表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

海賊の処刑

 まるでそこに分厚い壁があるようでした。それはいつも自分が使う影の防御壁を外から傍観するような、圧倒的な力量差を感じる障壁。

 僕の影が及ばない、絶対的な光の領域がそこに突如現れ、メーヴォさんの気配が感じられなくなって全身の血が凍りついたような寒気を覚えました。

 僕が居ながらメーヴォさんに敵の接近を許してしまったと言う失態と、僕の影を遮るほどの術者がこの世界にいるのだろうかと言う脅威が、僕を同時に襲い体が竦んで動きませんでした。

 眼前でメーヴォさんの気配が消え、僕の視認出来ない内にその姿が喫茶店から消えてしまいました。

 さぁっと引いた血の気と、あまりの力量差に呆然としてしまった僕は、コールの言葉にようやく駆け出したのです。

『レヴ様!あの者……あの光の者は、一体』

 こうしてはいられない。ラース船長に伝えなきゃ!



 俺が立ち会うと言う事で、三海種の王は変化の魔法か何かで人間サイズで顔を揃え、海の供物の三種の武具が揃い、それを前に三海種王同盟が再結託された。

「では、改めて御立会い下さった新たな海賊王に我らから戴冠の儀を行いましょう」

 そう言い出したサハギン王イェスタフに、人魚王モーゼズ、クラーケン女王イェーヴが従って、俺は三海種王の前に立った。

「こう言う時は膝を折ったほうが良いんで?」

「なぁに、海賊流と言うヤツでええじゃろう」

 畏まった雰囲気は不要じゃろう、と言うモーゼズ王のご好意に甘えて、俺は直立不動で三海種王たちの宣言を聞いた。

「三海種王の名の元に、この人種を海の民の新たな王として迎え入れる事を宣言しよう」

「その名を海賊王と戴冠する」

「人種の新たな王よ、グラハナトゥエーカを再興せし海賊王ラースタチカに、我らより海の供物の加護を与えよう」

 三海種王たちがその手に供物の武具を手に宣言すると、武具から光が指し、俺の額に見えない洗礼を施した。

「古い王様たちよ、これからよろしく頼むぜ」

 こうして俺はあっさり海賊王になってしまったようだ。王たちは今後の協定について話し合うらしいが、俺は早いところ自分たちの計画の準備をしなくちゃならねぇ。厳かさもろくにないひょろひょろとした俺の態度に苦笑した王たちに見送られ、俺は逸早く海上へ、港へと戻った。

 そこで、まさか、そんな話を聞く事になるとは思わなかったし、俺が思いの他冷静でいられた事に自分の成長を感じた。



海賊寓話第四章六話

『海賊の処刑』



「もうしわけ、ありません!」

 膝に額が付いているんじゃないかと思う程、身体を真っ二つに折ってレヴが俺に向かって頭を下げる。既に事情を聞いた水夫たちが俺の次の言動を固唾を飲んで見守っている。

「僕が付いていながら、メーヴォさんが、さ、攫われてしまい、ました……」

 言葉の端々が震えていた。語尾は掠れて聞き取りにくかったが、自分の耳の良さを少し恨んだ。

「……ほぉ?」

 思わず付いて出た言葉は感嘆符でしかなかったが、恐らく俺の目は真っ黒に染まっていただろう。ともすればイディアエリージェを構えてレヴに向けて発砲していたところだ。怒りで魔力が込み上げるのを、ぐっと押さえつけられている。はらわたが煮えくり返っている反面、頭の中は冷たく冷静だ。僅かに俺の理性であったり論理的なところが勝った。

 まず、レヴはこう見えて高位の魔族だ。影を操り気配を遮断し、人間や亜人種程度ではレヴの影を破る事は出来ないだろう。下手な種族では足元にも及ばない潜在能力を秘めている。そんなレヴが付いてメーヴォを見ていた。メーヴォもレヴが付いてくる事を了承して出掛けていた筈だ。昔のアイツならレヴを巻くために小細工もしたかも知れないが、今のアイツに限ってそんな事はない。

 って事はつまり、レヴの実力を超える、未知の存在がメーヴォを攫ったという事になる。

「レヴ、詳しい話を聞かせろ。その後メーヴォの足取りを掴む為に作戦会議だ」

 なるべく怒鳴らないように一呼吸置いてから、俺は甲板にいる面々に何でも良いから情報を集めて来いと命令を下した。


 船長室にいつもの面々が集まり、レヴからの報告を聞く。「貴方が冷静でよかった」とエトワールに言われて自分でも驚いたわ、と苦笑して見せた。

「メーヴォさんに着けたはずの影もその光の障壁によって取り払われてしまったようで、完全に足取りを見失ってしまった状況です」

 渋い顔のレヴに分かった、と手を振って下がらせる。苛立ちや不安以上に、今何をするべきなのか、と言う点において冷静に頭が働いている。

「メーヴォを誘拐したとして、相手の出方を考えるとどうなると思う?俺たちに身代金を払わせるか?それとも秘密裏にメーヴォを始末するか?」

「蝕の民の技術者は生かしておいてこその存在です。現状、メーヴォさんの身柄を確保したのであれば、蝕の民の技術力をどうにか使わせるように仕向けると思います」

 そう言うマルトの言葉に、ちょっと待てと反論したのはジョンだった。

「メーヴォの旦那は確かに生かしておいて何ぼの存在や。けど、そう簡単にあんお人が蝕の民の技術漏洩するとは思えへん。アウリッツの国軍あたりが大々的に蝕の民の情報収集しとるって話やないか。あっこへの亡命だの、そんなもんの材料にもされかねんと思わんか?」

「それも確かに……」

「最悪の場合は、その、身柄を確保したのが、海軍や何処かの国軍だった場合……だと、思います」

 おずおずとレヴが口を開く。

「最悪、即処刑と言うところでしょうね」

 あえてレヴが口にしなかった最悪のパターンをエトワールが口にする。それはとても重く、背筋を凍らせる一言だった。

「レヴ、今すぐ各地の情報屋に連絡を取って、国軍の情報を洗い出せ」

「は、はい!」

 早足で翔けて行くレヴを見送り、俺は重い溜息を吐き出した。

 何処の誰がメーヴォを攫ったのか。その目的は何なのか。何も分からない。ただそれが魔族すら超越する力を持つ相手だと言う事しか分からない。現状で出来る事は、目撃情報や各国の動向をつぶさに調べる事だけだ。

 どの選択肢が選ばれたとしても、俺たちがやる事は決まっている。メーヴォを取り返すだけだ。

 翌日、大股で息を切らせ走って来たレヴが、真っ青な顔で、最悪の結果を口にした。

「お、お頭!大変です!メーヴォさんが、メーヴォさんが!」

「なんだ、落ち着いて話せ!」

 はぁはぁと息を整えたレヴが、唾を飲み込んで口を開いた。

「ゴーンブール海軍が、メーヴォさんを捕らえたと……処刑の日を発表しました!」

 全身の毛が逆立ち、血液がカッと頭に上るのが分かった。指先が冷える一方で、頭に上った血が急速に回って、冷静に俺は言葉を発していた。何か、スイッチが入る音がした。

「詳しく聞かせろ!メーヴォ救出の作戦会議だ、主要面子を集めろ!」

「はい!」

 船長室にいたエトワールとレヴが同時に返事を返して散開した。

 心臓が痛いほど打ち付けられて、目の前がチカチカした。メーヴォ、俺たちが助けに行くまで、無事で居ろ。



 俺たちが停泊していた港から船で三日程の場所。ゴーンブール南端の港町でメーヴォの処刑が大々的に行われる事が、ゴーンブール海軍から発表された。

 港広場に処刑台が組まれ、民衆が見守る中で行われるそうだ。日時はきっかり三日後の正午。俺たちが船で移動して間に合うかどうか瀬戸際の猶予だ。レヴの報告を受けた後、ろくな補給もせぬまま港を出て最短で南を目指す。

 到着した港町は騒然としていた。そりゃ当たり前だ。世界中にその名を轟かせた死弾こと、ヴィカーリオ海賊団の実質ナンバーツーにあたる蝕眼のメーヴォの処刑だってんだ。この港町だけじゃない。世界中がその処刑の瞬間に注目している。

 俺たちが到着したのは処刑当日の朝方。処刑場のある港街の大きな港には、この一大ショーを一目見ようと押しかけた船舶がぎっしり。俺たちは仕方なく近隣の人気のない湾へと投錨した。

 処刑場に俺たちが乱入する事くらいゴーンブール海軍は想定済みだろう。レヴ一人で表面上は行動させ、その影に俺が隠れて同行する。他にも処刑場周辺にレヴの気配遮断の魔法を掛けた面々を待機させるが、実動は俺一人だ。

 危険すぎると皆が言ったが、その最も危険であろう作戦実行に足る実力を持つのは、船で一番強い俺しかいない。

 俺が言い切ったその言葉に、誰も言い返す事は無かった。深く溜息を吐いたエトワールに、いつぶりだろうか、真剣に視線を投げる。

「何かあれば船と水夫たちの事は頼むぞ」

 珍しい事だ、と言いたげな視線を返され、しかし真剣に顔でエトワールがそれに答える。

「そうですね、可能なら貴方が戴冠した海賊王の名は私に引き継がせてください。グラハナトゥエーカ再興は私たちの目標でもあるんです」

 その複数形が何処までの誰を指すのかは聞かなかったが、済ました顔のエトワールに自信と押し隠した緊張感を感じて、俺もいつも通りに「頼むぜ」と短く言って肩を叩いた。


 船を降りたレヴが街に入ると、すぐさま人々の噂話の声が影の下まで響いて来た。

『ついにあの殺人鬼の海賊が処刑だってよ』

『蝕眼が処刑されたら、魔弾のラースが黙っちゃ居ないだろうよ』

『また襲われる商船が増えるか、何処かの集落が焼かれるぞ……』

『海軍が海賊を取り締まれない上に、そのとばっちりがオレたちに降りかかって来るなんてのは困りもんだけどな』

『おい、ンなこと言ってんと海賊行為幇助だとかでしょっ引かれんぞ』

 ザワザワと交わされる会話の中には、どうやら海軍に不審を抱いている者も少なからず居るようだった。それが俺たち海賊の味方になるかと言えば別の話だろうが、今この処刑場で立ち回った時に道を開けるくらいはして欲しいもんだ。

 瑣末な展望を頭の隅に置きながら、レヴが翔ける先に処刑場が見えてきた。既に広場には人がごった返していて、処刑の時を今か今かと待ち望んでいた。

 首切り台が置かれた舞台、仁王立ちで大斧を持った巨躯の執行人、小さな墨壷と筆を持った首切り介助人が立つ。有り触れた、良くあるいつもの処刑場だ。ああ、確かにそうだ。

「レヴ。あの処刑台が見えるか?」

「え?は、はい」

 あれは、本当にそこに在るのか?何故か俺には処刑台の周辺が二重にぶれて見える気がした。

「あの、お頭。それよりも大変です。もう、こんな所から光の壁があります」

「何だって?」

「これから先は、お頭を陰に隠して先に進む事が出来ません」

 まだ処刑場の入口だぞ。処刑台まではひとっ走りの距離だ。ついでに言えば見張りの憲兵を挟んでの距離だ。人混みを割って、先に進めと言う事か。

「やはり、敵は此方の手の内を……ぼくの能力を把握して、処刑に合わせてメーヴォさんの奪取をする事を読んでいます」

「それでも行かなきゃなんねぇだろ。俺を出せ。影を纏って気付かれにくくする魔法を掛けてくれ」

「は、はい……」

 処刑場の入口の柱の影でレヴの影から抜け出す。液体のように俺の身体に影が纏わり付き、俺の気配を遮断する。

 一つ息を吸って吐き出し、俺は人混みの中へと泳ぎ出した。俺に肩を掴まれ押し退けられた中年の男や、薄汚れた服に身を包んだ女が驚きの声を上げるが、そこを俺が通った事を誰も気付かない。別の人間が自分を押したのだと見当違いな口論が始まるのを聞き流し、前を目指す。

 サワサワと薄布が肌の上を流れるように、影の魔法がある事は分かる。それでも多少は前に人を置いて隠れる場所を確保しておく。何かの拍子に魔法が切れて、目の前の憲兵とご対面なんてのは御免被りたい。

 メーヴォの姿が見えたらヴェンデーゴで処刑台に登って、二丁拳銃で周りの奴らをぶっ殺して離脱。ああ、簡単なもんだ。さっさと終わらせてやる。俺たちにはこれから国を造るってデカイ仕事が待ってんだ。そうだ、帰ったらエールで一杯やろうぜ。なあメーヴォ。

 落ち着こうとして落ち着けるはずも無く、バクバクとうるさい心臓を抱えて、俺はその時をじっと待った。こんなに自分が大人しく待てるもんなのかと驚いたくらいだ。

 処刑場に並んで建つ時計塔が正午の鐘を打った。


 鐘の音が尾を引く中で、処刑場の奥の扉が開いた。

 先頭に立つ海軍兵士は相変わらず豪勢な制服に身を包んでいる。三人の兵士が前に立ち、続いて両手を後ろに縛られたメーヴォの姿が見えた。メーヴォはその両側を兵士に支えられ俯いて歩いてくる。

 来た、と思うと同時に、やはりその姿に違和感を抱く。兵士たちを含め、メーヴォの姿が時折二重にぶれるように見えた。

 なんだ?この処刑は、おかしいぞ。そう疑問に思う自分と、目の前で兵士に囲まれているメーヴォの姿に今すぐ奪取せねばと使命感に狩られる自分が衝突する。

 その僅かに逡巡した一呼吸後、処刑場の上空に光る何かが飛来した。

『船長どの!ラースタチカ船長殿!何処に居られますか!わたしくめです!鉄鳥でございます!』

 突然飛来した光に、処刑場が一斉に沸く。おい、待て!何でお前だけ飛んでるんだよ!

「鉄鳥!」

 思わず叫んでいた。

『船長殿!何処でございますか!お伝えせねばならない事がございます!この処刑は、幻でございます!』

「何だって……?」

 ピカピカと光りながら処刑場の上空を飛び回る鉄鳥は、影の魔法を使って気配遮断している俺の場所が把握できないのだ。

 処刑場の見張りに立っていた憲兵たちが俄かにざわめき出し、手に持っていた銃を構え始めた。此処で鉄鳥を確保出来ないのも困るし、あいつの言っている事も気になる。

「イベリーゴ・ヴェンテーゴ!」

 右腕のヴェンデーゴを起動させ、魔法のロープを時計塔の壁に打ち付け、俺は人混みの中から空を飛んだ。影の魔法がザワザワとはためき、僅かに剥がれていく様な感触がある。集まっていた民衆の一部が俺の存在に気付き、歓声の様な声を上げた。時計塔の開いた窓へと飛び乗り、影の魔法が半分くらい解けてしまい、兵士たちが何かを叫んでいるのを聞きながら、それでも俺は叫んだ。

「レヴ、サポート!鉄鳥、此処だ!」

『船長殿!』

 今度は時計塔から処刑場の壁に向かってヴェンデーゴを打ち付け、窓枠を蹴った。処刑場上空で光る鉄鳥を、通り過ぎざまにキャッチして、俺は兵士が撃つ弾丸の雨の中を滑空した。壁の中腹へと降り立つと同時に、レヴの影が足元に隆起し、俺の身体を処刑場の壁の上に跳ね上げた。監視用通路に上がるとすぐさま足元にレヴの影が広がり、俺は中へと姿を隠した。

「鉄鳥、光を抑えろ」

「お頭、無茶をしますね……」

「鉄鳥が確保出来ただけ御の字だ。コイツが言ってるぜ、この処刑は幻だってな」

「幻……?」

 俺とレヴが隠れたおかげでギュウギュウ詰めの影の中でボソボソと言葉を交わす。処刑場の通路の上を兵士たちが探しているが、レヴの影の中に入ってしまえば見つかる事は無いだろう。

 影の上を兵士が走っていくのを見送り、俺は小声で鉄鳥に状況を問い質した。

「おい、さっき言ってたのはどう言う事だ」

『船長殿!ああ、やはりこの場にこうして赴かれた。あるじ様の信頼は確かでございました。船長殿、この処刑は幻。あるじ様はご無事でございます』

「本当だな?おい、首謀者は誰だ?ゴーンブール海軍にレヴの魔力を超えるようなやつぁ居ねぇだろ?」

『居るのでございます。強力な魔を持つ者が居るのでございます。ああ、しかし私はそれを口にする事が出来ないのです』

 どう言う事だ、と眉間に皺が寄る。

『呪いでございます、首謀者の名を知り得ていながら、口にする事が出来ない呪いをかせられたのです』

「……あの、お頭。鉄鳥さんはなんて言ってるんですか?」

 ああ、鉄鳥の声を聞けるのは俺とメーヴォだけなんだ。

「メーヴォは無事で、この処刑はフェイクだと言ってる。首謀者も分かってるが、それを話せない呪いまでかけられたってよ」

「呪い……特定の事だけ話す事が出来ない、呪い、ですか」

 そんな会話をしている内に、兵士たちは警戒を強化しながらも、メーヴォの処刑を再開した。

「お頭、メーヴォさんが……」

「アレは幻だって鉄鳥が言ってるんだ。俺にだって何か変な風に見えるんだ。何かがおかしい。幻だって言われりゃ納得出来るぜ」

「……でも」

 恐らく、レヴにはこの処刑場が真っ当に見えているんだ。魔族であるレヴほどの魔力の持ち主が、幻であると言う事を疑えない程度には精巧。それに鉄鳥にかけられた呪いの特殊さを考えれば、荒唐無稽に思えて当然だ。今にも飛び出そうなレヴを「行くなよ」と推し留めた。

 俺は鉄鳥の言う事と、俺の違和感を信じる。


 兵士が増員され、厳戒態勢が更に強化される中、メーヴォの襟足の髪が切られ、その首に切り取りの線が墨で描かれる。

 墨壷と筆を置いた処刑介助人が、供物信仰の短い杖を持ち替えたところで、メーヴォに話しかける。

「何か言い残す事はあるか?」

「……ああ、ある」

 俯いていた顔を上げたメーヴォは、眼鏡をかけていない裸眼の蝕の瞳を存分に民衆に見せつけた。処刑台を前に、メーヴォがその口を開いた。

「聞け、汚職に腐敗した兵士ども。怠惰に生を貪る人間ども。この僕を捕え、処刑する愚かさに後悔する時がすぐに訪れるだろう。怠惰に停滞する世界を変え、力で支配する世界はすぐそこまで来ていたと言うのに」

 兵士が舌打ちをし、おい!と怒鳴るが、メーヴォは喋り続けた。

「この蝕の瞳を見ろ!完全に蘇った、失われた古代の民の血を、この世界から、此処で葬り去ろうと言うのだ。かつて失われた国に繁栄と滅びを齎した民の血が、今此処で再び失われる。その意味が分かるか?そうだ、貴様らには滅びが訪れる!」

 ざわざわと集まった民衆がどよめき、メーヴォの演説に聞き入っている。蝕の瞳が人を惹き付ける以上に、メーヴォの言葉には重みがあった。汚職、腐敗、怠惰。それは人々が日々少なからず自覚するこの国の、世界の現状だ。繰り返される日々に嫌悪しているはずの民衆に、メーヴォの言葉が刺さる。

「呪うぞ、この世界を!蝕の民の血を絶やすこの国を、この世界を呪うぞ!太陽は喰い尽くされ、大地は枯れ、海は濁り、空は荒れ狂うだろう!」

 それが幻だとしても、赤い瞳にギラギラと蝕の光を輝かせるメーヴォの演説は真に迫る。それが本当に幻なのか、俺だってまた疑ってしまっている。

 あぁ、メーヴォ。すげぇぞ。そうだ。その演説を、何故俺と言う海賊王の前で出来なかった。お前の言葉は俺の言葉だ。王の代弁者。何故その言葉が世界を呪う言葉として語られるのか!

「おい、時間だ!刑を執行しろ!」

 ざわり、と胃が竦む。身体の奥底から震えが込み上げて来て、思わず自分の片腕を抱いていた。振るえる右腕を押さえ込むように、俺は自分の身体を押さえ込んだ。

「呪うぞ!この世界に終焉を齎すぞ!この国は、この世界は終わる!怠惰欺瞞嫉妬強欲、全ての悪によって世界は滅びる!僕の死を最も嘆く海賊王が、この世界で唯一の正義であったと、貴様らは後悔する事になる!」

「殺せ!早くその口を黙らせろ!」

「殺すと言うのだ、この僕を!それがどれ程愚かしい事か、貴様らは理解出来ないのだ!それが海賊王の怒りを買う事、それが世界を滅ぼす始まりだと、貴様らは終わりを始めるのだ!」

 首切り介助人が手にしていた短い杖でガン、とメーヴォの後頭部を殴り、その勢いのままメーヴォが首切り台の上に倒れこんだ。すぐさま介助人がメーヴォの身体をロープで縛り、大斧を持った処刑人の大男を所定の位置に陣取らせた。

「メーヴォ」

 気が付けば身体が前のめりになり、口から言葉が零れ落ちていた。それが幻で、フェイクであると知りながら、そんな精巧な幻でメーヴォが死ぬところを見せるなと言う怒りと、幻であってもメーヴォが殺されるのが我慢ならない自分が、溢れ始めていた。

「メーヴォ!」

「お頭……っ!」

 やめろ、と叫んで影から飛び出しかけた瞬間だ。

 ピュン、と音がした後、処刑台の手前でバヂンと小さな爆発が起こった。一発の弾丸が処刑人目掛けて撃ち込まれたが、処刑場の周囲に張られていた結界で阻まれたのだ。

「エトワールか……!」

 その音ではたと意識を引き戻された。レヴの影すら阻み、エトワールの使うフールモサジターリオの魔法弾すら弾く結界が張られている。俺が行った所で結果は何も変わらないだろう。

『船長殿、苦しい気持ちは重々承知しております。しかし、しかしどうか落ち着いてくださいませ。アレは、アレは真に幻でございます。あるじ様はご無事で、船長殿迎えを待っているのであります』

「はぁ……」

 深く息を吐いた所で、俺は目を閉じた。もう見てられない。

 妨害の出所を探るように命令した兵士が、改めて処刑人に執行を言い渡す。

「これ以上の邪魔が入る前に殺せ!」

「間も無くだ、間も無く世界の終わりが始まるぞ!見ろ人間ども!はっははは、あっはははは!」

 高らかに笑うメーヴォの声に思わず目を開けてしまった。いつだったか、俺が死に掛けたってのに、強敵を前に笑ったメーヴォの声がする。処刑台に転がされて、もうその表情は見る事が叶わないと言うのに、邪悪で最高にカッコいい笑顔のメーヴォが見えるようだ。

「やれ!」

 メーヴォの高笑いに恐怖した兵士が震える声で刑の執行を言い渡し、巨躯の処刑人が斧を振り上げ、振り下ろした。

 首に墨で描かれた切り取り線を寸分の狂いもなく、処刑人の斧がなぞる。

 引き抜かれた斧が真っ赤な尾を引き、首切り台の横に生えた、人の手を模した受け皿に、ずるりとメーヴォの首が落ちた。

 民衆からは悲鳴が上がり、首から噴き出した血液が落ちた首を赤く染める。

 処刑介助人が落ちた首の髪を鷲掴みにして持ち上げると、口の端を吊り上げて笑ったまま絶命したメーヴォの顔が民衆を睨み付けた。

「メーヴォ」

 早鐘の様に打ち付ける心音が耳の奥で鳴り響いている。開いた目を閉じる事も忘れて、俺はそれに魅入っていた。

『噴き出した血の美しさが分かるか?殺した女の美しさを、お前は分かってくれるか?』

 メーヴォの声が耳の奥で繰り返される。分かる、ああ、お前の死に様もこんなに美しい。俺が直接手を下せないのが残念なくらいだ。ああ、これが幻だと言うのなら、何て言う悪夢だ、メーヴォ。

 ひやり、と空気が変わったのが分かった。影の中からでも分かる。日が、陰った。

「お、おい、空を見ろ!」

 正午を過ぎて空の天辺にあった太陽が、欠けていた。まるで大きな獣が喰らい付いたように、太陽の左下が丸く欠けている。

「……おい、マジでメーヴォがなんかしたのか?」

「お頭、あれは、アレは日蝕です」

 日蝕、と言われて感嘆の声が出るよりも前に、メーヴォの処刑に合わせて、メーヴォの死に合わせたこの自然現象の開始に、偶然とは思えない人為的な介入があると感じた。

「……やっぱり、メーヴォは生きてるんだな」

『その通りでございます、あるじ様はご健在です!これも全て、全て……計画通りでございます』

 鉄鳥が苦々しげに語りかけてくる。首謀者を知りながら、それを明かせぬ枷に苦しむように。それが幻であると知りながら、あるじの死を傍観させられた苦渋に、鉄鳥は宝石の様な目をきつく閉じた。

 徐々に太陽が影に飲み込まれ、民衆が太陽が欠ける恐怖に駆け出し、処刑人たちすら空を見上げて口を開く有様の中、俺は深く息を吐いて、どっと押し寄せた精神疲労に目を閉じた。

「お頭!」

 レヴが叫ぶその先、僅かに開けた視線の先で、太陽は影に飲み込まれ、金冠日蝕の光が世界を呪うように輝くのを見た。


第六話 おわり


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ