2-5話 眠り姫が静かなうちに
第ニ章:弱者を喰らう獣:
「んっ…… ツ、ツキカ? まずいまたこの状況かよ……」
目が覚めると、背中に柔らかい感触が温かく触れていた。その和風美形の黒髮女子高生は、寝ぼけると抱き癖を盛大に発揮するのだ…。
今朝も美少女に抱き抱えられて目覚めるという、なんとも幸せな寝起きドッキリに直面していた。
「君の恥じらいは、いったい何処へ行ったんだJKよ…」
結構な密着度で細腕に抱きしめられ、背にはほのかに吐息の熱さえ感じられて、彼は精神的に違う意味で追い詰められていく。
まずい… 下のほうが元気に… いや、誓ってこれは朝の不本意なやつですから!
「おーいツキカさん… 流石にこれって、俺がやばいからさ…」
身体を揺すって、自然な起床を促すものの、逆に「んんっ…」と、甘い吐息と一緒に、さらにむぎゅっとしがみつかれる。
「…… まじ死ぬから… 健全な青少年が激しく悶絶してるから!!」
ちょっと声を大きめにしても、低血圧らしい寝起き最悪美少女に届くはずもなく、この三日間で十分すぎる程に体感していた…。
わざとやってるんじゃないだろうな? まぁ… 役得ではあるけどさ… 無防備にも程があるって。
狭い可動範囲で、そっと首だけで振り返ると、月歌の寝顔が黒髮の合間に見てとれる。長すぎるまつ毛が緩やかに弧を描き、すっきりした鼻筋や、息をする度に僅かに開かれる唇が、あどけなくて幼く見える。保護欲を煽るには十分すぎる無邪気さだ。
「こいつ… 普段は冷めた物言いなのに、この寝顔は反則だろ…」
目尻の泣きぼくろが可愛くて、思わず前抱きしたくなった。
まぁ、昨日はお疲れだったからな… これは当分起きそうにもないか。
離れまいとする腕の抵抗から、するりと抜け出した彼は、その幸せな暖かさから決意して立ち上る。これで三日目連続での朝の葛藤になった。
だいたい、もし抱き枕の状況でツキカが目覚めたら… 絶対に気まずいし… いや気まず過ぎる! お互いに軽く悶死するレベルだろ?
そんなわけで、寝起きの幸せな温もりを、いつまでも楽しむほど余裕はないのだ。
大翔は特に身体の不調も感じず、すぐにコンロに魔力を注ぐと、ハーブ茶用に湯を沸かし、作り置きのポトフの鍋を火に掛ける。入り口の前では、伏せ状態の白い番犬が、申しわけ程度に尻尾をパタっと揺らしてみせた。
「ああ、別に気使わなくていいからね… 毎晩の警戒をありがとよ」
こいつは狼人間に一度殺られたし、何度か沸いたり消えたりしているけど、違う人格… じゃなく犬格なのか? それとも別次元に居る本体が、何度も出入りしているだけ?
そう思えるほど、奴の仕草や行動は一定してふてぶしいのだ。まぁ… 深く考えても、答えの出ない案件だった。
水団入りの芋と葉野菜のポトフは、バーナバードの鳥肉団子入で、腹ペコの少年も大満足だった。何気に彼女の料理スキルも、作る度に上がっている気がする。この環境の中で美味しい食事にありつけるのは、幸せな事だと実感させられた。温かくうまい料理は、それだけでストレスを癒やしてくれる。
手料理なんて、食べたこともなかったな…… え? あれ? 俺… 食事とかどうしてたんだろ… 高校の購買以外、記憶になにも残っていない…。
自分の食生活を思い出せないのに、月歌が作った夕食が、今まで食べた中でも美味しい部類だと感じられた… それは大きな矛盾ではないのか?
大翔の持つ前世の記憶は、ゲームや、流行りの曲なども含めて、一般常識は簡単に浮かぶのに、自分の生きた記憶だけが、いつも穴だらけで薄らぼんやりとしているのだ。
そういえば、ツキカも同じ事を言っていたな… もしかしたら、俺達の記憶自体が妄想で、本当はこの世界で生まれた、ただの記憶喪失者なのかも?
凶獣の森で目覚めて以来、初めてゆっくりと考え事をした気がする。だからこそ、ああらぬ方向に気持ちが逸れているのかも知れない。そんな掴みどころがない不安を探っていたからか、熱いハーブ茶で軽く舌を火傷してしまった…。
仕方なく神の祝福を詠唱してみる。この強化の追加効果でゆっくりだが火傷も回復するだろう。
早く回復スキルが欲しいな…。
確かレベルが上がれば、修道士の技能の中にある、回復スキルが使えるはずだった。そうすれば戦闘中でも、怪我のコントロールが容易になるだろう。
洞窟の扉を開けて外を覗けば、少し湿度のある夜の風が、さわさわと頬を掠めて気持ちが良い。月光はだいぶ傾いていてはいるが、夜明けまではまだ2、3時間はありそうだ。どうやら余裕で半日以上も爆睡をしてたらしい。現状で気配探知に掛かるのは、フクロウ似の猛禽類が僅かに一羽だけだった。
うん、平和が一番ですね。
再び入り口を角岩で封鎖すると、土間に転がった大量のジャンク品をあさり始めた。ゴミばかりかと侮っていると、まれに魔法装備が混じっているので気が抜けない。
作業場の箱椅子を運んでくると、それに腰掛けじっくりと戦利品の選別と、材料への精錬作業を進めていった。こつこつと時間を掛けて、何杯かのハーブ茶をお代わりする頃には、ようやくと土間を埋めていた、ジャンクの山は整理されていた。
結構な時間を没頭していたので、ふと少女が気になってローベッドに視線を移す。眠り姫は大翔の身代わりに、若草色のクッションを抱えて、丸くなって寝息をたてている。
姫はご就寝のままですね…… 可愛い… て? オレ!!
脳内で軽く自爆しつつ、不器用に頬を緩めて苦笑する。無防備な寝姿についざわつく邪な心を、誤魔化すようにアイテムに目を戻した。
:鑑定:
追撃の鉄剣 (Magic) LV4
攻撃命中時に10%の確率で同ダメージを追加する マジック装備
魔封じの短剣 (Magic) LV7
攻撃時に22%の確率で、5秒間、相手の全属性魔法を封印をする マジック装備
報復の守り札 LV11
敵の攻撃を7%の確率で全反射する 一定以上のダメージで消失
期待していなかったが、意外と良いものが混じっていた。
追撃の鉄剣と魔封じの短剣は、手数を増やせる大翔の戦闘には向いている。報復の守り札は効果は大きいが、まぁ本当に気休め程度のものだろうか? タイミング良く大ダメージを反射する、などというラッキーな事態には、あまり遭遇しそうも無い…。
まぁちょうど二枚あるから、また二人で一枚ずつだな。
とりあえず二本の魔法武器を収納すると、武器師の修繕と研磨によって、新品のように磨かれて戻ってきた。
同時に気づいたのは、いつの間にか『倉庫』の枠が25枠も開放されていた事だ。多分5レベルごとに5枠が追加されていく仕様のようだ。しかし大翔の枠にはx5倍ルールが適用されて、LV8にして既に100枠が使用可能になっていた。
本来なら、LV5~LV9の間に使える枠は20だから、いかに自分の『倉庫』がチート(バグ?)なのかを自覚してしまった。
『倉庫』の中でも効果を発揮する、強化系のお守りや魔道具は、1種で1枠を消費してしまう。そのため数を増やせば途端に『倉庫』を圧迫してしまうだろう。ところが大翔の倉庫ならば、100種のお守りを、同時に装備することも可能になる。
「装備できる強化魔道具の数だけでも、結構なチート状態になりそうだ… まぁお守り系を集めるだけでも楽しそうだな」
何故か収集癖に火が付いて、俄然やる気が出てきてしまった。というか付与師の職業持ちなのだから、積極的に自作すれば、何れ上級お守りも作れるようになるだろう。
「まぁ、ゆっくりと研究するさ。今日の目標は… 風呂作りだからな」
そうだった眠り姫の期待に満ちた瞳を思えば、今日こそバスタブを制作し、お風呂タイムを提供しないと普通に催促されそうだ。もちろん彼自身も、熱いお湯にゆっくりと浸かりたかった。
折角だから、少し凝ってみようかな…。
脳内で制作窓を起動すると、専用の作業ウィンドがポップした。現在は『武器』『細工』『付与』の三つの作業タブが開いていて、武器タブをトップにすれば、左に制作リストがずらりと並んだ。
この生産システムが面白いのは、その環境が柔軟でファジー過ぎるところだろうか? 良く言えば自由自在、悪く言えば全てにアバウトでいい加減なのだ。
基本的に、生産ウィンドウの中で、自分のイメージを映像化して、それをグルグルと弄りながら、詳細を整えていく… 3Dモデリングのポリゴン編集にも見えるが、もっと直感的で感覚的だ。それ故に製作者の発想次第で、大抵の物なら作れてしまう。
要するに頭で考えているものが、直接に形となっていく、と言っても大袈裟ではなかった。持ちスキルや材料の問題で制作が不可能なら、その箇所が赤く表示されるので実に解りやすい。
そうして完成したイメージは、一度でも制作をすればリストに登録されて、以降は簡単にコピーが出来る。彼のリストには箱椅子、木棚、ローベッド、木の深皿などなど… すでに結構な図面がリスト化されてあった。
リストも項目別に管理できるので、最初から整理しておかないと、そのうち大変な事になりそうだ…。
「別のタンクで湯を沸かして、それを給湯する形が理想的だけど… 今回はシンプルに、全金属製のバスタブをコンロの直火で沸かす、ドラム缶風呂式でいこうかな… ?」
大翔の中ではすでに、少し底上げした猫脚式のバスタブと、その下部から魔導コンロで直接熱するイメージが纏まっている。底を厚くして耐熱性をあげ、給水はバスタブごと川に投げ込んで、水を汲んだ状態で収納してしまえば、手間も掛らないだろう。
材料も余ってるし、同じモノを数個作っておけば、水汲みの回数も減らせそうだった。
「いや… ちょっとまてよ… ?」
そこで大翔は新しいアイデアに閃いた… 検証は必要だが、上手く行けば湯沸かしの工程を、かなりスマートに運用できそうだ…。
彼は制作モードのウィンドに意識を戻すと、最初に人の腰までありそうな鉄の大桶をつくり、その後で細い1mほどの鎖の付いた、吊り下げ可能な魔導コンロを何個か作る。
そうして何やら桶に水を張り、ニマニマと笑いながら実験を始める少年が、狂気の科学者ぽくて不気味だった…。
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