8-11話 血盟戦
第八章 :城塞都市イリィタナルの内紛:
「うっは! 本当に居るんじゃん!! ご招待にマジ感謝ー!」
二枚の城壁の合間を、武装した集団がダラダラと歩いてくる。一見してガラの悪い野郎共に紛れて、屈強な女ハンターも含まれていた。そんな奴らの先頭に立つのは、トボけた表情で茶化してくる、鬼畜イケメンの悠夫だった。
「あんた頭イッてるよねー 此処って逃げ場の無い一本道じゃん? ソロならせめて、逃げ回りながらの市街戦の方がマシじゃね?」
悠夫がペラペラとしゃべる間に、100人を超す野郎どもが、横一列で通路を塞いでしまった。それでも大翔は中央で微動だにせず、足元を見つめたまま仁王立ちをしているのだ。
「ビビって声も出せねんじゃ? 本当に何がしたいんだい…? まぁ、会議での憂さ晴らしも兼ねてさ、あんたにゃ八つ当たりするけどな」
このガキは、いつの間にか災厄やカノンに取り入りやがってぇ… 手脚一本ずつ切り離して、肉片にまで切り刻んでやるからよ…!!
そう、このキチガイは敵味方関係なく、自由を奪った少年少女を、そんな残虐な方法で嬲ってきたのだ。サイコパスの優男は、凶悪な復讐を想像して、ゾクゾクと気持ちを高ぶらせていく。
奴は冷酷な笑みを鋭くすると、手にした厳つい長弓を天へと差し上げた。
とたんに引き連れた悪党顔の集団が、一斉に戦闘陣形に体制を整える。前列に盾持ち十数名が押し出され、弓と魔法の遠距離隊をガードした。身軽な暗殺系と火力勝負の戦士系は、盾役の背後に張り付いて、空きあらば殺到しようと身構えている。そんなセオリー通りの完璧な布陣からは、決して大翔を侮っていない事が伺えた。
「うちのボスがさぁ… 君って結構強いから、全力で行けって言うじゃん? まぁ災厄んとこに居るなら、多職持ちってやつだしな… 手加減無用で良いんだろ?」
そういうと悠夫は、ケラケラと笑いながら隊列の後ろへと下がっていく…。
…… 彼奴の姿がまだ無いな……。
少年は奥歯をギリギリと噛み締めながら、必死に自分を抑えていた。今にも爆発しそうな激情を、冷静な人格が強引に制御しているのだ。
「こないだは世話になったな泣き虫野郎! たっぷりと時間を掛けて礼はさせてもらうぜぇ!!」
典型的な雑魚発言をするのは、勝治と眼帯の魔術師の一派だ。数を集めて強気になったのか、凶悪な笑みで大剣を肩に背負っている。
「そんじゃ戦争始めっかー!!」
悠夫の号令で、全員が一斉に動き出し、少年は腰の鞘から、妖聖剣をすらりと抜き放つ。
「「「おぉおおおおおおおお!!!!!」」」
地を揺さぶるような雄叫びと共に、約30の弓職と魔術隊が、一斉に遠距離射撃を撃ち放った。味方の頭上を大きく越えて、集中する火力が大翔に向かって圧倒する。
次の瞬間奴らには、全弾が確実に命中するように見えていた。鏃が何かに弾けると、激しく連爆する魔法エフェクトが、視界を派手に遮った。その火力に、誰もが初撃で討ち取ったと拍子抜けしてしまう…。
「おい… 何だ? あの赤い盾…?」
爆炎が空へ薄れていくと、少年はその場で何事もないように俯いていた。
「…………」
いつの間に現れたのか? 彼の正面には全身を覆うほどの、巨大な円形の盾が浮いている。いやそれは真っ赤な十二角型の、魔赤金鉱製の大盾だった。
命中したはずの全ての矢は、完璧に弾かれて地や壁に突き刺さり、その曲面に傷一つ残せていない。強力な爆発系のスキルも、高い対魔特性に相殺、吸収されてほぼ無効化されていた。
「撃て!撃てっ!!!」
タイミングを合わせた同時斉射が、何度も彼に到達するが、その全ての攻撃を魔赤金鉱製の大盾が、的確に動いて遮断していく。その自動防御にさえ見える動きは、桜咲の女神の聖盾のように敏捷だ。
ようやく無駄撃ちと気づいた遠距離隊が、諦めたように攻撃を止めると、大盾はユラリと揺れて少年の背へと回り込んだ。
魔力を通した魔赤金鉱は、対物対魔の両方に強い耐性を発揮する。彩葉の薄いドレスでさえ、希少なフルプレートを凌駕する防御値なのだ。それがこれだけ厚い防盾ともなれば、その強度は計り知れない…。
:鑑定:
魔赤金鉱のカーディナルラウンダー(Rare Magic)LV26
防御力+355 魔法抵抗+272 魔力反射12% 魔力吸収14% 自動修復
それは大翔と幸太郎合作による、オリジナルの快作だった。
希少な魔赤金鉱素材を、惜しげもなく使っての超高額な一枚盾だ。基本性能だけなら、幸太郎の獄墨鋼盾を、凌駕する程の高耐性だ。当然それは、身軽な暗殺者が持つべき装備ではない。
そして何より、その防盾を握っているのは、半透明の魔力腕なのだ。それによって少年は、全方向への自由な防御と、二刀剣による攻撃を両立していた。
「ありえねって!! あれだけの攻撃を盾一枚で受け止めたのか!?」
眼帯の魔法師が興奮して唾を飛ばす。
「装備のレベルが高すぎて詳細は見えねぇけど… ありゃ全魔赤金鉱製の盾だぞ……」
赤ステのクラマスが、鑑定結果を見て顔を引き攣らせている。
「んな馬鹿な! あれだけの素材があれば、激レアな魔法剣が数本も打てんだろ? 防具に無駄金掛け過ぎだろが!」
脳筋の火力馬鹿から見れば、武器に資金を全振りするのが常識だ。それでもこれは、大翔がタウバァで経験した、単騎による集団戦への明確な答えなのだ。
「何ビビッてんのよ! 敵は小僧一人だぜ? 取り囲んで十字砲火に持ち込めよ!!」
悠夫が叫びながら、速射スキルで3連の矢を続けて放つ。同時に再前衛の騎士職が、左右に広がりながら縮地スキルで踏み込んできた。少年は風切り音と共に殺到する弓矢を、妖聖剣を軽く傾けるだけで、簡単に軌道をずらしてしまった。
そこに左右正面の三方から、盾持ちの列が囲むよう突進してくる。それを嫌って、数ステップ後ろに下がれば、大剣や戦斧の大型武器を振り被った火力職が、騎士の肩を踏み台にして飛び掛かろうとする。
トリッキーな連携を自然に繋げてくるあたり、流石に武闘派と言えなくもない。が、少年の周囲に黒キューブが実態化すると、押し込もうとした盾持ちの前列が、一斉に後方へと弾かれてよろめいた。
「うわぁぁ!!!」
彼等を踏み台に飛び掛かろうとした十数人が、絶妙のタイミングで足場を崩され、無様に地へと転がり落ちる。そこへ赤い大盾が、大きな弧を描いて飛来すると、もんどり打った野郎共を横薙ぎに打ち払っていった。
大盾がフリスビーのように背に戻ると、彼はゆるりと数歩を下がって追撃には出なかった。
「な、何だよ今の打撃技は……?」
気付けば騎士達の持つ大盾は凹み、卵ほどの黒箱が深くまでめり込んでいる。至近距離から弾かれた連結キューブが、彼等の突撃を力ずくで止めたのだ。それでも前衛は、何が起きたのか全く理解出来ていない。
その異質すぎる戦闘に、戦場が一瞬だけ凍りついてしまう。たった一人で100の戦士を前にしても、気圧される気配が微塵も無いのだ。そこで初めて小さな畏怖が、奴らの中に生まれていた。その感に従って引いていれば、あるいは未来も変わったのかも知れないが…。
「おら!!!!! いけいけ! 全員で波状攻撃だ! 攻めまくりゃ魔力も気力も消耗してジリ貧だろがっ!」
そこで再び、隊列が組み変わり、盾役の背に2名の火力が張り付いて、十数の小隊に分裂をする。3人一組の最小単位で、不規則に間合いをずらすと、まずは正面から突っ込んで来た。
髭面の騎士がシルードスタンを撃ち出すと、同時に飛び込んで来るのは、デブの魔法剣士と、大剣にスキルを込めた勝治だった。一瞬で左右に広がった奴らは、三身同時の包囲攻撃を仕掛けてくる。
しかし直後に自分がどうなったのか、彼等も全く知覚出来ない。気付けば騎士は顔面から地面に突っ伏して、魔法剣士と勝治は無様に激突すると、左の壁まで吹っ飛んでいった。
直後に続いていた二番手は、有り得ない挙動をした勝治に目移りして、あっさり少年を見失ってしまう。
「ぐべぇ!!!」
細身の重騎士が、目標を見失って足踏みすると、何故か背中から派手に何かに突き飛ばされた。前方に二転三転して土煙を上げる盾役と共に、後ろの二人は上空10m程を、得物を投げ捨てながら錐揉みしている。
左右から挟撃しようとした二隊の真ん中に、無防備に背から落下する二人。鉄仮面の男は右肩を酷く脱臼し、戦士は朦朧として地を這いずっている。
気付けば何時の間に移動したのか、少年は再び数歩の距離を空けて、亡霊のように立っていた。
「くっそ!! 奴の動きが全く見えねぇ!!!」
直近の二組6名が、それぞれにスキルを発動して、同時に襲い掛かろうとするが、その全ての攻撃は、まるで幻を斬ったように、棒立ちした少年にゆらゆらと躱されてしまう。
「………… はぁ!?」
この場にはやはり、大翔の動きを追える者は誰一人居なかった。彼は呆れたように妖聖剣を鞘に戻すと、流れるような気功武術の足技だけで、6人の武器を片っ端から蹴り飛ばしてしまった。
大きな金属音を上げて跳ね回る刃物を、その主人達が絶望的な眼で追っていた。
…………………。
再び一瞬だけ沈黙が訪れる…。
すでに初撃の一斉射撃から、何十手もの攻めを放っていたが、ダメージを与えるどころか触れる事さえ出来ていない。武技を発動すれば確実にヒットする、スキル連打に慣れている者達には、理解不能の悪夢のような状況だ。
「あ、あいつ… 発動したスキルまで避けてねぇか…?」
誰ともなく漏らした言葉は、微妙に震えているようだ。そうして感じていた不気味な予感は、現実のものになりつつあった…。
な、泣き虫野郎…… ってマジで強くね……?
鼻血で顔を汚した勝治が、よろけながら壁を背に立ち上がる。
多くの修羅場を経た者こそ、数の暴力こそが絶対だとして疑わない。その抗えない真理の前では、少数精鋭など儚い妄想、子供の夢物語でしか無い… いや無いはずだった…。
しかし実際にこの少年は、武闘派100名を敵にしても、顔色ひとつ変えていない。いや、それどころか、明らかに手加減さえしているのだ。
そんなはずはねぇ… 災厄みたいな怪物が、そう何人も居るはずねぇじゃん!!
その不気味にさえ感じる戦いは、悠夫さえも躊躇させていた。それでも燃え上がる黒い欲望が、キレたように特攻を叫び始めてしまう。
完全に動揺した部隊は編成を乱すと、各自がバラバラに動き出していた。そうなればもう統制の効かない、暴れまわるだけの野蛮な集団だ。
恐怖に駆られて大魔法を連発し、それに巻き込まれた前衛が、パニック状態でスキルを撒き散らす。かと思えば潜伏職が、勝手に身を隠しながら、左右から強引に前に出ようとした。
一瞬で雪崩れた野郎共を前にして、大翔は始めて口元だけで小さく笑った。滅茶苦茶に暴れる人波に逆らわずに、ひらりひらりと後出しで攻撃を避けながら、背後にどんどん移動していくのだ。
指揮を乱した部隊ほど、操りやすいものは無い。彼はバラバラに襲ってくる遠距離攻撃を、大盾を巧みに操って受け流し、誤爆する敵をあざ笑いながら、迫る近戦攻撃だけを軽いステップで往なしていた。
それは暴走する羊の群れを、華麗に先導する牧羊犬のように、優雅でさえあった。
そうして狂乱と化した城壁内には、爆炎が吹き上がり、矢と魔法が乱れ飛ぶと、いよいよ混乱する野郎の群れは、都市を周回するように通路の先へと引き込まれていった…。
うわ… ヒロトくん怖いんですけど……。
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