1-4話 凶獣の森
第一章:異世界リスタエルス:
「わんちゃんお願いね!」
月歌が優しく命令すれば、守護獣の白狼が『ダボラボ』と呼ばれる、猪にしか見えない野獣の群れを、先回りして牽制する。大きな個体が二匹に小型のウリ坊四匹が、狼に追われて方向を変え向かってきた。
:鑑定:
『ダボラボ LV3』『ダボラボ LV2』『ダボラボ(幼生)LV1』・・・
突進LV2 牙攻撃LV2
猪突猛進の文字のままに、枯れ草を蹴り飛ばしながら、目前に迫る猪の群れ。
ー 混乱の香り ー
途端に失速する一団が、ふらふらと酔っ払いのように押し合いへし合いを始めてしまう。大翔が持つ付与術士の初歩スキルで、群れの撹乱を誘ったのだ。混乱のデバフを受けた対象は。6秒ほど意識が混濁する支援魔法だ。
そこで月歌が前に出ると、細腕を突き伸ばし詠唱を小さく口にした。
ー 影針投擲 ー
一番大きな獲物の右目に、細長い吹き矢のような黒影が突き刺さる。撃ち出しの動作も発射音も無く、軌跡さえまったく見えない、回避の難しい暗殺用の魔法の針だ。
ー 破魔矢 ー
続く二射目は、飾りある朱色の破魔矢が実体化して、捻るような軌道を描いて二頭目の額を貫通した。巫女のファーストスキルである撃ちっぱなしの誘導弾で、障害物を避けながら、自動で目標を追尾する。
大型の二頭は、ほぼ同時に絶命して、前のめりになって崩れ落ちた。残りのウリ坊は、大翔の魔力弾と、走り込んできた白狼の斬撃で簡単に処理された。
これって俺が要らない子なんじゃ…。
初戦にして、保有する技術の多彩さと、それを操る冷静な意思を、この少女は見せつけた。戦闘のセンス自体は、彼女のほうが優れているようだ…。
大きな木の根を飛び越えるように守護獣が戻ってくると、少女の足元にじゃれついている。そうしてパーティを組んでの始めての戦闘は、彼女の活躍であっさりと終了した。
大翔は腰から円筒形の水筒を引き抜くと、一口だけ水を含む。先程小川に沈めて口一杯まで満たしてあった。森を流れる細い支流は、湧き水のように澄み切っていて、驚く程に冷たいのだ。まぁ、この川沿いで活動すれば、飲水には困らないだろう。
「わたしもレベルが上がったみたい」
そう言われて月歌に注視すると『ツキカ ササラギ LV2』とポップアップが表示される。問題なくレベルアップ出来たようだ。
「これってレベルアップによるステータスの上積みより、職業や技術の補正のほうが大きいんだね。わたしは4つ職業があるから、LV2でも結構底上げされてそう…」
「今… 重要な事を口走ったよな?」
「あっ… えっと… こうやって『倉庫』に収納するのね、おもしろーい!」
さらっと失言したようで、不自然に視線を泳がす黒髪の美少女。誤魔化すように、杖代わりにしていた枯枝を『倉庫』の魔空間に収納してみせた。
「ぶっ… それは流石にわざとらしい…」
その年相応の慌てた姿に、大翔も素で苦笑してしまう。
「えっとオレは今、5つの職業と5つの二次職を持ってるんだけど、ツキカは4つという事だろ?」
二人は交互に、獲物を収納しながら話を続けた。白狼がスンスンと倒れた猪に鼻を寄せている。
:鑑定:
『ダボラボ 死体』
可食 肉は大変喜ばれる程の美味。加工食品の原材料としても人気
ですよね… 生姜焼きが食べたくなってきた。
「そう… やっぱり複数の職業持ちだったのね… えー でも職業5つってどれだけチート野郎なの?」
「それは普通ではないって感じ?」
少女は白狼の喉元を撫でながら、少し拗ねたように、横目で彼を睨んでくる。
「そうよ、本来この世界では一つの職業しか持てないわ。他の職業に変えたければ、一度全ての能力を消去して新しくジョブチェンジするのが一般的よ。二次職は後から派生することもあるらしいけど… ヒロトが、どれだけズルいか理解できて?」
そんなツンデレ風に言われましても… 君だって似たようなもんだからね?
「技術による、二次的なステータス補正が重いこのシステムだと、複数職業を持つ者が圧倒的に有利って事だろ? だって習得できる技術の種類は数倍になりそうだしな」
再び少女がむっと頬を膨らませる。
この娘… 何故にそんな負けず嫌いなんだよ…。
「模範解答すぎてつまらないわ… まぁでも、そういう事ね。わたしは4つの職業に、4つの二次職を持っているの。今の話しも『学者』の二次職による知識みたい」
「複数職業を取れるのは、個人差ではないんだよな?」
「違うと思うわ… 多分だけど、わたし達が希少な異分子なんじゃない?」
そこでお互いに「うーん」と考えこんでしまう。この森に降り立つ以前に、関連する何かを弄ったような気もしたが、思い出す事は出来なかった。
「あっ! それじゃさ、ツキカの『倉庫』って何マスあるんだ?」
何かのヒントでも思いついたのか、唐突に彼が質問した。
「えっと… 15列x4段で60マスだけど」
「俺は15x5で現在75マスだぞ… つまり本来なら1職業で15マスしか、倉庫を使えないってことじゃないのか? これも複数職業のメリットかな…?」
「なるほどね… それって凄くバグぽい事例じゃない? もしかしたら他にも複数職業による影響があるのかもね」
「でもまぁ、有利になるなら何でもありか? 運営… いや神様? にバグ修正されない限りは」
すると月歌は、額に手を押し当てて、しばらく無言になってしまった。たぶん考え事をするときの仕草なのだろう。
「ねぇ、この世界に転生する前、君は神様的な存在と逢ったりしたの?」
その質問は、彼自身も感じていた歯がゆい感情だった。顔は分かるのに名前が出てこない、あのいたたまれない気持ちなのだ。
「いや、どうしてかオレも、そのあたりが欠落していて気持ちが悪いんだ… だいたい死んだ理由も覚えてないしなぁ」
「一緒かも… 死の瞬間を覚えてないし… 何より日本で暮らしていたはずなのに、なんだか記憶もうわべだけというか…」
「なんだかその辺に、異分子の原因があるのかもな…? まぁ。まったく思い出せる気はしない!!」
あっさりと諦めた彼の言動に、少女はくすりと表情を崩してしまう。口角を引き上げて小さく微笑む月歌は、どきっとするほどの美少女だった。
「というか、腹が減ってきませんか?」
考えてみればもう日も高い、多分正午に近い時間だろうか?
「『ダボラボの豚串焼き』でいいなら、今すぐ出せるけど? わたし料理スキルも持ってるから。でも『倉庫』の中だけで完成する料理って、有り難みがまったくないなぁ」
「え! マジで素晴らしいけど? この過酷な状況で何より輝くスキルだぞ」
「あ、間違った… 調味料が無いから『ダボラボの豚串焼き(無塩)』になっちゃった…」
少女は結構なボリュームの肉串を、両手で一本ずつ摘んで苦笑する。彼は月歌の細い指から、豚串を受けとって齧り付く。少女も小さな口で一番上段肉を、もぐっと噛んだ。
この世界で最初の食事は、悲しいぐらいに冷え切っていた…。
「………」
「………」
「不味くはない… 肉本来の旨味があるし、でもなぜに冷たいんだ… そしてやっぱり塩っけは欲しいな」
「そうね、なんだろ… この冷食を急速解凍したような微妙な食感は… 肉の臭みも出ちゃってるし… 調理スキルが低いからなの? LV1ってむしろダメな子扱い?」
とりあえず大翔は、味の無い肉串を無理やり食べ切った。
「最低でも塩味がすればな… 塩振ってもう一度火で炙れば美味いんじゃ?」
「どこかに岩塩とかないかしら… あれって堆積層が露出してるような場所だよね? そうだ胡椒は無理でも、野生の生姜とか、青紫蘇とか生えてるんじゃない? いや絶対この辺にも自生しているはずよ! by 学者スキル」
「オレ鑑定持ちだから、実物見れば判別は出来るからな。じゃ移動しながら探してみようか? というか… 何処に向かえば良いんだろな」
「そうね… MAPで見れば一番近い街は、南にずっと下った先にある『イリィタナル城塞都市』かしら?」
「ちょっと待ってな、『イリィタナル城塞都市』か… 確かに手前にある幾つかの砦を経由すれば辿りつくけど… 『探検家』のスキルで見ると270Kmは普通にあるぞ?」
「……… 270Kmって?」
月歌は呆然として聞き返すと、肉串の欠片をぽろりと落としてしまう。
「……… そ、それじゃ、こうしましょう! 経験値稼ぎをしてわたしをLV25まで育てるのよ! そうすれば憧れの空飛ぶ白馬『ペガサス』を召喚できるわ」
「LV25って… どんだけ無理ゲーな… じゃさ沢沿いに食べられる草や実を探しながら、上流の山の方へ向かってみようか? 地層があるかもしれないし、『探検家』スキルが有益な何かを、チラチラと示してるんだ」
「ふふっ、『探検家』さんって、ずいぶんふわっとした感じなのね。もっと頼りがいありそうなのに」
間接的に頼りないって言われてないかな…? 笑顔でディスるの勘弁してね?
「ツキカ様のおっしゃる通りで… まぁレベルが上がれば、もっとハッキリ見えるのかも?」
「あはは、敬語とかキモチワルからやめてよねぇ。わたしの柄じゃなーい」
なぜだか、お気に召したようで、彼女は花のように明るく笑った。
上空から降る木漏れ日の中で、二人は上流へと歩きだす。少し左へ逸れて暫く進めば、草葉が茂る川沿いへと抜けていた。
「休めそうな場所を探しながら進みましょう。採取もしたいし、もし獣がいたら狩りもしないとね? 貴重な食料と経験値だもの」
そう言って振り返った月歌の笑顔は、森の柔らかな光の中で、愛らしく輝いてみえた。
ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります。




