〜後日談2〜 妃の出産
ネリーとギルウェはキニフェから大きな帆船に乗り、無事、ウェレスの城下町へ辿り着いた。
妖精騎士団本部、妖精の巣城にて、ネリーにとって一年ぶりとなる懐かしい面々に出迎えられ、挨拶を交わす。
「あれから、もう一年経つのじゃなぁ」
「また、よろしくお願いします」
ネリーは橙の髪を揺らし、アルトスへ笑顔で受け答えをする。
アンナはフロレッタに会うため何度かキニフェへ顔を見せることがあったから、ネリーにとって然程、久しぶりの再会では無かったが……
「前にお会いした時より……お腹が、大きくなりましたね!」
妃のお腹が大きい。
「もしかしたら、アナタ達がコッチ滞在してるうちに、産まれちゃうかもねぇ」
「きっと元気なお子様が産まれますわ」
ネリーとアンナの予言は的中することになる。
***
昨年同様、妖精の巣城から旅立ったネリーとギルウェは、荒地の神殿と渓谷の神殿を巡り、無事に結界強化の旅を終えた。
もう二度目であるから慣れたものである。
ネリーはグリンに乗って旅するのが久しぶりだったこともあり、始終嬉しそうにしていたことは言うまでも無い。
二人が本部へ帰還した日……事件は起きていた。
「兄貴……帰ってたのか」
「兄ちゃんも手伝ってくれ!」
「アンナ師匠が!」
「? どうされたんですか?」
出迎えたギルウェの弟達が兄夫婦に説明をする。
今しがたアンナが産気づいていたのだ。
とても旅の成果の報告どころでは無くなった。
「今回は、昨年よりも時間をかけて旅することが出来たしネリーと喧嘩もせず順調だったと、報告したかったのに…!」
「? 去年、わたし喧嘩……しましたっけ?」
「すっごく怒らせたじゃないですか!?」
しかし自分の失言が忘れ去られているのであれば、まぁそれで良いかとギルウェは思い直す。
元より、そろそろ妃の子が産まれるだろうという見立てはなされており、城をあげて準備済みであった。
ギルウェと同じ船でやって来た、不死鳥の国キニフェの誇る産婆の他にも頼れる女官達や……いざとなれば治癒魔法を使用できるネリーが居る。
「(つまり男は、することが無いのだが。
本来であれば)」
王妃の出産であるのだから、アルトスにより万全の体制が敷かれている……にも関わらず、
「(どうして……こんなことに!)」
「嫌だぁ、アンナ様ァああ!!!!」
妊婦の使い魔であり使い竜であるララべが不安のあまりアンナの寝台から離れないのだ。
「優秀なお産婆さん達を呼んであるから。 そんなに心配しなくて大丈夫ですよ、ララべ」
「ロジータの子供達を見てみろ……まだキニフェの医療設備が整いきって無い時代で、ただでさえ育ちにくい男の子が四人、おまけに女の子まで一人きちんと生まれて育っておる!」
ギルウェとアルトスは、だいぶ引きながら、炎色の長髪を振り乱す半竜人の妖精騎士へ説得を試みた。
「ロジータの死因も勿論、出産事故や産後の経過が悪いわけでもなく、戦死なのじゃから」
「ロジータさんのし、死因とか不吉な言葉、言うんじゃねぇ! もしもってことはあるだろ!」
「アナタこそ不吉なこと言わないで頂戴!」
寝台の上のアンナが苦しげに文句を言った。 その周りでは集まった産婆や侍女達が忙しなく、お湯や清潔な布の準備を進めている。
「ほらアンナもこう言っとる。 男に出来ることは何も無い」
「我々は邪魔になるから、別室で待機しましょう」
「わたしが!代わりと言ってはなんですが、アンナ様のお側に、ついておりますから」
援護の言葉を送ってくれるネリーに、ギルウェは心中で感謝しながら、言葉を続ける。
「ネリーの治癒魔法の腕前は、昨年ララべも見たでしょう!」
あの時。 正直、攻撃を避け損ねた自分は情けなかったが……それはさて置き、ネリーの活躍と能力の素晴らしさをギルウェは強調する。
「確かにテメエのケガ、秒で塞がったの見たけどよ……そうならないのが一番だろ…!」
ララべの言葉にネリーは金の眼を輝かせ感心する。
「その通りです!」
「アンナ様、若くて美しく見えっけどよ!こう見えて……けっこう高齢出産なんだよぉお!」
「お黙りなさぁぁぁい!!!!!」
普段は頼りとしている使い竜が放った言葉に、ついにアンナが怒った。
彼女は緑色の眼を光らせ、枕元の杖をひっ掴み、ララべに向けて魔力を凝縮した衝撃波を発射する。
「あーもうッ! こいつ叩き出して! やっちゃっていいわ!!」
不意打ちの衝撃波を食らい、壁に減り込まんばかりの勢いで叩きつけられ、ぐったりするララべ。
ギルウェは扉の向こうから様子を伺っていた弟達に、部屋からララべを運び出すよう合図した。 弟達にとってもアンナは大事な師匠であり、心配なのだ。
「……他の時だったら……いつだって庇ってあげるけど! 今日だけは、無理!!」
汗で顔に貼りつく金髪をかきあげ、そう呻くアンナ……。
彼女を介抱しながら、ネリーはララべが連れ出された扉の向こうを見て言った。
「あちらの治療を、先にしたほうが良いでしょうか……?」
「いえ大丈夫。 ネリーは師匠を、お願いします」
「あっ、叫んだせいで……こ、これは……!
いよいよ生まれて、きちゃいそぉ……!」
「アンナ!」
妊婦を案じるアルトスとギルウェも、産婆集団により追い出されてしまった。
『貴方達は、血には慣れているでしょうが、もしもショックで倒れられたり騒がれたりすると仕事が増えてしまうので』と。
***
ディルは城下町周囲の巡回を終え、本部へ帰還したところだった。
昨年ネリーが結界を創り直してからは邪竜の被害も無く、平和そのものである。
しかし、妖精の巣城内では……。
「!? ……し、死んでる……???」
ディルは、皆が待機している部屋の長椅子に横たえられたララべの姿を見て、アメシストの眼を見開き、驚愕する。
「一応、生きてます」
ギルウェは、ワインレッドの髪色をした半竜娘の妖精騎士に一部始終を説明した。
「……なら仕方がない。母子の安全と平穏が第一だ」
「気絶している本人の身内に、そう言っていただけると有難い」
「むしろララベルメラックが……コッチの一族の者が、迷惑かけたようで、同じ火竜族として申し訳ない……」
アルトスは、いつになくソワソワしながら自身の煉瓦色の髭を撫で落ち着きを取り戻す努力をしていた。
「む、無理じゃ……! 耐えられん…!
誰か、ワシのことも殴って気絶させて欲しい!
無事に子が産まれたら、起こしてくれ」
「……団長にそんなことが出来る騎士がいると、本気で思って言っているのですか……!?」
「団長の精神状態が、けっこうヤバイ……」
「無理もないな……部屋から聞こえてくる、あの師匠の叫び声を聞いていたら」
「叫び声というか……悪態?」
ヘリオスとラデガストとホルスが、そう口々に言い、震えた。
「団長、こんな時こそ光の精霊にお祈りしましょう」
ディルは団長に進言した。 光の精霊を信仰する光魔法教会が、最近の彼女のマイブームなのである。
「悪いが、とても今はそんな安らかな気持ちには、なれぬのう……! ちと様子を見てきてくれないか?
ディルなら、部屋を覗いても怒られんじゃろ」
***
団長と部下達が、
「もう……もう無理……地の精霊に祈りを捧げてくる……ハンマーを、叩いてくる……!」
「こんな時まで鍛治工房に行く気ですか団長!」
「ケー兄達と一緒に、安産祈願の鍛治製作をしてくる……!」
「産まれた時に団長が居なかったら師匠の機嫌が絶対、悪くなりますから!」
「もうちょっとだけ! 」
「もう少し待機しててください……!」
というやり取りをしている、その時。
アンナは無事に女児を出産した。
ギルウェは扉を開けてくれたネリーに確認した。
「師匠とお子様の様子は……?」
「お元気です。あっ!でも当分は無理できませんよ?
周囲も清潔にしなくてはダメです!」
皆、母子の無事を喜びあい、城中……いや城下町中がお祭り騒ぎとなった。生誕の報せは、城下町の外へも広まり、ウェレス国内中に広まるだろう。
「ありがとう……アンナも、皆も……本当に、ありがとう……!」
アルトスは目尻を潤ませながら、泣き止まない赤子を抱いていた。
「ちょっとアル。そろそろ……その娘、返してぇ。
アナタが抱きあげてから泣き方が酷くなったわぁ」
「お子様のお名前は、何とされるのです?」
「先祖から頂戴して……モードレナになろうなぁ」
アルトスは、しぶしぶ赤ん坊……モードレナを産婆に返しながら、ギルウェの質問に答えた。
「アナタ達兄弟の名前も確か先祖から貰ったはずよ?
調べてみると古代の太陽にまつわる神の名が多いってロジータが言ってたわぁ」
それは知らなかった!と、水色髪の兄弟達は関心を示した。
出産現場には、治癒魔法に長ける聖竜の半竜女達も駆けつけて来ていた。
ネリーは彼女達に、ようやく落ち着いて挨拶することが出来た。
「アヴァロンでは皆さん、お変わりはありませんか?」
「えぇ、ラグネリーネ!……あの、団長と話している騎士が、貴女と契約した方よね?」
「あちらでの生活はどう?」
「ペレディルヴァールも久しぶりね」
「お土産に故郷の林檎、持って来たわよ」
「お妃さんにも食べさせたげて」
「そうそう。いっぱい栄養とって、ゆっくり休ませてあげて」
竜や妖精達にとって一族の新たな子の誕生は、結婚式と同じくらい喜ばしい事件だ。
集う者達の話題は尽きない。
……ララべが長椅子の上で、まだ気絶していることを皆が思い出すためには……だいぶ時間を必要とするのだった……。




