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10-1話 赤い朝の記憶

第十章 :A.ドボルザークの失踪:

 

「あの吹雪の後の、真っ赤な朝焼けの中に貴方を見つけたとき… 嬉しかったから… 本当にもう満足だと思えたの… だから」


 何故だろう…? 混濁する月歌(ツキカ)の言葉に重なるようにして、窓辺に立った少女の姿が蘇ってくる。


 ああ、そうか… 長い長い夢を見てるんだ…。


 それは少年の向かえた最後の時間… 世界が紅に染められる、残酷で美しい凍えた朝の記憶だった。





 前世の彼、島名大翔(ヒロト)は、札幌に本社を構える、食品会社の経営者の長男として生を受けた。祖父に代議士を持つ厳格な父親は、ひとり息子を後継者として、厳しい(しつけ)と度を越した英才教育で縛り付けていた。


 私立の進学校に入学を果たすも、父親の過度な束縛と精神支配は、彼の人間性を確実に蝕み続けていく。そうして大学受験を向かえる頃には、鬱状態を発症して、更には記憶の欠落さえも自覚する程に悪化していた。


 当然そんな状態で、身の丈を超える有名大学に通るはずもなく、父親の激高と体罰の果に浪人生活へと転落してしまう。そんな少年の酷い状態に、さすがに見かねた母親が仲裁に入ると、札幌駅に程近い予備校のすぐ隣に、マンションの一室を借りて父親から引き離したのだ。


 そうして実父から距離を置いてはみたが、体の奥底まで染み付いたトラウマを癒すことは叶わない。それでも突然と訪れた自由と、予備校と自室を往復するだけの毎日を持て余し、つい興味本位で始めたネットゲームに陶酔していく事になる…。


 今まで知らなかった、違う自分で居れる開放感は、彼の奥底にある何かを呼び起こした。そうして部屋に籠もっていれば、すぐにネット廃人と呼ばれる、ゲーム中毒者の仲間入りだ。


 その頃には記憶の欠落も酷くなり、何時間も意識が無い事が頻繁になっていく。


 そうして一年… 再び受験シーズンが近づく頃には、大翔(ヒロト)()()()()の全てを諦めて、自殺を望むようになっていた。


 そんな北の都が厳しい冬に凍てつく頃、彼は欠落した記憶の中に、病弱な少女の姿を見るようになる。


「……… 苦しくて、辛くて、何もかもに絶望して、深夜の街を徘徊するぐらいにか?」


 夢の中で出会った難病に苦しむ少女は、名前を彩々楽(ささらぎ) 小夕(さゆ)と言い、そして何故か自分を瑛太(えいた)と名乗ってしまう。


「そうかよ、サユ… お前が()()なのは伝わったわ… メンヘラのお騒がせっ子とは、まるで雰囲気が違うからな」


「わたし… 多分… そういう人より、たちが悪い… です」


 少し荒れた黒髪を伸ばした、色白で雪女のような美少女小夕(さゆ)… その名前を聞いたとたんに、彼の奥底にある何かが酷く高ぶった。 


 そんな彼女と夢の中で出会うちに、それが自分の別人格が体験している、現実の世界だと気づいてしまう。解離性同一性障害… そんな現実離れした病名を、だが確かに自覚してしまった。自分の中に居るもう一人を認知する事は、病状が進んだ状態らしい。


 その夢… いや、別人格の瑛太(えいた)小夕(さゆ)の逢瀬は、死を求めている大翔(ヒロト)にとっても、とても優しくて暖かい、人生で初めて感じた幸せな時間となっていく。


 しかし小夕(さゆ)もまた、病床に長く伏せ、養父に性的関係を強要され続ける、追い詰められた少女月歌(ツキカ)の別人格だった。


「お願いエイタ… わたしが養父(あれ)を殺すから、明日の朝に、この娘を逝かせてあげて欲しい…」


 冬の嵐の吹き荒れる深夜に、初めて大翔(ヒロト)の人格のままで、携帯電話の向こうに 小夕(さゆ)の声を聞いていた。


「うん… わかったよ…」


 何故(なぜ)だか涙が止まらなくなった少年は、その()()()少女に、そう返すのが精一杯になる。


 その朝焼けに燃える凍えた朝、約束通り大学病院を訪れた大翔(ヒロト)は、病棟一階の個室の窓から、彼女に手を引かれて室内へと入り込む。


 凍った大気が光を反して、キラキラと少女の姿を輝かせていた。お互いの視線が絡んだ直後に、少女は支えを失うように、その場で泣き崩れてしまうのだ。


瑛太(えいた)でなくて悪いけど… 彩々楽(ささらぎ)さん」


「ううん… わたしも… 小夕(さゆ)じゃないけど… でも、ありがとう」


 病室は飛び散った血糊で赤く汚れ、差し込む朝日がそれらを、溶かした水彩具のように鮮やかに照らしていた。


 そんな凄惨な現場にあっても、初めて現実世界で逢った彼女に、気持ちが高揚するのをおさえられないでいる。別人格である瑛太(えいた)が愛した少女を、自分もまた愛しているのだ。そして多分、彼女も同じなのだろう…。


「こいつが君の養父だった男…?」


 個室の床を血で染める白衣の男は、背に果物ナイフを突き立てたまま、事切れて微動だにしない。


「そう… 表では病弱な義娘を治療する、献身的な専門医を装って… 命の代償に、毎晩月歌(わたし)を犯した酷い(ひと)…」


 向き直った少女の右半身は、返り血で赤黒く汚れている。


「さっき… 小夕(さゆ)が表に現れて、わたしの代わりに殺してくれたの… 今はまた眠ってしまったけれど」


 血に塗れた少女の横顔は、無感情でいて酷く妖艶に見える。それは透き通っていて生気がなく、すでにこの世の者ではないようだ…。


瑛太(えいた)が約束は守るって… そう言うけれど、君は本当に()()を望むの?」


 その意味を実感した少年が、悲しそうに彼女を見下ろした。


「お願いしたいわ… ほんとにもう疲れたの… ねぇ、こんな汚れて惨めなわたしだけど… 最後に君にハグして欲しい…」


 割と気の強い小夕(さゆ)とは違って、月歌(ツキカ)は儚げで冷めた印象で、それでも諦めたような笑い方はそっくり同じに見える。


 二人の表情が重なるのを感じたとたん、自分もまた瑛太(えいた)の感情と緩やかに同化するのを感じていた。結局どんなに解離していても、二人は同じ人間なのだ。


 そんな黒髪の少女の手を取ると、ゆっくりと座り込んだ床から引き上げる。


「君は汚れてなんかない… ほら、こんなに素敵で愛らしい……」


 そこで初めて、大翔(ヒロト)は夢の中に見ていた少女を、現実の存在として抱き寄せていた。その細すぎる肩や腰は酷く懐かしくて、むしろ自分が慰めてもらっているようだ…。


 月歌(ツキカ)は長く腕の中に留まらず、何かを察したように身体を離すと、養父の背に刺さったナイフを作業のように引き抜いた。


「これでお願いします…」


 それを少年に無造作に手渡すと、窓から差し込む朝焼けを背にして、両手を緩く広げて見せる。


「大丈夫… 来てください」


 全てが真っ赤に染まった世界で、月歌(ツキカ)は女神のように美しく微笑むのだ。少年はナイフを逆手に持ち直すと、胸の下部から心臓を狙う位置へ、()()()()動きで正確に突き刺した。


 少女は「うっ…」と一言だけ声を上げると、眠るようにゆっくりと瞳を閉じる。全てから解放されるような幸せそうな表情で、彼のコートを小さく掴んだ。


「おい貴様っ!!! 今すぐその娘から離れるんだ!!」


 半開きになった病室の引き戸から、2名の制服警官が回転式拳銃を構えて声を荒げた。


「ナイフを捨てろ!! 発砲の警告はしたぞ!」


 大事な二人の瞬間を罵声で邪魔されて、彼の意識が冷たく引いていく。少女の胸のナイフを引き抜くと、もう一度月歌(ツキカ)を突き刺すために身を引いた。


 パンっと想像より小さい音で、警官の銃が発砲する。


 弾は彼の腹部に命中して、一瞬だけ動きを遅らせた。それでもナイフの一突きを振り出せば、少女の胸をナイフの柄まで深く刺し貫いている。


 二度目の発砲音が鳴り、彼の背に銃創を刻むと、月歌(ツキカ)が彼を守るように倒れ掛かってきた。


「ぁ…… ごめん… ね」


 震える唇で、必死に言葉を残そうとする少女を、支えるようにして一緒に床へと倒れ込む。


「オレは… 君に逢えて… 救われたから…」


 運悪く肝臓に命中した弾丸が、大量の内蔵出血を起こして、急激に視界が暗くかすれていく。


「そこの看護師!! ここは緊急病院だろ! すぐに救急救命医を呼んでくれ!!」


 暗転する意識の向こうから、革靴の音が慌ただしく駆け寄ってくる… それが大翔(ヒロト)の覚えている最後の記憶になった。


 



 

 そう… 彼は前世を追体験し、自分と少女の凄惨な記憶を思い出していた。


 月歌(ツキカ)が背負う養父殺害の罪と、彼女をその手で害した事も。望んでいたとはいえ、月歌(ツキカ)の命を自ら奪った… それこそが彼の大罪だった。


 そんな悲壮な運命に惹かれ、二人はこの修羅の国へと堕とされたのだ…。


 



 ー 復活(リバイブ)シークエンスを開始 ー



 :死亡ペナルティにより経験値(EXP)の5%を失いました:


 :LV28からLV27に下がりました:


 :全ステータス-25%の状態異常(600秒)が付属します:





 ぁ…? これは 復活(リバイブ)のアナウンスか…… ?


 さすがに四度目の復活(リバイブ)ともなると、復活の最中に意識が覚醒してくる。


 オレは… この手でツキカを… くそ!! 気落ちしてる場合じゃない… ! 本当に… あれから7日が過ぎたのか… ? 





:イリィタナル城塞都市の石碑へ転送します:



   ようこそイリィタナル城塞都市へ

 ー Welcome to ILITANARI FORT ー





 急激に体の重みが増していくと、視界が白くハレーションを起こして眩暈がする。その瞬間、大翔(ヒロト)神隠し(アドバンス ハイド)を躊躇なく発現していた。


 その結果、近くでたむろする男共に気づかれず、彼は潜伏(ハイド)状態で現実へと復帰を果たした。


 そこは見慣れた城塞都市の広場ではなく、あの二重の城壁に挟まれた裏の石碑の床上だった。通り雨の後なのか、しっとりと冷たく湿っている。


 一番戦区への出立前、彼の探検家スキルからくる危機感知が、こちらの転移石(ポータルストーン)への登録を促したのだ。


 城壁沿いに凹んだ半円形の広場の最奥で、大翔(ヒロト)は人知れず身体を起こした。そこでようやく、ぼやけていた焦点が合うと、頭上に広がる鉄製の網の存在に気がついた。それは広場全体を籠のように大きく覆って、この場所を封鎖している。


 なるほど… この裏口にもきちんと()()をしているという事か…。


 慎重に網に触れないようにして、周囲の状況を走査する。この状況で網を揺らせば、潜伏(ハイド)が解除されてしまう危険があった。


 広場で煙草をふかすハンター達は、全員が赤枠の敵表示だ。多分、復活(リバイブ)もしくは転送する者を、見張るために配置されているのだろう。


 ふぅ… 最悪だろこれ? やっぱ城塞都市は陥落したのか… ?


 実際に彼の予想は正確だった… 大翔(ヒロト)が封印されている7日の間に、イリィタナル城塞都市は敵銀翼同盟に完全に占領されていた。


 








 第十章:A.ドボルザークの失踪:が始まりました。


 陣営戦争の大局が動く中、ヒロトとツキカは本当の意味での再会を果たそうとします。そして眠り続けるカノンの元へと急ぐ二人は… そんな物語になりそうです。


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