11-7話 魔術師の正体
第十一章 :拒絶の谷の行く先に:
拒絶の谷の洗礼を受けた翌日… いつも通りに朝練をこなし、しっかりと朝食を取ったメンバー達は、体調も万全に四度目の攻略へと出発していた。
ジョーカーの絵柄のような不気味な姿の魔術師は、昨日と寸分たがわぬ立ち位置で、手にする死神の杖を振り回している。
(それじゃみんな作戦通りにいこう!)
地上の廃墟群に布陣した香音と月歌が、上空の大翔達を眼で追いながら言った。背後に従う従魔の中には、強力な氷の槍の攻撃力を持つ、ウォーケルピーまで参加している。
(今度こそ奴の正体を暴いてやろう!)
(ヒロト張り切ってるね。でも駄目そうならすぐに仕切り直すから、みんなもそのつもりでいてね)
チームの指揮官は本日も沈着冷静だ。
(そうね無理せすトライ&エラーの精神でいきましょう… なんたってレベル差40近いんだもの。殺り合えてるだけで凄い事だわ)
月歌が香音の隣で頷くと、それにならうようにして従魔達も頭を下げるのが可愛らしい。
実際、圧倒的なレベル差があるのだが、優れた装備と多職持ちとしての優位性、更には複数の強化スキルやコンポによって、ステータス的にはレベル70台と同等なのだ。
つまりレベル差による弊害こそあれ、実力的には適正なレイド攻略とも言えた。
(それではコウタロウのタイミングで始めよう)
(了解! コイツめ今日こそ殴ってやるからな!!)
地上スレスレを滑空する幸太郎と桜咲のコンビが、集弾してくる魔弾爆破を、鋭角に軌道を変えながら寸前で躱していく。
そして多少のダメージは無視しながらも、二回の挑発を完了すると、今度は背後の街に向かって突然と引き返してしまう。そうして追撃に消極的なギガントガーズとの距離が離れれば、そこで瞬間移動した大翔が入れ替わり、手にした硝子瓶を投げ落としていた。
自分に向かって降って来る異物に対して、魔法鞭が撫でるように薙ぎ払えば、パリンと硝子が砕けて液体が広く飛び散った。
薄く発光する鮮やかな赤い飛沫は、魔導士の防御シールドを素通りして、頭上へと激しく降りそそぐ。それは浮遊する外套姿を何事も無くすり抜けてしまうが、唯一死神の杖にだけは、雫のように吹き掛かり血の色に汚してしまう。
「ギャギャギャアア…… キモイ、キモイ!!」
途端に滑るよな魔術師の動きが不安定に蛇行すると、槍杖を何度も振ってその汚れを飛ばそうと暴れ始めた。
刀身の表面で生き物のように流れるその液体こそ、大翔がタウバァ戦で投げつけられた、あの屈辱の発光塗料だった。その赤く汚れた姿から、真紅の鬼神などと不本意に呼ばれてしまう、少年にとっていわくつきのアイテムだ。
(やっぱりあの死神ぽい杖の方こそが、実態を伴った本体だったな!)
大翔が少し興奮したように、テンション高めに指差して言った。直後にケルピーの氷の槍が、ショットガンのように殺到するが、やはり曲面に弾かれて槍杖には命中しない。混乱はしていても防御シールドは健在らしい。
(つまりあの気持ちの悪い姿は幻影で、しゃべっているのは武器の方なの?)
彩葉が首を傾げながらも、暴れる魔力鞭を華麗に避けてしまう。流石に四回目の対戦ともなれば、生々しく振るわれるその動きも完全に見切れているようだ。
(そういう事だな… あの後も遠目にアイツを観察してたらさ、酷いスコールの中で刀身だけが雨粒で濡れてたんだよ。それで武器の方が本体だって直観したんだ)
(よくそんな些細な事に気が行くわね…)
(それ… イロハが大雑把だけともいうんじゃ… ?)
途端に口を尖らせた彩葉が、強引に彼の手を取って旋回しながら自由落下を始めてしまう。実は最近気が付いたのだが、彼がそんな細部やバグに気付くのは、どうやら探検家による洞察力の強化によるものらしい…。
(これでもわたし繊細なのよ!! そして横から失礼するねわコウタロウ!)
直後に瞬間移動して敵の懐に飛び込んでいる彩葉と大翔。右腕にサイクロプスの剛腕を召喚すると、赤に濡れた槍杖の刃に向かって、渾身の右ストレートを撃ち込んだ。
「ァギャ!!!」
大きく跳ね上げられた毒々しい杖が、子犬のように悲鳴を上げた。
「散々コロスだのヨワイだの言ってくれたわね! 手が届くなら怖くないのよ!!」
更にライカンの脚力で強化された足刀蹴りが、弧を描いて刀身の側面を直撃する。強烈に弾き飛ばされた得物に引かれるようにして、本体も大きくバランス崩す。
(良いダメージが入ったね、目標は死神の杖の刀身部! みんな今日は押していこう!!)
(( 了解!! ))
魔導通話が終わると同時に、短剣装備の少年と艶やかな黒髪の少女が、弱体化フィールドの内側に並んで飛び込んで来る。体制を崩した魔導士が立て直す間も無く、妖聖剣の斬撃が紫色の残像を残して打ち込まれ、逆側からは月歌の炎槍が火力を上げながら連撃を走らせる。
「ヒギギィ…… イタイ、ヤメデェ…!」
奴の痛々しい悲鳴が、無機質な声で響き渡った。
(ホントに良くしゃべるね… もしかしたらボクらの得物と同等の、加護付きなのかもしれないよ?)
香音の華奢な見た目にそぐわない、豪快に振るわれる正統派剣術が、意志を持つ杖を斬り上げ直後に返して突いていた。死の結界の中で減速はしていても、その正確で重い大剣の威力は失われていない。
彼女の強烈な一撃で、くるりと半回転させられてしまった外套姿に、メンバーの近接スキルが連続して斬り掛かる。
(さぁ一気に畳みかけるわよ!!)
彩葉の体術が一段と加速すると、意気揚々と空中で殴り掛かり、そのまま身を捻って鳥羽の刃を回転させて斬り付けた。
ついに背後の鉄門へと叩きつけられた魔導士が、必死の形相で二冊の魔導書を高速でめくり、魔法の鞭を3倍にまで追加する。まるで伝説のメドゥーサの首のように、十数本の鞭が蠢いて主を守るように威嚇した。
(あの鞭を見てたら、懐かしの獣喰らいを思い出して嫌になるわね)
その醜い姿見上げる月歌が如実に嫌な顔をする。
(ああ… 本当にトラウマレベルだな…)
そう返した少年は、悪戯っ子のように口角を引き上げた。
「だからお前は、こっちを見てろやぁあああああ!!!」
そこで幸太郎が再び敵に張り付くと、ハルバートで鞭の群を薙ぎ払い、三度目の挑発の叫びを重ね掛けする。
高火力の攻撃によって、散らばってしまった敵意が、一斉に悪魔騎士へと引き戻された。
まるで水流になびくイソギンチャクのように、一斉に彼に対して襲い掛かる魔法鞭を、大盾を強烈に叩きつけて痺れたように昏倒させた。それでも効果範囲外から包み込むように襲ってくる鞭に、無防備で打撃を受けてしまう。
すぐに桜咲の歌声で持続回復が始まるが、弱体化フィールドのダメージもプラスされ、ジリジリと体力が削られていく。
その波打つ鞭との攻防の間に、突然と飛び込んで来て奴を押さえ込んだのは、彼の従魔である下級悪魔アーマードだった。その巨体と四本の腕で、がっちりと死神の杖を握りしめている。
(いまだ一気にラッシュを!!)
主と従魔の連携によって、どうにか壁面へと押さえ込んだが、昏倒から回復した鞭も加わって激しい連打を浴びてしまう。凄い勢いで幸太郎の体力が減り始め、それを桜咲とフェアリ ホルの回復スキルが、強引に支えようとする。
後は主盾である幸太郎が先に倒れるか、その前にギガントガースを削り切るかの勝負になった。
まさに身を盾にして作り出した隙を逃さずに、メンバー達が続けざまに高火力で斬り込んでいく。
大翔の両手短剣が、一瞬で十数回の斬撃を叩き込み、月歌の炎槍が魔力ごと槍杖を叩き斬る。
確実に大ダメージが蓄積するが、幸太郎の体力も1/3まで激減している。
(コウちゃんが持たないよー、もっと火力を追加してっ!!)
桜咲の蒼月十字剣からは、スラッシュと聖なる一撃が連続し、彩葉は虎腕爪気功撃の強力な殴りからの、突進攻撃によって鋼鉄の門ごと街の外へと吹き飛ばしてしまった。
「ヒギャァァァァァ!!」
無敵にも見えたLV65のユニークボスだったが、やはり魔術師系だけあって、本体は意外と打たれ弱かった。
まるで投擲された槍のように一直線に宙を舞うと、ひしゃげた鉄扉と一緒になって、木々を薙ぎ倒して樹林の中へ転げていった。直後にアドバンスダッシュで追いついた、香音の渾身の多連撃の突き技が、ついに奴の刀身をひび割れさせてしまう。
「ブギャ! ワレタ!! オレガコワレル… !!」
怯えた声を上げ、魔力鞭を滅茶苦茶に振り回す魔導士に向けて、大翔と月歌が再び並んで疾走する。
「火神お願い!!」 「妖聖剣殺るぞ!!」
大翔の多重強化に加え、妖精達の支援魔法、更には桜咲の歌による持続強化が加わって、死の結界の中でも攻撃速度は減速していない。
バラ鞭のように振り下ろされる半透明の鞭の群を、加速スキルで一瞬で潜り抜け、地に刺さった死神の杖へと二人同時に肉薄した。
直後に宵闇と妖狐の残像が一閃し、左右の森を背の高さで切断しながら、死神の杖の両側面を挟み込むように交差した。闇と炎の相反する力場が爆発的に弾ければ、強烈な衝撃波が切断された木々を小枝のように薙ぎ払う。
「………ガ… ギャ…」
扇形に切り開かれた森の中央で、死神の杖の断末魔が小さく漏れる… そして禍々しい装飾にひび割れが走ると、対になった頭部を上下で腕に抱えながら、絶叫するように体を反らせた。
直後に頭上で発現した無数の魔弾爆破が、魔導士自らを巻き込みながら降って来る。
(ツキカ下がれ! こいつオレ達を道連れに…)
大地を揺るがす程の大爆発が外套姿を中心に炸裂する。次々に連爆する黒炎の爆圧が、樹木や土砂を続けざまに噴き上げた。
(はぁはぁ… 最後は範囲攻撃で自爆かよ? まったく厄介なボスだよな)
何とか爆心の外へ瞬間移動した大翔が、手繋ぎした月歌と苦笑する。
立ち上がる黒煙と土煙の合間で、縦割れした刀身から放射状に漏れ出した、眩い朱色の輝きが世界に走る。
(これは魔力暴走だよ! 全員緊急離脱!!)
的確な香音の指示で、全員が街へと一斉に脱出する。
幸太郎が桜咲を抱き上げ、彩葉が香音を手繋ぎして鳥羽を広げ、大翔も月歌の手を握ったまま、瞬間移動と疾風の極意を連続して距離を離した。
背後で強烈な閃光が横走りすると、視界が一瞬集約し、直後に大気が膨張すると分厚い衝撃波となって全てを破壊する。それは熱帯雨林を吹き飛ばし、都の防壁をバラバラに巻き上げると、瓦礫と水蒸気で視界を灰色に覆い尽くした。
(ホント往生際の悪い奴だ…)
後に残されていた、街の一区画もあるような大穴を見下ろして、大翔はゾッとしてため息を吐いた。
彼等にとっては、割と苦戦したレイドでしたね… むしろレベル差考えたら楽勝だったほう?
ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります。