一週間後
避難所にいたのは、ほんの数時間だった。車で十五分ほど山の手に住む叔父が迎えに来てくれた。たったそれだけの距離なのに、被害は皿一枚だったらしい。自宅に『全員無事です』の張り紙をして、叔父の家に避難した。驚くほど平穏で、いつもと変わりない風景がそこには広がっていた。
被害の報告は続々と入っていた。時間がたつごとに死者の数が増える。同級生が一人なくなったと聞いたのは、避難所だったのか叔父の家だったのか覚えていない。家が焼け落ちたらしいが、本人はすでに亡くなっていたらしい。それが不幸中の幸いだろうという話だった。死んでしまったのは同じなのに、辛くなかっただけまし――私だけではない。すべてが崩壊していた。
一週間後、私は自宅に帰ってみることにした。ポケベルがないままだった。二時間ほど歩いたのか。途中の風景は覚えていない。疲れていた記憶もない。自宅の前に見覚えのある車を見つけた。弟と話す懐かしい姿。もう二度と会うことはないだろうと思っていた、海外で病気療養中の彼だった。
「おばさんみたいだぞ、化粧もしないで」
一言目がそれだったことは忘れもしない。彼も崩壊していたのだろう。私はポケベルを探し出して、彼と一緒に彼の車で叔父の家に向かった。
車の中では何を話したのだろう。ただ緊張していた。飛行機がとばなかったとか、交通事情のような理由で戻ってくるのに時間がかかったと聞いたのはこのときだったか。上空から見た故郷は、完全に壊滅状態だったと、少し甲高いその懐かしい声は言っていたような気がする。私はただ前を向いていた。一年前、最後に会ったときと同じ、彼のサングラスからの視線を感じながら。
叔父の家に着いたときに、はっきりと彼の異変に気がついた。階段状の土地に建っていたその家は、家の中のところどころに三段程度の小さな階段があった。リビングへ続くその階段を、彼は慎重に登った。脚が上がらないのだ。後ろから見た髪には、白いものが増えていた。
リビングに着くと、彼を見つけた娘が、
「あ、パパ」といいながら近づいてきた。
「なんで知ってるんだ」彼は笑いながら、娘を抱き上げた。
「お家に写真があるよ」
娘は屈託なく、まるで今朝でかけた父親にお帰りというようにその腕に抱かれていた。彼も当たり前のように娘を抱いていた。二人がどれくらいの時間そうしていたかも覚えていない。ただ彼の首には、老人のような斑点が無数に浮き上がっていたのが目に焼きついて離れない。ひたひたと忍び寄る死の影をはっきりと見た。
三人で過ごした時間はどれくらいだったろう。そのあと少しドライブしたけれど、そのときには娘は一緒でなかった気がする。私も娘も元気なことを話し、治療の様子を聞いた。片方の膝と、肋骨と鎖骨はもう自分のものではないと言っていた。これからも繰り返すと笑って話した。
「頑張ろうな」
「……うん、頑張る」
短いキスをした。
もう二度と会えないと覚悟して一人で子供を産んだ。別々の場所で、違う形で、それでも同じ生きていくことを選んだはずなのに、それまで私は彼に依存していた。いつか、こんなふうにではなく迎えに来てくれるのではないか。幸せな結末が待っているのではないか。私はただ、現実から目を背けていただけだった。
震災という非日常が、現実に引き戻した。「頑張ろうな」の言葉に、「頑張ろうね」とは返せなかった。もう寄りかかってはいけない。自分の足で歩かなくては。唇が離れた瞬間に、本当に覚悟を決めた。
最後のキスはそれまでと全く変わらず、無味無臭だった。




