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私と労災の1年間  作者: あ
2/19

ガキ

私はまだ19歳、ガキである。


そんなガキの私には母方の姉、叔母がいた。今は亡くなってしまったが生前は一級建築士として活動していた。私の実家の一軒家を設計したのも叔母だ。


叔母は私がまだガキのガキの頃、小学生低学年ぐらいの頃に亡くなってしまい、顔は思い出せない。だがまだ幼稚園ぐらいの頃に叔母の仕事場を覗いた記憶がある。


仕事場は基本立ち入り禁止であり、やはり幼稚園児の私がいるとうるさくてしてしまい仕事の邪魔になり迷惑になってしまうという意味もあったのだろう。


だが幼稚園児の定というのであろうか、禁止されているとどうしても見てしまいたいものである。


初めて入る禁止されていた部屋、男の子と幼稚園児という要素が繋がり冒険心というものが出てくるのだろう。幼き私は初めて見る物体、風景にとてもワクワクした。


叔母の仕事場は祖母の家の地下室にあり、光もあまり入らない薄暗い部屋であった。地下室と言えども半地下室のような作りで、天井付近には陽の光が少し入る窓がついていた。


大きな長机のようなテーブルがあり、その上には仕事道具であろう道具が沢山置いてあった。幼稚園児の私にはその仕事道具がどんなものなのかを理解できるはずもなく、なんならその当時の私は叔母の仕事が建築士であったことすら知らなかった。


当然禁止されていた場所に入ってしまった私は親や祖母に見つかりその場所から追い出されてしまい、それ以降に私がその部屋に入ったのは叔母が亡くなった後であった。


その後祖母も亡くなってしまい祖母の家の遺品整理をするにあたり、同時に地下室にある叔母の物品も片付けることになった。


そうすると出てくるわ出てくるわ叔母の仕事道具。いろんな色の色鉛筆や何に使うのかわからない製図道具、物差しやコンパスなどなど大量に。


中でも目を引くのは建築士であることの証明とも言える、家やアパートの図面であろう。小学校低学年の自分に当然図面などわかるわけもないが、一目見ただけで凄いものだというものはわかり、同時に叔母は凄い人だったのだと死後尊敬した。これからまた更に叔母のことを尊敬するようになるが、それまた先の話だ。


やはり身内に建築の仕事に就いていた人がいるというのは私の人生を変える大きな出来事だったとも言える。

叔母の事ばかりであまり話していないが私には兄がおり、兄も大学の建築学科に進んでいた。


兄とは歳が離れており、大学に上がる頃には私も中学生になっていた。


兄から聞く話はとても面白く、「家の模型を作る」だの「教授に言われた土地の条件が〜」だの、私はとてもワクワクしながら聞いていた。


兄と叔母、2人が建築というジャンルの道に進んだことが、やはり私の中でも建築がとても身近に感じていたのであろう。



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