3-13話 遠征準備の彼等
第三章:クラン A.ドボルザーク:
すいません! 切が大変に悪かったので、第三章にもう一話を追加してしまいました。今度こそ、章の最終話になりまーす。
予想もしなかった混浴により、無駄に冷汗を流した大翔は、パブリックスペースとして使われている、広い食堂で遅めの朝食を取っていた。
朝食は簡単なバイキング形式で、並んだ料理を大きめの取皿に並べて行けば、なかなか豪華なワンプレートが完成する。それを10人掛けの長テーブルで、全員で一緒に食事をするのだ。とはいえ150人は入れそうな食堂に、五人だけとは、若干寂しくもあり、また贅沢にも感じてしまう。
メニューは、スクランブルエッグやボイルしたソーセージや、チキンソテーとトマトソースなど、定番かつシンプルだ。しかしそこは、調理師LV8を持つ幸太郎の料理だけに、どれもひと味違う絶妙な味付けで食欲をそそる。
そんな大満足な朝食を終えたところで、各々がセルフによる、食後の珈琲を楽しんでいた。
「……という事で、ヒロト、明日からクランハントに出発するので、準備を怠らないで欲しい」
クランリーダーのエルフの少女が、隣の少年に流し目を向ける。珈琲党を自負する彼女だが、手に持つそのカップは、大量に注がれたミルクと砂糖のために、激甘カフェオレ状態の悲劇となっていた…。
「昨日言っていた、実践訓練とレベル上げってことだよな?」
大翔も二杯目の濃い珈琲を、スプーンでかき回しているところだった。
「ああ、僕らが定期的に行っている遠征ということになるね。目的地は連合の支配エリアでは、最難関のひとつとされる『ヘイネス マーダートリック』別名『皆殺しの仏殿』だよ… 僕らのレベルになると、良い狩場が少なくてね。そんな貴重なフィールドの一つかな?」
「なんかえらく物騒なネーミングだな… 迷宮というやつか?」
少年の質問に、幸太郎が壁に掛かっていた、額縁入の絵地図を外して横から差し出した。
「まぁ広い意味では迷宮の一種だな。場所はこのあたりだ。城塞都市の転移石から、この戦砦エイダルまで転移して、そこから徒歩で絶壁沿いを丸一日移動する」
巨漢の料理人は左手の銀ナイフで、城塞都市から左右に伸びる大絶壁の西側の角、円柱形の塔が並んだ絵本調のマークを指し示している。上部には『ヘイネス大寺院』と書かれてあった。
「まぁ、ヒロトの 盗賊としての能力が試される、嫌らしい狩場だな。ジャンルで言えば遺跡群の中にあるフィールドダンジョンだ」
「コウタロウには悪いんだけど、俺ダンジョンは初めてだから、罠の解除とか期待されてもなぁ…」
「ああ! 違う違う、罠系ダンジョンではないから… いや、言ってしまえば全てがトラップか? まぁそんな小細工よりも、数倍面倒な狩場だな。とりあえず楽しみは取っておこう。初見の人間は絶対に驚くんだ。にししっ」
「うーん、なんか掴みどころがないんだけど?」
幸太郎はニヤニヤ笑いながら、桜咲のリクエストであるパンケーキに、生クリームとフルーツでデコレーションを始めている。すでにきつね色の生地が、荒ぶるホイップクリームに、完全に埋もれてしまった…。
うへ、甘い… 甘すぎる! 朝からそんな重いものよく食べれるな…。
「このぐらい平気だよー 朝練で十分お腹は熟れてるもんねっ」
二枚重ねの甘々パンケーキに、満面の笑みでナイフを入れる猫耳少女。
「えぇ? 俺、今声に出してたか?」
「ヒロトくんは素直すぎだよ? ぜーんぶ顔に書いてあります」
子供のように片側の頬を膨らませる桜咲。もぐもぐと動く大口で、歌姫の可憐さが台無しだ…。
「まじかっ」
「ヒロトよ… これも初対面ではなかなか見抜けないけどな… サクラはあれで感が鋭いというか… 良すぎて怖いというか… 悪い方向に女らしいというか… つまり要注意だ! 俺も結構苦労が… ゴホゴホっ」
口の中に洋ナシの一片を押し込まれて、幸太郎が言葉を詰まらせる。
「コウちゃん、後でお話があるからね…? まぁこれも占い師のスキルの一つだから何でもお見通しだよ」
「えぇ? まじ怖いんですけど…」
「ぷぷっ、冗談だよ?」
うわ… 冗談に聞こえねぇ! こんなに可愛い見た目なのに、寒気を伴う威圧感が…。
「んん? ヒロトくんも、後で倉庫裏かなぁ?」
サクラさん超キュートです! 本気天使!
「むふふ、よろしいい!」
完璧に心読んでね…?
大翔の背中に、冷たい汗がつっと流れた…。
「ていうかカノン、準備って何を揃えれば良いんだろ?」
「そうだね、とりあえずは、帰還の木札にポーション類、野営用の寝袋やテントかな? あと君は『自爆の首飾り』を持っていないのかい? この世界では必需品だよ」
自爆の首飾り… カエデが死に戻りに使った、自殺用の球型空間断絶魔道具か…。
「いちおう、ドロップ品として一個は持ってはいるんだけど… 装備するのが標準なん?」
「それはだね… あっと… 何んていうのか…… 」
香音が珍しく、視線を泳がせて口ごもる。
「あ、カノンはこういうの苦手だったわね… わたしが説明するよ」
ダークエルフの美少女が、豊満な胸の合間に隠れる、その首飾りを引き出して見せる。
「このネックレスは、大陸中のほぼ全てのハンターが身につける必需品なのよ。特に女性はね」
「うん?」
「これは酷い現実なの… 敵の中には戦果よりも、もっと卑劣な行為を目的に、戦場に出るクズが多いのよ」
「ごめん… 抽象的すぎて、何を言いたいのかつかめない…」
「えっと…… ようするに敵を陵辱したり、拷問することを喜ぶ人間がいるの… もちろんオークみたいに、魔物に襲われる場合もあるのだけど、それよりも圧倒的に危険なのは人間の方」
「りょ、陵辱って… つまり…?」
「そう… わざと麻痺やスタンなどで拉致をして、集団でレイプするの… 言っておくけど男だって犯される事あるからね? そしてこれは、敵だけではなくて… この街の鬼畜クランにも、そういう非道な奴らが沢山居るのよ」
陵辱とか拷問などという卑劣な言葉を、彩葉が普通に口にした事に激しく動揺してしまった… たぶん人の一番醜い部分を言葉にされて、その生々しさを拒絶したくなったのだろうか。
「それを回避するために、自爆の首飾りが必要だと……?」
「そうね… みんな危険を感じたら、躊躇なくこれを使うわ。女の子は予備に自爆の腕輪を併用して持つ子も多いのよ。ヒロトにはまだ実感が沸かないかもだけど… この大陸は本当に醜い場所よ。いずれ君もその現実に直面する事になるでしょう… でもね、その時はわたしたち仲間を信じて欲しいの。少なくても、わたしは、それで救われているから…」
確かに彼女の言った通りだ。あれだけの死闘を繰り広げてなお、まだゲーム内に居るような、乾いた楽観を抱いたままだ。そんな醜悪な世界だと信じたくはない。ただ気がつけば、自然に黒髪の少女の身を案じていた…。
ツキカ…… そんな醜いこの地で、君はひとりきりで… どうか俺のように、信用できる誰かと出会えていますように…。
大翔はその考えに、チリっと胸の痛みを感じてしまう。何も出来ない不甲斐なさと、見知らぬ誰かが彼女の身近に有る妄想に、滑稽にも嫉妬していた。
離れてしまった日々は、少しずつだが確かに月歌の面影を薄れさせていく… それが激しく不安を煽り、そして焦がれている自分を、哀しい程に自覚する…。
くそっ! 何で俺はあの時『アルテミス銀翼同盟』を選択しなかったんだ…… んっ? あの時とはどの場面だ?
一瞬、何かを思い出しそうになって、それは掴みどころもなく霞んでしまった。
誰でも良い… どうかツキカを守って欲しい……。
眉間にシワを寄せたまま黙る少年を、桜咲が優しい困り顔で見上げている。
「そうね、ヒロトくんは、若干の女顔イケメンだから、ゴツイ獣のような狂戦士あたりが、喜んで責めそうだもんねぇ」
桜色の唇の端に、生クリームをはみ出したままの猫娘が、見事に話をぶった切る。それは多分、彼女なりの気遣いなのだろう?
「いや… まじで、それ怖いからやめて……」
少年はゾッとすると『倉庫』から、赤帽子のドロップ品である、自爆の首飾りを引き出して首に掛けた…。
「というか野営もするのか… テントいうか、クラハンではどんな野営をするんだろ? 俺らは自作の避難小屋を使っていたんだけど」
「ほぉ? 避難小屋とは? どんなアイテムなんだい?」
香音が興味ありげに身を乗り出す。
「使っていたのは二人用で、岩塊をくり抜いて内部をだな…… 面倒だから見せた方が早くね?」
「それじゃ、中庭でお披露目をしてくれるかい?」
クランマスターの一声で、ぞろぞろ螺旋階段を降り始めるメンバーたち…。
「…… てか! なんでミニキッチンや風呂場まで完備なんだよ? トレーラー式のキャンピングカーってか?」
幸太郎が室内を覗き込んで、絶賛とも呆れとも取れる絶叫を上げていた。2メートル超えの彼には天井が低そうだ。
「これは凄いよヒロト! この快適な居住性にして、外からは岩にしか見えないじゃないか。完璧な偽装だよ」
蜜色の髪のエルフも、大層お気に召したようだ。
その砂地に並べた避難小屋を見て全員が驚愕し、その風呂場まで用意された高機能ぷりに、急遽採用が決定した。やはりここまでの野営設備は、城塞都市にも存在していないらしい。
結局は三人用の、少し延長した避難小屋を数分で制作して、それをさらに連結出来るように加工をした。その後、香音と幸太郎が、外壁に偽装術式の術式を刻んだり、床に室温調整用のラグマットを引き込んだり、ミニキッチンに高出力の魔導コンロを持ち込んだりと、嬉々として魔改造を施していく。
「…… おい、その抱き枕はなんだよ… こっちの手触りバツグンのガウンは誰のだ! 自室じゃないんだぞ! 俺の『倉庫』の容量を圧迫するだろが。そこっ、うさぎとくまの縫いぐるみを並べるんじゃない! てっ、めちゃテディベアじゃないか。なんつう再現性… はっ、それじゃお香臭いって……」
気づけば避難小屋は、すっかり女の子らしい華やかな内装に飾られていった…。
大翔と彩葉は連れ立って、商業地区を巡っていた。緊急用の野外テントや寝袋、特に重要な帰還用の木札に、魔力回復ポーションなどの必需品を買い揃える。
「そういえばカノンに、クラン用の魔導通話機を忘れずにって、注文されてたわ。ヒロトは耳飾りタイプと、カチューシャタイプのどっちが良いかしら?」
「えっ? 魔導通話機とはなんだろ?」
「まぁ、インカムって言ったほうが理解しやすい? 一定の距離でなら相互に思念を送りあえるのよ。一番のお勧は紛失しにくいピアスタイプだけど… 耳に穴開けるのは駄目かしらね? あれ、後から結構痛いからねぇ、ふふっ」
「あっ、絶対からかってるな! ピアスの穴ぐらいどってことないって」
妖艶に笑う彩葉に、意地になってピアスを選んでしまう少年は、後に耳を血だらけにして悶える事になる…。
「ていうか… イロハ… 何でそんなに酒類が必要なん?」
絶対これ、宴会する気満々じゃないですか!
そうして、粗方の準備を整えた大翔たちは、翌日の遠征に向けて早目に自室に戻って就寝となった。
さぁ明日から、怒涛の実戦訓練の始まりだ!
今度こそ、本当に第三章は終了です。次話から第四章『ヘイネスの試練』(仮)が始まりまります。
大翔を加えたクランは、危険度の高い事で有名なフィールドダンジョン『ヘイネス マーダートリック』へ…。
そして話の頭に章番号を振って、章分けを整理してみました。
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