは無いみたいだから」
「そっかぁ… まぁ、あの密林を守るには、少数精鋭のわたしたちが最適だもんね」
「二番砦というと、西側の森林エリアだよな?」
大翔が一夜漬けの知識で質問をする。ディメテル連合の戦砦は全部で六箇所。大陸を二分するハイズ連峰には、中央部が盆地になった三箇所の飛び地が並んでいた。
「そうなるね。地域的には、ヒロトが過ごした密林に近い植生と思っていい。実際に二番砦から、山脈沿いを80キロぐらい進むと『凶獣の森』に行き着くからね」
広域戦闘期間とは、主戦場である中央部の一番砦デニアラ戦区を中心に、右の湖水エリアを三番砦レスラニィ戦区、そして左翼の二番砦であるスーニカ戦区で戦われる広域戦だ。それぞれの戦砦が山脈を超える山道を介して、敵の砦と対峙していて、その三戦区を結んだ150キロ程が事実上の最前線となっている。
「つまり僕らは、最前線左翼、針葉樹林エリアの斥候と警戒が、主任務と思って欲しい。敵の斥候との、接近戦闘が起きやすい立ち位置になるね」
「バックアップはどのクランなの?」
彩葉もジョッキに手を伸ばしながら聞く。
「斥候に『寡黙なる女神たち』、遊撃には『竜翼赤兵団』陣地防衛には『千の戦士』がメインで就くよ」
どれも陣営内では、それなりに人数を抱えた実力のあるクランだ。素行もそれほど悪くない。
「それなりね… やっぱり前回と同じ配置なんだ。それじゃ中央は『Sleeping Saber』系、三番戦区は『クライ レブナント』の取り巻き共ね? 奴らやりたい放題だから… 三番砦抜かれないでしょうね?」
「あの馬鹿どもは、会議でも好き放題言って、三番戦区を私有化する勢いなんだぜ。まじでイライラさせてくれたぞ」
幸太郎が握りこぶしを握って毒を吐く。
戦時会議とは、正規軍の幹部クラスと、120クランおよそ200名が、高低差のある大会議場で作戦要項を話し合うものだ。が、実際は軍を支援する形で、作戦を一方的に説明される場に近い。
その中で、各クランがどの戦区を受け持つのか、それを奪い合うのが会議の本題だ。そうなれば、当然と大規模クランや、実績のあるクランの発言力が強くなり、ガラの悪い無法者クランでも、実績があれば我儘も通る事になる。たぶん野次や罵声による恫喝のせいではない…。
「まぁ、彼らも砦を落とされでもしたら、メンツも立場も丸潰れだから、最低限の仕事はすると思うよ」
「後方の戦区にも、ハンターは配置されるのか?」
最前線から80キロ以上を南下した左右の端に、ヘイネス大寺院を控えた大湿原エリアの四番戦区エイダル、そして最右翼の五番戦区ロッツがあり、陣営の要である『イリィタナル城塞都市』の正面を守るために、六番砦のイリィロックヒースが、岩場だらけの荒れ地を塞ぐようにそびえていた。
「背後に陣取るのは、予備部隊としてどの戦区にも急行出来るよう、六番砦に三クランだけが待機だね。基本、最前線で闘うのがハンターとしての義務だから」
互いの陣営とも似たような砦の配置で、侵攻するには最前列の3砦から、2、1と順番に侵攻するのが正攻法になるのだろう。もちろん広大な大陸を、両軍合わせて、たかが数万の程度の戦力でカバー仕切れるものではなく、大きく空いた空白地域を抜けて、裏取りすることも難しくはない。
しかし実際には、街道以外の広大な未開拓地には、凶暴な魔物に溢れていて、更にはレベル30を超えるような、強力なユニークモンスターや、レイドボスも点在しており、そこを突破するのは相当のリスクを伴っていた。
そして戦時級結界に守られた戦砦を落とすには、極端な戦力集中は不可欠で、結果的に大軍を動かすために、街道を進軍する以外の選択肢は少ないのだ。
そうした理由のために、この数年は両軍の勢力は拮抗したままになっている。
「はーい、追加のジョッキ2つ、おまちどうさま! そろそろ混んでくるけど、みんなランチはどうするの?」
女給がオーダー表を、ひらひらとちらつかせながら、全員を見渡した。それではオーダーしようという事になり、今日のお勧めプレートから、各自が一品ずつ注文をしていった。
何で… そんな上質紙をメモにしてるんだろう?
ふと少年に違和感が浮かぶ、ハンターギルドの依頼表などは、薄茶色の荒い和紙のような紙片を使っている。なのに街の酒場で使うだけの、使い捨てのオーダー表が、コピー用紙にも見える日本的な品質なのだ…。
「ただ気になる情報がひとつだけ…」
彼の疑問は、香音の含みのある言い方に、すぐに上書きされてしまった。
「どうやら敵の都市では、ひとつの大規模クランが、力を伸ばしているらしいんだよ…」
「それは、すごく嫌な情報ね… 前にサクラが占っていた、あれが…?」
彩葉も、言葉を濁すように、切れ長の目尻を釣り上げる。
「ごめん、兵士初心者の俺にはさっぱりだな。何か問題でも…?」
「そうね… 少し前にサクラが予知したのよ… 先の未来だから不確かだけど… 敵のハンター組織が統一されるかもってね」
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