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海賊たちの信頼

『ラースに伝えろ。処刑は幻だって事と、僕は大丈夫だって、伝えてくれ』

 そうおっしゃったあるじ様の言葉を最後に、気が付けばわたくしは処刑当日の朝を迎えていたのです。

『ほら、行けよ』

 そう言ってわたくしを処刑塔の外へと投げた主犯格のひとりの姿が、名前がもう思い出せないのです。

 誘拐犯によってあるじ様が喫茶店から連れ去られる間、何処をどう通って何処へ辿り着いたのか、ずっと見ていたと言うのに、これっぽっちも思い出せないのです。人で言うならば喉の奥まで出掛かっている言葉が押し込まれて出てこないようなもどかしさ。記憶に蓋をされたような、思考の道筋に壁を立てられ、それを取り除けない不甲斐無さに思わず硬いこの身にも涙が溢れるようです。

 処刑場からエリザベート号へ帰還したヴィカーリオ海賊団の一行は、雪崩れ込むように船長室へと集まると、ラース船長殿をわたくしの言葉の仲介役にして、この誘拐事件にあらましを聞いてくださいました。

「鉄鳥は呪いをかけられたって言ってるけど、記憶操作系の魔法を掛けられたと、そう見て間違いないだろ」

 話を聞いて下さったラース船長殿が、難しそうな顔でわたくしの現状を考察して下さいます。

「ですが、お頭。記憶操作系の魔法はかなり高位の魔導師でも難しい魔法です」

「……レヴ、お前もそろそろ察しが付いてると思うけどな、良い機会だから此処で奴さんについての推測をまとめるぞ」

「……はい」

 そう言ったラース船長殿はあるじ様が誘拐されたと、魔族であり情報屋でもあるレヴ殿から話を聞いて感じた事、処刑場でも感じた違和感などを一つ一つ整頓を始めました。

「まず、メーヴォが外出する際の護衛にレヴが付いていながら、影を断絶されて連れ去られた事。レヴはお前らも知る通り高位魔族のボンボンだ。ここ数年で一番実力が伸びた。そのレヴの影を遮るほどの強い魔力を持つ相手がメーヴォを連れ去った。その時点で俺たちの想像も及ばない相手が関わってるって事がまずひとつ。そいつが恐らくゴーンブール海軍に加担している、または亡命したとか、何かそう言うアレ」

 重要事項、レヴ殿を越える魔力を持つ未知の存在が、海洋国家ゴーンブール側にある事。

「ところで、お前ら。あの処刑場で何か違和感を感じなかったか?」

 船長殿の問いに、共に居たレヴ殿、処刑場内部で何処かに隠れていたらしい船医マルト殿と料理人ジョン殿が揃って首を振りました。ただ一人、小さく手を上げたのは副船長エトワール殿でした。

「違和感、と言うには足る気がしませんが、少し」

 エトワール殿は、あるじ様の処刑が執行される直前に何処ぞから狙撃試みて下さったのです。

「スコープを覗いた時、処刑台に上がっているメーヴォさん、処刑人、介助人の姿に照準を合わせるのに少し手こずりました」

「手こずった?サジターリオは勝手に照準合わせてくれるって言ってなかったか?」

「そうです。サジターリオは私が狙った相手に自動で照準を合わせてくれますが、今回は、何と言うか……サジターリオが視認するまでに時間がかかったと、そんな感じです。凄く目の良い水夫が、蜃気楼に惑わされるような。実像を捉えられなかったような、そんな誤差がありました。とは言え、すぐに照準は合いましたし、撃った結果はアレですけれどね」

「それだ!俺もあの処刑場で、焦点が合わなくなったみてぇにぼやけて見えたんだ」

「これを根拠に、あれが巨大な幻影であった、と」

 そう言い切るには、きっと皆々様御自身が見た物の鮮明さがまだ目の裏に残っているのでございましょう。高らかに呪詛を宣言されたあるじ様のお姿は、わたくしのこの鉱物染みた目にも鮮明に残っております故、それも詮無き事でございます。

『ですが、ですが本当なのでございます、あるじ様は確かにわたくしに言伝を頼まれました。主犯格の一人にわたくしは解放されたのです』

「あぁ、分かった。分かってるって」

 羽飾りを光らせて訴えるわたくしを船長殿が諌めてくださいました。わたくしの言葉を聞いて下さるのは、あるじ様と離れ離れになってしまった以上、ラース船長殿だけなのです。

「あん処刑が幻じゃったっちゅうてもな、エトワールはんの狙撃が弾かれた瞬間に処刑人や介助人がビビッとったやないか。幻っちゅうんは、一定の動きしか出来へんのやないか?エトワールはんの狙撃にビビるような動きは出来へんもんやと思うんじゃが?」

「だから、レヴを越えるような術者だ。俺たちの常識を遥かに超える幻術だって可能かも知れないって言う……そうだ、確信じゃねぇ。けど、最もその確立が高いって言う推測だ」

 ジョン殿の言葉に反論する船長殿の言葉は、とても真摯です。船長殿だけは紛う事なく、わたくしの言葉を信じて下さっているのです。

「複雑な幻影はもちろん高位の魔法です。レヴの影を遮る事が可能な術者なんて、本当に……いえ、船長の言う事を否定するつもりはありませんけど……その、実感が湧かない、と言うのが……すみません、正直な話です」

 ぽつりと船医どのが苦言を口にしますが、やはり全体数としてわたくしの言葉を信用するに足る根拠が圧倒的に少ないのです。

「……そうだ、鉄鳥。メーヴォはそれ以外に何か言って無かったか?処刑が嘘だってのと、無事だって事の他には」

『他には、計画はあるじ様を抜いてでも進めるように、と……後は、時を待つようにと、だけ』

「……アイツらしいな」

「メーヴォさんからの言伝は何と?」

 副船長殿が問う声を聞く度に、わたくしの声は、ラース船長以外には届かない、と実感される瞬間でございます。あるじ様とだけ話をしていた時には何の苦労も無かったと言うのに、あるじ様が居なければ皆様に言葉を伝える事すらままならないのです。

「メーヴォ抜きでもグラハナ再興計画を進めろってよ。現段階ではグラハナ海域に拠点を作るところだから、アイツがいなくてもまあ何とかなるだろう。船の襲撃でもクラーガ隊の面々が居れば問題ないだろう?」

「クラーケンの女王から、拠点構築援助の申し出が来ています。襲撃をせずとも、最悪中古の帆船を探して運ぶ事で危険回避は出来ます」

「それだと足が付く可能性もあるが……もし金で解決するってんなら、フェルディナンド商会で手を回すより、ジェイソンのおっちゃん経由でどっかの商人の名義を借りる事も検討しようぜ」

「分かりました。そこはカークマンさんと相談しましょう」

「……船長殿は、メーヴォ様がご存命だと、そうお考えになるのですね?」

 レヴ殿の後ろで押し黙っていた吸血鬼のコール殿が、ぼそり、と声を発しました。彼もレヴ殿の身を案じ、そして処刑場に身を潜めてあの惨状を目の当たりにしたのです。彼も高位の吸血鬼だと伺っていますし、気配や佇まいがそれを如実に語っています。そんな彼が確かめるように言葉を紡ぎます。コール殿の主であるレヴ殿が自身で見た物を信じた。故に、主に賛同するのが従者の取るべき行動である事はわたくしには良く分かります。

「此処にいるお前たちは、自分の目で見た物を信じたいんだろうな。分かるよ。俺だってアレを見た」

 船長殿がギロリと表情を険しく、しかし真剣な眼差しで仲間たちへと言葉を投げかけます。

「自分で見た物を信じるなら信じていろ。同じように俺は、俺が見た物を信じる。俺が聞く鉄鳥の言葉を信じる。鉄鳥に言葉を託したメーヴォの言葉を信じる。メーヴォが生きて此処に帰る事を信じたなら……メーヴォが、自分抜きで俺たちが計画を進められると信じたなら、俺はそれを信じる」

 船長殿の言葉は、力強いものでございました。それは、船長殿がこの船に課した掟のひとつでございます。

『ヴィカーリオ海賊団にとっての正義とは己である。信じるのは己であり、己を信じる仲間のみである』

 そう船長殿が語ったと、あるじ様は苦笑しながらわたくしに教えてくださったのです。

『ラースが僕を信頼したから、僕はラースを信じた。それだけの事なんだ』

 例えそれが技術者としての腕だけであっても、最初に信頼を寄せてくれたのはラース船長殿だったと。それに答えるのは技術者として当然だと思ったのは、己の持つ腕へのプライド故。しかし、あるじ様はいつしかラース船長殿へ全面の信頼を寄せるようになり、その証として、技術者として最高の仕事で返して来られました。それ故に、ラース船長殿もあるじ様へ信頼を寄せられるのです。

「メーヴォは俺たちに信頼を託した。だから、俺はその信頼を信じる」

 はっとしたように、各々が顔を上げました。その顔に悲観や絶望は見えませんでした。皆様それぞれ、目が覚めたように、前を向いておいででした。

「メーヴォは必ず生きている。アイツが帰って来た時に計画に遅れがあったら何て言われるか、想像してみろ。アイツに皮肉を口にさせる前に驚かせて、不在を後悔させてやるぞ。いいな!」

 応!と皆様の応えを最後に、船長室での会議は幕を閉じたです。

 あぁ、あるじ様、あるじ様。貴方が寄せた信頼は、確実に皆様に根付いております。皆様、あるじ様の無事を信じて下さいました。この船には、希望があふれております。


 ゴーンブール領の港街から、世紀の処刑を一目見ようと集まった物好きたちは早々に船を出して去って行きました。そう大きくはない港はすっかり閑散とし、ヴィカーリオ海賊団のエリザベート号は一時停泊していた入り江から商船のふりをして入港いたしました。

 処刑から三日。既にヴィカーリオ海賊団所属、通称『蝕眼のメーヴォ』が処刑された事は世界中に知れ渡り、ヴィカーリオ海賊団には馴染みの海賊団や取引相手から多くの使役便が届いておりました。ヴィカーリオ海賊団の今後の動向に、世界中が注目していると言って過言では無い状況でございます。

 港に停泊したエリザベート号の横には、仲間としてこの数ヶ月行動を共にしていたベルサーヌ号と言う幽霊商船が停泊しておりました。

「大変ね、ラース船長」

 届いた使役便に一つ一つ返信をしたためる船長殿に、ベルサーヌ号のリーダー的存在であるアナベルお嬢様が苦笑と労いを送られます。

「メーヴォは生きてる。俺たちはメーヴォが不在の間も変わらず、亡国グラハナトゥエーカ再興計画を実行に移すだけだ。それは嬢ちゃんも分かってんだろ」

「船長がそう信じて、そう行動するなら私たちは支援するだけよ。でもそうね、今回の事で生者に不安を抱くようなら、いつでも申し出てくれて良いわよ。キャスリンも、貴方たちなら喜んで祝福してくれるわ」

「ハッ……ありがたいこって」

 ペンを走らせる船長殿が苦笑でアナベル様に返事をすれば、アナベル様は底知れぬ不気味さを無邪気さの下に隠してふふっと微笑まれた。

「私たちはサハギンの王様と一緒に、一足早く北を目指すわ。場所は聞いてるし、青サハギン族の兵隊さんが初期ルート確保を手伝ってくれるらしいから、出来る事は進めておくわ」

「そいつはありがてぇや。またジョンに謝礼を弾ませるぜ」

 アナベル様の率いる幽霊商船ベルサーヌ号は、サハギン族の巨船パーヴァウィック号と共にグラハナ海域へと先行するとの事です。

 ベルサーヌの水夫たちは皆様『不死者』でいらっしゃいます。海底へ潜る事も容易ければ、毒ガスの漂う魔の海域でも平素と変わらず活動出来る心強い仲間でございます。ベルサーヌの水夫を中心に海へ潜り、海底に沈んだグラハナトゥエーカの都市跡までの潜行ルートを確保し、更にその地下に埋蔵されている燃料を掘り起こす手筈を整える、まさに一大事業の始まりでございます。海底での作業をサハギン族が補佐する事が決まっており、あるじ様の不在でも順調に計画を進める算段が取れているは本当に心強く思われます。

「メーヴォさんの処刑については、ゴーンブール海軍側の工作だって言う事と、グラハナ再興計画は続行と言う事。伝えておくわ」

「ああ、ベルサーヌに良い追い風を」

「エリザベート号にも、良い横風を。早く、その時が来る事を願っているわ」

 言葉を交わしたアナベル様とラース船長殿が暫しの別れに手を振り合った後、ベルサーヌ号は補給を済ませて港を出港して行きました。


「……さぁて、ちょっくら息抜きに散歩でも行くか」

 使役便への返信を簡単な言葉でしたため終えると、ラース船長殿は机から立ち上がってうんと背伸びをしました。ちょいちょい、と指先でわたくしを呼びます。

「付き合えよ、散歩」

『……喜んで、ご一緒させて頂きます!』

 それなりに大きな港街でございます。世界にその名を轟かせるヴィカーリオ海賊団の船長殿でございますから、流石に変装の一つもされて街へと降りて行かれます。特徴的な額の傷を隠すように整髪料で髪の分け目を変えて隠し、つば広で羽根飾りの付いた帽子を被ってそれを押さえつけます。ベストを着てマントを背に羽織り、腰には細身の剣を下げ、さながら旅の剣士の様な佇まいに着替えられた船長殿は、とても見目麗しく、街を歩けば若い女人など目を奪われる事でしょう。

「お前、そうやって人を煽てるの上手いよな」

『ありのままの感想を述べたまででございます』

 はは、と笑われた船長殿が帽子にわたくしを誘い、羽飾りに紛れてそこを仮の定位置としました。船長殿は頭蓋骨のエリー様にキスをし、ベッドの横に立つ首なし人形に添えると、いいこで待ってろよ、とエリー様を置いて船長室を出ました。

「飯、食いに行って来るわ」

「……貴方まで、誘拐されたりしないで下さいよ」

 その時は頼んだぜ、と甲板に居た副船長殿に軽口を残し、船長殿とわたくしは街へと繰り出しました。

 まだ夕餉の頃には少し早く人の姿もまばらな食事処へと入り、タンドリーチキンにヒヨコマメのチリスープ、エールとサモサを頼んだ船長殿は店の隅の席へと腰を落ち着けました。

 帽子を取って、ようやく船長殿の表情を改めて伺う事が出来て、わたくしは鋼で強化された心臓が割れてしまうかと思いました。

 何処か無理をして平静を装っているのでございましょう。目がギラギラと据わっていて、白目の端々に黒炎が見え隠れしております。闇竜様の御加護を受けたラース船長殿は魔力の波動でその瞳に闇の炎が灯るようになられました。それがチラチラと瞳に陰ると言う事は、船長殿の精神状態が不安定な証でございましょう。

『船長殿……』

「なんだよ、どうした」

 言葉を紡いでしまったものの、先の言葉が見つからず、わたくしは閉口してしまいました。

 それに何を察してくださったのか、羽飾りを直すような仕草で、船長殿はわたくしの羽を撫でて下さいました。

「……お前の言葉は俺が聞いてる。俺は、確かにメーヴォからの伝言を受け取った。大丈夫だ。お前が見聞きして来た事を俺は信じてる。他のやつらがあの処刑の光景を信じたとしても、俺はあの光景を否定し続けるからな」

 そう信じる事が、船長殿の精神をギリギリの所で正気に保っているのでしょう。チラチラと瞳を掠める闇の炎が、船長殿の心をジリジリと炙っているのです。全てに絶望し、全てを壊そうとする衝動を炙っているのです。わたくしの言葉が、あるじ様から伝えた言葉が、僅かにそれを防いでいるのです。

『……あるじ様は、時がくれば成るべくして事が運ぶとおっしゃっておられました。わたくしたちは、あるじ様がそう信じたように計画を進める使命があると、そう思っております。ですが……』

 わたくしですら、このあるじ様の言葉が幻であったのではと。わたくしの記憶に呪いをかけたのなら、それは既にあるじ様が殺された記憶の改竄だった可能性もあるのです。わたくしを放った後に彼らがあるじ様を手にかけないと言う保障は何処にもありません。信じる、と船長殿がおっしゃって下さったと言うのに、その言葉を預かったわたくしが、わたくしの記憶に揺らぎを感じないと言えば嘘になってしまうのでございます。

『多くの人々があるじ様の処刑を目の当たりにし、あるじ様の呪詛の言葉に怯えております。あの日蝕は本当にあるじ様がこの世を呪って起こした奇跡だったのではないかと、そうわたくしは思ってしまうのです』

 これでは、あるじ様の従者として失格です。

 鋼鉄の胸の奥にぐっと押し込めた不安は、一度口にしてしまえば津波のように平静を装っていた心の上に押し寄せます。

 鋼の瞳を閉じたところで、わたくしの羽を握る船長殿の手に力が入りました。

「しっかりしろ。お前がメーヴォと俺たちを繋ぐ微かな糸だ……お前がメーヴォの言葉を信じなくてどうする。そうだろ」

 そうでないと、自分は何を理由に、何の言葉に縋って、あの光景を否定する要因にすれば良いのだ、と。船長殿の眼の奥にか弱い希望の光が揺らめくのをわたくしは感じました。

 あるじ様がわたくしを信じて言葉を託したのだから、わたくしがあるじ様を信じ、あるじ様を信じたわたくしを船長殿が信じ、その船長殿を信じて水夫たちが動くのです。我々は、微かな信頼によって一団として在る集団だったではないでしょうか!

『そうです、そうでございます。信じる事が、ヴィカーリオ海賊団の掟でございました……!』

「そうだ、海賊なんてのは元より荒くれ者の集団だ。掟に従って、横に居る仲間を信頼する事で成り立ってるんだ。その基本が出来なくて、何が悪名高きヴィカーリオ海賊団の船長だ。海賊王の技術者の従者なんだから、お前もしっかりしてくれよ」

 握られた手の力強さは、不安の裏返しであると知れながら。わたくしの鋼の胸も不安に軋みながら、今を堪えねばならないと再確認するに到ったのです。


 船長殿が冷め始めてしまった食事を平らげる頃には、店内は夕餉に訪れた人々で溢れ返りました。エールを飲み干し、人々の喧騒をぼんやり眺めている船長殿ですが、やはりその瞳に闇の炎がチラつきます。

 人々の喧騒の中には、やはりあるじ様の処刑に関する話題が多く含まれていました。船長殿の耳には痛い事でしょう。もちろんわたくしも聞くに堪えない言葉が飛び出さないかハラハラとしておりました。

「蝕の民が処刑されて、その呪いで太陽が隠れたんだろう?こんな事が頻発したらどうするんだ?」

「いつ太陽が消えてしまうか、おれぁは不安でならないよ」

「国の連中はもうずっと信用ならねぇし、海賊王とやらが俺たちを救ってくれるとは思えねぇし、死弾の報復に街が焼かれる事だってあるかも知れねぇんだぞ」

「おう、オレはわりぃが街を出るぞ。海賊王の報復が及ばない様に内地に逃げるからな」

「お前、そんな事言って仕事はどうするんだ。内地の方じゃ不作続きだって言うぞ。蝕の民の呪いで、今後更に不作不漁が続くかも知れねぇって言うのに、どうするつもりだ」

「しらねぇよ、どうにかするしかねぇだろ」

 声の多くは先の見えない現状を憂い、不安を口にして気を紛らわせる、そんな会話ばかりでした。

 どかり、と我々の居た席の横に新しい客人たちが陣取りました。テーブルに料理が並ぶより先に、ドカドカと拳銃や短剣などが広げられます。

「コイツが、本当に蝕の民の作った武器なんだろうな?」

「ああ、そうだ。威力は保障するぜ」

 ひそひそと話をする男たちの声が此方に流れて来ました。ああ、何と言う事でしょう!此処でもあるじ様の名を騙る不届き者が、今度は武器を騙るとは!

「おいおい、蝕の民の武器とは、聞き捨てならねぇな……」

 イラッとした船長殿の呟きに、わたくしも鋼の胸の内に熱が篭るようでした。

「なあ、あんたら武器商人か?」

 そう声をかけたのは船長殿ではなく、その席を挟んで向こう側に座る男たちの一人でした。

 大柄な体躯の男は、席を立つと威圧感がありました。しかし武器商人たちもそれに怯むような軟さは持ち合わせておりません。

「おう、そうさ。良い武器が手に入ってな。商談の最中だ、邪魔すんなよ」

「蝕の民の武器と、言いましたね」

 大柄な男の横にもう一人、少し線の細い小綺麗な男が並びます。その後ろにはどうやら少年たちも居り、謎の一団が武器商人を囲い始めました。

「あれ……?」

『……船長殿、彼らは』

「私たちは武器について少し詳しいんです。よろしければ、その武器を拝見したいのですが?」

「ほお、目利きかね。面白い。この違いが分かると言うのかね」

 武器商人の商談相手らしき恰幅の良い男が興味を示しました。一瞬武器商人の顔が曇ったのをわたくしは確かに目撃しました。しかし大きな商談の場、これを逃す事は出来ないと、武器商人も食い下がります。

「いいさ、この凄さが分かるって言うなら、是非とも鑑定してくれて構わないぞ」

「ええ、ではこの武器の中心部に使われているのは何と言う石ですか?」

「い、石?す、水晶に決まってるだろう」

「いいえ。蝕の民の武器には魔法石などが中心に組み込まれていて、安価な水晶を使う事はまずありません」

 ぴしゃりと言い切ったのは、大きな垂れた耳が特徴的な兎の獣人と思われる、身なりの綺麗な青年でした。

「手にとって拝見しても?」

 そう言ってテーブルの上の武器に手を伸ばしたのは、栗色の髪の少年でした。武器商人が止める間も無く一丁の拳銃を手に取ると、そのグリップや銃身に施された装飾に目を光らせます。

「量産品の駄作もいい所だ。陳腐な装飾に、握りの角度も甘い。砲身の削りだってなっちゃいない。こんなもので商売しようとしたら、隊長に尻を爆破されちまう」

「此方の短剣も、研ぎが甘ければ、魔法強化もされていない。これなら肉切り包丁の方がよっぽど切れらぁ」

 武器を手に、男たちは次々にそれらに駄目出しをして行きます。その何と痛快な事か!

「ほお。見るだけで分かるか。お前立ち中々の鑑定眼を持っているようだな。よし、決めたぞ。お前たちも武器を扱うのか?お前たちの武器とやらを買わせてくれ!」

「はぁ?お、おい!てめぇら!デタラメばっかり並べて、オレの商談を台無しにしやがって!」

「黙れ」

 パン、と乾いた軽快な音が一発。詐欺商人の頬と耳を掠めて、銃弾が一発食事処の壁を抉りました。

「蝕の民の武器を名乗るってんなら、この位の精度が出せる武器を持って来てからにするんだな」

 食事処で突然銃声が上がれば、店内は即座にパニックです。ああ、何と愉快痛快な事でしょうか!

「おい、商人。蝕の民の武器がそう簡単に買えると思うな。クラーガ製の武器は今や世界を脅かす強大な武器の一つだ。金を積んだところで買える物ではないぞ!」

「て、てめぇら、何者だ!」

 店内の客がバタバタと外へ逃げる中、武器を鑑定した大小様々な男たちの一団は、偽武器商人を前に堂々と名乗りを上げました。

「ヴィカーリオ海賊団の技術者集団、クラーガ隊の名前をその小さな脳みそに刻め!クラーガ製の武器を名乗るなど、不相応にも程があるぞ!」

「ヴィカーリオ……し、死弾海賊団だと……!き、貴様らの技術者はついこの間処刑されたばっかりだろうが!」

「口を慎め!」

 バキン!と音を立てて、テーブルの上にあった短剣の上に、人工ダイヤ製の透き通ったナイフが突き立てられました。素晴らしい(ブラボー)!

「隊長は、メーヴォ=クラーガは死んではいない!我らが死弾船長がそう信じたのだから、私たち水夫もそれを信じ、待つのだ!ヴィカーリオ海賊団の名をまだ騙ると言うなら、その代償を貴様の命で払って貰う事になるぞ!」

 その言葉は、わたくしの鋼の胸の中に大きな炎を燃え上がらせるのに十分な言葉でした。

 横を見た船長殿の表情に、もう闇の炎は陰りを見せませんでした。その闇の炎は強く、濃く、希望の光の様に輝いておられました。

「ま、まさか仲間が街に入り込んでたなんて……!お、おい!憲兵に、知らせっ」

 タン、と短く軽快な音と共に、詐欺商人の額に穴が空いてその身体が崩れ落ちました。横に居た商談相手がひぃ、と悲鳴を上げて、真っ青な顔でへたり込みます。

「お前ら、良い面構えになったもんだな」

 髪を直し、ラース船長殿が右手にイディアエリージェを構えながらクラーガ隊の前に立つと、甲板長にしてクラーガ隊副隊長、兎の獣人カルムが「わっ!」と驚きの声を上げ、テーブルに人工ダイヤのナイフを突き立てた栗色の髪の少年水夫、彫金師のカインが「うやぁ!」と裏声の悲鳴を上げました。

「おいおい、締まらねぇな。そんだけの大見得切ったんだから、最後までカッコよく決めろって」

 これは面白い場面に遭遇した、と言わんばかりにニヤニヤと笑う船長殿に、水夫の面々はいつものようにふんにゃりと苦笑するのでした。格好を付けるのは自分たちの仕事ではないと、そう言いたげな水夫の横を通り過ぎ、船長殿が皆を先導します。私も置き去りにされた羽根付き帽子を羽に引っ掛けて、船長殿に並びます。

「騒いだなら憲兵が来る前に逃げるのが鉄則だぞ、お前ら。さっさと帰って副船長のお説教を聞きながら出航だ!」

「は、はい!」

「せ、船長が怒られる理由が分かってしまった……」

「騒ぎを起こすってこういう事なのか……うう、やってしまった」

 自分たちの仕出かした事に今更後悔する面々に高らかに笑った船長殿は、わたくしから羽根付き帽子を取るとそれを被りなおし、カウンターに隠れた店主に向けて金貨の入った袋を投げ付けました。

「主人!迷惑料だ」

 そう言い残して、船長殿が走り出しました。

「あ、待ってください!」

「足腰鍛えてるだろ!さっさと船に帰るぞ!」

 そう言って走る船長殿に並走するように飛び、わたくしは船長殿の表情に心底安堵したのです。

「あいつらが俺を信じて大口叩くんだ。俺だって負けてられねぇ……!」

 力強く笑うその顔は、あるじ様が信じたラース船長殿そのものでございます。

「次の目的地はコスタペンニーネ本国だ!お前ら!長旅になるぞ!エトワールに急の出航を詫びる言葉を考えとけよ!」

 後方を走る水夫たちに船長殿は声を投げかけ、港までの大通りをさながらパレードのように走り抜けたのでございました。


第七話 おわり


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