11-9話 本当にたくさんありがとうだよ
第十一章 :拒絶の谷の行く先に:
魔術師ギガントガーズを撃破した大翔達は、ダメージの回復と戦闘後の宴会も兼ねて、もう一泊を主塔の高層階で過ごしていた。メンバー達にとってこの道行きは、まったく急ぐ必要の無い、危険で気ままな冒険の旅なのだ。
前日に大量に回収した麦と葡萄は、大敵を倒した祝杯として、エールと葡萄酒に醸造され、同じく小麦粉に挽かれた麦は、粉ものを主体とした夕食のメインになっている。
「ほれ、追加のお好み焼き! こらサクラ適当につっつくな… たこ焼き転がすにはコツがいるんだぞ!」
「えぇ… わたしも転がしたーい」
ねじり鉢巻きでヘラと串を同時に扱う幸太郎は、まるで屋台のお兄さんのように手際が良く、猫耳娘が手を出す隙を与えない。
「仕方ないな… 最初はこの端の一列で練習な?」
流石バカップル兄妹、たこ焼き焼くのもどこかで甘い…。
「この新調した鉄板とたこ焼きプレート、すこぶる調子が良いのな。熱の伝わり方も均等で、油が必要ないぐらい焦げつか無いんだぜ!」
「あのねコウちゃん… お好み焼きの鉄板に黒白銀使うなんてバチ当たりだよー しかも焼くとき魔力通してるでしょ? 城塞都市なら素材だけでも400万はするんじゃない?」
鉄串を握った桜咲が、上手に転がせない不満をぶつけてくる。実際にこの鉄板とたこ焼きプレートの素材だけで、余裕で大剣一本は製作できるだろう。
「硬いこと言うなよ… あれだけ大量にレア素材もゲット出来たし、最悪、素材に戻せば無問題だって! ほら皿を渡してくれ、たこ焼きあがったぞー」
「たこ焼きなんて懐かしい… 前世でも殆ど食べた事なかったな」
月歌は、その青のりとソースが香る美しい焼き上がりの一品を、割と早いペースで口へと運んでいる。
「でもお酒まで自作出来るなんて、ツキカは本当に優秀ね! わたし達みんなで居たら、作れないモノなんて無いんじゃない?」
彩葉が幸せそうな表情でエールを煽り、お好み焼きとたこ焼きを交互に堪能していた。そんな晩酌を楽しむ彼女は、実に美味しそうな飲みっぷりで、それでも下品に感じさせない所が美少女の特権だろうか?
そうして部屋一杯に広がったソースの香りの中で、戦勝の宴は続いていくのだ… ちなみにデザートは、蜂蜜いっぱいのホットケーキという徹底ぶりだった。
◇
やはり疲れていたのだろうか? 風呂から上がったメンバー達は、とたんに睡魔に襲われ、そのまま寝台へと直行してしまった。
ひとりテラスに椅子を持ち出した大翔が、熱帯の夜風に当たりながら、手に入れた新素材を『倉庫』の中で成形している。
「めちゃ良いね… これを、カンストした魔力腕に持たせてやれば…」
まるでプラモデルを組み立てる少年のような表情で、新装備のモデリングを丁寧に仕上げていく。
「んふふ… ヒロトは凄くご機嫌ね…」
すると突然、背後から回された細腕が、悪戯するように彼を後ろ抱きにしてしまう。アルコールの匂いに混じって、ほんのりと石鹸らしいラベンダーの匂いが鼻孔に届く。
「イロハか… もう寝たのかと思ってた…」
聞かれていた独り言が恥ずかしくなったらしく、うやむやに言葉を誤魔化そうとする。
「うん、眼が覚めちゃったの… カノンとツキカは二人で抱き合って眠ってるのよ。あの娘たちって何だか姉妹みたいだよね」
手渡された暗緑のボトルは、よく冷えたレモン水で、めずらしく彩葉も同じものを口にしていた。
「そうだな… カノンもだけど、イロハも彼女と仲良くしてくれてありがとな」
「別に… ヒロトのためじゃないわよ… ツキカを近くに見た時、自然と仲良くなりたいって思ったの」
身を屈めたダークエルフの美少女が、彼の肩口に顔を乗せて並ばせる。
「それに気を使ってくれるしね… ふたりが許してくれたからこそ、ヒロトの側に自然に居れるの。本当は心の底から感謝してるのに… 上手く言葉で伝えられなくて…」
「あのふたりは策士だぞ? そんなの十分に分かった上での行動だよ」
「うん… ホントにそう思う…」
彩葉はくるりと椅子の前へ立ち位置を移すと、彼の正面から膝上に抱き着いてくる。鍛えられ引き締まった脚と、女性らしい柔らかな肉感が、同時に彼に伸し掛かる。
「でもヒロトは良いの… ? わたしがこうすると… いつもどこか困った顔してるでしょ?」
そこで彼女が、小さく震えてる事に気が付いた。
「あの娘たちに押し付けられて、仕方なくこうしてくれるんじゃないかなって… 不安になるの」
そうして自分の胸に顔を埋める美少女は、自信なさげに言葉を途切れさせてしまった。
「前にも言ったけど… オレの初めての復活でさ、孤独で目を覚ました時に、最初に声を掛けてくれたのは君だったろ?」
彩葉の背に張り付いた麻色のロングヘアーを、両手で優しく引き寄せる。
「全てを失ったようなあの絶望の中で、触れてくれた手の暖かさだけが、オレの正気を支えてくれてた… 今でもはっきりと覚えてるんだ」
「うん…」
「それに、何て言うのか… オレが甘えられたのはイロハだけだからさ。街でも戦場でも、いつでも隣に居てくれて本当に心強かった。好きにならないはず無いんだよ…」
「そうなの… ? ぐず… ヒロトに甘えてたのはわたしの方だよ…」
彼女を抱いたシャツの一部が、流れた涙で暖かく濡れていく。
「わたし前世から男運最悪で… ぐずっ… 好きだなんて言ってもらった事ないわ。いつだって男は… すん… わたしの身体が目的だったもの」
何だかすっかり泣き上戸になった彩葉は、彼の腕の中で少女のように可憐に泣くのだ。まぁ、やっぱりアルコールくさい告白なのだが…。
「それにきっと前世の罰ね… すんすん… この世界では『娼婦』なんて最悪の職業まで持っていたから、さらに輪を掛けて好奇の眼を向けられてたわ… 今思い出してもゾッとする… ぐず… みんな女豹だとかエロイとか好き勝手言うんだもの」
「奴らが好意を向けたのは、純粋にイロハが可愛い上に、色気まであるからだと思うけど… エロいって、言葉は悪いけど、男からみたらそれだけ魅力的だって事だからな?」
少年は弱々しく愚痴を吐く少女の背を、艶髪の上から何度も、よしよしと撫ぜてやる。
「か、可愛いなんて… 言われたことない…」
そうしていれば、真っ赤になったダークエルフの長耳が、恥ずかしそうに垂れ下がっていく。大翔は、彼女の指からレモン水の瓶を引き取ると、そのまま自分のと並べるように椅子の後ろにそっと置いた。
キンっとボトルが触れあって、透明な音が夜空に響く。
「イロハは可愛いくて綺麗で… それに何時だって頼りになるオレの大好きな女の子だから… ほら、想いのままにすれば良いんだよ」
そう言って濡れた頬に手を添えると、泣き顔をこちらに向けて不意打ちのようにキスをした。
「んっ… ねぇ、わたしやっぱり… ヒロトが好き」
「ああ… こないだも言ったけど… イロハはエロ可愛くて良い女だぞ?」
その言葉に、再び涙を溢れさせた彩葉が、夢中で彼の唇を深く奪う。そして息が苦しくなるまで、何度も何度も互いに舌を絡め合った…。
どれだけの時間そうしていたのか。名残惜しそうに唇を離せば、彼女の目立つ尖り耳の付け根を、お返しとばかり口先で軽く食んでやる。
「それに困った顔をするのはさ… その… 照れてるだけだからさ… 大体、オレだって元はただの引き籠りだぞ? 複数の女子と仲良くするとか、普通に難易度高いって!」
「くす… ヒロトがそんなだったなんて、まるで想像ができないわ」
少し気持ちが落ち着いたのか、顔を火照らせたダークエルフが、少女のように小さく笑った。
でも、そんな貴方だから… 自分を追い詰める性格だって知ってるわ… 本当に危なっかしくて放っておけないもの。
出逢った頃は、まだどこかが荒んでいて、それを紛らわすように無謀なレベル上げを課していた。そうして単独で敵地に乗り込んだと思えば、愛する彼女の名誉のために、最大派閥まで潰してしまった…。
そう… 結局わたしなんて蚊帳の外で、何も出来ないでいたんだね…。
彩葉はもう一度自分から、甘えるように彼を抱き締めた。
ううん… でも、これからは気兼ねなく、力を尽くす事が出来るのかも… そんな免罪符をみんなから貰ってたのね…。
「んふふ… 覚悟をしてねヒロト… わたしもう遠慮なんかしないから!」
そう言った褐色の美少女は、吹っ切れたように不敵に笑う。
「え、いや… 遠慮は大事じゃないかなぁ… つか、お手柔らかにお願いします」
そう返した大翔もまた、優しい眼差しで彼女を見詰め、大事そうにその背を両腕で支えていた…。
「良かったねイロハちゃん…」
「イロハは最初から、ヒロトをとても気に入っていたからね」
避難小屋の壁際に隠れた月歌と香音が、窓越しにふたりを見守るようにして呟いた。
「うんうん、三人でヒロをめろめろに甘やかそうね」
ふたりは良く似た表情で、姉妹のように笑い合う… そうして、そのまま寝台へと身を引こうとしたところで、不意に香音が動きを止めた。
「……… イロハ… ?」
しばらくそのまま窓の向こうを凝視していたが、唐突に鉄扉を押し開いてテラスへと飛び出していった。
「ヒロト!! イロハは!?」
彼の膝上で、もたれるように斜め座りする彩葉は、まるで硬直するように夜空の一点を見上げている。
「いや… 急に固まっちゃってさ。イロハ? どうした?」
少年が悪戯するように肩口を揺らしてやると、はっと何かに気付いたように、不思議そうに彼の瞳を見返した。彼女はまるで長い夢から覚めたように、どこか取り留めのない表情をしている。
「…… 何だ… そうなのね? アイナあなたが…」
みるみる瞳は涙で滲み、少しハスキーな彼女の声音が、とても切なそうにあの女給の名前を口にする。
「ヒロトごめんね… 遠慮しない… 何て言ったばかりなのにね」
何かに気付いているのだろうか… 香音が彼女の背を抱いて、すがるように顔を押し当てた。
「イロハ! ダメだよ……」
「カノン… あの時わたしを拾ってくれて、ありがとね… わたしの記憶の限りの中で、貴女だけが唯一の親友だったの」
彩葉はとても穏やかな表情で、香音の額に自分の額を押し当てる。
「ヒロト… もっと時間があると思ってた… 結局わたし何も出来なかったね。貴方には一杯貰っていたのに…」
「イロハ…… なんで… なんで今なんだよ… ?」
気が付けば肩を抱く彼女の足元が、淡いすみれ色の粒子に解けて、美しく月明りの中に昇っているのだ。
「ずっとヒロトに恋してた… 恥ずかしけど遅すぎる初恋だったみたい… ふふ、ずっと仲良くしてくれてありがとね。大好きよ」
「イロハちゃん!!」 「おい! まさかイロハが… !」
月歌に起こされたらしい、桜咲と幸太郎がテラスに飛び出し走り寄ってくる。
「わたし… こんなにも満たされていたんだね… みんなはわたしの家族だったわ…」
ポロポロと大粒の涙を零しながら、彩葉は自分を囲む仲間達を、ひとりひとり頷きながら見まわしていく。
「イロハ!」「イロハ…」「イロハちゃん」「イロハよ…」
一斉に自分を呼ぶ仲間の声に、ひときわ嬉しそうに微笑んだ。それは神聖で神がかった、汚れなき清らかな笑みだった。
「やだよイロハ… 行かないで…」
香音が必死に、彼女の手を掴もうとするが、まるで幻のように哀しくすり抜けてしまう。
「ごめんね… 寂しいけどもういくね。バイバイみんな!!!」
最後に彼女らしい軽快な声だけが、熱帯の夜に静かに木霊する。
彩葉の魂は、柔らかなすみれ色の光となって、大翔と香音に一瞬だけ纏いつき、それからダンスを楽しむように渦を巻いてから消えてしまった。
香音は、掴めなかったその手を自ら握り締め、涙を流しながら静かに微笑んだ。そうして笑ったほうが、親友の旅立ちにふさわしいと思ったから…。
「ボクのほうこそ… たくさん… 本当にたくさんありがとうだよ…」
そう言った少女が、よろけるように大翔へと倒れ掛かる。
「本当に君らしいよ… イロハ… 君の来世が幸せでありますように…」
胸元に残されている、濡れた彩葉の涙にふれて、祈るようにそう呟いた…。
その夜、滅亡した都の主塔にて、陣内 彩葉は優しい色に消失した。
イロハ… 作者無視して勝手にいってしまいました…。
長い時間ほんとにありがとう… 君はとても素敵な、一番のお気に入りだったのに…。
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