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11-1話 防魔堤(イビルダイク)

第十一章 :拒絶の谷の行く先に:


「天使様に伺った通りみたい… これが外界との境界『防魔堤(イビルダイク)』ね」


 月歌(ツキカ)は、白馬の騎乗で後ろに振り向き、蜜髪のエルフに話し掛ける。こうしてふたり仲良く密着(タンデム)していると、何処(どこと)となく姉妹のようにも見えてくる。


「あの壁から凄まじい魔力を感じるよ? ボクらが想像もつかないような未知の力場っていうのかな… あれ? でも… 幾つか穴も開いている… ?」


 深い深い大渓谷のその底を、超低空で滑空するメンバー達が、迫り来る巨大な障害物を見上げていた。


 その乱雑に打ち込まれた巨柱群は、一本が電波塔サイズの石の杭で、まるで巨石の森のように彼らの行く手に立ち塞がっている。それは奥へ行く程に密度を増して、外界と此方(こちら)を乱暴に隔てているようだ。


「何だよこれ… 神か巨人が慌てて谷を封鎖したような…?」


 大翔(ヒロト)はそのあまりの壮大さに、自分が小さく縮んでしまったような錯覚を覚えた。


「まさに、前人未踏の大秘境って感じでワクワクするなぁ」


 何故(なぜ)幸太郎(コウタロウ)は、少年のように眼を輝かせて悪魔の翼を小刻みに揺らしている。


「これの先ってようするに裏世界でしょ? 向こう側に何があるのか、行ってみないと分からないのよね」 


「大丈夫だよイロハちゃん! 通れない事も無いと思うのー」


 相変わらず桜咲(サクラ)は彼氏に抱えられたまま、お気楽な言い方で鼻歌(ハミング)を歌っていた。まぁ、彼女がこの調子なら、それ程酷い事にはならないだろう。


「やっぱり魔力的な欠損部分を感じるよ… ボクが誘導するからそっちに向かってくれる?」


「分かったわ、カノン」


 そうして愛馬を操る月歌(ツキカ)は、急激に接近する柱の合間へと、速度を落として滑り込んでいった。






 ◇






 時を戻すこと数刻前… 天使シオリコと顔を合わせた監視塔にて、同盟軍の情報に全員が表情を硬くしていた。


「六万の総力戦… 当然わたくし達の街、廃都クシャネを意識しての進軍ですわね」


 平然と事態を口にする天使様が、自分の背後で怯えている咲霧(サギリ)の背に、淑やかに手を添えている。


「サギリ…? 大丈夫ですよ。あの街を堕とせはしませんもの」


 穏やかに言う彼女の、眼だけが笑っていなかった…。


「それでもやっぱり、同盟軍遠征の目的はわたしだと思うんです… 彼は相当に頑固だから…」


 やはり責任を感じているようで、月歌(ツキカ)は申し訳なさそうに下を向いてしまう。そんな彼女に静かに寄り添い、大翔(ヒロト)が黙って腰に手をやった。


「それは困りましたわね… 貴女方こそ、どうするおつもり? ここは袋小路のようなものですわ」


「その言い方だと、やはり本当の行き止まりでは無いんだな… ? 谷の先には本物のクシャネの都があって… そしてあの幻の都市国家にも続いているんだろ…?」


 少年は真っ直ぐにシオリコの眼を見て聞いた。彼女はしばらく静かに微笑んでいたが、何かを決心するように彼と向き直る。


「そうですわね… ここから先のお話は、あくまでも古い伝承と、語り継がれてきた噂話だと理解して下さいませ」


 彼女は食堂の窓を開け放つと、そこに見える渓谷の行く先を遠くに指差した。


「この渓谷の更に奥、徒歩で丸二日の距離に、防魔堤(イビルダイク)と呼ばれる、高位魔物たちに対する防壁がありますの… それは遠い時代、クシャネの都が何らかの理由で滅んだ直後に、魔物の侵入を防ぐために建てられた急ごしらえの物らしいのです…」


「そこから先へは進めないのですか?」


 香音(カノン)も知識欲を刺激されたらしく、自然と前のめりに身を乗り出してしまう。


「それは説明が難しいと申しますか… 御覧になればすぐに納得できるでしょう。そして皆さんが今、行き先として考えていらしゃる幻影都市リスティアへは、その高位魔物が闊歩する秘境を超えなければなりません」


「んふ! 秘境かぁ…」


 彩葉(イロハ)が、女豹の表情でにやりと笑った。どうやらメンバー的には新しい冒険の匂いに、浮足立っているといった所だろう。


「みなさん頼もしい限りですわ… ですがその谷底の狭い道には、レベル60を超えるボスクラスの怪物が、何匹も確認されておりますの… わたくし達はその恐ろしい西方街道を『拒絶のルバ渓谷』と呼んで一切近づきませんわ」


 黙ってシオリコの話を聞く仲間達を、大翔(ヒロト)は頷き合いながら見渡していく。


「危険な街道という事は理解したよ… それでも聞きたいんだ、その幻影都市は実在するのか?」


 その端的な質問に、彼女は穏やかに笑みを浮かべた。


 そういう言い方… 少しも変わっていませんのね……。


 少しの間、シオリコは黙ったままでいると、突然と少女のように破顔してくすくすと笑いだしてしまう。それは今までの、何処(どこ)か掴みどころのない彼女とは違って、人間味あふれる心のままの表情だった。


「失礼しましたわ… 少し昔を思い出してしまいましたの。これからの話しは此処(ここ)だけの内緒にして下さいね」


「あぁ、もちろんだ」 


「幻影都市リスティア… 正確には『共和制港湾都市リスティア』なのですが、確かに存在しておりましたわ… ですがそれはクシャネが滅ぶ前の事。こうして往来が閉ざされて90年あまり… 現状は誰も知りようがないのです」


 すると今度は大翔(ヒロト)の方が、にこりと笑い返していた。


「それでも行かれるのですね… ?」


 そう言って彼を見るシオリコの瞳は、何処(どこ)か遠くを見詰めているように儚げだ。


「あぁ、追われる身のオレ達だ、行く先に希望が持てるだけありがたいよ… 貴女には色々と感謝をしてる」


「わたくしも… ですのよ。どうぞ道中お気をつけて…」


 そう言って、どちらともなく握手を交わす。するとシオリコの後ろから、控えめに顔を出した咲霧(サギリ)が、涙目で手を振ってくる。


「皆さん、お逢い出来て良かったです! ヒロトさん… わたし少しは強くなったんですよ… それもみんなヒロトさんのおかげです」


「オレは何もしてないよ… それはサギリの覚悟の結果だぞ?」


 その言葉に、更に溢れた涙が少女の頬を濡らしてしまう… そんな彼女の薄桃色の髪を、去り際に何度かぽんぽんと撫ぜていった…。



 



 ◇






 そこは深く雪の積もった巨柱の森のどんずまりだった。重なり合った杭が密着して、縦模様の石壁となって彼等の行く手を阻んでいる。


「うん、こっちかな…」


 日の光も陰った薄暗い迷路の中を、自らの足で香音(カノン)が先を進んでいた。そうして特に魔物とエンカウントする事も無く、一行はその魔力障壁の欠損部へとたどり着く。


「こりゃいったい… なんかの彫刻なのか?」


 その光景を目にした幸太郎(コウタロウ)が、腕組みをして首を捻っている。


「まぁ… 渦巻だよな…」


「そうね… 渦巻ね?」


 追いついてきた大翔(ヒロト)月歌(ツキカ)も、同じように首を傾げてしまう。その穴は周囲の石柱を巻き込むように、不自然に捻じれて内部へと引き込んでいるように見えた。


 一見すると布に描いた背景を、摘まんで(ひね)くったような印象だ。しかしその中心には、確かに黒い空洞が不気味に口を開いている。


 大翔(ヒロト)魔力腕(マジックアーム)で、抱える程の大岩を掴み上げ、穴の中に放り込む。岩は音を立てて、ゴツンゴツンと転がっていき、特に問題もなく反対側へと飛び出していった。


「これが結界の欠損部なんだけど… この不自然な渦巻に沿って、力場も同じように捻じれていて… これは… もしかして空間ごと歪んだ跡とか…」


「まぁ、危険が無いなら行くしかないだろ?」


 香音(カノン)が言い迷っている隙に、少年が真っ先に空洞へと踏み込んでいく。それに桜咲(サクラ)が、スキップをしながら無防備に続いて行くと、残りのメンバー達も恐る恐る後を追う。


「なんだか不思議な穴ね… 平衡感覚を失いそう」

 

 周囲の捻じれたような壁面に、そっと手を触れて月歌(ツキカ)が零した。


「無防備に振れない方が良いよ。壁面に沿って力場が不安定に流れてるみたいなんだ」


 香音(カノン)がコツンと杖の先で壁を小突くと、まるで共振するように、光がぐるりと廻っていった。そんなライフリング加工され銃身のような螺旋の空間を、足元の凹に注意しながら進んでいく。


 その奇妙な穴は深いものではなく、すぐに光が大きくなると彼方(あちら)側へと抜けられた。


「なるほどそう来るか… まさにこれは裏世界だよなぁ…」


 深雪の渓谷を進んでいたはずの彼等は、緑の濃い熱帯雨林(ジャングル)の只中で、苦笑しながら立ち尽くしてしまう。湿った土の匂いに、むっとするような湿度の高い大気が肌に纏いつく。


「トンネルを抜けると、そこは苔生(こけむ)したジャングルでしたー!」


 桜咲(サクラ)が底抜けに明るい笑顔で、みんなに向かって両手を差し上げる。前世を思い出して以来、何かが吹っ切れたのか、最近の彼女は何事にもご機嫌だ。


 そしてそれはメンバー全員にも共通する感覚らしい。この世界に堕とされてようやく、様々な葛藤と呪縛から解放され、何でも自由にできる幸福感に浮かれているようだ。


「やっぱり何かしらの、魔力発現による名残だね… 例えば空間自体を歪ませるような特殊な力とか… ?」


 シダや蔓草(つるくさ)に埋もれている、此方(こちら)側の壁を観察しながら、香音(カノン)が少し興奮気味に言った。


 どうやら出口側こそが爆心地(?)らしく、直径が20mはありそうな大規模な窪みは、地面と壁を一緒に引き込み、中央の穴へと吸い込むように捻じれている。


「恐ろしいな… 空間湾曲とか重力魔法とかの類かよ? そう言われば小型のブラックホールに吸い込まれたような跡だよな?」


「重力スキルを使うような、規格外のレアボスが居たりして… あはは」


 月歌(ツキカ)が自分でフラグを立てると、それを否定するように乾いた笑いを浮かべてしまう。 


「流石にそれは考えたくないかな? この防魔堤(イビルダイク)に穴を開ける程の事象(スキル)なんて… 超自然的な魔力災害レベルだよ?」


 香音(カノン)が周囲の魔力を感知すると、ふぅと安堵のため息を漏らした。とりあえず直近での危険は無いようだ。


(全員静かに集合してくれ… 何かヤバそうなのが真正面に居るぞ…)


 いや… 前言は撤回しよう… 緊急事態だ。


 その存在を探知した大翔(ヒロト)が、全員を中央へと引き戻した。そうして草陰に身を潜めて潜伏(ハイド)すれば、前方に走査を集中してその正体を露わにしていく。


 半ば緑樹に飲まれた名残のような砂利道の先に、3階建てのビルに相当する巨人のシルエットが浮かび上がる。




:鑑定:


『双頭のベルグトラウ』L()V()6()6() LV66 Elder BOSS


粗暴の叫びLV10 恐慌の咆哮LV10 両手鈍器LV10 持続回復LV10 筋力強化LV10




(前方730mにレベル66の筋肉トロルが居やがる… こいつ… どんだけ脳筋だよ…)


 それは本来の適正レベルの、3倍にも相当するレイドボスであり、初めて目にするElder(長老)のタグを背負っている。見た目はスーニカ戦区にも現れる、二つ頭のトロルだったが、そのレベルとステータスが桁違いだった。


(まぁ少なくても、魔法系のスキルは持ってないから、あの渦巻の犯人ではなさそうだけどな…)


 それだけが唯一、安堵できる情報だった…。








 第十一章が始まりました! 


 それはイサム達6万の同盟軍から、逃れるための逃避行。何者をも寄せ付けない絶対的秘境『拒絶のルバ渓谷』の先にあるものとは… ? いよいよ物語もいよいよ終盤です!


 ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります。



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