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ふるさと  作者: 志内炎
4/5

さらに二ヵ月後

 それからの二ヶ月のことはあまり記憶にない。

 誰かが記憶喪失で見つかったとか、火事場泥棒が相次いでいるとか、国の補償がどうだとか、あまりいいニュースは聞かなかった。だんだんと復旧作業が始まり、町が再生していこうとするなかで、私は喘息の発作に苦しんでいた。三月に入っても、自宅の地域はガスも、水道も復旧していない。後回しにされるほど、誰も住んでいられないほどの壊滅状態であった。

 結局、体調の悪さと、仕事の復旧のめどが立たないことを理由に、東京の親戚を頼ることになった。交通事情がわからないまま、私は当座の着替えとわずかな現金を持って、消炎剤の臭いの染み付いたコートを着込み、娘を連れて出発した。電車はまだ分断されていたけれど、JRや私鉄を乗り継いで新大阪まででれば新幹線に乗れる。

 長い間ホームで待った。正直、疲れていた。思うようにお風呂にも入れず、胸はぜいぜいと辛い呼吸を繰り返す。今までの生活が戻る見込みもない。やっとまともな生活ができると、東京行きを楽しみにしていた。向こうで仕事に戻って、娘に新しい服を買い、普通に生活しよう。何年かすれば、神戸も元に戻るだろう。それまで避難すればよい。

 やっときた電車はすいていた。弾む心でどこに座ろうかと見回した瞬間、愕然とした。電車は焼け野原を走っていた。私が美しいと思った焔の傷跡が一面に広がっていた。延々と続くのではないかと思われる光景。色のない、墨と化した町。ここにあったはずの命は一体どこに行ったのだろう。

 娘をシートの一番端に座らせ、私はドアの側に立っていた。焼け野原はしばらくして崩壊した建物に変わっていたけれど、私は座ることはできなかった。この町を出て行くことに胸を弾ませた自分が恥ずかしかった。復旧に一役買うこともしないで、他人にそれを任せておいて戻ってくればいいなんて。確かに体調が悪かったり、娘の情緒も不安定だったりするかもしれない。それでも本当に他の選択肢はないのだろうか。

 JRでいけるところまで行って、乗り換えた私鉄は結構混んでいた。私は、ドアの脇に娘を立たせ、支えるように側に立った。近くの人から離れたところに座っていた人まで、かわるがわるに席を譲ってくれようとする。そのたびに私は、

「すぐですから」と断った。この町を捨てて出て行くのに、厚意に甘えるわけにはいかない。声をかけてもらうたび、私は歯を食いしばった。暖かい心が、胸に痛い。喉の奥にこみ上げてくる感謝と申し訳なさをぐっとこらえた。

 私鉄から再びJRに乗るには、バスを使うか歩いていくしかなかった。もちろん、私は歩くことを選択した。娘が飽きてしまわないように、歌を歌った。何曲目かを歌い終わって、次の曲を探したとき、口をついてでたのは『ふるさと』だった。歌いながら考えた。

 私にとって、『志し』はなんなのだろう。いつの日にか帰ってくるのだろうか。隣の家は撤去された。近所のマンションも壊されていた。車を止めて朝まで彼と語り合った埠頭も崩壊していた。友達もいなくなった。そして彼も。私のふるさとはどこへいってしまったのだろう。

 少し疲れを見せながらも、娘は一生懸命に歩いていた。右足の次に左足を出す。つないでないほうの腕を大きく振る。小さな歩幅は、それでも前へと進んでいる。つないだ手をぐっと握って、脚に力を入れた。前へ進まなくては。あの時と同じ。彼の現実から逃げたように、私はこの町からも逃げ出すのだ。

 私にはもう帰る場所はない。

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