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海賊とクラーケンの女王様

 人魚の国から帰って来たラース船長たちの吉報で、オレたちの次の目的地がクラーケンの国ルルティエへと決定した。

 船へ帰って来たラース船長がドヤ顔でメーヴォ隊長に渡した土産に、隊長を筆頭に技術隊のみんなが興味深げに食いついた。

「こんな物が海底で作られていると言うなら、僕らも一度海に潜る必要があるぞ」

 人魚の国への二回目の納品はメーヴォ隊長率いる技術隊を中心に行われる事になりました。

 海底で削り出されたとは到底思えない繊細な彫刻細工や魔法道具、海底で戦うための武器などもあり、魔物たちの技術力にメーヴォ隊長も舌を巻いていた。

 客船を襲って捕まえた捕虜をゴーンブール東の海まで運び、二回目の死人奴隷の納品がアナスタシア号で行われる一方、ラース船長率いるエリザベート号は別働隊としてクラーケンの国へとその航路を取っていた。

 クラーケンの国にも急いで行かなければいけなかったからだ。人魚の国の王から書簡を預かった。それを届ける使者として人魚の王子アベルとラース船長が、クラーケンの戦士ルナーさんの護衛でルルティエを目指す。

 オレ、技術隊の彫金師見習いカイン=フォーガスは、親友アベルの帰郷に同行するはずが、風邪でやむなく断念した為、次こそはアベルと一緒に海に潜ると決めていたのだ。すると技術隊のメーヴォ隊長が、自分の代わりにクラーケンの国の珍しい物を仕入れて来いと、オレに任せてくれたんだ。

 そうしてラース船長、アベルとオレ、クラーケンの親子がルルティエへと潜水する事になったんだ。

「今回鉄鳥はメーヴォと一緒にマグナフォス行きだ。ルナーのクラゲに全員乗って潜水になるが、女王への謁見の際はどうする?」

 作戦会議だと甲板に集められた面々を前に、ラース船長がテーブル代わりの樽を叩く。

「はい、船長!船長はその騎士の証の魔法を使います。その加護で問題なく海の中を行けるでしょう」

 一つ頷いたラース船長が、じっとオレの事を見る。

「問題はカインだ」

 技術隊のメーヴォ隊長たっての希望でクラーケンの国へ買い出しに行くんだ。その鑑定眼を買われた事をオレは譲る気は無かった。どれだけ自分がお荷物になろうとも、だ。

「女王への謁見の間、サチと市場に買出しに行く予定だが、その呼吸法について風の魔法以外の対策はどうだ?」

「それについては某が」

 すっと手を挙げたのはクラーケンの戦士ルナーさん。

「先日よりメーヴォ殿と研究しておりました、呼吸補助魔道具が試作の段階まで仕上がっておりましてな、それを預かっております」

 言ってルナーさんはその大きな掌の上に、小さな珊瑚のかけらを取り出しました。T字型のそれはハンマーヘッドシャークの頭のようにも見えた。

「海中に潜る時は風の魔法で皮膜を形成して潜水致すが、これは更に呼吸を補助する道具でござる。口に咥える事で呼吸が楽になるそうですぞ」

 更に鉄鳥さんの能力や水の保護魔法をアベルから教わって、付加した特性の魔法道具だ。水圧の変化にまで適応出来る様になっているらしい。流石オレたちの隊長だ。弱いとは言え、魔法が使えるようになってからその技術開発は留まるところを知らない。

「あくまで試作段階とメーヴォ殿はおっしゃっておりましたが、グラハナ海域を行くワケではござらんのでな。此度のルルティエ帰還なれば、サチが共におります。自慢ではござらんがサチは魔法が得意ですからな。問題はありませんでしょう」

「海中の不穏分子は今のところ無い、となれば、前回同様海底国家に観光……じゃねぇな、お使いだ。海中で魔法が切れちまった時の対策があるなら、特に問題は起きねぇだろ」

 よし、と確認の終わったラース船長が解散を言い渡し、数日後に控えた海底国家ルルティエへの潜水に、オレは幾ばくかの緊張を覚えていた。


 客船の襲撃の後、アナスタシア号と分かれたエリザベート号は二ヶ月の航海を経てコスタペンニーネとバルツァサーラの国境に到着した。コスタペンニーネの国端にある小さな無人島に投錨し、そこからクラゲに乗って海底のクラーケンの国を目指す。ルナーさんが言うには現地滞在含めても一、二泊で帰ってくるだろうと言う事だった。ラース船長とルナーさん、アベルが女王と謁見している間、サチの案内でオレはクラーケンの国の道具や武器を購入に行く。大体どんな物が必要かはメーヴォ隊長に教わって来た。サチくんにも説明したし、買い物はきっと問題ないだろう。

 風の魔法を法術隊の面々から掛けてもらい、砂浜からラース船長、オレがクラゲに乗り込む。クラゲの中ではルナーとサチ、アベルが既に待機していた。

「クラーケンの国で面白れぇ薬があったらついでに買うて来てくれんか」

 見送りの際に追加の使いを料理長から頼まれ、副船長たちに見送られてオレたちは海へと沈んだ。

 フヨフヨなのにもっちりした不思議な触感のクラゲの中は快適で、アベルと一緒にオレは初めての潜水を大いに楽しんだ。クラゲが移動する間、時折並走する魚に喜び、遠くに鯨の影や大きな魚影が見える毎に一喜一憂する。海の中なら何でも知っているとアベルとサチが魚の種類を沢山教えてくれた。お前ら凄いなぁと褒めれば、えへへ、と二人は笑った。

「微笑ましいものですなぁ」

「ところでルナーさんよ。アンタはウチの船と利害の一致でこうして航路を一緒にしている訳だが、クラーケンってのはそれなりに人間と敵対してるはずだよな」

「左様ですなあ。我々は小型種故、無用な対立は避ける様に自然と意識して成長いたすのです。小型種は個々の力は小さく、大型種と対立すればあっと言う間に滅ぼされかねませんのでな」

 クラーケンの世界も大変なんだなぁ、とラース船長が肩を竦めてルナーさんに話を聞いている。オレも少し気になって、クラゲの壁際から移動した。

「凄い今更の話なんですが、クラーケンの国にオレが行っても平気だったんですか?」

 ルナーさんの横に座って、その巨体を見上げる。もうすっかり見慣れた鎧姿のルナーさん。最初はクラーケンだと聞かされて、擬態を解いた姿を見た時は全身の寒気が中々取れなかったのを覚えている。

「ふむ、今の話を聞いておったのだな。ヒト種とは勿論浅瀬や海の上の領地問題などで対立する事は多々あれど、敵意無き者にまで刃を向ける事は致しませぬ。小型種故、手を取り力を合わせ命を繋げる事に協力し合えるのであれば、それは魂の仲間である事の証拠でござる」

 魂の仲間、と言われて胸が高鳴った。種族や外見の違いなど気にしなくて良い、利害の一致と言う些細なきっかけであろうと、共生出来る者たちは仲間になれる。そう言う事だ。

「そう言う話なら、ウチの船とは相性が良かったな。ウチは来るもの拒まずだ。女は船に乗せねぇけどな。他の海賊の連中みてぇに条件に厳しくはねぇからな」

 金獅子海賊団は鬼人族や巨人族など、体格の大きさに自信のある者でないと乗船を許可しないと言う噂がある。翠鳥は美形の男だけ、白魚は女だけ船に乗せると言う。灰燼海賊団は船長ニコラスのお眼鏡に適った有能な人しか乗せないとか、どれも噂レベルではあるがそれなりに条件があると言う。

 死弾はあまりその辺の条件を聞いた事がなく、女は船に乗せないと言う掟にしたがってアジトで仕事をさせているが、それ以外は基本的には船に乗せられるし、希望を出せばアジトで畑仕事などをする事も叶うらしい。

「某は運が良かった。ジョン殿とあの港町で出会えたのは天運でございましたなぁ。サチの薬となる竜髭草を手に出来る僅かな機会を得られた。武者修行としても、ヒト族と戦うのは良い経験になりましたぞ」

 そいつは良かった、とラース船長はまたニッカリと笑う。

 オレが乗る船が襲撃されて海賊として転向出来たのも、人族以外の仲間、多彩な仲間が船に乗るのも、全てラース船長の天運のおかげなのだろう。

 第二の海賊王になる、と言う船長の言葉はそれだけでオレたちを奮い立たせる。

 この人に付いて行けばきっと最良が得られる。ただ漠然とそうオレは思っている。それは、きっとラース船長を信じる、オレを信じた結果なのだろう。

 クラゲはスイスイと海を泳ぎ、海の底へと降り立った。クラゲの触手が触れた砂地の海底はぶわりとそれを巻き上げて煙った。

「しばしお待ちを」

 ルナーさんがクラゲの中から何かの魔法を使うと、クラゲの触手の一本がキラキラと魔素を燃焼させて光った。それがクルリと丸まって魔法陣を描いたと思った途端、オレたちは移動魔法特有の浮遊する感覚に包まれた。浮遊感に続いて僅かに落下する感覚がした後、クラゲの壁越しに巨大な神殿が見えた。

「ようこそ、クラーケンの国ルルティエへ」

 アベルがフフっと笑ってクラゲの壁越しに広がる景色に、ラース船長と一緒に感嘆の声を上げた。

「凄いです師匠!クラーケンの国の城はこんなに立派な神殿なんですね」

「マグナフォスは沈没船の寄せ集めって感じだったけど、コッチは何らかの人工物って感じだな」

 左様ですとも、とルナーは胸を張った。

「アレがクラーケンの女王イェーヴ様のお持ちになる海神槍の作り上げた神殿でござるぞ」

 海神槍、と新しい単語に逸早く反応したのはもちろんラース船長で。

「お、クラーケンの持つ宝の武器があるのか?」

 問う船長の顔はお宝を前にした海賊の顔だ。当たり前だけど。

「……おっと、海賊船長を前に口が滑りましたな」

 苦笑いを浮かべたルナーさんは、道中お話ししましょう、とクラゲを神殿に向けて進ませた。

 クラーケンの女王が海の供物から神の力を受け継ぐ槍を授かり、この地にクラーケンの住む国を創らせたそうです。話の途中からクラゲは大きな神殿の屋根の下に入って行き、ルナーさんの話は半分以上聞いていませんでした。

 何しろ神殿が豪華な上に、クラゲがそのまま入って行ける程の巨大さ。大きな柱はどうやって削り出したのか、そこに付けられている彫刻も、天井に描かれた絵画も素晴らしい出来なのです。通り過ぎるだけじゃなくて、きちんと近くで見てみたい。ワクワクと弾む心臓に、ルナーさんの話は耳に入ってきませんでした。

 海底とは言え、こんなに大きな建造物があって海上から何故発見されないのか?転移魔法で移動はしたけど一体何処に?これだけの彫刻を造り上げ、絵画を描く技術者がいる。確かにルナーさんも珊瑚を削りだして小さな彫刻を作ったり、手先の器用さは確かだ。アレを素人と謙遜していたのだから、本職のクラーケンはどんな物を造り上げるのだろう。

 次から次へと疑問と興味が湧いて来て、ドキドキとワクワクが人外種と会う事の恐怖なんか吹き飛ばしていた。

「はぁ……クラーケンの国すげぇ……」

 思わずもれた感嘆に、横でアベルが神妙に顔をしていたと、後々になってからサチから聞いた。人魚の国が悪いって言ってるわけじゃねぇし、何で拗ねてるんだかな。



 クラゲは俺たち一行を神殿の一角にある、港の様な場所へ運んだ。ずらりと並んだクラーケンの兵士たちは一様に頭にタコやイカを乗せた不気味な顔をしている。鎧のような胴回り、人で言う手や下半身に当たる部分からは何本もの触手が生えている。日常的にルナーの事を見ていて、戦闘時には擬態を解いた姿も見ていたから、薄気味悪さは覚えるものの、恐怖ほどのものは感じなくて安心した。こんな光景を初めて見たとなれば、そいつの心情は計り知れないだろう。

「ではラース殿、カイン殿。各々海中へ行く準備を改めて頂き、ラース船長とアベル殿は某と謁見の間へ。サチとカイン殿は護衛兵と共に市場の方へ散策に行って来るとよろしかろう。会談終了後は客間へのご案内になりましょう。サチ、夕刻の頃には戻りなさい」

「はい、お父さん」

 言って俺はアベルに人魚の騎士の証に魔法を灯してもらい、俺はカインへ風の魔法を使った。ジワリと白目に差した闇が赤い目を縁取る。

「ラース殿のその瞳は、クラーケンである某が見ても何処か恐怖を覚えますなぁ」

「そうか?まあ、あれだ。己の知らぬ異形の力には、本能的に畏怖し防御するってそう言うヤツだろ」

「そうですな、船長殿が味方である事の心強さと言ったら」

「おう、褒めると伸びるぜ、俺は」

 笑いながら、俺たちはクラゲの外へと出た。出迎えのクラーケンの憲兵にルナーが敬礼をし、既に連絡が行っているであろう女王への謁見について確認している。何やら話してはいるが、人魚の国同様、何の言語で話しているのかさっぱり分からない。とりあえずルナーが終始機嫌良さげに話をしているのが印象的だった。

「船長殿、確認が終わりましたぞ。アベル殿も、参りましょう」

 ルナーの案内で俺たちは神殿の内部へ、サチとカインは護衛兵二人と共に神殿外周の市場へと向かって行った。

 廊下は横幅もあれば天井も高く、その柱や天井に設えられた美術品にも目が眩むようだった。クラゲの中でカインが目を輝かせていたのも納得出来る。メーヴォを連れて来たら何て言い出すだろうか。俺はと言えば、あれは高値で売れそうだ、とかそんな事ばっかり考えていた。俺たちの前後には憲兵が二人ずつ着き、ルナーの触手の一本に手を繋がれて、俺とアベルは廊下を泳ぎ進んだ。

 程なく到着した巨大な扉に憲兵たちが取り付き、扉の取っ手をそれぞれ持って左右に開いた。開いた途端、どしん、と一本の巨大な触手が扉から溢れ出て来た。え、なに?開かれた扉の奥に広がった光景に俺の背筋がゾワゾワと泡立った。

 触手だ。大小混在した触手が部屋の中にぎっちり詰まっている。床も天井も緑や青の触手が這っている。まるで生き物の内臓を貼り付けたような光景に、背中に立った鳥肌がそのまま胃を揺らせた。うっぷ、と込み上げて来そうになった胃液をぐっと押し殺して、俺は気丈に背筋を伸ばした。

「気分が優れませんかな……異種には少々刺激の強い絵でございましたか」

「あ、あー、まあ……ちょっと衝撃的だな。アレだ、コレ全部ジョンがマリネにしてくれるって想像すれば行ける気がするぜ」

「人種の食欲は貪欲ですなぁ……」

 苦笑するルナーに続いて、青い顔のアベルの手を取って謁見室へと泳ぎ出す。巨大な空間には所狭しと触手が這い、時々此方を伺う様に先端が漂ってくる。この先にいるクラーケンの女王とやらは、一体どんな醜悪な造形をしているのだろう。自然とそう思わせる光景が続いていた。

 何メートルくらい泳いだだろうか。謁見室の奥、巨大な触手の塊の前に俺たちは連れて来られた。あ、思い出した。これ何時だったかジョンが作ってくれた海鮮マリネの山に似てる。

「イェーヴ女王陛下、陛下の戦士が一人、ルナー=クルー=トゥルーが一時帰還致して候。此度は人魚の国よりの書簡を預かりし、マグナフォス第十三王子アベル殿をお連れ申し候。また某が現在協力関係にあり、お預かり致した陛下の病み子サティーの特効薬の提供者でもあります、人種の海賊船長ラースタチカ殿をお連れ致しまして候。謁見の許可を賜り、馳せ参じました」

「……よく帰還しました、我が同胞。客人の警護、案内実にご苦労であった。順に話を聞こう」

 触手の塊が何処からか声を発し、何らかの言語を話していると、やがて俺でも理解出来る言葉で話し出した。ゾワゾワと触手の塊が蠢き、その中心から人の顔が出て来た。人の顔だ。あまりにも巨大でそれが顔であると言う認識が中々出来なかった。

「女王陛下、恐縮ですが、縮尺をお間違えでござる。人種は小型の我々と大差ない体躯をしております故、それでは客人も少々萎縮致しましょう」

「おお、そうであったか。失礼した。異種との交流も久方振り故、擬態の制御もままならぬな」

 巨大な唇が言葉を紡いだ後、巨大な顔を歪めながら口が大きく開き、その中から一人の女が姿を現した。巨大な巻き角が頭部にどしんとあって、人に近い形の身体には触手が這いドレスの様にも見えるが、巨大な触手の中に人が囚われているようにも見える。無造作に下ろされた髪はその先端で触手と同化している。此方に合わせて似た形を取ってくれたのはありがたいが、それはそれで正直肝の冷える光景だ。

「此れで良かろう?我が擬態の技量は衰えておらぬな」

「至極感謝致します、陛下。その感性こそが我らクルー=トゥルーの原点で御座いましょう」

「ふむ、お前は昔から妾を乗せるのが上手い奴であったな。では、人魚の国の使者よ、そなたが国の書簡、預かろう」

 そう呼ばれて、アベルがビクリと肩を振るわせた。目をぱちくりとさせていたから、クラーケンの女王に圧倒されていたのだろう。まあ、俺も割と固まってたけどさ。

「は、はい。わ、私は人魚の王国マグナフォス第十三王子、アベル=サッフィールスです。我が父、マグナフォスの王モーゼズより、クラーケンの女王イェーヴ陛下への書簡を届けに参りました」

 言ってアベルは荷物から一通の手紙を取り出した。すると床から一本の触手がするすると伸びて来て、手紙を受け取った。海の中だと言うのに書状だし、封蝋もしてあるのだから不思議だ。それに次々に触手が群がり、封蝋を剥がして書面を広げた。どうやら群がる触手の中に目があるらしく、触手の内の何本かが書面を上から下まで眺めていく。本体が大きく、小さなものを相手にする為の策だろう。不気味さと便利そうだなぁと言う暢気な感想が同居した。

「ふむ。モーゼズ爺様から久方ぶりに何の話かと思えば、ついに動くのであるな。事情は分かった。では、次に其方の人種よ、そちらの話を聞こうか」

 おっと?いきなり話がこっちに来たぞ。モーゼズの王様はその書簡で何処まで女王様に話を通したんだ?

「お初にお目にかかります女王イェーヴ陛下。人無勢のしがない海賊船長、ラースタチカと申します」

 舞台俳優の如く大きな身振り手振りで、俺は恭しく頭を下げた。

「モーゼズ王よりの書簡で何処まで話が届いたのか、何処からお話するべきでしょうか?」

「ほほ、口の達者な人種だこと。モーゼズの爺様からは、そなたの行動の手助けをしてやって欲しい事、それが我ら三海種王同盟の進展に繋がるであろうと先見が記されていただけじゃ。苦労はあろうが、そなたたちが成そうとする事業について一から説明をしてやってくりゃれ」

 おいおい、モーゼズの爺さん……それはちょいと端折りすぎじゃねぇのか?

「なるほど。では長くなりますが、ご清聴頂きましょうか」

「よろしい、では長話の場を設けてやろう」

 触手がしゅるしゅると俺たちの元に伸びて来たと思ったら、クルクルと丸まって椅子になり、別の触手がテーブルになった。こう言うもてなしは陸も海の中も変わらないんだな。不気味な形、内容物ではあるがティーセットが揃えられ、俺たちはそれに落ち着いた。中々攻めた造形のティーカップとティーセットに載せられた、これまた攻めた色と形状の菓子が並び、俺はマルトの胃薬を持って来ればよかったと少しだけ後悔した。

 進められるままに口にしたマカロンは海中だと言う事が信じられないくらいの口解けで甘く美味しくて、青い色の紅茶は潮の甘い香りがしたが不思議と舌に馴染んで美味かった。



「なるほど、グラハナ海域の浄化が可能だと、そう言うのだな」

「ええ、その通りです」

 一通り俺たちの現状と今後の展望を説明すると、巨大な口の中に佇む人型の口元がにんまりと笑った。モーゼズ老に海域の浄化が可能になるのか、と問われて曖昧に答えたが、その後メーヴォに確認を取ると「可能だろう」と確証を貰った。

「海の中は勢力争いに苦心していると聞きました。俺たちは海底資源を得たい。それによって海底の浄化が可能になる。海底領土としての需要は明らかだ。海底領土に興味は無いのでね、それを譲る代わりに資源発掘の人材援助を海底国家各国にお願いしているってとこです」

 ティーカップの青い茶を口にして、俺は口を閉じた。いやぁ、よく話した。

「三海種王同盟がついに動くか……時に海賊船長。我らの同盟については何処までご存知か?」

「クラーケンと人魚とサハギンの三大国家が、一応の同盟を結んで領土問題を平和的に解決しようって、そう言う話だって理解してるぜ。海賊無勢、政治の話はとんと道理が分からなくてねぇ」

 ふむ、と微笑とも落胆とも付かない感嘆を口に、女王イェーヴは、では、と切り出した。

「我らの同盟に人族が介入すると言うのであれば、仔細を伝えるべきなのであろう。海賊船長、変化を望むもの、世界の終わりの始まりよ」

 終わりの始まり、と不吉な言葉を口にした女王陛下は、信じがたい事を語った。

「我らが同盟の主軸たる三種の武具については何処まで知り得ておる?」

「三種の武具、ってぇと。女王陛下が槍をお持ちだって事は聞き及んでますがね、それ以外はとんと」

 やはりか、と溜息と共に女王イェーヴはその小さな擬態姿の右手に一振りの槍を取り出した。それも擬態に合わせた幻術の一種だろう。三又の槍は波の意匠を施した派手でありながら、威厳と畏怖を感じさせる一振りだった。

「我が持つこれは海神槍などと呼んでおるがな、それは供物の槍よ。失われた海の供物の槍である」

 その言葉に、俺を含めたルナー、アベルまでもが度肝を抜かれた。息を呑む微かな動揺の空気が場を支配した。

「海の供物は、一千年前に既に失われた。そなたが発掘を行うと言った例の海域、グラハナ紛争の際に既に海の供物は神の御許に還りおった」

 既に供物が神の御許に帰った?それでは、何故この海はまだ在り続けているんだ?

 海に生きるルナーやアベルですら知らなかった事実を、俺たちは一国の王から聞かされた。それは灰燼海賊団船長ニコラスが語った事実や、相棒の祖先が語った世界を支える事実以上の話だった。

「一千年前、グラハナトゥエーカに流者たちが流れ着き、そこで世界は終わるはずだった。しかしあの国の民と同時に、流れ来た別次元の神が死を選んだ。それはこの世界の、命の規定量を超える力の還元に相当するのじゃ。世界の輪廻すら崩壊しかねないと、神は世界の輪廻を引き伸ばした」

 既に神の御許へと還ってしまった海の供物と、次の世界で供物になるはずだった契約者は、その身体と魂を足して三つに分けられ、三種族の王へと託された。供物を失った海は進化する事を辞め、ただ在るべき命の流れを繰り返す、停滞した命の集合体になったのだ。

「それでも我らは子を生み育み、次の世界へ命を繋ぐ役目を担わなければならない。次の世界に海の生物を絶えさせる訳には行かぬからな」

 あまりに壮大すぎて意味が分からない。いや、別次元の世界の神がこの世界に来ました、その神がこの世界で死んだから、命のキャパシティを越えた。だからその越えた部分がどうにかなるまで、世界を生きながらえさせる事に神様が決めましたって?壮大過ぎて想像がちっとも出来やしない。

「……真で御座いますか、陛下」

「ふむ、そなたら眷属も代替わりし、知る者は既に無かったか、口伝すらもされなかったか?まあ詮無き事よ」

「……女王陛下、だとしたら……陸は、陸上の者たちも同じなのか?」

「ふぅむ……陸のものである人種のそなたがそう危惧すると言う事は、やはり五百年前のあれは神の神罰であったか?海が雷鳴に割れ、巨大な津波が海底までもかき回したアレは……」

 海賊王アランが没した年の大嵐。供物が責を放棄し、神の怒りを買った神罰の大災害。

「……陸の供物も、既に不在だ。じゃあ、俺たち人間も、進化する事無く停滞しているってことなのか」

「供物を欠いたものたちは、未来の確定を外れたものたちじゃ。次の世界に只管に命を繋がなければ、次の世界にその種は存在しまい」

 訳の分からない終末論を聞かされて、しかしそれが人種ならざる人外の王からの言葉となれば戯言ではすまない。恐怖や嫌悪に似た悪寒が心臓を掴む。

 海賊が長く海上を制覇し、我が物顔で世界の覇権を握って来れたのは、真の実力ではなく、それを取り締まるだけの進化を人々が、国が行えなかったと言う事なのか?海賊王アランの頃から、海賊歴と呼ばれる歴史の長きに渡って、俺たちは変わっていないのか。

 それがほんの一息の間であっただろうけれど、広い謁見室が静寂に満ちた。随分と俺は悲痛な顔をしていたのだろう。それを見た女王イェーヴが低く笑った。

「そう悲観の顔をするものでもないぞ、海賊船長。陸の供物も海の供物も失われ既に長い。命の進化が停滞し、力の均整が成されるまでの時間を待つだけだった我らの中から、貴殿の様な変化を望むものが現れたのだ。力の均衡が崩れると言う事、つまり、神が動き出したのじゃよ」

 言うたであろう、終わりの始まりよ。と言葉を締められて、俺の頭の中はハテナで埋まってしまった。

「……ラースタチカ船長が強さと言う進化を望み、海賊王として世界の頂点を目指す中でグラハナトゥエーカに伝わった力を手にした。世界中が今その力を欲し、大きく動こうとしているのは、つまり終末の戦が始まる前兆であると。そう陛下はおっしゃられるのですか」

 気丈にもアベルが女王陛下の言葉を要約して代弁してくれた。

「そう事がすんなり運べば良いのだがな。世界はこれより激動するであろう。海のものも陸のものもな……。して、三海種同盟の最後にサハギンの地を訪れるのであろう?妾が直々に書面を用意して進ぜよう。貴殿には期待するぞ、人種の海賊船長、ラースタチカよ」

 まさかこんな場所に着てまで、世界の命運なんてものについて知らされるとは思っても見なかった。俺が終わりの始まりたる重要人物だって言いたいのか?

「終わりの始まり、ねぇ。海賊無勢がやがて世界を終わりに導くってなぁ。第二の海賊王に相応しい大役だな」

「海賊王、か。そなたは人の海も魔物の海すらも統べようと言うか。面白い魂の流れがあったものよ。ならば、名乗ればよかろう、海の王の名を」

 くっくと低く笑う女の声にぞわりと背筋が泡立つが、それが腹の底で熱に変わった。そらみろ、海の王たちが揃って俺は海賊王に相応しいと煽てて来るぞ。豚だって煽てりゃあ木を登るって言うしな。

 ちっとも面白くなかったんだ。生きる意味って何だって昔は思ってた。変化の無い毎日、親に言われたとおりに生きるだけの愚鈍な日々は、海賊になって変わった。エリーを手にかけ、メーヴォと出会って一変した。俺は世界だって変えてやったし、終わりに導く事だって、終わらせない事だって選べるはずだ。

 俺たちは変化を望み、高みを目指し、真実を知った。ならば、俺たちは俺たちが信じる道を突き進むだけだ。

「女王陛下のお力添え、お言葉ありがたく頂戴しましょう。世界がどう動くか、海の底から眺めているが良いさ」

 巨大な触手の塊が笑うように蠢く。

「存分に、楽しませてもらおう」

 それと、と女王イェーヴは言葉を繋げた。

「サハギンの国に行く前に、一人の竜人を訪ねると良いぞ。奴はサハギン族によく精通しておる故、そなたたちの力になるであろう」

 調べ物は得意か?と言う女王イェーヴは、白亜のオリイと名乗る竜人を探せ、と告げた。

「サハギンに因縁を持ち、人種とも親交に深い物好きな男よ。サハギンの国へ行くなら連れ立って損は無いぞ」

「なるほど、調べ物なら得意な水夫がいますんでね、人と交流があったってなら問題ないでしょう。感謝しますよ、女王陛下」

 書面をしたためる間、二日ばかりの滞在を許そう。と陛下に許可を貰って、俺たちは揃って謁見室を後にした。


 客間で合流したカインが、目をキラッキラと輝かせてクラーケンの国の技術は凄い!と何処かの誰かさんよろしく熱弁するのを聞きながら、俺は確かな手応えを確かめていた。



四章二話 おわり

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