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海賊と幻の亡国

 ベルサーヌ号からの一報を受けて一月。ワシらはリッツ大陸の西を北上し、ファーヴボールド島の沖に停泊をして再会の時を待った。認めた書面に違わぬよう、途中停泊した港で炎龍鍋の材料と、口直しの果実をしこたま買い込んで今に至る。宴の準備は着々と進み、今や遅しと商船の出現を待っとる。

 出現、と表現するのに相応しく、見張りの驚く声と伝令が船内に響き渡る。

「ベルサーヌ、来ました!」

 同時に、狼の遠吠えが海上に響き渡った。それに答えるように、エリザベート号の上に白煙の尾を引いて信号弾が上がって、日の傾いた空で一際大きく輝く。西に日が傾き、夕食には両船揃っての宴になるやろ。

 真っ青に晴れ渡った青い海と空の下にありながら、霧の中から突然船首が突き出たようにその船体は姿を現した。歪んだ蜃気楼が実物だったと驚くような、その船は一瞬にして実像を結んだようにも見えた、と見張り番はその後もことある毎に口にしよった。

 船首を掠めるようにすれ違った幽霊商船ベルサーヌ号が、海賊船エリザベート号の横に不自然な程にぴたりと止まると、重しの砂袋が付いたロープが船の前方、中ほど、後方の三箇所に投げ入れられた。それを受け取った水夫たちが、既にエリザベート号の横に下げられていた緩衝材を確認し、声を合わせてロープを引いた。

 緩やかに両船の間が埋まり、緩衝材にぎゅうとベルサーヌ号の船体が押し付けられる。両船の間には舷梯が渡されると、ベルサーヌの甲板から一人の少女が先んじて船縁に立った。

「ヴィカーリオ海賊団の皆さん、ご無沙汰しています。鍋パーティーに呼んで頂けて嬉しいわ。今日はよろしく」

「いらっしゃい、ベルサーヌのお嬢さん。良い夜にしようじゃないか」

 それを迎えたヴィカーリオ海賊団ラース船長が、紳士的な笑みを作って少女に手を差し出した。ニコリと笑った少女は船長の手を取って、エリザベート号へと乗り込んだ。

 途端、エリザベート号の甲板に寒風が走り抜けたような悪寒を感じて、あの嬢ちゃんはまた何か力を手にしたんか?とワシは内心で肝を冷やした。腕をふるって取って置きの鍋を作って、あの嬢ちゃんらの胃を掴んどかんとな。アレは敵に回したらアカン連中や。


 並んだ両船の甲板に次々と炎龍鍋が運び込まれ、日も落ちた甲板では、見張り当番以外の水夫全員が揃って班を作り、ベルサーヌの水夫も入り混じって鍋を囲んだ。

「ベルサーヌの水夫はんらも食えるんか?」

「いいえ、彼らは不死者として不完全だから、食事はしないの。消化吸収が出来ないから、臓腑の中で腐らせてしまうわ。でも、食卓を囲むのは好きなの。生前の名残でしょうね。水だけ飲んでいれば良いから、食材の量に数えなくて良いわ」

 それはそれで食材の節約に助かるってもんじゃが、ちぃと寂しいもんじゃなぁと彼らの姿を見やる。煤けた肩と背中を寄せ合って、その顔に生気は見られないが、鍋を囲む彼らは楽しそうだった。

「浄化の樹で濾過した水を飲んでも平気なんじゃろか。言うて聖水とは違うしな。あんまし沢山飲まれても困るが、まあぼちぼち楽しんでやってくれや」

「ありがとう、炎龍鍋はビルがあんまり作ってくれないから、嬉しいわ」

「おお、ようさん食うてけや」

 アナベル嬢とワシの旧友、銀狼海賊団元船長、銀狼の獣人ピエールがヴィカーリオの水夫と共に鍋を囲み、ベルサーヌ一番の変わり者、ペストマスクのビルシュテレンがヴィカーリオの水夫を相手に何やら演説じみた話をしとる。ニルと言った若者と、甲板長だと言うギャンバーと言う壮年の男、そしてワシらが最も重要視する竜人オリイが三人揃ってラース船長とエトワール副船長と共に鍋を囲んでおる。そこで商談が交わされる訳ではないが、やはり注視してしまうもんや。

「こりゃあ美味いが、いかんせ辛いな。エールで腹が膨れるか、飯で腹が膨れるかの瀬戸際だぞ」

「竜人の旦那の口に合って幸いだぜ。ウチの料理人は腕が立つだろう?」

「ベルサーヌのビルも中々に腕が立つが、一介の海賊が抱える料理人にしては上等すぎるな。ベルサーヌと出会ってなかったら、乗船を考えたいところだったぜ」

「今からってワケにもいかねぇんでしょう?アンタからは嬢ちゃんと同じ寒気を感じらぁ」

 カラッカラと笑ってエールを煽り、鍋を辛いと言って摘む竜人様は大層ご機嫌のようじゃ。

「オリイさん、箸休めにヨーグルトのフルーツサラダもどうぞ。辛さが緩和されます」

「おお、こりゃすまねぇな」

 談笑を交わし、まずはお互いが友好であると知らせる。そうして改めて明日、要職者を集めて作戦会議や。

 甲板中に注意を向け、同時に外洋へも気を配る。広がるのは夜空と漆黒の海だけ。細い三日月は星と共に瞬いて、海にその影を落とす。穏やかな海じゃが、緊張感も忘れてはいかんのが夜の海じゃ。

「ジョン。アンタもそろそろ座ったらどうだ」

 丁度通りかかったピエールたちの鍋の横で呼び止められた。

「おう、ワシは非常勤じゃ。まぁだ良ぉけ食べる面々にお代わりを持ってってやらんとなぁ」

 ファーヴボールド島の南、アウリッツの岸からもそこそこに距離のある海域で、ちょうど此処から先はグラハナ海域へと至る海峡に近い。船舶の通りは少ないとは言え、いつ何時、何の船と出くわすか分からないのが海原の常識だ。配膳やお代わりの継ぎ足しに走るついでに、しゃんとしてられるもんならしておこうと言うのはいつもの癖じゃ。

「非常勤の必要はないと思うわ。ベルサーヌに接舷しているのだから。夜は私たちの時間よ」

 ワシの腹の中の緊張感を知ってか知らずか、アナベル嬢がふふって笑う。私たちの時間、と言うのは、つまり不死者の時間っちゅう事で。

「なんや?つまり、ベルサーヌ号の闇夜に紛れる性質をエリザベートも借りとるっちゅう事か?」

 そんなところさ、と言ってピエールがエールの入ったグラスを差し出して来たので、ワシも良い気になってしもうた。

「おう、ほんじゃあ一杯だけ貰おうかの」

「この鍋パーティーを無粋な輩に邪魔されちゃあ困るもの。今日はキャスリンにも頑張ってもらってるのよ」

「そう言う事らしい。たまには全ての水夫揃って楽しむのも一興だぞ」

 どの水夫よりも嬉しそうに美味そうにパクパクと鍋を食べるアナベルに、気持ちよくワシも酔っ払ったッちゅーわけや。

「便利なこっちゃなぁ。そんなら、ワシもご相伴に預かろうかのぅ」

 さぁて、ワシも一緒に食うってんなら、この鍋のお代わりを持って来てやらんとなぁ。



 楽しい宴の翌日。若干名が二日酔いと胃もたれでマルトの世話になった一方、要役職の面々がエリザベート号の甲板に揃った。

「夕べの宴で、あんたらがベルサーヌと友好な関係である事は知れた。で、あんたらは俺を探していたって聞いてるぞ」

「アンタの飲みっぷりにはこっちも楽しませてもらったさ。そいじゃあ本題といきましょうかね」

 ベルサーヌからは船のリーダー的存在アナベル嬢、ピエールに竜人オリイが並ぶ。此方ヴィカーリオ海賊団からはラース船長と副船長エトワールはん、そしてメーヴォの旦那が顔を揃えとる。ワシか?手の空いた水夫と揃って野次馬じゃ!

 円卓代わりに両者の中央に置かれた大樽にラース船長が一歩踏み寄り、そこに筒状に丸められた書面をふたつ置いた。

「単刀直入に行こう。オリイさん、アンタにはサハギン族の王様への仲介を頼みてぇ」

「ほう」

 尖った歯を僅かに覗かせて、オリイがニヤリと笑う。

「コイツは人魚の国とクラーケンの国の王様が書いた書状さ。此れを届けに行く為に、アンタの仲介が必要だ」

「一介の海賊無勢が、人魚とクラーケンの国の王から書状を託されると来たか。これは中々でかい話だな。三海種王同盟の再結託か?」

「人魚の国の王様は、そう言う話に持ち込みたいって感じだったな」

 で?、と話の続きをオリイは顎で催促した。それにぐっと警戒するように、しかし笑顔を崩さないラース船長が相対する。樽の上に出した書状をエトワールはんに渡すと、入れ替わりに受け取った地図を樽の上に広げた。

「今俺たちはサハギンの国への足がかりが欲しい。人魚とクラーケンの国から預かり物があるだけじゃねぇ。俺たち海賊団の今後の計画に必要な案件だ。って事で、俺たちの計画について話そう」

「おう、むしろそれが聞きてぇ」

「メーヴォ、例の話をしてやってくれ」

 樽の前に進み出たメーヴォはんが、樽の上に広げられた地図を一瞥し、その蝕眼でオリイを射抜いた。真円の蝕の瞳は、それだけで人の内面を探るように怪しく光る。

「お前が噂の技術者か。それだけ見事な目を持って、良く今まで海賊なんてタマに収まってたもんだ」

「僕が此処を望んだ。それだけの事だ」

 ふっと達観したような笑みを返し、メーヴォはんが地図に向き直った。オリイもそれに習って視線を落とす。

「僕らの直近の目的は、ここからも近いグラハナ海域の海底から地下資源を採掘する事だ」

 とん、と指されたのは地図の端。リッツ大陸の北西、バルツァサーラの北、蒼林の東の海域。球体世界でちょうど地図が途切れた場所にある、島一つないただ海だけが広がる真っ白な地図の上や。

「そこは魔の海域だ。そんな所に潜るってのか」

「既に潜った後の話だ。そこから先の計画さ」

 眉根を寄せていたオリイがはぁ、と感嘆の様な溜息を落として話の続きを促す。

「貴方も今言ったが、グラハナ海域は毒が漂う魔の海だ。で、僕らが得たいのはその発生源。地下に埋まっている燃える結晶さ」

 メタンハイドレート、と呼ばれる燃料の一種がグラハナ海域の地下には大量に埋蔵されている。それを掘り起こすんや。

「なるほどなぁ。なるほど、大した話だ」

 だがな、とオリイは食いつく。おお、ええ反応や。そうやって興味をそそられて、食い入る様に聞き返す頃には既にメーヴォはんの手中や。

 それは並大抵の船で出来る話ではない。何しろ毒の除去をしながらの遠泳航海が難儀なのは当然で、更に潜水する人間にも解毒の保護が必要で、海底に到ってその燃料を掘り出さなければいけない。掘り起こすにも労力が必要となり、滞在する労働力は多くなければいけないし、それを輸送する船も必要だ。一連の作業を管理する指令塔が必要ならば、それを下支えする船の水夫や料理人、医者も必要だ。

 矢継ぎ早にオリイはメーヴォはんに質問を投げかけた。それは、先立って話を聞かされていたワシらと同じ反応やった。

「ああ、問題は山積のように聞こえるだろうし、そもそも夢物語のようだろう。だが、出来る算段があるから、僕らは行動しているんだ」

 はっきりと言い切ったメーヴォはんの言葉にオリイと、そして横に居たピエールとアナベル嬢も、期待に目を細めて微笑む。

「でかい口だが、裏打ちされた自身がありやがる。話してみろ、興味深ぇ」

「良いだろう。この計画の全容を話そう。順にな」


 かつて小国が存在したグラハナ海域。千年前に小国は大陸ごと海に沈み、海域にはいつしか謎の毒が蔓延。原因不明、謎の海難事故が多発し、死の海として人々はその海を遠ざけた。

 しかし、ヴィカーリオ海賊団は蝕の民の原点を探す旅の中で、かつて小国に流れ着いた異界の民の事を知る。そして民の沈んだ海へと潜った。エリザベート号の竜骨である浄化の樹の恩恵を最大限に生かし、海賊団はついに海底に沈む城へと到達し、蝕の民の真実を得た。

「その副産物として、僕らはあの海底にメタンハイドレートと呼ばれる燃料の一種が眠っている事を突き止めた。石炭の用な燃料の一種だと思ってくれればいい。それを掘り起こし、活用する」

「活用するってのは、どうするんだ。話を聞く限り膨大な量だろう。何処かの国と手を組むのか?」

「いいえ、国は何処も信用ならない。活用するのは我ら海賊団での自己消費です」

 正気か?とオリイが驚愕を顔に出して苦笑いした。どう言う事?とアナベル嬢がピエールに耳打ちする。

「莫大な燃料がある。それは今、何処の国も喉から手が出るほど欲している物だ。燃料があれば、消費して物を生産出来るし、燃料を対価に金を得られる。冷戦が続き、先の見通しが見えなければ国は先の事を考えて備蓄や節約に走る。そこに膨大な燃料を持った一組織が現れれば、国家間の均衡が一気に崩れると言う話さ」

「流石、銀狼海賊団の元船長だ。人間社会について良くご存知で」

 まあな、と肩を竦めたピエールに、肩に乗っていたアナベル嬢がその頭の毛をワシワシと撫でる。

「海賊団程度の自己消費で何をする。例えお前たちのアジトで消費出来たとして、移送はどうする。噂はあっと言う間に広がって、移送船が襲撃されるぞ」

「貴方も中々に人社会について分かってらっしゃる。説明してて楽しいよ」

 半歩下がっていたラース船長がおどけた顔で肩を竦めていた。ワシも割りと分からんかった部類やから、人の事は言えんがな。改めて説明を聞きながら、今更に納得出来て感心する事は多い。

「最初期は一部をアジトに移送して消費。量はそう多くなくて良い。その他、海賊相手に交渉の材料にもするかな。本命の施設が整えば、現地で消費だ」

「施設?」

 不思議そうにおうむ返ししたオリイに、メーヴォはんはまたニヤリと笑う。

「浮島を造って武器工房を建造してしまえば、後は幾らでも消費出来る。材料を移送し、僕の設計した武器を大量生産するのさ」

 そう言ったメーヴォはんの自信たっぷりな表情に、ベルサーヌの面々は目を丸めた。出来る筈がない、と言いたげな顔だ。

「なに、浮島と言ったが、船が何隻かあれば良い。船を艫綱(ともづな)で繋げてそこに集落を作ればいいのさ。もし工房で事故があったり出火しても、船舶同士を繋いでいる艫綱を切って放せばそれで被害は抑えられる。船なら襲撃していくらでも調達出来る」

 更に、海底に潜って採掘作業をするのは、船を襲撃して得た捕虜を人魚の死人にして行う事。そうする事で海底に潜る際のリスクを最小限に抑えられる。死人相手に医者も要らなければ食事もいらない。必要な食料の移送なども少なくて済めば、空気浄化をする範囲も現地指揮官が乗る一隻程度で済む事もメーヴォはんは説明した。

「……恐ろしいヤツだな、お前さんは」

「お褒めに預かり光栄だよ竜人さん」

「だがな、それは誇張表現ではなく世界の均衡が崩れる話だ。蝕の民が作る強力な武器を大量生産して、死の商人にでもなるつもりか?」

 そう言われたメーヴォはんは、一蹴するように鼻で笑って、蝕の瞳をぎらつかせた。

「商人程度に収まるつもりは無いさ。僕らは、此処に今は亡き小国、蝕の民の技術力で世界を震撼させたグラハナトゥエーカを復活させるのさ」

 ぎょっと目を剥いたオリイに、楽しそうに微笑んだアナベル嬢、まさかと口を半開きにしたピエールと、三者三様の反応。ワシらだってそれを聞かされた時には全員が信じられないと言う顔でメーヴォはんを見返したんや。

「お前ぇさんの計画を全てを否定したいワケじゃねぇがな、毒の海のど真ん中とは言え、いずれ各国が国の存在に気付くだろう。浮島を領地とした立国や、武器の無尽蔵な製造を許すはずがな、い、いや……だからか。だから、三海種王同盟が必要って話か!」

 ご名答、とメーヴォはんが地図の上をトン、と指差す。

 海底に埋蔵されているメタンハイドレートを一定量採掘すれば、海中環境が改善される。水質が改善されれば、領土問題に悩む三海種王たちには多くの希望が持てる話っつーワケや。

「水質が改善されれば、海上に浮島があろうと海底での一定の生活は約束される。グラハナトゥエーカ周辺に王たちが持つ供物の武具で結界を張れば、海底にもついでに結界が張られるから、他の海種たちに侵略される危険も無い。お互いにうまみのある話になる訳さ」

「三海種王たちに土地の融通を約束し、その後ろ盾に亡国の復興を目論むってか……は、ははは。何て大それた事を計画しやがる!面白れぇ!」

 良いだろう、とオリイは天を仰ぐ様に笑って、ラース船長とメーヴォはんに向き直った。

「サハギンの王への仲介、請けてやろう」

 よし、とラース船長が小さく拳を握り、メーヴォはんとエトワールはんが安堵の息を吐いて肩を落とした。

 何て壮大な計画やろうか。思い返してワシも溜息が出た。

 船を繋ぎ合せて島を作り、そこに国を造る。海底の地下資源を掘り起こして燃料にし、そこでメーヴォはんが設計した蝕の民の技術を盛り込んだ武器を大量生産する。

 どの国にも属さず、自分たちで国を造ると言う。かつての海賊王が望んだ海賊の海に継ぐ、海賊の国家や。亡国の復活と一言で言うてしまう、それが全ての民が夢物語と夢想する、途方も無い大偉業であると言うのに、メーヴォはんは理解してそれを実現しようとしておる。その下準備も手回しも、まるで神がかった何かが憑いたように、恐ろしく順調に事が進んどるのも事実や。

 強力な蝕の民の武器を探し、事実を探るうちに辿り着いた、蝕の民が繁栄をもたらした海の底の亡国。そしてそこに眠る大量の燃料がある。それが知れた途端、人魚の国から奴隷が欲しいと言う依頼が来た。人魚の国の死人奴隷の活用を模索し、そのツテを取り付けようと動いた先で、海の底の領地問題を知った。土地の融通が出来れば三海種王に口が利けるようになる。燃料として消費して埋蔵量が減れば、水質改善されぽっかり空いた海上にも海底にも価値が出る。

 そこまでも、それからも出来レースの連発や。人魚とクラーケンの国には口を効ける仲間がおって、容易にそのツテは繋がった。難関と思われたサハギン族への仲介に、クラーケンの女王からオリイの名を聞き捜索を開始したところで、ベルサーヌにそのオリイが加盟したと聞いた。

 この半年ほどで、いいや。この数年、メーヴォはんが船に乗ってから。ラース船長がメーヴォはんに導かれた時から、何か、がワシら海賊団を押し流しているんじゃ。

 蝕の民によって繫栄し、そして滅んだ国を、蝕の民の技術で力を付けた海賊団が、蝕の民の技術を持って、海賊の国として再興する。

 一介の海賊団が成し遂げられるようなことじゃあにゃあ。それを、ワシらは成そうとしている。メーヴォはんの言葉には、それを可能にするだけの根拠と自身があった。やっぱり、あん人は『宝の鍵』だったんや。



 円満に話が進み、では次の段取りを、と副船長のエトワールはんが地図を前にオリイとサハギンの国の位置を確認していた時だった。「はい」と淀みない声と挙手が上がった。ピエールの肩に乗るアナベル嬢が、その暗い瞳でラース船長を見つめている。

「どうした、お嬢さん」

「あのね、国を造ると言うなら、国民が必要でしょう?国民の下位で働くのが人魚の死人だと言うなら、きっと適任だと思うの、私たち」

 私たち、と言ったアナベルの言葉を、ラース船長は目を丸めて反芻しとる。ピエールはピエールで、またアナベルの気まぐれが始まったと言わんばかりに神妙な顔や。

「私たちも貴方たちの国に寄港させて欲しいわ、海賊王ラースタチカ」

「……言ってなかったのに、良くその言葉が出て来たな」

 呆れたように、感心したようにラース船長が苦笑いする。

「だって、この海賊団の長はラース船長だし、ヴィカーリオ海賊団が国になると言うのなら、その国王はやはり貴方以外に考えられないもの。海賊国家の海賊王。素敵だわ」

「寄港したいって言うけど、アンタらの船は海を彷徨い続けるって話じゃなかったか?」

「ええ。その通り。でも私たちの船は商船だから。根を張る事はなくても、立ち寄る港は欲しいし、ついでに働ける口があるのは安定材料になるわ」

 しっかりしとるお嬢さんやなぁ。

「つまり、人魚の死人の監督に立候補って事か」

「毒の空気も私たちベルサーヌの水夫には関係ないわ。これほどの適任者はいないんじゃないかしら」

 ふぅむ、と下唇を尖らせて、ラース船長が視線をメーヴォはんへとやり、それが右へ左へと流れ、目を丸めて二人の会話を伺っとったエトワールはんとオリイに注がれる。

「おい、アナベル。サハギンの王への仲介だけじゃないのか?」

「良いと思いますけど」

 両者食い違う台詞を同時に並べ、まあ賑やかなこっちゃ。

「うん、じゃあベルサーヌ号はグラハナトゥエーカの上客で、ついでに監督職も担ってもらうとしよう」

「良いと思うわ。ベルサーヌは時々お仕事を貰いに行くって寸法で」

「おいアナベル聞け!」

 満場一致で纏りかけた話にオリイが待ったをかけた。クスクスと鈴の様な笑い声が転がってそれを征する。

「良いじゃない、オリイさん。貴方は言ったわ。『間も無く世界は大きく動く。世界が面白い事になっていくのに、ベルサーヌは特等席だ』って」

 そりゃ確かに言ったが、とオリイは眉根を寄せる。俺が言いたかったのはベルサーヌに従ずる事であってだな、とブツブツ言うオリイにアナベルが、ピエールの肩の上、オリイの少し上から声を振り下ろす。

「亡国を海賊王の統べる新たな国として蘇らせようと言うのよ。ベルサーヌがそこに従じれば、海賊王お墨付きの特別席よ。世界が変わる様を、その中心で見る事が叶うわ」

 そうでしょう?と振り返ったアナベル嬢に、ラース船長もメーヴォはんもニンマリと笑って返事にした。

「サハギン族に三海種王同盟の再結託と、グラハナ海底の土地の融通を約束し、結界制作を依頼する」

「僕らが客船や商船を襲撃して船と労働力を得る。ベルサーヌに協力してもらって、グラハナ海底の採掘を開始する」

「そして、俺たちの国を造る」

 びしっと樽の上の地図を指差したラース船長が高らかに宣言した。それにはベルサーヌの一水夫となってしまったオリイが、いくら力ある竜人とは言え覆せるものではなかった。

 あぁ、と天を仰いだオリイが視線を戻した時には、それは既に先を見据えた者の顔をしとった。

「俺は本当にカミサマに選ばれて此処に巡り会わせたようだな。腹を括らねえと、カミサマに悪ィってもんだ」

 俺に出来る事なら引き受けよう、とオリイは決意を新たにラース船長に手を差し出した。

「私も仲間に入れて」

 ピエールの肩から降りたアナベル嬢、オリイとラース船長が手を取って顔を揃えた。

「さて、こう言う時は何て口上を述べれば良い?」

「私に言わせて」

 どうぞ、とラース船長がニヤリと笑って見せれば、アナベル嬢は物語の語り部よろしく、言葉を奏でた。

「世界の終わりを告げる亡国の復興に、我らキャスリンの聲に導かれし亡霊たちは、新たな海賊の王国と、新たな海賊王ラースタチカにこの錨を下ろす事を約束ししましょう。我らは海賊王に力貸す幽霊船となるわ」

「我は竜の眷属、竜人にして石の織り手。我が生死は既にこの世にあらず。我はヘルレデイスに魂を捧げし亡者。我は世界の終わりに際し全てを見届けし観測者。世界の終焉を呼び込みし海賊王ラースタチカが行く末の命運を、我が見届けよう」

「ありがとさんよ、お二方!」

 重ねられていた手を高らかに弾いて天に掲げたラース船長が、持ち前の笑顔で二人への返事にした。

「情緒がない」

「ロマンが足りない」

「お前らうっさい!」

 エトワールはんとメーヴォはんの辛口な評価に、気の効いた言葉が出てこなくて誤魔化したラース船長が顔を赤らめて抗議した。

 それを笑うベルサーヌの面々に、ワシら野次馬水夫一同。ああ、こんなに恐ろしく平和な時間。これが終わりの始まりだなんて、誰が信じるっちゅうんじゃ。

 ワシらは既に、世界とやらが向かう終焉の潮流に流され始めとったんや。



第四話 おわり

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