1-3話 黒髪の少女 月歌
第一章:異世界リスタエルス:
フゴォオッ!
熊のように立ち上がった岩飛ウサギ(凶悪)が、ヨダレと一緒に咆哮する。
いや、それもう絶対に、ウサギの叫びじゃないだろ…?
大翔は、短剣術の低い構えで腰を落とすと、手に汗が吹き出すのを感じていた。実際に猛獣と対峙するとは、こういう恐怖との戦いなのだ。命がちりちりと削られるような、嫌な緊張感に身がすくんだ。
そこで獰猛なウサギの躯体が、グイっと深く沈みこむ。それはコンマ数秒の間を置いて、攻撃へと転じる予備動作だ。大翔は意を決して、ヨダレを垂らす凶悪な顔に、至近距離から魔力弾を撃ち込んだ。
ギャン! とウサギが叫びを漏らし、顔面で赤い血煙が破裂する。彼は低い姿勢から真っ直ぐに伸び上がると、美しいフォームで順手の短剣を突き出していた。
ー 連撃 ー
その一瞬、確かに技術が発動するのを自覚した。熱波のような気の流れが内側から溢れ出し、身体が勝手に型を成すと、鋭く刺すようなニ連撃を猛獣の胸へと撃ち込んでいた。
ドン!ドン!と、茶色い斑の毛並みに、二本の裂傷が深く刻まれる。気功を纏った短剣の撃ち込みは、獣を身体の内部から破壊する。弾けた血肉が背に二つのコブを生み、裂けた口から流血を吐き出しながら、呆気なく凶悪ウサギが崩れ落ちた。
「ハァハァハァハァ…」
荒い息のまま、しばらくは声も出せなかった。血に汚れた短剣を握りしめて、極度の緊張で小刻みに震えているのだ。そうしてようやく我にかえると、その場に腰砕けするように座り込んでしまった。
:鑑定:
『岩飛ウサギ 死体』
可食 毛皮は裁縫術により衣類や防具に、肉は美味しく人気が高い
倒した毛皮の塊を凝視していたら、勝手に鑑定されてしまった。それは二次職の『鑑定士 LV1』の効果のようだ。
「LV3の雑魚相手に、ハァハァ… これはキツイ… ていうか雑魚だよね? もしかして俺が雑魚?」
ゆっくりと深呼吸して荒い息を整えていく。
そうして倒れたウサギに、恐る恐る手を伸ばすと『倉庫に収納する』というアイコンが現れた。驚きと同時に自然に仕様が理解出来てしまう。初めてそれを実行すると、岩飛ウサギの巨体は、するっと四角い魔空間に吸い込まれていった。
すでにその結果は想定済みで、すぐにメニューの『倉庫』のアイコンを選択してみる。ポップアップした黒い窓には、細かく仕切られた15列x5段の75枠が並んで見えた。その中の一番上にウサギのアイコンが収まっている。
「ようするにインベントリだよね。なんで収納した凶暴ウサギのアイコンが、こんなにポップで愛苦しいんだよ… おい運営! ただのアイコン詐欺だぞこれ?」
口に出して文句を言いながら『岩飛ウサギ』のアイコンに集中すると、さらにプルダウンメニューが表示された。
『素材に分解する』
今は何でも試してみるのが正解だろう。それを選択して実行すると、倉庫の『岩飛ウサギ』のアイコンが暗転し『岩飛ウサギの毛皮』『岩飛ウサギの肉x10』に変化していた。
はぁ… 色々と納得できたような、できないような…。
ため息と共に倉庫ウィンドを閉じると、短剣の血糊を枯れ葉で拭ってから鞘に戻した。もう一度『気配探知』を実行すると、大樹の合間を縫うように続く獣道の先に、先程の淡い赤点が浮かんで見える。
何故かそれに興味を引かれた少年は、再び警戒しながら、川まで続く細道を進んでいった。
◇
感覚でいうと、30分程は歩いただろうか? 道中、魔力弾の狙撃で仕留めた、二匹の『バーナバード LV2』という大鷲似の鳥を狩った以外は、特に変わった事もなく、相変わらずの密林迷子だった。
そうして何度目かの『気配探知』を実行すると、目前の枯れ草に寝転んだ、人形の気配を探知する。MAP上には『ツキカ ササラギ LV1』と、ピンクの枠で表示されている。
そっと背の高い草原の上から覗き込むと、綺麗な黒髪を木葉の上で乱した、繊細な少女の横顔が見えた。まるで眠り姫のように美しく眼を閉じて、並んだ長い睫毛が、人形のように整って見えた。
「君… えっとササラギさん? 大丈夫ですか?」
どうして良いのか分からずに、思わず名前を呼んでしまう。それに反応したのだろうか「んっ」っと少女の艶のある唇がわずかに動いた。
「ねぇ大丈夫? オレの言葉がわかるかな?」
まぁ、名前はどうみたって日本人だけどな……。
そこでようやくと、横に長い綺麗な瞳をすっと開くと、真っ直ぐに大翔の視線と向きあった。寝起きのままの無垢な表情で、キョトンと不思議そうに見上げている。眉の下で揃えられた前髪に、目尻を下げた泣きぼくろのある可憐な小顔は、まさに大和撫子風の美少女に見えた。
「君… 何処かで逢った事ないかな?」
なぜか少女の面影に見覚えがあって、ベタすぎるセリフを漏らしてしまう。
「……… ごめんなさい、そういうの興味ないから…」
少女もまた、面倒なナンパを無視するような、冷たすぎる物言いで即答をした。
「あっ、いやいや、そうじゃないって! 君は大丈夫? 倒れていたけど怪我とかないよな?」
いまだに仰向けに寝転がったままの彼女へ、手を差し出して引き上げた。その手繋ぎには特に否定は無いようだ。
「わたし… 確か一度死んで… 何で森で寝ていたの…? 貴方は誰? 此処はどこ?」
うん… その下り凄いデジャヴだね…。
「ここは見知らぬ樹林の奥… いちおう地図では『凶獣の森』になってるのかな? 俺も2時間前ぐらいに目が覚めたら、この森で倒れていたんだ… 多分、日本で死んで、この世界で生き返った… という事だと思うのだけど、ササラギさんは日本人だよね?」
「うん… そうよ、北海道に住んでたわ… ちょっと待ってね。少し整理をしたい…」
北海道… 千歳… 札幌の病院… 肌に刺さる北の冷気、凍った国道を舞う細やかな雪の結晶… なぜか大翔の脳裏に、そんなイメージが流れていった。
まてよ? 俺は何処に住んでいた…?
そうして思い出そうとすると、自分の記憶が穴だらけであるのに気がついた。好きだったゲームや、自室の間取りは覚えているのに、両親の存在や街の景色は全く浮かんでこないのだ。
これは転生の影響ぽいな… まぁ取り敢えず今はいいや。
元来ポジティブな性格らしく、分からない事は軽く流してしまえるようだ。
彼女は枯れ草の上で女の子座りをしたまま、額に手を当て眼を閉じている。置かれた現状に苦慮しているのだろう。
少女も大翔の上着に似た、亜麻素材の短めのワンピースを着て、太腿まで隠す茶色のロングブーツに、肘まである革当てと、太めの腰ベルトを装備している。
特に革鎧的な装備はなく、中世の牧畜を手伝う村娘のような出で立ちだ。やはりベルトの背には、小物入れと水筒と短剣とが、セットで並んで装備されてある。
「はぁ… それで、貴方は何で私の名前を知ってるの?」
おおよそ10分は黙っていただろうか、大きく溜息をついた少女が、大翔の正面に立ち上がる。身長は160cmに届かないぐらいだろう? 細身に見えるが、女性らしいS字のシルエットが健康的で、美しい黒髪と相まって、とても魅力的な少女だった。
「MAPに表示されたマーカーに名前が出るんだよ… あと『鑑定士』を持っていると、見つめるだけで鑑定窓が表示されるんだ。俺は島名 大翔 17歳。死ぬ間際は高校3年だった… 気がする?」
「そう貴方も記憶が曖昧なのね…?」
少女は何度か視線を泳がせて、明後日の方向を睨んでいた。そうして最後に大翔を見詰めると、納得したように頷いた。多分コンソールを操作していたのだろう。
これ慣れないと周囲から見たらバレバレだよな…。
「ヒロト シマナ君ね… LV2なんだね? わたしから見るとMAPにマーカーは乗るけど名前は出ないわ。ただ君を見つめたら名前とLVがポップアップしたの」
「凄いな、こんな短時間でコンソールとか理解できたのか?」
「わたしもこういうゲーム好きだったから、とても理解に優しいシステムよね… あと二次職に『学者』を持っているからかな? この世界の常識が普通に理解できてるみたい。わたしは彩々楽 月歌、元日本人で、あやふやに16歳までは覚えてるかも…?」
月歌は長い黒髪を纏めて、手早く横に縛るとサイドテールの髪型に整える。
「というか… 俺レベルアップしてたのか。まだ獣を三匹しか倒してないんだけど…」
「もう狩りをしてみたの? ヒロトは順応性あるんだね」
いきなり呼び捨てですか… 歳が近いからか警戒心も緩んだか? まぁそのほうが気楽で良いか。
「いや… この世界の獣はめちゃ凶暴だったぞ? ササラギさんも、今のうちに使える技能を確かめて、出来れば試し撃ちとか推奨します。いきなりだと多分戦えない…」
月歌がその言葉に、自分の技能を確認しはじめる。彼もステータスを開いてみた。
:ヒロト シマナ: 人族 ♂ :LV2:
:ステータス:
体力59(27 +32)
魔力97(27 +70)
気力42(22 +20)
力 57(27 +30)
敏捷46 (22 +24)
知力81(27 +54)
器用67(27 +40)
運22
(レベルアップした項目のみ表示)
:職業:
暗殺者LV2(AGI+12) 魔道士LV2(INT+12) 盗賊LV2(AGI+12) 付与術士LV2(INT+12)修道士LV2(HP+12)
:二次職:
鑑定士 LV2(INT+20)
:技術 パッシブ:
無属性魔術LV2(MP+20)
:技術 アクティブ:
魔力弾LV2(MP+20) 気配探知LV2 (DEX+20)
試しにステータスを開いてみたら、驚くほど簡単にレベルが上がっていた。まぁ最初はサービス的な感じだろう。RPGゲームではレベルが高くなるにつれて、必要経験値が増えていくのがお約束だ。急成長も序盤だけだろう。
それでも、こんな猛獣の闊歩する危険な森で、少しでも早くレベルを上げれるなら有り難い。
「ー サモン ビーストドック ー」
突然背後で、月歌の透き通る声が凛と響いた。すぐに落葉の積もった地中から、純白の狼もどきが這い出してくる。
「なっ! それってもしかして…?」
そこまで言った言葉は、少女の細腕で遮られてしまう。
「大丈夫、この子はわたしの守護獣だから… 召喚術で呼び出したのよ。良い子ね、おいで… 初めてのわたしの子。お願い守ってくださいね」
狼にしては、顔も体つきも鋭く尖りすぎている。手脚の先には骨が露出して、まるで突き出た刃物のように鋭利だった。精悍な表情の白狼は、屈んだ少女の胸元にすり寄ると、尻尾を振りながら甘えてみせた。
:鑑定:
『ホワイト ビーストドッグ LV5』
噛みつきLV3 食い破りLV5 切断LV4 炎の息LV3
やべぇ… 召喚ワンコが強すぎる… 何気に炎魔法ぽいのも使うんか。
「ササラギさんの召喚獣、すんごい強さだな… 俺が二人いても負けそうなんだけど…」
「ツキカ!! 苗字はあまり好きじゃないから、ツキカって名前呼びして」
守護獣を抱えた黒髪の美少女は、パッツン前髪の奥から見上げてくると、押し付けるようにそう言った。




