表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/192

Epilogue-2話 天色の消失

:エピローグ:


 その夜香音(カノン)は長い長い夢を見た。


 それは沖縄で生まれた前世よりも、もっと以前のふたりの女性の物語… ひとりは幕末の混乱を、もうひとりは更に古い時代に、小さな国を治めていた豪族の姫として生きた記憶だった。


「ずっと… 側に居てくれたんだね… ユイ…」


 その幕末に起きた新政府軍と旧幕府軍との戦いの中で、命を落とした少女こそが、あの氷取沢(ひとりざわ) ユイの前世なのだ。


 呪縛から解かれたはずの彼女は、夢の中で、香音(カノン)が来るのを待っていたと笑顔で言う。


「だってカノンは危なっかしいんだもの… それでもわたしを、あの泥の牢獄から救い出してくれたんだよ? 大事な大事なわたしの良い娘を、待っているぐらいなんでもないよ」


 夢の案内役となったユイが、優しく香音(カノン)の背中を抱いた。


「それに… わたしの事も、みんな思い出してくれたんでしょ?」


「うん、わたし達って… 何て狭い人間関係を繰り返してきたのかな… ?」


「あはは… それこそが互いを運命ずけられた魂の伴侶(ソウルメイト)ってやつなんだよ… でも、その関係を歪めてしまったから、こんなにも苦悩する事になったのだけど…」


「ほんとに()()()は、何て遠回りをしていたんだろ。でも、それもおしまいなんだね… あぁ… もっと一緒に居たいのに、やっと巡り逢えたのに… 生への渇望がこんなにも魅惑的なんて… この欲望に(あらが)うなんてボクには無理だよ」 


「そうだね… ずっとそれを望んでいたものね。カノンは過去の全ての罪と贖罪を、心から受け入れたわ… だから地獄(ここ)での苦行はもう終わり…」


 そう言ってユイは少女の背を押して、夢の世界から追い出そうとする…。


「うん… そうだねユイ、ようやくボクの番なんだね…」




 そしてその夢見こそが、桜咲(サクラ)が残した贈り物だという事を、彼女が知る由も無かった…。







「ヒロト… 海が見たいんだ…」


 夢から覚めた香音(カノン)が、半裸で寝入っている少年を揺り起こす。少女はすでに、いつもの完全装備に着替えていて、開け放たれた窓の外では、明るい空色が夜の名残を水平線へと押しやっていた。


 あと半刻もすれば、岬の東側から朝日が差し込んでくるのだろう。


「え… どうした… ? 海ってなに?」


 まだ寝ぼけている彼の手を引いて、テラスから飛び降りた少女が、崖下の真っ白な砂浜へと階段を駆け下りていく。


 そうして走り込んだビーチは、踏み締めるたびにキュキュと音を立て、最後には慌てて服を着る大翔(ヒロト)を残して、ひとり浪打際まで走っていってしまった。


 ようやくと濡れた海辺へたどり着くと、当たり前のように月歌(ツキカ)も追いついて来て「おはよう」と彼の手を握る。そうして並んで足元を濡らし、波に(たわむ)れる蜜色の髪の少女を、ただ黙って見詰めていた。


 すると香音(カノン)は波を追い越して二人の前に駆け戻ると、最初に月歌(ツキカ)を大事そうに抱き締め、そして大翔(ヒロト)に向き直り少し照れたように胸に顔を埋めてしまう。


「ボクは… 君たちと居る時間が、とても愛しいんだ… ほんとうはずっと続いて欲しいと思ってた」


「カノン… やっぱり君も…」


 もう隠しても仕方ないと、少女は笑顔で頷きながら、回した腕を精一杯に引き締める。


 ありがとうなのか… 行かないでなのか… 忘れないでか… いやみんな忘れてと言うべきか… 咄嗟に色んな感情が溢れ出して困惑してしまう。

 

 結局少年は続く言葉を見付けられずに、蜂蜜色の髪を何度も何度も撫ぜるしか出来なかった。


 すると香音(カノン)は、まるで子供に戻ったように、彼の腕から逃げるように沖の波間へと駆け出した。


「なんだ… 世界って、こんなにも綺麗だったんだね…」


 明けていく渚に(ひざ)まで濡らし、少女は髪を振り撒きなが、両手を広げてくるくると踊って見せる。


 そんな事も分からないぐらい、ボクはいつも張り詰めていたんだね…。


「ねぇヒロト! 海ってやっぱり気持ち良いよ!! 距離を置くなんてバカみたい!」


そう言う香音(カノン)は、頬を涙と波飛沫(なみしぶき)に濡らしながら、美しい渚で踊るように跳ねまわる。


 明け方の空は雲一つ無くて、岬を超えて差し込む朝日が、幸せそうに涙する香音(カノン)を眩しく照らし出していた… そんな波と(たわむ)れる少女を、波打ち際に並んだ大翔(ヒロト)月歌(ツキカ)が、寂しそうな笑顔で見守っている。


 それが最後の姿だと知っているから… その完璧で美しい瞬間を見逃すまいと必死になった。


「今なら… みんなの気持が分かるんだ… 全部この世界に、置いていけば良いんだよね… ?」


 まるで心のしがらみを手放すように、鎧や装備を次々と脱ぎ落としていく少女… 彼女の後には神剣や神官装備が、点々と波間に残されて洗われている。


「ごめん… もう(あらが)えないや… ふたりに逢えて幸せだった… これっきりなんて寂しいよ、寂しくて、そしてどこか晴れやかなんだ…」


 蜂蜜色の髪をふわりと巻き上げ、振り向くエルフの美少女は笑顔のままで泣いている。


「でも、きっと心の深部で覚えてる… みんなの事を忘れない。この美しい渚を、この夜明けを魂に焼き付けるから」


 その声は穏やかで愛しいそうに… それでも少しだけ震えていた。


「オレも約束するよ。忘れない… カノンに恋した事を… 寄り添って支えてくれたあの日々も…」


 ようやくと絞り出した大翔(ヒロト)の言葉を、受け止めるように自身を抱き締める少女。


「あぁ… もう… ありがとうヒロト心から愛してる… さようならツキカ、逢えて嬉しかった。大好きだよ! ふたりはボクにとって永遠に特別だ!」


 ワンピースに透ける、祈るような香音(カノン)の姿が、空の色にゆっくりと(ほど)けていく… それはまるで輝く天使の翼のように、朝日の中で幻想的に滲んで見えた。


「ふふ… そしてさようなら… 残酷で美しい最悪のクズ世界っ…!!!」


 (きら)めく水面(みなも)に溶けるような、哀しげに澄んだ天色(あまいろ)の消失… 眼に涙を浮かべたまま美しくはにかむ香音(カノン)は、最後まで二人を見詰めたまま、神々しくも空へと昇っていった…。 



 かつて敵味方に『イリィの災厄』と恐れられた、最凶で可憐なエルフの少女は、大事なふたりに見送られ穏やかに消失(ロスト)した。





香音(カノン)は… 哀しげな青色だったな…」


「大丈夫よカノン… あなたはきっと、幸せな来世にたどり着けるから…」


 渚には彼女の残した神剣メルハーンが斜めに立って、日差しを白銀に返していた。


 それに… 助けてもらったのはわたしの方なのよ… カノン… 。


「いっちゃったね…」


「ああ… また二人きりだな… ?」


「そうね… でも、ヒロとならそれも良いの… 一緒にこの世界に来れた事を、心から感謝してる。大好きなのよ。心底あなたに惚れてるわ…」


「オレも… ずっと君を想ってたんだ。もう何処(どこ)にも行かないでくれ」


 そう言って繋いだままの手を解くと、指を絡めて恋人繋ぎに握り直した。少女はそれが嬉しいのか、何度も悪戯するように握りかえしてくる。


 そうしてふたり残された浜辺に立ち尽くし、遠くから押し寄せる波のチューブを見詰めていた。


「本当に此処(ここ)は美しくて、酷く歪だよな… 数か月の狭い期間をずっと繰り返している。そんな表裏が繋がって輪になった、時間的に閉じた世界なんてさ」 


 唐突にそんな話を振られて、少女は驚いて首を(かし)げる。それはみんなで推測したただの仮説で、そこまで言い切れる根拠は無いはずだ。


「どうして夜妖精(ネルフィヌ)が、あれほど抜きん出て強力なのか… それはこの閉じた時間軸の中で、夜だけが世界()を区切れる特別な事象だからだろ? 時間の概念があやふやな大陸(アレス)で、唯一今日と明日を明確に別けるのが夜だからだ」


 少年はそう言葉にしながら、優しい表情で少女の横顔を覗き込む。


「この閉じられた贖罪の箱庭(クライムエンドパーク)を、刻む事が出来るのが夜妖精なんだ。と……」


 彼女の表情が戸惑いから、ひとつの確信を得たように小さく微笑んだ。


「そう… 力説したのは君だろ? カノン……?」


 彼は月歌(ツキカ)を真っ直ぐに見下ろしながら、黒髪の少女をそう呼んだ。


 二人はしばらく探り合う様に見つめていたが、くすりと柔らかく頷くと、どちからともなく互いを抱き寄せていた。そうして香音(カノン)にしたように、艶やかな黒髪に何度も指先を滑らせる…。


 いつの間にか嬉し涙が溢れてくると、少年は月歌(ツキカ)の腰を抱え上げて、その場でくるんと回ってみせた。


「ふふっ… わたしは何んて答えればいいんだろ…? 今さっき感動的なお別れをしたのにね?」


「あぁ、本当に胸が詰まるぐらい愛しくて、行ってしまうのが哀しかった…。でも、また逢えて嬉しいよ… 君はいつからカノンの生まれ変わりだと気づいていたんだ?」


 月歌(ツキカ)は困ったように少しだけ考え込むと、落ち着かせるために彼の背を優しくさする。 


「始めてあの娘に再会したとき… 一気にカノンとして過ごした記憶が、鮮明に蘇ってきたわ。前世の記憶を取り戻した感覚。ヒロトにもわかるでしょ?」


「あの時の涙は、そういう意味があったのか…」


「そうして思い出したカノンの記憶を、眠り続けるあの娘の耳元で、ずっと話し掛けてみたのよ。今、あなたとヒロは奇跡の再会をしているだってね… そしたら効果てきめんに眠りから覚めるんだもの。わたしたち… どれだけ貴方に逢いたかったのよ?」


「ぷっ」


「うふふ」


 そこで同時に吹き出してしまうと、ようやく正面から互いに見詰め合うふたり。泣き笑いする彼女の表情は、驚くほど香音(カノン)に似ていて胸が熱くなる。


「カノンはそれを知ってたのかな?」


「いいえ… あの娘はたぶん知らないままかな…? 結構頑張って隠してたから」


 でも、心のどこかでは気づいていたのかも?


 自分の中にある彼女の記憶を探りながら、月歌(ツキカ)は愛しそうに微笑んでいた…。







 カノンは少し哀し気な、天色の消失になりました… そしてカノンとツキカの不思議な関係も明かされます。沢山ヒントを撒いておいたので、気づいた方も居たように思います。


 やはりまったく書き切れなかったので、あと1話を追加です。次話で本当に完結します!



 ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ