1-9話 異世界の初夜を君と
第一章:異世界リスタエルス:
「お、オレは良いけど、君は、その… 大丈夫なのか?」
「ちょっと… 誤解を招くような言い方しないでよ… わたしだって恥ずかしいんだから」
背中にもぞと温かい感触が触れると、コツンと小さくゲンコツを背に貰った…。
無事に夕食を済ませた二人だが、波乱の一日の疲れのためか、すぐに引き込まれるような、吸引力のある眠気に襲われた。
大翔はそのまま板床に座り込むと、木棚の前で寝転がる。
「ツキカはベッドを使ってくれ」
いちおう唯一の寝台を、彼女に譲るつもりらしい。
「ちょっと… 流石にこのベッドで寝るの嫌なんだけど… 変な虫とか湧いてそうじゃない?」
「このサバイバル環境で……… お嬢か?」
「ち、違うわよ! そうじゃなく……」
少年がゴロンと転がるように向き直ると、すかさずスカートの裾を押さえる少女。
いやいやいや… 覗く気とか無いからね…? それって地味に失礼じゃね?
身体を斜めにして、横目で彼を睨んでくる。
「んじゃ、お嬢様が床に寝てみるか? 寝台はオレが使うからさ」
「何でそうなるのよ… そうじゃなくて… その、ほら危ないじゃない?」
え? たしかに健康的な男子高校生の隣で眠る、魅力的な君は危険だろうけど…? これはもしかして、オレに出ていけという意味か?
月歌は何故かモジモジと背を丸めて、言葉の続きを濁したままだ。すでに眠さが限界の彼は、寝台の上掛けを引き下ろして、板の間一杯に広げてやった。
「オレだって野宿は嫌だって… そんなワガママ言うなら、床で一緒に寝るしかないぞ?」
投げやりに言ったはずなのに、ガサっと真横に人が移動する音がした。え? と振り向いた大翔の目前に、しゃがみこんだ少女の太腿があった。ミニのワンピースと、膝上ロングブーツによる、夢のような絶対領域だ…。
「なっ、マジで一緒に寝る気なのか…? 」
「だ、誰も出ていけなんて言ってないでしょ? せ、狭いんだから、反対向いてよ」
そこで冒頭に話が戻る。
「お、オレは良いけど、君は、その… 大丈夫なのか?」
「ちょっと… 誤解を招くような言い方しないでよ… わたしだって恥ずかしいんだから」
ゴソゴソと掛け具の上で、位置取りを探す月歌の背中が、彼の背中にギュっと押し当たる。
そんなにくっつくほど狭くも無い…… あぁ…? そういう事か、我ながら察しが悪い…。
そこで昼間の少女を思い出したのだ。そっと預けられた細い肩に、脚に触れてくる指先は、小さく震えを伝えていた…。
「あのさ… もしかして怖いのか…?」
背を向けたまま優しく言うと、少女の背中が、ぐいっと強く押し付けられる。
「気づかなくて悪い… あんな死ぬような目にあえば、怖くなるのも当たり前だよ… バカにしたりしないぞ?」
「そぉ?」
その声音はどことなく嬉しそうで、彼女の小ぶりな唇が、無意識に柔らかくはにかんでいた。
「気配探知の範囲に、悪意のありそうな生き物は居ないし、扉は大岩で封鎖してあるし、それにワンコも番をしてるだろ? それなりに安全だと思うけど」
考えれば当たり前のことだろう… 平和な日本で暮らしていた、16歳の可憐な少女が、身一つでこんな異界に投げ出されたのだ。普通なら不安でたまらないはずだ。
「このままで… 寝ちゃっても平気かな…?」
まだ半分子供のような女の娘が、こんなにも細い肩と、折れそうな華奢な手足で、あの人狼と命を掛けて戦ったのだ…。
「あぁ… 背中ぐらい、いつでも貸すよ…」
実際に君は強い娘だよ… けれど本当は、負けず嫌いで怖がりの、普通の女子校生なんだろうな。
「うん…」
月歌は、それで安心したのか、彼の背に触れたまま、自分を抱くようにして丸まった。それから、戸惑うように片手を伸ばすと、指先が彼の手にたどり着く。
「おやすみヒロト… 今日はありがとね」
「あぁ、おやすみ」
二人は背中あわせで、人差し指だけ可愛く絡めると、すぐに深い眠りへと引き込まれていった。
◇
翌朝… まだ、微睡んでいる少女の腕が、何かを探すように伸ばされている。しかしその指先は、求めるものに触れられずに、眠り姫は悲しげに眉をひそめていた…。
「んっ…?」
少女が眼を覚ますと、すでに彼の姿は部屋にはなかった。板の間に寝転んで見回すと、見慣れない木の天井と、見慣れない小さな部屋に心細くなってしまう… 埃臭いその床から、彼女は焦るよう身を起こした。
「早起きなのね?」
少女は小屋の前でしゃがんでいる彼を見つけると、ほっとして小走りに駆け寄っていた。隣には白狼があくびをしながら、忠犬のように伏せをして待っている。
「おはよう。ツキカも背中が痛いだろ? さすがに掛け具一枚じゃ寝心地悪いよな」
大翔は何故か、不自然に眼を泳がすと、下を向いたまま視線を逢わせようとしない。
「んっ? ヒロトどうかしたの…?」
「いや… (おぼえてないなら)何でもないから…」
どんよりとした曇り空だが、少女の表情は爽やかだ。緑色にみえる低い層雲が垂れ込めていて、湿った雨の予感を感じた。
「ツキカ、ちょっとこれを見てくれよ。結構な自信作なんだけど」
そう言って差し出されたのは、平たい金属の円盤だった。厚みが1cmはあるDVDサイズの、何の変哲もない鉄板だ。それが十数枚、散らばるように転がっている。
「何これ… 投げて遊ぶの? ワンちゃんが拾ってくれるとか?」
「違う違う!!! 生活必需品だって」
その返しに、眼で「何言ちゃってんの?」と哀れみの表情を浮かべる月歌。
「これは携帯用の魔導具だって! 見てろよ…!!」
地面に置かれた円盤に向けて、掌を掲げると、まるで電熱線のように、魔法サークルが浮かび上がる。いや、実際にオレンジ色に発熱して輝いているようだ。
「魔力を流すと、一定時間発熱するだけの簡単なコンロだよ… 温度とかは変えれないけど、火力は距離で調整すればいいだろ? これで温かい食事をしよう!」
「ほんとに素晴らしい発明なのね… ネタ振りかと思ったから、逆にドン引きしちゃったわ」
「何で引くんだよ… まぁ『付与師』の作れる一番簡単な術式だけどな。弄ったのは発現する火力の調整だけかな。試してみたけど魔力1で、大体15分ぐらい発熱するよ。もちろん自然消火しか出来ないから、そこは要注意だな」
「それでも凄いわ… 確かにどんな怪物が居るか解らない外での、焚き火って危険だもの。これなら小屋の中でも料理ができそう」
少女は赤く熱している鉄板へ、枯枝の先を近づけてみる。とたんに煙を上げて、先端部が燃えだしてしまった。
「火力も強いね… 炒めものも余裕でできそう」
「それでもさ、あの小さな小屋じゃ結局危ないだろ? それで裏の倉庫に、住んでみても良いんじゃないかって?」
「あそこ洞窟みたいだよ…?」
「トルコやイタリアにも、岩山を削って洞窟部屋にして住む街があるじゃないか。さっき調べたけど、中も割と綺麗だからさ」
「ちょっと見て良い? へ、ヘビとか出ないよね?」
「心配はそこだったのか…」
大翔は思わず苦笑した。
壁面にある唯一の扉を開けると、中は粗削りの岩肌に、天井は強度の関係かドーム状に掘られてあった。教室ほどの大きさのある、歪な形の正方形の洞窟だ。
床には木片や枯れ草や、穀物の殻で散らかってはいるが、特にカビ臭いということもない。部屋の右側が少し傾斜していて、壁際に排水用らしい溝が掘られてある。
「そっちの壁際で、洗い物とかしてたんじゃないか? そこの凹みに水樽とか乗せれそうだし、水が流せるように排水口まである …これってバスタブとか置けるんじゃ?」
壁際の溝に続く排水用の穴を覗き込むと、薄暗い岩肌が見えていた。どうやら崖の側面に走る、割れ目の中に落ちるらしい。外から排水先が見えない工夫をしてあるようだ。
「本当に? お風呂は嬉しいけど… こんな異世界サバイバル状態で可能なの?」
二人の声が洞窟の内部で反響している。慣れるのに少し掛かりそうだ。
「いけるんじゃないか? 熱源の問題は解決したから、あとは原材料を集められれば… でもタオルとか、手ぬぐいとかが欲しいけど、さすがにそれは無理ぽいな」
「あー、それは何とかできるかも… わたし『裁縫師』持ってるから、それこそ材料があれば、掛け布団から洋服まで何とかするよ」
「まじか… 俺ら二人いれば、大抵のものは自作出来そうだ… 複数の生産職持ちも、地味にチートしてるな」
「ねぇ… わたし達の行動方針って、此処に居着くって事で良いの?」
早速、床の掃除を始めた少女が、何気なく聞いてくる。どうやらお風呂場計画によって、俄然やる気が湧いたようだ。
「そうだな、俺らはまだ弱すぎるだろ? いずれこの樹海を越えて、街を目指す日がくると思う… でも今は、この森を抜けれるだけの力を、此処をベースにして鍛えようと思ってるんだ」
大翔も、板切れの上に砕けた廃材を重ねていく。
「そうね… 合理的でまっとうな考えだと思うかな。ヒロトはいい加減そうに見えるけど、割と頼りになるものね?」
「ちょっ!! 俺っていい加減に見えるのか? 結構頑張ってると思うけど?」
「ふふふっ、そうね頑張ってるね… ヒロトくん」
月歌は、何だか楽しそうに微笑んでいる。
「それじゃ、ここに魔導コンロと、鍋、フライパンを用意するので、朝ごはんを期待します…! その後は、廃墟を探索して素材探しをしよう」
「ねぇ… ヒロトは気づいてる?」
急に耳元に近づくと、囁くように聞いてくる。
「え? な、何を?」
「わたし達って… 暗闇でも見えてるよね?」
「…… え?」
気づけば、唯一の光源であるはずの、入り口の扉は閉まっている。まるで日中のように明るく見える現状に、突然と違和感を感じてしまった。
「多分ね、わたし達って… 夜行性なんじゃないかしら?」
その現実に、二人は呆然として固まっていた…。
ご指摘ご感想、↓の☆(ポイント)評価など頂けると、大変に励みになります。




