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私と労災の1年間  作者: あ
16/19

母親

6月に入り、就職してから2ヶ月の月日が経った。高校時代の夢などとうに消えた。


私がやりたかったのは大工であり親方のストレス発散のサンドバッグになる仕事ではない。


正直仕事はしたくない。大工が楽しくない。ただただつらいだけ。でもやらなきゃいけない。やるしかない。自分が悪い。その意思だけで無理やり体を動かし今日も仕事に行く。


6月頃になると私は毎週のように実家に帰るようになっていた。4〜5月はたまに帰る程度だったが、やはり自分の体的にも精神的にも疲弊していたのだろう。


今まで「心配かけないように」となるべく言わなかった仕事の愚痴についてもこの時期から多く言うようになった。時には母親に話しながら泣いてしまったこともある。


それぐらいつらい、でもやらなきゃいけない。そう言って実家から帰りまた仕事に行く。


当時の私の状態について親に実際に聞いて見た。下記にまとめる。







「母親の証言」



4月



仕事であったことを楽しそうに語る。

悪い印象ではなさそうだった。


仕事を覚えて来たことを意気揚々と話していた。



5月



上棟(棟上げ、建て方、建前)をやって感動していた。

学校も楽しいと笑っていた。



6月



毎週末実家に帰る

親方が厳しいと愚痴り出す、親の前で泣く。


「母としては暴言をやめろ、休めとは言えない」


「やるしかないって自分で連呼してたから応援するしかなかった」


「母としても仕事は厳しいものだって認識があったから、仕事現場をこの目で見てないから半分致し方ないという気持ちはあった」


「よっぽどなんだろうなとは思ったが、見守ることしか出来なかった。」


「6月の後半あたりには愚痴も多くなっていた」


「親に心配させないつもりもあったのか抽象的なことばっか言ってたが、徐々に言うようになる」


「どこまでが許されてどこまでが許されないのか母自身もわからなかったからなんとも言えない」


「泣いてたのは印象的だったがやるしかないやるしかないとひたすら言っていた」





親は悪くない。別に仕事を辞めろだの止めて欲しかったわけではない。私も親なら子供がこのような状態になったら同じような対応をするだろう。


むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。親は私の事を思ってくれてる。心配してくれてる。裏を返せば心配させてしまってる。


あんだけ我慢してたのに親の前で泣くなんて自分が恥ずかしいとすら感じた。



高校でぬるま湯に浸かってたガキが社会の荒波に揉まれる。


どこまでがパワハラでどこまでが指導なのか。母親も自分もわからない。現実。


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